522398 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ゴジラ老人シマクマ君の日々

PR

X

プロフィール


シマクマ君

カレンダー

バックナンバー

カテゴリ

カテゴリ未分類

(2)

読書案内「日本語とか日本文学とかベンキョーして、先生になりたい皆さんへ」

(18)

読書案内「コミック」

(70)

演劇「ナショナルシアターライブ」でお昼寝

(18)

徘徊「日帰りでお出かけ」

(47)

徘徊「須磨・ 板宿・長田・兵庫」あたり

(25)

演劇「劇場」でお昼寝

(1)

映画「元町映画館」でお昼寝

(92)

映画「ちょっと遠くの映画館」でお昼寝

(15)

映画「シネリーブル神戸」でお昼寝

(119)

読書案内「映画館で出会った本」

(15)

読書案内「翻訳小説・詩・他」

(24)

読書案内「漱石」その作品・その時代の人々・批評

(14)

読書案内 忘れられない人や出来事

(1)

徘徊「垂水・舞子・明石」あたり

(44)

徘徊「団地・ベランダ」あたり

(67)

読書案内 「医者や科学者の仕事、まあ科学一般」

(18)

読書案内「現代の作家」

(65)

徘徊「お泊りでお出かけ」

(38)

徘徊「神戸・元町・三宮」あたり

(33)

読書案内「絵本・児童文学」=チビラ君たちへ

(36)

読書案内「社会・歴史・哲学・思想」

(44)

読書案内 「芸術:音楽・美術・他」

(14)

読書案内「近・現代詩歌」

(41)

徘徊「港めぐり」

(1)

バカ猫 百態

(19)

「橋本治」の置きみやげ

(6)

「加藤典洋・内田樹・高橋源一郎」

(9)

「石牟礼道子と中村哲」

(9)

「鶴見俊輔と吉本隆明」

(11)

映画「OSミント・ハーバーランド」でお昼寝

(10)

映画「国際松竹」でお昼寝

(5)

映画「こたつシネマ」でお昼寝

(11)

映画「パルシネマ」でお昼寝

(42)

映画「神戸アート・ヴィレッジ」でお昼寝

(18)

読書案内「昭和の文学」

(2)

「BookCoverChallenge」2020・05

(73)

読書案内「くいしんぼう」

(4)

映画「映画館のピーチ姫」

(1)

映画「Cinema Kobeでお昼寝」

(4)

読書案内「コミック(ちばてつや・ちばあきお)」

(6)

読書案内「コミック・石塚真一」

(8)

読書案内「コミック・浦沢直樹」

(8)

読書案内「コミック・原泰久」

(6)

ベランダだより

(30)

団地界隈

(4)

日記/記事の投稿

コメント新着

sakkusaku@ Re[2]:ルキノ・ビスコンティ「異邦人」シネ・リーブル神戸(08/06) シマクマ君さんへ 大学生の頃の講義で同じ…
sakkusaku@ Re:ルキノ・ビスコンティ「異邦人」シネ・リーブル神戸(08/06) 何処かで誰かが傷つき悲しむからだ!考え…
シマクマ君@ Re[1]:徘徊 2021年6月21日 「烏原貯水池」(07/09) shinさんへ コメントありがとうございます…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2020.04.25
XML
​ちばてつや「ひねもすのたり日記(3)」(小学館)​


 
​​​さて、「ひねもすのたり日記」第3ですね。後期高齢者の日常を生きるちばてつや先生、マンガ大学の学長さんまで務めるご活躍で、とても「ひねもすのたり」どころではなさそうですが、ここで語られる交友や日常の失敗談は、彼の人柄を感じさせて笑えますね。
 もう一つのメイン、思い出の記の読みどころは、マンガ家「ちばてつや」誕生秘話でした。​​​
 
時は昭和三十年代の初めころですね。「貸本屋」ってご存知でしょうか?薄暗い棚にずらりとマンガの単行本が並んでいて、ビニール・カバーがついていました。一冊十円だったと思いますが、子どもの小遣いの額で数日間(?)借りて返すわけです。
 ぼくが育ったのは、村によろず屋が一軒しかない田舎でしたが、最寄りの国鉄の駅の近所に一軒だけありました。全国で3万件の貸本屋があったそうです。グリコの十粒入りのキャラメルが十円の時代です。
 ぼくは週刊の少年マンガ誌、「少年マガジン」と「少年サンデー」が創刊された後の中学生でしたから、この「貸本」文化の恩恵には直接には与かってはいません。しかし、貸本マンガブームがマンガ家を育てました。
 赤塚不二夫、さいとう・たかを、白土三平、永島慎二、ぼくが二十代にかぶれたマンガ家たちですが、皆さん貸本マンガを描くことでマンガ家になったようです。ちばてつやはその最後列の一人だったようですね。
 
マンガが好きな高校生、「千葉徹彌」くんが貸本マンガの出版社「日昭館」の国松社長に出会い、マンガのイロハを教えられ「マンガ」を描きはじめます。

 

​ 初めて原稿料をもらった作品が、貸本マンガ「復讐のせむし男」というマンガだそうです。高校生マンガ家の誕生ですね。やがて、倒産の憂き目にあう、恩人国松社長とその奥さんの最後のアドヴァイスが筆名でした。
 国松社長は本名の千葉徹彌を眺めながらこういいます。
「固たっくるしくて、むずかしい・・・いっそひらがなにしたらどうだ?」
 少年マガジンでマンガを読み始めた世代にとっては「ちかいの魔球」「紫電改のタカ」、そして「あしたのジョー」のマンガ家、全部ひらがなの「ちばてつや」誕生です。​


 
二つ目の読みどころはこのページあたりですね。「ちかいの魔球」の誕生秘話です。

​ ​まだ高校生だった「千葉徹彌」くんマンガ家ちばてつやにはなったものの、最初のスランプに直面します。「ちばてつや」を生み出してくれた出版社「日昭館」の倒産、苦手な「少女マンガ」家としての苦悩の日々が詳しく語られています。救ったのは「少年マンガ」を描く場を与えた「少年マガジン」でした。​​
 
「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉があった時代です。プロ野球の「巨人」軍をネタにすれば、必ず売れるという営業方針でやってきたのが「野球マンガ」の執筆依頼でした。苦しみ続けた少女マンガから逃げ出せるという喜びで、一も二もなく引き受けたちばてつやですが、なんと彼は野球を知らない、キャッチボールすらしたことのない青年だったのです。
 
現在65歳のマンガ老人シマクマ君が、人生の最初に熱中した野球マンガ「ちかいの魔球」の作者はピッチャーズ・マウンドのプレート板の存在すら知らなかったという事実の告白には、もう、笑うしかありませんね。
 
このマンガの思い出は「消える魔球」ですが、ここから「巨人の星」に至る、野球マンガの「魔球伝説」が始まったわけですから、歴史に残る名作といっていいかもしれませんが、描いている人は「ドシロウト」だったということこそ歴史に残りそうですね。
 おそらく、次号は講談社専属マンガ家「ちばてつや」の話が読めるに違いありませんね。
「ひねもすのたり日記」​(1巻)​・​(2巻)の感想はここからどうぞ。

PVアクセスランキング にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログ おすすめ本へ
ボタン押してね!
にほんブログ村 本ブログへ
ボタン押してね!







ゴジラブログ - にほんブログ村​​

​​​​
​​​​​​






最終更新日  2021.05.24 01:08:32
コメント(0) | コメントを書く
[読書案内「コミック(ちばてつや・ちばあきお)」] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
別の画像を表示
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、こちらをご確認ください。



© Rakuten Group, Inc.