2024/06/06(木)10:01
ペマツェテン「羊飼いと風船」シネリーブル神戸no84
ペマツェテン「羊飼いと風船」シネリーブル神戸
「あたたかさ」、「さわやかさ」、あるいは「きびしさ」と、いろいろ言葉を考えますがうまく言い表せない余韻を残してくれた映画でした。
チベット映画という触れ込みですが、中華人民共和国の「チベット自治区」を舞台にした映画です。そういう意味では「中国映画」ですが、ご覧になられればおわかりだと思います。これは、やはり、紛うかたなき「チベット映画」というべき、映画でした。
「羊飼いと風船」という題のとおり、まず草原の羊が主人公の映画かもしれません。映像に映し出される「羊を放牧する草原」、「腰に,生きている羊を括り付けてオートバイで運ぶ青年」、「遠くの山々」、「仏教に帰依する人々と生活」、「老人の死と葬儀」、「学校をやめて尼になる少女」、「仕事の合間に飲むお茶や食事」、「チベット語の書物」、どれもこれも、はっと目を瞠るシーンでした。「ああ、これがチベットなんだな」 そういう、「驚き」とも、「発見」とも少し違う印象深さが、この映画の、まず第
一番の面白さでした。
ぼくは、おなじ中国の内モンゴル自治区で「日本語」を教えるボランティアをしたことがありますが、自然の雰囲気や、羊の扱い方や食べ方は、とてもよく似ていると思いました。
しかし、仏教と暮らしの結びつきの様子や、何といっても文字と言葉が大きく異なっているように思いました。「モンゴル語」も独特ですが、この映画に出てくる「チベット語」の文字や印刷物を、ぼくは初めて興味深く見ました。
こう書くと、地球の秘境のようなチベット高原の風物誌を描いた映画なのかと誤解されるかもしれませんが、違います。
間違いなく「現代」という時代と、「チベット自治区」という「小さな民族」と「中国」という「大きな国家」を描いた映画でした。
羊飼いの、若い夫婦が老いた父親の世話をしながら、三人の子どもを育てて暮らしている生活が描かれています。チラシの写真のシーンですが、夫婦の幼い子供たちが、なんと、両親の避妊具を膨らませた風船で遊んでいるエピソードから映画は始まりました。
妻ドルカルが四人目の子供を身ごもったことによって、「貧困」と「宗教」と中央政府の出産制限という「政策」が、辺境で暮らす「家族」の「穏やかな生活」を揺さぶり始めます。
身ごもった「いのち」と向き合うことで、女性として、母として、妻として「生きている」現実と向き合うドルカルを演じるソナム・ワンモという女優さんの「哀しみ」の表情と、涙を流す「眼」の美しさは忘れられないでしょう。
一方、素直な愚か者である夫タルギュを演じたジンパという男優の素朴な演技も印象に残りました。 ネタバレですが、上のチラシのなかにありますが、母親が留守になった子供たちに「赤い風船」を買って帰るオートバイが草原を走るシーンに続けて、子供たちが、その「赤い風船」をもって草原を走りだし、一つの風船がはじけてしまい、もう一つが、子供たちの手を離れ青空に舞い上がっていくラストシーンで映画は終わりました。
ぼくは、そのシーンの「美しさ」に感動しながら、大きな国に支配されている「チベット」の人々の、なんともいえない「哀しさ」を象徴したシーンに思えたのでしょう、思わず涙を流したのですが、それは、考え過ぎだったのでしょうか。
監督 ペマツェテン
脚本 ペマツェテン
撮影 リュー・ソンイエ
美術 タクツェ・トンドゥプ
編集 リアオ・チンスン ジン・ディー
音楽 ペイマン・ヤズダニアン
キャスト
ソナム・ワンモ(ドルカル:妻)
ジンパ(タルギュ:夫)
ヤンシクツォ(シャンチュ・ドルマ::妻の妹・尼)
2019年・102分・G・中国
原題「気球 Balloon」
2021・02・25シネリーブルno84
大岡昇平の「事件」はこれです。創元推理文庫に入っているようですね。