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100days100bookcovers no95 NORIKO/YAMAMOTO 95日目 原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」(文藝春秋) Simadaさんが94日目の作品として大江健三郎『晩年様式集イン・レイト・スタイル』(講談社文庫)を投稿されたのが4月23日で、そこに私がコメントしたのが12週間前。「次は私の番ですが、しばらくお時間をくださいませ。」 と遅延予告をしたのは、まとまって読書に向かう時間を作れない状態が続いていたからなのですが、ここまで遅れるとは思っていませんでした。多忙というわけではないのですが、ちょっと気合を入れて取り掛からないといけないことをいくつか抱えていて、気持ちの余裕がなかったんです。本当にすみません。今日が7月23日で、丸々3か月かかってしまいました。(汗) Simadaさんが大江健三郎を選ばれたのが偶然ではなく、必然だったのだとbookcoversを読んで思いました。偶然手に取った彼の自選短編で40年ぶりの大江ブーム、彼の死、ご実家への帰省と…。また『晩年様式集イン・レイト・スタイル』を読まずにおられないと思わせる紹介とコメント。目次の紹介も作品全体を理解するのに役立ち、大変興味を持ちましたが、特に以下の箇所が印象に残りました。 「私は生き直すことができない。しかし私らは生き直すことができる。」 「最後の仕事」のテーマが「生き直し」だという驚きもさることながら、「私」ではなくて「私たち」という主語で語って見せる、まさに、戦後民主主義者の祈りを輝かせようとする、時代にあらがう力技、 これは読みたい! と思い、少しして図書館に借りに行った時は貸出中でした。それから小説を手に取ることがない日々を経て(宿題を抱えていて…)、ようやく借りたのが6月の下旬でした。 その時にあと2冊借りたのが原田マハの『美しき愚かものたちのタブロー』と『地球の歩き方 韓国』でした。そして、さあBookcoversに取り掛かろうと『晩年様式集イン・レイト・スタイル』を開くのですが、なかなか簡単には読み進みません。若い大学生時代、そして教員になってからは現代文の授業に関連して、少なからず親しんでいたつもりの大江作品なのですが、体力と同様に読む力が衰えてしまったのでしょうか。焦る気持ちをなだめようと、原田マハ『美しき愚かものたちのタブロー』を手に取りました。 作者原田マハの名前は知っているけれど、今まで著書は読んでいません。調べるとその経歴はユニークで、美術館のキュレーター(美術館や博物館の研究・収集・展示などを行う専門職で、いわゆる学芸員とは少し異なる)など興味をそそられます。兄は原田宗典です。この作品は2019年に直木賞候補になっています。ドラマや映画になった作品も意外と多いのにびっくりしました。たまたまテレビドラマ「旅屋おかえり」のタイトルが気になって少し前に読んでみたのです。大江健三郎の目的の本が借りられず、図書館の本棚で見つけたか、あるいは検索したか、それさえあまり覚えていないままでしたが。 ドラマを見ていないのがよかったのかも?小説の中で旅の代行業を務める売れない崖っぷちアラサータレント“おかえり”こと丘えりかが、満開の桜を求めて秋田県角館へ。その次は愛媛県内子町!愛媛編では依頼人とおかえりの事務所の社長との確執がすさまじいのだけれど、最悪の人生や人間関係が、おかえりの代行旅で180度の結末に至る。その予想できない展開にひきこまれました。その上舞台が内子です!町並みや、内子座など、長い間憧れていたので、4年前に電車旅で訪れ、ゆっくりと泊まった歴史ある町。そこで繰り広げられる人情劇にどっぷり浸ってしまいました。そこで、もう少し原田マハの他の作品を読みたくなって、『晩年様式集』のついでに借りたのが『美しき愚かものたちのタブロー』。 これは史実に基づくフィクションであり、川崎造船所(川崎重工業の前身)社長を務めた実業家の松方幸次郎が収集した美術コレクション(松方コレクション)と関わる人々の数奇で壮大、かつ過酷な運命を描いた小説です。 第一次大戦により造船で得た多大な利益で、松方は、1916(大正5)年から約10年間、たびたびヨーロッパを訪れて、絵画(タブロー)などの膨大な美術品を買い集めました。