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カテゴリ:映画「シネリーブル神戸」でお昼寝
ダルデンヌ兄弟「そして彼女たちは」シネリーブル神戸 シネ・リーブル神戸の2026年四月のラインアップで目を引いたのがこの作品です。「ダルデンヌ兄弟かあ…」なんだか、気が重くなるチラシでしたが、 ダルデンヌ兄弟、さすがですね。見にいって大正解でした。 見たのはダルデンヌ兄弟共同監督の新作、「そして彼女たちは」です。見終えて座り込んでしまった作品でしたが、何を、どう語ればいいのかわかりません。 映画館の徘徊を始めて9年目に突入しましたが、その間「その手に触れるまで」、「トリとロキタ」という彼らの作品を見ましたが、両方とも感想が書けなくて唸った記憶があります。 今回も、ヤッパリそうでした。ジェシカ、ペルラ、アリアンヌ、ジュリー、ナイマという5人の少女、いや、女性の、一人一人の姿を追いかけて描くことで「現代」という社会のありさまと、人が生きて、例えば新しい命を育んでいく時に、母になることを支えているものが何かということを真摯に描いている作品でした。 ただの印象ですが、登場する彼女たちは、一様に、開かないドアの向こうなのか、こちらなのか、閉じ込められているかのようです。ノックしても空かないドア、赤ちゃんの二人きりで閉じ込められているかの部屋、開けても開けても、次のドアがある廊下。そこから抜け出さない限り、自分自身が生きていく勇気も、赤ちゃんを抱きしめる愛も失われてしまっている世界。その場所から新しく生まれた命の笑顔を支えに締め切られた扉をこじ開けんとするかの女性たちの姿が見ているボクを揺さぶり続けました。 ようやく探し当てた母が、仕事場のドアから出て来るシーンで、赤ん坊を見せる前に 「里子に出すまえの私を抱いてくれたことはあるの?」と尋ねるジェシカさんが 「わたしを抱きしめて!」そう叫んで母に縋りつくシーンは予告編にもありますが、母も父も知らずに育ったジェシカさん自身の空っぽのこころを埋めるものの姿を見事に映像化しているシーンで、ダルデンヌ兄弟の映画表現の見事さに唸りました。 その時、おそらく、初めて娘を抱きしめて、涙した母親が娘のジェシカと赤ちゃんをドアの向こうに招き入れたシーンに、 心からホッとしました。 で、他にも印象に残っているシーンはたくさんありますが、ラストシーンは格別でした。たしか、ジュリーという女性が恋人と赤ちゃんの三人で、結婚の保証人を依頼するためにかつての先生を訪ねるシーンです。 三人を迎えた先生が、アポリネールの詩の歌を弾いて、一緒に歌った後、 赤ちゃんのために! そういいながら、モーツアルトの、ぼくでも鼻歌で歌い終えることができる「トルコ行進曲」を弾くのですが、そのピアノの素朴な響きを聞きながら、 「悪いことばっかりじゃないよ、きっと何とかなるよ。」 描かれる一人一人の女性たちの、あまりに苛酷な人生に胸がふたがる思いをしながら見続けてきた老人にそう呟かせる、このラストシーンの、この演出にも唸りました。拍手! 帰って、同居人にすすめました。で、後日、この作品を見にいった彼女が帰って来ていいました。「おっぱいをあげるシーンが一回もなかったのが、納得いかなかったわ。」 その言葉を聞いて、ドキッとしました。その通りですね。これだけたくさんのお母さんと赤ちゃんが登場する作品なのに、授乳シーンがすべて哺乳瓶からのミルクなんです。そこに気付かないのは、やっぱり、ボクが男性だからでしょうか。 ダルデンヌ兄弟が、そのあたりをどう考えているのか興味深いですね。同居人に拍手!です(笑)。 監督・製作・脚本 ジャン=ピエール・ダルデンヌ リュック・ダルデンヌ 製作 デルフィーヌ・トムソン ドゥニ・フロイド 共同製作 ミヒール・ドン ルーカス・ドン 撮影 ブノワ・デルボー 美術 イゴール・ガブリエル 衣装 ドロテ・ギロー 編集 マリー=エレーヌ・ドゾ キャスト バベット・ベルベーク(ジェシカ) エルサ・ウーベン(ジュリー) ジャナイナ・アロワ・フォカン(アリアンヌ) ルシー・ラリュエル(ぺルラ) サミア・ヒルミ(ナイマ) ジェフ・ジェイコブス(ディラン) ガンター・デュレ(ロバン) クリステル・コルニル(ナタリー) インディア・ヘア(モルガーヌ) ジョエリー・ムブンドゥ(アンジェル) クレール・ボドソン(イサベル) エバ・ジンガロ(アサン) アドリエンヌ・ダンナ(ヤスミン) マチルド・ルグラン(リュシー) エレーヌ・カトラン(シルヴィア) セルマ・アラウイ(ベティー) 2025年・104分・G・ベルギー・フランス合作 原題「Jeunes mères」 2026・04・01・no060・シネリーブル神戸no369 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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