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2020.10.27
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100days100bookcovers no30-1」(30日目その1)
​​ニコラス・フィリップソン『アダム・スミスとその時代』(訳永井大輔 白水社 )​


 『愛の手紙』が繰り返
されていたとき、古き時代のロマンに浸って紙魚の匂いのする本棚の前でKOBAYASIさんのアップを期待していました。ところが、ところが、話は「縁もゆかりもない」『資本主義という謎 「成長なき時代」をどう生きるか』、『資本主義の終焉と歴史の危機』に変えられてしまいました。それはないよ。KOBAYASIさん
 私こと、昭和どっぷりの大阪のおばちゃんは、1円でも安いものをと見えにくくなった眼を凝らし、ボケ始めた頭をはげましつつ自分の財布の中身とケチケチ相談しながら買い物しています。それも1000円単位までの話で、1万円超えるともうあんまり実感がありません。
 親類の結婚祝いでも、3万円か5万円かどっちと聞かれても気持ちが大きいのか実感がないのか、どっちでもいいわという気になります。
 1 円でも損したくないけれど、大きいお金はわからない。この感覚で還暦まで生きて来られたけれど、人生の最終コーナーで『資本主義の終焉』という大きな転換が起きるのでしょうか?訳がわからないけれどダラダラと思いつく本を並べてみます。

1、1冊目はニコラス・フィリップソン『アダム・スミスとその時代』(訳永井大輔 白水社 です。

​​​​ 日本の代表的経済学者岩井克人(この人もシェイクピア好きかな)が2001年に朝日新聞へ寄稿した「未来世代への責任」という文章(国語教科書の定番教材の一つです)の中の一節が気になって読んだ本です。
 岩井氏のこのエッセイでの主張は、環境問題は未来世代のために責任を持って行動することが要請されているということです。彼はアダム・スミスが「倫理」を否定したかのようなことを書いています。​​​​

​​―― 経済学は「倫理」を否定することから出発したのです。 経済学の父アダム・スミスはこう述べています。「通常、個人は自分の安全と利得だけを意図している。だが、彼は見えざる手に導かれて、自分の意図しなかった〈公共の〉目的を促進することになる」。ここでスミスが「見えざる手」と呼んだのは、資本主義を律する市場機構のことです。資本主義社会においては、自己利益の追求こそが社会全体の利益を増進するのだと言っているのです。――​​

​​​​​ 今さら長々と教科書からの引用を引っ張り出してすみません。でもスミスがどうしてこんなことを書いたのだろう。彼がこういうことを考えるようになった生い立ちとか、時代ってどんなふうだったのかしら?と気になって探してみたら、今日の、この本と出逢ったのです。
 経済学は、彼(スミス)にとって、取り組んだものの一部に過ぎませんでした。彼の著作は『道徳感情論』『国富論(諸国民の富)』ですので、今さら驚かれないかもしれませんが、修辞学、芸術学、法学、倫理学、天文学、幾何学など、極めて幅の広い研究をしていたそうです。グラスゴー大学では道徳哲学の教授となって、法学博士を授与され、後年、名誉総長にもなっていますが、彼が成し遂げようとしたのは、

​​「人間の本性と歴史を観察することで、真の人間学を創り出すこと」​​

​ にあったそうです。
 人間の感情、(今から言えば心理)を観察、分析し、矛盾した存在であると考え、そんな人間が、豊かに、社会秩序を安定させていくことを考えたのが経済だったようです。​​​​​
​​ どうやら、アダム・スミスは「利己心」のみで社会秩序が安定するなどということは言っていないのですね。
 工業生産が盛んになり、市場で多くのものの交換が可能ななら、そこでは努力して倫理を促すことをしなくても自然に秩序は安定するし、人間の感情も納得する。ということなのでしょうか。
 それなのに、後の人々は彼の『国富論』だけをありがたがったのですね。あちらの世界でどう思ってらっしゃるでしょうね。
(ここまでが、「アダム・スミスとその時代」の紹介ですが、この記事「100日100カバー30日目​​」は「その2」に続きます。長いので分割して掲載しています。「その2」をクリックしてください。)

E・DEGUTI・20200714

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最終更新日  2020.10.27 01:00:29
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