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2022.06.29
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​100days100bookcovers No.76 (76日目)
​田中小実昌『ポロポロ』(中央公論社)​
 すみません。9月4日SimakumaさんNo.76からずいぶん時間が経ってしまいました。今回作家は早くから決まっていたのに投稿が遅くなりました。
 ハードボイルド、翻訳ものが取り上げられ、私も遅ればせながら何冊かを読み、DVDを借りて映画も観ていたところです。前回の田口俊樹についてのみなさんのコメントの中でたくさんの翻訳者の名前が出てきましたよね。
 その中で繰り返し登場した田中小実昌(コミさん)に、ビビビときました。彼の名前やでの生活、お父さん独立教会のことなどは、先輩の先生が広島の研究誌に書いておられたんです。その時からずーっと気になっていたので、「これは作品をちゃんと読めということだな!」と勝手に納得しました。研究誌を読み直そうと思って書棚を探したのですがどこへ行ってしまったのやら…。
 田中小実昌の人や作品についてはざっくりしか知らず、スティーブン・ハンターチャンドラー翻訳をしているとみなさんから名前があがり(3回も?)、「あらま!ここでも出会ってしまった!」と勝手にご縁を感じたのです。別の本を複数冊読んでいる途中だったので、それらをようやく読み終えて図書館に本を借りに行ったのが9月14日。家の近くの古なじみのレトロ図書館が閉館し、車で15分ほどの中央図書館まで行くのが容易ではありません。大きくてそこそこ蔵書があるのですが、駐車場に停めて歩いて…という手間と物理的・心理的な距離感があり…。
 あ、要らぬことばかり書いて失礼!そろそろ本題に…。
 図書館で『ポロポロ』『アメン父』『新宿ゴールデン街の人たち』『コミさんほのぼの路線バス旅』の4冊借りて、『バス旅』以外の3冊を読み終えたところ。
 毛糸で編んだ半円形の帽子、夏の半ズボンにサンダル履きというラフな格好、ユーモアのある飄々としたスタイルは有名ですね。東京大学文学部哲学科中退(除籍)、進駐軍での仕事の傍らの翻訳業、作家活動としては、「ミミのこと」「浪曲師朝日丸の話」(直木賞)『ポロポロ』(谷崎潤一郎賞)その他。テレビや映画の出演以外に、香具師・バーテンダーなどの経歴も。海外滞在記も楽しい。今までのbookcoversでもそのような多彩な経歴を持つユニークな作家は何人も登場しているけれど、コミさんも負けず劣らずユニークで枠にはまらない。唯一無二の小説家、翻訳家、随筆家。そんな背景に『ポロポロ』に書かれた中国戦線従軍体験と『アメン父』に書かれた父の信仰があり…。
 『ポロポロ』は表題作「ポロポロ」を含む「北川はぼくに」「岩塩の袋」「魚撃ち」「鏡の顔」「寝台の穴」「大尾のこと」の7つの連作。「ポロポロ」は異言ともいう、祈りの時に口からこぼれでたもの。瀬戸内海の軍港町(呉)の山の中腹に父がつくったどこの派にも属さない自分たちだけの教会(独立教会)は、キリスト教のシンボルともいえる十字架もなく、父や母、信仰を同じくする人たちが祈祷の時間に(その時間でなくても)ポロポロやる。世間の言葉で祈るわけではけっしてないのだ。
​《アーメンはもたない。たださずかり、受ける。もたないで、刻々にアーメン…。》
 ​『アメン父』の中の次の箇所から、父をさしつらぬいているアメンが理解できるように思われる。教義や十字架でないものを表現するのは難しいので、コメントを入れながら逡巡し、何度も同じことが繰り返し書かれている。とにかくできるだけ父や父のアメンに近づこうとする試みなのだろう。 ​
 もっと根本的なことで、今まで、自分が信仰とおもっていたものが、はたして、ほんとに信仰なのだろうか、という疑問となやみだったのではないか。
  そんなふうに、苦しみながら祈っているときに、父はポロポロがはじまったのだろう。それは、その瞬間、見よ、天は開け、なんていわゆる劇的なものだったのではあるまい。

 『ポロポロ』
での中国戦線の記述にも、コミさんが理解しようとした父のアメンと同じく、自分の戦争体験を言葉で表現しつくせなかったからか、「はたして、ほんとうなのだろうか」という問いが何度も出てくる。昭和19年12月24日ごろ、コミさんは山口の聯隊に19歳で入営した。徴兵年齢が1年繰り上げになり、ほとんど訓練なしで南京の城外にいれられる。
 同じ部隊の道田がとつぜんおかしくなり、さけび声をあげ、仰向けにころがって、ばたぐるいしだす。南京脳炎による戦病死。小学校のときなかのよかった高橋、中学の同級生の谷口なども南京脳炎で死ぬ。
同じ部隊の北川から聞いた「死んだ初年兵」のこと…これも繰り返される。
 …海の底のうすあおい水のなかをおよぐようにノロ(シカみたいなウサギみたいな小動物)がとんでいき、そのあとに、ゆらゆら、細長いニンゲンが立っていて、それがこちらに近づき、発砲したら、たおれて、死んでいた…なにかの幻想か、夢のなかのできごとのようだというのでもあるまい。
夢や幻想でなく、事実だもの。しかし、事実だからこそ、事実そんなことがおこっただけというのはわるいし、そういう言いかたには、なにかゴマカシがありそうだが、事実、そんなことが起こったのだ。
しかし、どうして、北川はそのことをぼくにはなしたんだろう?
