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カテゴリ:読書案内「社会・歴史・哲学・思想」
最首悟「能力で人を分けなくなる日」(創元社)
![]() 今回は最首悟(さいしゅさとる)という、東大の教養学部でズーっと助手をしておられて、その間、70年代の終わりに始まった「不知火海総合学術調査団」に参加されたりしたことを、ボクのような世代が知っている方、1936年生まれだそうですから、この本が作られた2024年には88歳の方ですが、その最首悟さんが10代の若者3人と編集者の、計5人で「いのちと価値のあいだ」というテーマで話し合いをしている記録でした。 大学を卒業して、まあいろいろあって、30を過ぎた頃から大学で助手という、通常は3年で終わるはずのポストを、58歳まで27年間努めました。その10年目くらいの頃に星子(せいこ)という4番目の子が、ダウン症として生まれたんです。 若い人たちに対して、最首さんが最初に語り始めた、まあ、自己紹介の1節です。もちろん、最首さんの自己紹介は、もっと、あれこれあるのですが、「いのちと価値のあいだ」というテーマで、最首さんが若い人たちと一緒に考えよう、伝えようとしているのは、この1節で語っている星子さんとの暮らしによって育ててきたに違いない考え方、思想だったということを読み終えて実感しました。 ボクが読み終えて食卓に積み上げていた本書を、同居人が読んだらしくて、珍しく感想を口にしました。 「お嬢さんのいのちのことね、もしも、彼女に害をなす人がいたらっていうことを、はっきり殺すとおっしゃってたところがよかったね。」 同居人のことばを聞いて、ああ、この本のキモは、やっぱり、そこなんだよなと気付き直したのですが、彼女の感想の箇所を探しなおして引用しておきますね。 いのちっていうのは、決して善きものではない。善きものも含んでいるけど、人間にとってどうしようもない、酷い苦しみとか悪魔的なものも含んでいる。いのちっていうことについて、私たちは全容がわからないんです。本書で話し合われる具体的なテーマは、能力主義、優生思想、からはじまり、社会、個人、差別、と広がりますが、その中で、津久井やまゆり園事件の犯人「植松青年」との手紙のやりとりの紹介があり、脳死から、「生と死」の問題へ進み、石牟礼道子が語った「あの世とこの世」をへて、最首流の「その世」へと展開していく中での一言でした。 正しい結論が、声高に主張されるシーンはどこにもありません。この国の戦後80年を、文字通り真摯に生きてきた最首悟という人物の誠実で正直な発言があり、それを聞く高校生たちも、素直に考えこんでいきます。読んでいる老人も考えこみます。 いい本だな・・・としみじみ思いました。創元社、がんばってますね(笑)。
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