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2020.02.09
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​​​​山口昌伴「水の道具誌」(岩波新書)


​  勤めていたころの
​教科書に山崎正和「水の東西」という短いエッセイがありました。今でもあるのでしょうか。
 ともかく、「鹿おどし」といういかにも、「侘び」だ、「さび」だと座禅でもくんでいそうな人が感心しそうな装置と、「噴水」というブルボンだのハプスブルグだのいうお菓子屋みたいな名前のフランスやウイーンの王朝文化の象徴みたいな装置を比較して、それぞれの文明を論じたエッセイで、東洋の島国に暮らす人々が流れる水を音で感じて、なおかつ「時間」が絡んでくる、その心のオクにひそむ「???」というふうに展開する文章でした。ぼくは、あんまり好きじゃないんですね、こういうの、今でも。
 それを教室で読むのですが、しかし、困ったことがありました。噴水はともかく鹿おどしなんて、生徒さんはもちろんですが、ぼく自身が実際に見たことがあるような、ないような、あやふやな記憶しかありません。あるとしたら京都かどこかのお寺の庭だと思うのですが、それがどこだったか、確かな記憶は、もちろんありません。
 ぼくは山の中の村で育ったのですが、近所に「鹿おどし」なんてものがあった記憶は全くありません。だいたい、あの程度の音で野生のシカが逃げるとも思えません。 
 冬場にでてくるイノシシや鹿の脅しは、実際にバーンと大きな爆発音がする仕掛けだった記憶はありますが、そんなものを取り付けるのはかなり変わった人だったという気がします。今ではサルはもちろんのことクマまで里に降りてきますが、やられ放題です。
 話を戻しますが、まあ、こんなふうに、自分でもあやふやな事物についての題材で授業をするような場合、ぼくのようなズボラな人間でも一応商売なのですから、とりあえずネタの仕込みということをするわけです。
 で、どこかのお寺に出かけていくような能動的行動力とは、ご存知のとおり(ご存じないか?)無縁なわけですから、当然、手近な方法に頼ることになります。今なら取あえず「ウキペディア」ということでしょか、そういえばユーチューブも重宝かもしれませんね。ぼくの場合は図書館か書店の棚でした。

​ そうすると、「あった、あった。」となるわけです。この教材の場合は山口昌伴「水の道具誌」(岩波新書)ですね​
 目次をひらいてを見ると、「如露」、「鹿おどし」、「水琴窟」、「金魚鉢」、「蓑」、「和傘」、「手拭」、「雑巾」、「砥石」、「束子」、「浮子」、「爪革」、「川戸」、「龍口」、「金盥」、「龍吐水」、「馬尻」
 高校生諸君には読み仮名テストになりそうなラインアップですが、水とかかわる日常生活のさまざまな道具の名前がずらりと並んでいます。読み方もわからないのですから、いったいどんな道具なのか見当がつかないものもあるかもしれません。それは、まぁ本書を読んでいただかないとしようがないですネ。
 ​
さっそく「鹿おどし」のページを読んでみます。第1章「水を楽しむ」の中の数ページ。道具の研究者が、現物をじっと観察し、調べ上げた薀蓄が語られています。

 鹿おどしをじっと見つめてみる。水がだんだん削ぎ口まで溜まってくる。重心が前に移ってくる。だんだんだんダン!全体が身じろぎしたかに見えて次の瞬間、削ぎ口がサッと下がって水がザッと出てサッとはね上がる勢い余って尻が据え石を叩いてコーン、その瞬間は目にも留まらぬすばやさ、風流とは違うなにかが働いているとしか思えない。
​ どうです、書き方がいいでしょう。日用品の研究なんて、地道以外のなにものでもない仕事だと思うのですが、この書き方をみて、このおじさん、タダモノじゃないねと思うのはボクだけでしょうか。
 なんというか、研究が楽しくて仕方がないという臨場感が伝わってくるでしょう。こういう調子で​「馬尻(バケツ)」​だとか「束子(たわし)」
などという、なにげなさすぎて、まぁ、どうでもいいような道具について、材料、製作法、用途から歴史的変遷まできちんと説明されています。この口調にハマレバ、この上なく面白いのです。

​ ところで、「鹿おどし」についての薀蓄はどうかというと、こんな感じです。​

 誰も居ない田や畑の作物を鳥獣の食害から守るには、人がいると見せる案山子のように視覚的な威しもあったが、音を鳴らして威す方が効果的で、雀おどし、鳴子などがあって鹿おどしもその工夫の一つだった。鹿も猿も居ない茶庭に仕掛けるのは、人の心の安逸に流れるのを威す、禅門修業の精神覚醒の装置だった。
​ 鹿おどし、僧都ともいい添水とも書いた。昔、巧妙な智恵や、高度な技術をお坊様の功に帰すことが多かった。弘法大師がその代表格だったが、鹿おどしは玄賓僧都。僧都は僧正に次ぐくらいの身分で、玄賓僧都はまず案山子の発明者とされ、やがて雀おどし、鳴子も玄賓の発明とされて僧都と呼ばれ、鹿おどしもやっぱり玄賓僧都ご発明に帰した。​
 ぼくにはどこかの禅寺で「カアーツ!」と両手で捧げ持っていて振り下ろす、あれは何というのでしょう。「杓」でいいのでしょうか。ともかくあれを振り下ろしている住職さんの代わりに、「カアーン」と音をさせる道具が「鹿おどし」だったという理由で「僧都」といいますというほうが面白いのですが、そうではないようですね。道具にはそれぞれ縁起というものがあるのです。ナルホド。
 
​​​日用品の研究といえば、柳宗悦で有名な「民芸運動」という1930年代に始まった、民衆の道具の技芸の素晴らしさ讃えた文化発掘運動があります。当てずっぽうですが、山口昌伴はきっとその流れの人だと思います。自分の足と目で確かめて、今は使われなくなった道具にたいして、実にやさしい。読んでいて気持ちが和む、そんな本でしたね。​​​
​ この本もそうですが、日用品を話題にしている本というのは、エッセイとか評論もそうですが、小説や古典の授業でも役に立ちます。「ああ、あれか。」という「安心の素」ですね。
 古典とかいいながら、なんなんですが、どっちかというと、現代社会論というほうがピッタリの本ですが、デザイン評論家の柏木博さんとか、おススメです。たとえば「日用品の文化誌」(岩波新書​)​の中では、住宅そのものから、ゼムクリップまでシャープに論じていてうれしくなります。​
 まあ
、出会った本が面白かったりすると、授業のネタ仕込みは迷路へ迷い込んでしまいますから、その辺は要注意というわけですね。()


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最終更新日  2020.12.11 09:21:18
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