ヨアキム・トリアー「センチメンタル・バリュー」シネリーブル神戸
予告編を見ていてこれは見よう!
という気持ちで待っていました。
ヨアキム・トリアーというスウェーデンの監督の「センチメンタル・バリュー」です。 「父と娘」、「姉と妹」、「家族と家」、「監督と女優」、「舞台と映画」、思い浮かべていた「~と~」が全部出てきて、ちょっとビックリ(笑)。
「家」に至ってはナレーション役までしていて、映画の中で、「Sentimental Value」という英語に「愛着のあるもの」という邦訳がつけられているのを見て「ナルホド、家か!」
と納得して見終えました。 「妻」と「娘たち」を捨てて出ていった「父」が、「母」の葬儀の日に「家」に帰って来たところからストーリーは始まりました。
見終えたボクは「姉と妹」の物語として胸うたれたのですが、見ていてハッとしたことは、見ているボクが、今まで感じたことのない視点で見ていることでした。
今までであれば、女優である姉のノーラか、家庭を持った学者の妹アグネスの立場で見ていたはずのこの作品の成り行き、だから「子」の眼で「父」を見ていたに違いない「親子」の物語
を、映画の中盤、父親グスタフの年齢が70歳であるとわかるシーンがあるのですが、その瞬間に、ボクが父親の彼に心を重ねて見ていたことに気づいたのです。 子供の頃に母親を失ったグスタフ少年が、70歳になった、今、幼い日に、この家で体験した母の自死という忘れられない体験を、自ら捨てた娘ノーラにあてがきしたシナリオを持って娘たちの前に帰ってくるという、娘たちの立場からみれば許しがたい物語なのですが、ボクにとっては、この父親、そして、70歳の老人にとっての「センチメンタル・バリュー」こそが、リアルで、実によくわかるという展開に見えたわけで、まあ、年齢に対する思い入れにすぎないのかもなのですが「これって、なんなの?」
だったわけです。 「親と子」という視点からみれば、母親の描き方があまりにも希薄な印象が残りましたが、最後になって、なにかを取り戻そうとする、まあ、自分勝手な父親の生きざまの哀しさには打たれました。
ああ、それから、お姉さんのノーラのレナーテ・レインスベもすごくいいのですが、妹アグネスを演じたインガ・イブスドッテル・リッレオースの表情がとてもよかったですね。拍手! 舞台がノルウェーなんですね。背景にある北欧の風景、これもいいですね。拍手!
監督・脚本・製作総指揮 ヨアキム・トリアー
脚本 エスキル・フォクト
製作 マリア・エケルホフド アンドレア・ベレントセン・オットマール
製作総指揮 レナーテ・レインスベ ステラン・スカルスガルド エスキル・フォクト
撮影 キャスパー・トゥクセン・アンドレセン
美術 ヨルゲン・スタンゲビー・ラーセン
衣装 エレン・ダーリ・イステヘーデ
編集 オリビエ・ブッゲ・クエット
音楽 ハニャ・ラニ
キャスト
レナーテ・レインスベ(ノーラ・ボルグ 姉・女優)
ステラン・スカルスガルド(グスタフ・ボルグ 父・映画監督)
インガ・イブスドッテル・リッレオース(アグネス・ボルグ・ペッテルセン 妹)
エル・ファニング(レイチェル・ケンプ 女優)
アンデルシュ・ダニエルセン・リー
2025年・133分・G・ノルウェー・フランス・デンマーク・ドイツ合作
原題「Affeksjonsverdi」
2026・02・25・no039・シネリーブル神戸no361