マーシャ・シリンスキ「落下音」シネリーブル神戸
なんとなくなんですけど、予告が出始めてから気になっていて、でも、
暗そうやなあ・・・
まあ、ちょっと二の足を踏んでいたんですが、見ました。マーシャ・シリンスキという、ドイツの若い女性監督のようですが、彼女の「落下音」です。 1910年から、現代、スマホとか出てきますから、2020年代でしょうね、その100年間という時間を、4人の少女とその家族を登場させることで「叙事詩」のように描こうという作品でした。
「北ドイツの農場、四つの時代、四人の少女。百年にわたる怪奇譚」
まあ、それがチラシのことばでした。ボクが鈍いのかもしれませんが、
どこがどう怪奇なのか?
という以前に、
なにを叙事したいのか?
にたどり着けないお尻が痛くなる作品でした。 下に入場の際に配られた「キャラクター・チャート」というカードを貼りましたが、これを見て復習してもボクにはこの作品が何を表現していたのかよくわかりませんでしたね。
この、若い女性監督が意図していることは、何となくですが理解できるのです。プロット、プロットには印象的なシーンもたくさんあって、まあ、それを楽しんでいればいいのかもなのですが、映画として一つながりに見えてくるはずの「何か」にたどり着くことができませんでした。多分、監督が意図的に挿入している「落下音」が、ただの雑音にしか聞こえませんでした。そのあたりがザンネン!でしたね。 老婆の手とか、じっと見る少女の眼差し、あやふやな表情、笑えない母、広大な麦畑、迫りくるコンバイン、いいシーンはたくさんあったんですけどねえ(笑)。
なんか、悪口ばかり並べましたが、映画は、1910年から1980年にかけてのドイツ、第一次世界大戦から、ナチス時代を経て、東西に分割され、壁が崩壊するまでのドイツ、そしてそれから30年後の今に至る100年を、多分、同じ屋敷に暮らした4人の少女の眼差しによって描こうとしていたように思いました。
たとえば、映画はこの系図で1940年代に登場しているエリカという女性が片足のない叔父の部屋をのぞくシーンから始まるのですが、それは1910年に両親によって足を切断されたフリッツという青年の30年後の出来事ですが、兄が足を切り落とされるシーンを見ていたのは妹のアルマです。で、その後のアルマやエリカの運命。エリカの姉の「笑えない女性」イルムの人生。イルムの娘アンゲリカ、アンゲリカの行方。そのアンゲリカの娘であるらしいクリスタ、クリスタの娘ネリーとレンカ。女性たちの、多分、その時代を、その時代を生きた姿は、ひょっとしたらドイツの方がご覧になればリアルに浮かぶのかもしれません。しかし、ボクには それぞれの時代と社会という背景を思い浮かべることが難しかったですね。
まあ、こういう日もあるということですね。マイッタ、マイッタ(笑)。
監督・脚本 マーシャ・シリンスキ
脚本 ルイーズ・ピーター
撮影 ファビアン・ガンパー
美術 コジマ・フェレンツァー
衣装 サブリナ・クラーマー
編集 エベリン・ラック
音楽 ミヒャエル・フィードラー アイケ・ホーゼンフェルト
キャスト
ハンナ・ヘクト(アルマ1910年代)
レア・ドリンダ(エリカ1940年代/戦後)
レーナ・ウルゼンドフスキー(アンゲリカ 1980年代/ドイツ民主共和国)
レニ・ガイゼラー(レンカ現代)
スザンネ・ベスト
ルイーゼ・ハイヤー
クラウディア・ガイスラー=バーディング
リュカ・プリゾ
2025年・155分・PG12・ドイツ
原題「In die Sonne schauen」
2026・04・13・no068・シネリーブル神戸no372