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カテゴリ:読書案内「社会・歴史・哲学・思想」
岡真理・小山哲・藤原辰史「中学生から知りたい パレスチナのこと」(ミシマ社)
![]() 「おっ!中学生向きか、ちょうどええな、きっと!」 まあ、そういう気分で読みはじめましたが、すごい本でした。 ガザ、そしてパレスチナをめぐる問題は、ユダヤ人のジェノサイドが宗教対立でないのと同じように宗教対立の問題でもなければ、ヴェトナムやアイルランド、アルジェリアの独立の問題が単なる土地争いでないのと同様、土地をめぐる争いでもありません。私たちの歴史的無知や忘却に付け込んで、ガザのジェノサイド、そしてパレスチナの民族浄化を、宗教対立や土地争い、あるいは「イスラームのテロ組織」対イスラエルの「自衛」の戦争に還元しようとする言説に対して、私たちか問題の根源をしっかりと見据えなければいけない。 著者の一人、岡真理が書いている「はじめに」からの引用です。 「ガザで起きているのはジェノサイドである。」 このあたりが、今、現実に、イスラエル、ガザ地区で起こっている出来事に対して、概ね、アメリカ経由のニュース報道しか知らないままで 「わかっているつもり人々」の、それは、例えば、ボクをはじめとする、なんとなくな大人たちに対して、 「それは違いますよ!」と本書で糺している三人の論者たちの発言の要点ですね。 発言者は三人です。一人は、岡真理です。彼女は、確か1990年代に現代アラブ文学の紹介者として登場し、以来、まあ、ボクは「棗椰子の木陰で」(青土社)しか知りませんが、パレスチナをはじめとするイスラム社会をフェミニズムの視点で論じてきた、かなり鋭角な発言が特徴の思想家です。二人目は小山哲という人で、ポーランド史の専門家です。で、三人目が藤原辰史。10年ほど前だったと思いますが「ナチスのキッチン」(水声社)という衝撃的な著書で登場した農業史の研究者です。 で、この本は2024年の2月に京都大学で開催された「人文学の死-ガザのジェノサイドと近代五百年のヨーロッパの植民地主義」と題された公開セミナーで、「ヨーロッパ問題としてのパレスチナ問題」という岡真理の講演と、「ドイツ現代史研究の取り返しのつかない過ちーパレスチナ問題軽視の背景」という藤原辰史による講演に加えて、ポーランド史の研究者である小山哲がイスラエルにある「ポーランド書店 E.ノイシュタイン」という書店の話を発端に、ポーランドをはじめとする東ヨーロッパ社会とイスラエルのつながりを歴史的に語る文章を基調に構成されています。 で、論じられている要点は、まあ、おおざっぱにいえばですが、かつてエワード・サイードが「イスラム報道」(みすず書房)という著書で指摘した 「カバリング・イスラーム=報道することで、かえって隠蔽(カバー)してしまう。」というアメリカをはじめとする西欧社会、当然、日本でも、の「カバリング」の実態の指摘です。 まず、何よりも、イスラエルによるガザ地区の市民に対するジェノサイドの実態の隠蔽を目的としたかの、ハマスによる攻撃についての報道のゆがみ、あるいは、明らかなウソとが世界中に広まっている現状の指摘です。 「無差別攻撃で、非戦闘員である女性や子供を殺しているのは誰なのか?」 という実情報告ですね。 続いて、ナチスによるジェノサイドとイスラエルによるジェノサイドを別物と考えたがるヨーロッパのキリスト教諸国のダブルスタンダードの歴史的所以とか、アメリカによるイスラエル支持の歪んだ実態とか、何も知らないまま読み始めた老人には 「ホントなの?」と不安になるような話ばかりですが、ホントのようですね。 内容は、常識的に考えて、今の日本の中学生どころか、大学生にだって読み切れない歴史性に基づいた話ですから、まあ、覚悟してお読みください。 で、その難しい話が、なぜ「中学生から知りたい!」という副題付きで書籍化されているのかなのですが、まず、ジェノサイドで殺されているのが「子供」だということ、次に、家族を無差別に殺された子供たちこそがテロリストとして成長してきたパレスチナの歴史があることですね。ミシマ社という本屋の根性に唸ります。 学校教育から「歴史」を追い出してきた、この国の教育行政と大学入試システムの結果、「歴史」を基盤に思考する能力を失った若者がスマホ由来のポピュリズムに翻弄される現実にたして、目の前の出来事の歴史的経過に目を向けることを促す、 本書の企画に拍手です。 大学生諸君、難しいけど、読んでください。ガザでは、何の罪もない子供が殺されているんですよ。
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