木内昇「奇のくに風土記」(実業之日本社)
木内昇という作家の作品を初めて読みました。紹介していただいた方から「女性の直木賞作家よ。で、これは泉鏡花賞ね。」「ああ、泉鏡花か」、と、まあ、そう思って市民図書館で借りて読み出して、すらすらと最後まで読み終えて、いい気持になりました。 鶏の鳴かぬうちに、十兵衛は忍び足で母屋を出た。
薄藍色の空にはまだ星がまたたいており、紀ノ川の流れる音が清かに伝わってくる。西からの風は、常と変わらぬ潮の香りを運んできていた。
慣れ親しんだ音やにおいに安堵して、草鞋で固めた足を東へ向ける。
―岩瀬のお山には行ったらあかんのやして。あっこたしおとろしさけ。
十兵衛が物心つくかつかぬかのうちから、事あるごとに母にはそう言い聞かされてきた。けれどこの繰り言が皮肉にも、十兵衛の内に巣くう好奇の虫を騒がせることになったらしい。年が明ければ元服というこの秋、ついに辛抱たまらず、ひとり山を目指すことにしたのだった。
紀伊国は、見渡す限りどこもかしこも美しい。(P9~10)
久々の「語り小説」の始まりです。当然ですが、読者であるボクは、耳をかたむけながら「何が起こるのだろうか?」
と、待ちかまえます。 少年は、元服というのですから10代半ば、まあ、中学生ぐらいであろうと見当をつけて、語り手の声を聞く気分で読んでいます。
少年が向かっている岩瀬のお山というのが、和歌山城下から三里ほどの低山という言葉が続き、その程度の場所かよ・・・
とかたかをくくっていましたが、何せ、第1章の題が「天狗」、紀州弁で「てんぎゃん」というのですから、期待もあります。 十兵衛は立ちすくみ、耳を澄ます。
出ましたね(笑) 隈笹の葉の隙間から小さな緑の目が覗いているのに気付く。これまでに接したどの生き物とも異なる形をしている。十兵衛は一歩後退った。
―ほんま、獣やろか。
恐ろしさより興味が勝って目を凝らした刹那、藪を突くようにして、ぬっと大きな赤い鼻が現れたから、
「やっ」
うっかり大きな声をあげてしまった。
「やっ」
と、相手も同じく声をあげる。童のような、甲高い声だった。やがて隈笹を分けて、のっそりとそれは姿を現した。
十兵衛は声を飲む。
天狗(てんぎゃん)だ。
と、まあ、こうして、のちに、幕末の紀州の本草学者として、ボクはこの作品で初めて知りましたが、知る人ぞ知る奇才、畔田翠山(くろだ すいざん)として名をのこすことになる、少年十兵衛のビルドゥングス・ロマン、成長の物語が語られていきます。
読んでいて楽しいのは、声として聞こえてくる紀州なまりですね。まず、母の声、そして父、先生とそのお孫さん、朋輩たち、声に限らず少年が出会う自然の音が少年の成長を励ましていく描き方
に、語り手である作家の素直な人柄を感じさせて面白く読み終えました。 主人公の十兵衛君が、天狗の眷属であることが物語を描くにあたっての作家のアイデアで面白いのですが、まあ、作家自身がその世界の人なのでは!
と思わせる鏡花の作品の幻想性には、ちょっと及ばないですね。
しかし、素直で楽しい作品でしたよ。いかがですか(笑)。 2026-no026-1241