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カテゴリ:読書案内「近・現代詩歌」
佐々木幹郎「雨過ぎて雲破れるところ」(みすず書房) 2025年に出会った本というふうに考えると、まず、この人の名前が浮かびます。佐々木幹郎です。1947年生まれだそうですから、今、団塊のと呼ぶのがいいのでしょうか、70代の後半の世代ですね。ボクより少しだけ年上の感じです。詩人だそうです。中原中也についての岩波新書があることは知っていましたが、著書も詩を読んだことはありませんでした。最初に読んだのは「アジア海道紀行」(みすず書房)という、あの鑑真の渡来地を訪ねる出だしで書かれたエッセイ集でした。同居人が市民図書館から借りてきていた本で、入院から帰ってくるとあったので読みました。一読、 「うーん!」と唸った!のが始まりで止まらなくなりました。 で、こんな詩を書く詩人です。 「初老の階段」(P94)という文章の中に出てきます。本書の副題に「週末の山小屋暮らし」とあるのですが、群馬県の嬬恋村にある山小屋生活の焚火のシーンです。 詩の中にオサムさんとか、トクさんとか、コイケさんとか、山小屋の仲間の名前が出てきますが、本文を読んでいると床屋のナカザワさんとか、農協のタモツさんとか、セキさんとか、小学生のユリカちゃんとか、有名な方では小室等さんとか、高田渡さん、ナターシャセブンの坂庭省吾さんなんていう懐かしい名前も出てきます。 それぞれの人がどこの何をしている人で、嬬恋とかの山小屋の話に何故、登場するのか、まあ、そのあたりは読んでいただく他ないわけですが、読んでいるとそれぞれの人たちの顔とか、性分とか、だんだん知っている人みたいになってきて、神戸の西の端の方で、山小屋なんて贅沢なものとは縁もゆかりもない暮らしをしていることを忘れるんです。 折角ですから、書名の「雨過ぎて雲破れるところ」になっている「雨過天晴雲破処」という章から少し引用しますね。
と、まあ、こういう調子です。ここから蕎麦屋の話へ転じて、最後は中原中也の
で始まる「曇天」という詩まで登場しますが、 雲の破れ目の宇宙の青い色が、「旗」のようにひるがえっているのだった。と締めくくられます。こう纏めるといかにも文学エッセイのようですが、実は、家具士のオサムさんとかジュンジくんの看板描きの話が綴られる山小屋暮らしのお話なんですね。で、また一人、また一人と名前を憶えていくというわけです。不思議な面白さです。いかがですか? 2025-no128-1201 ![]()
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