2022/07/06(水)21:37
週刊 読書案内 田中優子「江戸から見ると(2)」(青土社)
週刊 読書案内田中優子「江戸から見ると(2)」(青土社)
江戸文化の、若き研究者だった田中優子さんが「江戸の想像力」(筑摩書房・ちくま学芸文庫)を引っさげて、さっそうと登場したことを、たしか1980年代の半ばだったと思いますが、つい昨日のことのように覚えています。そういえば、昨今ハヤリの、江戸の画家曽我蕭白もこの本で知ったのでした。
ほぼ、同世代の研究者であり、ぼく自身の学生時代の関心が江戸思想史だったということもあって、「江戸の音」(河出文庫)、「近世アジア漂流」(朝日文庫)と立てつづけに発表される著作に現れた関心の幅と厚みに圧倒されながらも、今でいう、フォロワーとして「カムイ伝講義」(ちくま文庫)まで読み継いでいましたが、何となくというか、自分自身の江戸に対する関心の薄れの結果でしょうか、ここ10年、その仕事に興味を失っていました。
そんな、田中優子さんですが、先日、図書館の新刊の棚で見つけたのが「江戸から見ると2」でした。
著者の来歴を見ると、いつの間にか法政大学の総長さんとかで、
「おやおや、これは、これは。」
と、いったん棚に戻しかけたのですが、内容が、新聞の連載コラムということで、
「いったいどんなことをどんなふうに語るようになっているのだろう。」
と、その場でパラパラページをくると、一つ一つの文章が短くて、日々の某所での読書にピッタリだと思い直して借り出しました。
読み始めてみると、上でも書きましたが、毎日新聞に連載されている時事コラムでした。話題は「沖縄」、「石牟礼道子」、「韓国、中国との外交」、「大学生の就職」、「中村哲」、「セクシャルハラスメント」、「老人介護」と多岐にわたりますが、論旨の根幹にある思想のゆらがなさ、思考の対象に対する関心の深さと広さ、何よりも口調のよさに一気読みでした。
論旨や思考については、まあ、今や専門家の親玉なので当然ですが、歯に衣着せぬ「啖呵」まがいの気っ風のよい口調は、この人ならではではないでしょうか。
最近、こういう「正論」をはっきり口にするコラムには、なかなか出会えないのではないでしょうか。こんなふうに言っても、よく分からないですね。
一つ例を引用します。昨年の秋評判になった「主戦場」という映画について「論争型編集で見えたもの」と題して語っている文章です。「論争型編集で見えたもの」
江戸時代、俳諧というものが盛んだった。五七五と七七を連ねていく。ある句のを前の句に続けて読んだ場合と、次の句とともに読んだ場合とでは、シーンや意味が違ってしまう。むしろその変化を楽しみ、価値を置いたのである。
遅ればせながら映画「主戦場」を見た。アメリカ人が監督した映画だ。三〇人近い人々にインタビューし、その語っている映像を論争型に編集している。編集は時に、その本人の言おうとしていることが全体の文脈から切り離され、他の要素と組み合わされることで意味が変わってしまう場合がある。私は映画を見る前、それを懸念した。「そんな発言はしていない」と訴える人でも出てくるのは、と。しかしこの映画の論争型編集の効果はむしろ逆で、ひとりひとりの本性や考えが、言葉と表情から、明確に見えるのである。
そして、背筋が寒くなった。日本がどこへ向かおうとしているか、それはなぜなのか、敗戦以後の岸信介内閣の始まりとともに走り出したその行く先に、その孫によって何がもたらされるのか?その孫を背中から支えているなんとかいう会議体。その会議体を中心にぐるぐる回っている「伝聞」で構成された言葉だけの幻想世界が見えてしまった。人の書いたものを読まないと断言する人や、自分では調べない人や、人権問題をちゃかす人々によって構成された言葉や論理に、もし国のトップや内閣が依存しているとしたら?
そう、背筋が寒くなるのである。その反対に、不都合な真実であっても真剣に突き止め受け止め、そこに向き合うことを自らの生き方とする人々も見えた。私はどう生きたいか。それを問われる映画である。ちなみに私のこの文章、固有名詞も映画のテーマも書かれていない。なぜなのか。ある特定の言葉を書くと脅迫されかねない、「表現の不自由」社会になっているからだ。意味不明の方は映画を見てください。 いかがでしょうか、まあ、考え方にはいろいろあるでしょうが、ぼくは「背筋が寒くなった」と言い切っているのを読んで、胸がスッとしました。田中優子健在ですね。
今も、このコラムが新聞紙上で続いているのかどうか知りませんが、コロナ対策の迷走ぶりや、学術会議への弾圧事件に、どんなことをおっしゃっているのか、興味津々ですが、そういえば、最近、政界とかのトップに立った、見るからに金儲け主義で、強きに媚びるタイプの元苦学生(?)の政治家についての話題も、この本に所収されていますが、2019年の段階で、すでに、バッサリだったような気もします。
一度に二つ、三つ読んで、ちょっと気が晴れる読書に最適でした。
追記2022・07・06
政治的なできごとに限らず、社会の動向について、そこそこの社会的ステータスを手に入れている人が批判したり、反対をコチにするという場面に出会うことが減ったと思いませんか?コンビニのような小売業に借りらず、サービス業や出版、放送を担うマスコミと呼ばれている業界で「リスク・マネージメント」がマニュアル化されて久しいのですが、「トラブったら困る」・「やり玉にあげられたらいやだ」という、リスクに対する不安が蔓延していて、社会的な発言を求められる人の社会意識をむしばんでるのが実態なのではと危惧しています。
ブラジルの高校生が、「空気オカマイナシ」で暴れている「これは君の闘争だ」という映画を観ていて思いだしましたが、田中優子さんって、そういう子供みたいなところがあって好ましいですよね。
ボタン押してね!
ボタン押してね!