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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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2025.09.28
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​​​​​​​​​​​​​石垣りん「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」・「その夜」
               (「石垣りん詩集」(童話屋)より)​​​ ​若かりし日の石垣りんです。思潮社の現代史文庫の裏表紙にあるプロ―フィール写真です。今日の案内は​週刊 読書案内 石垣りん詩集「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」(童話屋)​のつづきです。​​
​​ 前回、ご案内した最初の詩集から、表題作の「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」と、巻末にある「その夜」です。​​
​​ 私の前にある鍋とお釜と燃える火と  石垣りん

それはながい間
私たち女のまえに
いつも置かれてあったもの、

自分の力にかなう
ほどよい大きさの鍋や
お米がぷつぷつとふくらんで
光り出すに都合のいい釜や
劫初からうけつがれた火のほてりの前には
母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。

その人たちは
どれほどの愛や誠実の分量を
これらの器物にそそぎ入れたことだろう、
ある時はそれが赤いにんじんだつたり
くろい昆布だつたり
たたきつぶされた魚だつたり

台所では
いつも正確に朝昼晩への用意がなされ
用意のまえにはいつも幾たりかの
あたたかい膝や手が並んでいた。

ああその並べ生いくたりかの人がなくて
どうして女がいそいそと炊事など
繰り返せたろう?
それはたゆみなくいつくしみ
無意識なまでに日常化した奉仕の姿。

炊事が奇しくも分けられた
女の役目であつたのは
不幸なこととは思われない、
そのために知識や、世間での地位が
たちおくれたとしても
おそくはない
私たちの前にあるものは
鍋とお釜と、燃える火と

それらのなつかしい器物の前で
お芋や、肉を料理するように
深い思いをこめて
政治や経済や文学も勉強しよう、

それはおごりや栄達のためではなく
全部が
人間のために供せられるように
全部が愛情の対象あつて励むように。
 この詩を読み返す2025年の今、男女平等が当たり前の考え方のような時代の中で​忘れられていったのは劫初からうけつがれた火のほてりの前には母や、祖母や、またその母たちがいつも居た姿ではないでしょうか。そんなふうに思うのは、読んでいるボクが、ここに描かれている母や祖母の姿を記憶の底に持っている世代だからかもしれませんね。
 しかし、生涯、母にはならなかった生活者石垣りんを支えたのが台所に立つ母の後ろ姿だったこと、そこから「女」という存在の在り方を考え続けたらしいことを思い浮かべるときに、昨今、世間で口にされるフェミニズムとかの、底の浅さを感じたりもするわけです。
 で、そんな、30代だった石垣りんを苦しめたのは病でした。​
 ​その夜  石垣りん

女ひとり
働いて四十に近い声をきけば
私を横に寝かせて起こさない
重い病気が恋人のようだ

どんなにうめこうと
心を痛めるしたしい人もここにはいない
三等病室のすみのベッドで
貧しければ親族にも甘えかねた
さみしい心が解けてゆく、

あしたは背骨を手術される
そのとき私はやさしく、病気に向かつていう
死んでもいいのよ

ねむれない夜の苦しみも
このさき生きてゆくそれにくらべたら
どうして大きいと言えよう
ああ疲れた
ほんとうに疲れた

シーツが
黙って差し出す白い手の中で
いたい、いたい、とたわむれている
にぎやかな夜は
まるで私ひとりの祝祭日だ
​​ 30代の終わりに出版されたこの詩集の後半に載せられている数編の詩は彼女自身の闘病生活の詩です。結果的に生き延びることができた腰椎手術の経験が詩として残されたわけですが、「痛い」思いを実感したばかりのボクには実にリアルな作品群でした。​


2025-no105-1178 




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最終更新日  2025.09.28 12:35:48
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