|
カテゴリ:映画「シネリーブル神戸」でお昼寝
ローラ・ワンデル「アダムの原罪」シネリーブル神戸 製作者に、あのダルデンヌ兄弟の名を見つけて、封切り早々映画館に駆け付けました。
見たのはローラ・ワンデル監督の「アダムの原罪」です。 ルシー(レア・ドリュッケール)という小児病棟のベテラン看護師と、患者のアダム君、4歳。彼をシングル・マザーとして育てている女性レベッカ(アナマリア・バルトロメイ)との葛藤を描いた79分でした。時間を忘れて見入りました。 女性二人の、特に看護師を演じるレア・ドリュッケールという女優さんの演技が素晴らしかったですね。 邦題になっているアダムの原罪というのは、キリスト教の説話ですよね。イヴにすすめられて、神にそれを食べることを禁じられている知恵の実を食べてしまったアダムの罪のことだというのが、ボクの浅はかな予備知識でしたが、この作品のどのあたりと、その逸話が結びつくのかボクにはよくわかりませんでした。 たしかに、小児入院病棟に入院させられたアダム君は、母親の与える食事しか口にしようとしない結果、栄養不良で重度の骨粗しょう症的症状に苦しんでいて、病院では、母親との隔離による食事療法が指示されているのですが、母親レベッカはアダム君を抱え込んで離そうとせず、アダム君はアダム君で、レベッカ以外の人の言葉は聞こうとしません。 ママ以外はすべて危険である! 何で、この母と子がそう思い込んで治療を拒否するのか、看護師のルシーさんにはわかりません。わからないまま医師やセラピストによる判断があって、命令があって、治療が進められます。アダム君はルシーの差し出すスプーンを拒否し、ようやく飲みこん画と思うと嘔吐を繰り返します。もちろん、見ているこっちも、その、わからなさに困惑するばかりです。 で、ルシーさんはどうしたのか。映画はルシーさんの、廊下を歩く後ろ姿、セキュリティカードでドアを開け閉めするいらだった表情、手を洗い、顔を洗い鏡を見つめる姿を次々と映し出すのですが、そのショットの重ね合わせが素晴らしかったですね。 理解を絶した母子に対して、病院という制度の中で生きる自分に何ができるか? それを問い、その答えに至る姿が後ろ姿として映し続けられているのです。 いや、スゴイですね。 原題の「L'Intérêt d'Adam」は聖書では「アダムの原罪」なのでしょう。でも、直訳すれば「アダムの利益」くらいかなと思うのですが、そっちの方がわかる気がする瞬間がやってきました。 「ママといたい。でも、しぬのはヤダ」アダム君が、ママであるレベッカと引き離される時、ルシーの説得に応えて発する言葉です。 ことばを耳にした瞬間です。この母と子がまわりの社会から追いつめられている実相が浮かび上がってきて、ルシーさんの苛立ちと焦りの姿に秘められた決意が胸を貫く気がしたのです。 アダムの命を守る、そして、レベッカの命も守る。それがルシーさんの決意だと。 制度化する善意が決して救うことができない人が、この世にはたくさんいらっしゃるのです。「知恵の実」を食べ続けている現代社会を救うのは神ではありません。 ルシーさんの決意について、見ているあなたはどうお考えになりますが?映画が問いかけてくるその問いにボーっと空を見上げる帰り道でした。拍手! ダルデンヌ兄弟製作に目をとめて正解でしたね。ローラ・ワンデルという監督の名前も忘れないでしょう。しかし、なんといっても忘れられない印象として残ったのはレア・ドリュッケールという、多分、何度か見たことがあるはずの女優さんの横顔と後姿ですね。拍手!拍手!です。監督・脚本 ローラ・ワンデル 製作 ジャン=ピエール・ダルデンヌ リュック・ダルデンヌ 撮影 フレデリック・ノワロム 編集 ニコラ・ランプル キャスト レア・ドリュッケール(ルシー 看護師) アナマリア・バルトロメイ(レベッカ シングルマザー) ジュール・デルサール(アダム 少年) アレックス・デスカス(ナイーム 病棟管理官) 2025年・79分・G・ベルギー・フランス合作 原題「L'Intérêt d'Adam」 2026・06・05・no103・シネリーブル神戸no385
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[映画「シネリーブル神戸」でお昼寝] カテゴリの最新記事
|