赤染晶子「じゃむパンの日」(palmbooks)
高橋源一郎の「不適切ってなんだっけ」だったと思いますが、とにかく彼の本で紹介されていて、初めて読んだ作家です。
若くして亡くなったらしい彼女の文業に注目した「palmbooks」という出版社が遺された文章を集めて出版したのがこの本のようです。市民図書館で借りだして一読、驚嘆でした。読んだのは、エッセイ集と銘打たれている「じゃむパンの日」(palmbooks)でした。
あれこれいってもうまくいえません。とりあえず、実例です。
何くそっ!
婆さまに好きな言葉は何と聞く。
「何くそっ!」
大正十一年生まれの婆様が言う。婆さまはずっと洋裁をしてきた。
「何くそっ!と思って、うちは仕事するねん。」
婆さまは洋裁一筋だ。若い時は猛烈に働いた。電車に乗ってもバスに乗っても縫い物の手を休めない。便秘の時は便所にいても針を動かす。デパートに行く時はスケッチブックを持って行った。マネキンの着ている流行りの洋服を片っ端からスケッチする。人が止めてもやめない。鼻息がふんふん荒い。いつもがむしゃらだ。何くそっ!何くそっ!ミシンを踏み続ける。ガラス障子ががたがた震える。何くそっ!何くそっ!
婆さま、一体、どうしてだ?婆さまの父親は若い時に死んだ。婆さまの母親は目が見えなかった。婆さまは母親の手をひいて通りを歩く。石が飛ぶ。心ない言葉が飛ぶ。婆さまは洋裁で家計を支える。婆さまもぐっすり眠った日がある。父親の三味線が鳴った日だ。婆さまの父親は三味線の名人だった。子供だった婆さまにも三味線を教えた。婆さまはちっとも覚えなかった。稽古が始まった途端、居眠りをしてしまう。ぴんしゃん・ぴんしゃん。父親の三味線が鳴る。婆さまはうとうと眠る。稽古が終わるまで、ぐっすり眠る。
「父ちゃんの三味線はそれほど上手やった。」
その父親が死んで、婆さまは眠らなくなった。もう三味線は聞こえない。何くそっ!何くそっ!あの日から、婆さまはミシンを踏む。何くそっ!何くそっ!わたしは父ちゃんの三味線が鳴るまで眠らない。何くそっ!何くそっ!そうやって、生きてきた。
婆さまは年をとった。よく眠るようになった。夜は早く寝る。昼間もよく寝る。
「父ちゃんの夢、見るねん。」
ぴんしゃん・ぴんしゃん。父ちゃんの三味線が鳴る。父ちゃんの歌も聞こえる。
♪高い山から!
婆さまは口ずさむ。そこから先は歌えない。知らない。居眠りしていた。
「生まれ変わったら、三味線弾きになる。」
そんな事を言いながら、またミシンを踏む。パンタロンを縫っている。婆さまは明日の敬老会にそのパンタロンをはいて行く。(P69)
生前、エッセイとして京都新聞に掲載された文章のようです。 この人、どんな小説を書いたのだろう?
まあ、そう思わずにはいられない文章です。エッセイの客観性を装って書かれていますが、「何くそっ!」ということばは作家のなかから響いてくるとしか、ボクには感じられません。これは、短いですが、「小説」ですね。
はい、もちろん、彼女の「小説」と銘打たれた作品も読みたいと思います。読むことが出来たら、また、案内すると思いますよ。
2026-no041-1256