浮世絵コレクション約8千点を含め、彼が手に入れた作品の総数は1万点におよぶと言われます。松方は自分の手で日本に美術館をつくり、若い画家たちに本物の西洋美術を見せてやろうという並々ならぬ気概をもって、作品の収集にあたったのです。 しかしその美術館(共楽美術館と構想された)は、実現しませんでした。世界恐慌で川崎造船も経営危機に陥り、日本に運ばれていた美術品は売り立てられ、散逸してしまいます。ロンドンの倉庫にあった作品は火災に遭います。パリに残された約400点の作品は、サンフランシスコ講和条約によってフランスの国有財産となるのですが、1959年にフランス政府から日仏友好のために日本に寄贈返還され、それらを受入れるために、誕生したのが上野の国立西洋美術館です。 そうだったんだ! 小説は、1921年からパリで収集の助言に当たった西洋美術史の研究家を目指す田代雄一の視点で語られます。32年を経て田代はコレクション返還のために、パリに赴き、日仏の国家間交渉を担います。それも見どころですが、戦意高揚しつつあった日本に西洋美術を持ち帰ることができず、パリのロダン美術館に保管されていた松方コレクションが、第二次世界大戦下、敵国の日本人が管理するという緊迫した状況に加え、ナチス・ドイツのフランス侵攻などの危機の中、日置釭三郎の尽力によりパリ近郊のアボンダンに疎開させられ、戦禍を逃れたことを知るのです。 そもそも当時のヨーロッパでは、モネやドガなどの印象派、後期印象派と呼ばれる近代美術、前衛美術は酷評され、見向きもされなかった。アメリカやロシアの収集家、そして同人誌『白樺』で紹介されたこともあり、松方など日本人収集家がその価値を見出します。当時の日本では写真や複製画でしか西洋美術を学ぶことができないため、若者たちの向学のために実物を展示する美術館創立を、松方は志します。 近代化に遅れる日本の明治時代は、文学、美術などすべての分野で自由主義を掲げていく。松方がアメリカに留学し、ヨーロッパでタブローを買い求めたのは、もちろん戦争で得た莫大な資産があるからだが、それは自己満足や投資目的ではなく、純粋に絵の力、タブローに衝き動かされたからだった。 また、田代もタブローに夢中になる「幸福な愚かもの」という点で共通しています。『美しき愚かものたちのタブロー』というタイトルは、タブローに魅入られた松方、田代、そして作品を後世につないだ日置たちの、タブローへの揺るぎない情熱と、収集し守ることを貫徹する意志を表しています。 また、ジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』で提示された敗戦国の屈辱も、作品の中で書かれており、歴史の光と陰をバランスよく描いています。 原田マハは、単なる美術史でも、松方の成功や賞賛の物語でもない、松方など「愚かもの」たちの類稀な実人生を多くの資料をもとに描き上げています。もちろん、「愚かもの」というのは、最大限の賞賛と敬意であると私は思います。 川崎造船があった神戸、そして花の都パリを舞台に、多くの美術作品や作家も登場します。特にモネの連作〈睡蓮〉、ゴッホの〈アルルの寝室〉、ルノワールの〈アルジェリア風のパリの女たち〉など、魅力が存分に語られています。また鑑賞なさってください。 戦争のキナ臭い世界と日本ですが、経済力、政治力、軍事力を手に入れようとする輩(やから)たちには、タブローの美しさは理解できないのかもしれません。でも人間の今まで築いてきた文化、精神性はまだまだタブローに感動する余地があるのだと信じたい、そしてそれらは同時に平和を願う心であるとも思うのです。 最後に、大江健三郎から原田マハへのバトンは、大江健三郎の故郷「谷間の村」が愛媛県内子町大瀬村で、「旅屋おかえり」で読んだ内子つながり、ということでご容赦ください。 長い時間を要したのに拙いご紹介ですみません。また、本格的な暑さの毎日、みなさまお身体ご自愛くださいませ。 では、SODEOKAさん、どうぞよろしくお願いします。 2023・07・23 N・Y 100days100bookcovers 95日目 ![]()
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