​ コミさんはアメーバ赤痢にかかり、その後マラリアがおこったので隔離生活となり、終戦からまる1年後にようやく内地にかえってくる。その1年後東京で大学生活をしていた時に故郷の海水浴場で北川とぐうぜん再会た。その時北川は、ぽつりぽつり自分に撃たれて死んだ初年兵のことをはなした。
 その後コミさん「あの初年兵のこと」をあちこちではなすようになってたこといついて、次のように記述している。
​ ぼくは、あちこちで、あの初年兵のことをはなすようになってたのだ。八月十五日の夜、では、まだ終戦をしらず…といった調子で、撃った初年兵もぼく、胸の物入れに小枝の箸を挿して撃たれた初年兵も僕自身であるかのような思い入れで、ぼくはしゃべってた。
 だが、こんな物語は、北川にはしゃべれない。あのとき、北川がぼくにはなしてくれたのとは内容がちがうというのではない。内容もちがうだろうが、内容の問題ではない。
いや、それを内容にしてしまったのが、ぼくのウソだった。あのとき、北川がぼくにはなした、そのことがすべてなのに、ぼくは、その内容を物語にした。
​ 文章は平易でひらがなが多用されている。周辺の、というか人物や場所について、当時の行軍の非人間的なこと――たとえば行軍の途中たおれる者を何度も見たと。たいていうしろにひっくりかえるのは、重い背嚢を背負っているからなのだが、戦争も最後の方の初年兵は鉄砲も飯盒ももたされず、完全軍装の目方の半分もないという背嚢なのに…。
 粘液便の下痢をする者がふえ、北川が撃った初年兵の冬袴のお尻が粘液便のせいでキャラメルでもくっついたみたいに、てらてら、かたくなっているように見えるとか…。当時の衛生や栄養事情、後方支給(兵站)の準備がない中で、命はなんと軽く扱われることか!政治とか歴史解釈には言及せず、自分の体験ましてマラリアなどの感染症で死んでもおかしくなかった状況だと想像されるコミさん自身の命さえも淡々と綴るのだ。
 そして「物語にしてしまった」と述懐する。戦争や不条理な体験について小説であったり随筆であったり客観性の強い記録的なものであったりいろんな描写があるのだろうけれど、コミさんその父に通じるスタイルとして、軽く飄々としているのだが、とにかく「はたしてそれが事実なのだろうか」と追究する姿勢が独特だ。「物語」は字のごとく、ものを語るということだけれど、それそのものを疑いながら記述するのはコミさんの哲学なのだろうか。そしてリアルに迫ってくる。​
 ひとのはじめとおわりに関与することなど、神のすることではないか。ぼくは、おこがましくも、神の名で、大尾の物語をかってにつくってしゃべっていたのだ。
​ 父がすでにある宗教団体から出て、十字架をもたず、湧きあがることばをポロポロするように、ことばや描写を削ぎ落し、滅亡することなく追究するのは共通しているなと考える。​
​ 翻訳した作品も多いが、よく海外に滞在し、路線バスであちこち行かれたという。あと1冊図書館で借りた『コミさんほのぼの路線バスの旅』は日本国内のバス旅行。『新宿ゴールデン街の人たち』は、私が愛するゴールデン街の飲み屋を舞台にしたエッセイかと思ったら、こちらは海外旅行や滞在記が多く収められており、やはり路線バスに乗ってふらふらあちこちに行っている。私は青春切符のローカル線に揺られるのが大好きな、なんちゃって鉄女だけれど、路線バスの旅も面白そうで、しばらくコミさんの滋味に浸りたいものだ。
 というわけで、お待たせした割にふがいない(いつも…)投稿ですが、SODEOKAさん、続きをお願いいたします。
 今夜は中秋の名月の翌日、十六夜ですね。お月さま、見れるかな?2021・09・21・N・YAMAMOTO​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

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最終更新日  2022.06.30 09:05:04
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