藤井貞和詩集「美しい小弓を持って」(思潮社)
詩人で、古典文学、特に源氏の研究者として、ただ、ただ畏敬している藤井貞和の詩集を時々手にします。最初のページから、丁寧に読み進めるという読み方ではありません。まあ、お読みになればわかりますが、数ページ、あるいは、一つか二つの作品を読むだけで、その時その時、堪能というか、出口も入り口もワカラナイ迷路に閉じ込められた焦りというかの読書です。
今回、偶然、手に取ったのは2017年に出版された「美しい小弓を持って」(思潮社)という詩集です。
今はなき加藤典洋が「災後文学」ということを、2011年以降の文学に期待したことがあったと思いますが、この詩集の背景に立っているのは、あきらかに東北の震災後の人間で、正真正銘の「災後詩集」だと思います。
で、あるページで、2011年の5月に亡くなった、詩人の清水昶を追悼する作品を見つけ、これまたよくわからないままに繰り返し読みました。
冷暗室—清水昶さん追悼
事実に向かって過酷な出発を繰り返す、とあなたは言う。 石原吉郎氏のことだ。 いま、ことばの半分を喪うこの国から、あなたは、そして大野新さんもまた、石原さんに会いうために旅立つ。 あなたがさいしょにうちふるえたのは「ていねいに生きよ」という氏の講演だったという。 日常生活をていねいに生きよ。 いま、戦争の日のかなた、石原さんが、異様な悲しみで満たされた自由な原点を、のこったことばの半分で求める。
ゆくはさびし 山河も虹もひといろに
でもまもなく、どんなことばも喪い出す時間にはいろうとする。 苦悩への勇気、とあなたは言う。 でも、もう、われらはことばを喪いはじめたのだから。 ほんとうのことはどこかにある、垂れ流している汚染水のなかにではなく、上流でわずかに汲む一滴かもしれなくても。
思想の詩終わる六月 きみがゆく
あなたの立っていたところに、冷暗な空間をつくるから、ねむらずにそこにうつり住むから、きょうから、学校のともだちをたいせつにするから、虹といっしょに、去るふるさとの異郷に、のこしてゆく土は、もうきれいだから。 子供たち、自由に遊んでよい、汚染されていない、自由な盛り土だから。
水売りの声も届かぬ 幽境へ
新しい住所を教えてよ、むこうがわの識らないそらもまた、澄んできれいだから。 ひろがっているそらでは、失語も、沈黙も、すべてゆるされるのだから。 魂のプレイグラウンド。 そこに住むと、あなたが言うなら、めがしらに浮かぶ、山河は破れても、ひとりで向きあうから。 ほんとうにきれいなんだから。
五七五終わる わたしの初夏に
いまをあざ笑う神々とその使わしめとによって、われらがことばを喪う、そのときにはどうしよう。 ちいさな丸を書きましょう。 負けないで、これが自然水準原点ノート。 丸が書けないときには、ひとすじの線を書こう。 詩の草をひとすじ。 堅い石に割ってはいるための。 村のありし、街のありしあたり。
幽明のさかい越えゆく 涼しきや
冷暗の奥へと、しりぞく線。 線をひとすじ、この先にあなたはいますか。そこはどこ、答えなさい、線よ。 産み月を、かぞえていた指が、あなたとともに奪われました。 最愛の、ことばがもどりません。 やせた火のからだ、でもそこには火はありません。 眠りは至る、真の世界。 気体が一つ、行(ぎょう)に沈む世界。
炎天に苦しむこともなくなろう
ただひたすらの結界です。 草原に、非という線を移せば(=非という文字のことです)、真行草を書き分けましょう、野のかげのねずみたち、野の舟に、なつかしいかな、ふところに、野ねずみも、二十万匹の水族も、この耐えて棲まわせる、夜の底のふところ深く沈む。 半ズボンで、君は、雪すらあたたかい、詩集少年を一冊、靴にのこして、かげが成長する水の子となって。
衰うることなき 燃ゆる五七五
あやまちが神に対して問う、人間はいますか、まだそのへんにのこっていますか。 わたしは逃げないと、あやまちが言う。 この月を越えてしまうなら、あやまちはわが思いのあとを消し、あなたを去らせ、識らない谷へと向かう、そして還らず。 憂き、それが友だちの声なのです。 聞こえる、聞こえない、絶対の寒さの鋼鉄がふるえる、このふるえの若草があなたです。 わかみずはしたたる、葉の先から。 最愛のひとが草の葉かげできらりとひかる、ほたるかもしれません。
壊滅を見届けて 清水昶ゆく
(清水昶〈しみず・あきら〉、二〇一一年五月三十日死去) (「冷却の音 P48~P52」)
これで全文です。清水 昶(しみず あきら、1940年11月3日 - 2011年5月30日)は、若い頃に読んだ詩人です。お兄さんの清水哲男も詩人、詩中に出てくる大野新も詩人です。懐かしい名前に惹かれて読みました。ここのところ、ポツポツと読み継いでいる藤井貞和のこの詩集に、彼の名前を見つけた驚きでの「読書案内」です。
詩集に収められているほかの詩については、まあ、ぼく自身が迷路にさまよっている状態なので、とても紹介する元気はありません。この詩に気をひかれた方は、どうぞ、この詩集をお探しになってお読みください(笑)。




追記
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