斎藤陽道「よっちぼっち 家族四人の四つの人生」(暮しの手帖社)
2020年ですから、6年前ですね。河合宏樹という監督が撮ったドキュメンタリィー作品「うたのはじまり」という、なんというか、ものすごい作品を見て、その映画に登場していた斎藤陽道という人の名前を覚えました。
で、市民図書館の棚にその名前を見つけて「アッ、あの人や!」
お風呂で赤ん坊を抱いて歌を歌っていた人です。 ろう者の写真家、斎藤陽道(はるみち)さんが、パートナーのまなみさんと、コーダである二人のお子さんと暮してこられたに4年間の記録?、日記?、エッセイ?、どう言っていいか分かりませんが、まなみさんやお子さんに、あるいは、自分自身に語りかける文章の1冊でした。
というわけで、今日の案内は、斎藤陽道「よっちぼっち 家族四人の四つの人生」(暮しの手帖社)です。
こんな文章が最初にあります。
はじめに ことばの光る道を築く
ろう者の、ぼく、まなみ。
聞こえる子どもの樹(いつき)さん、畔(ほとり)さん。
身体が違えば、見えている世界も違う。
ぼくは聞こえる世界のことをしらない。
結局のところ、暮らしに答なんてなかったし、励ましになるような文章などと、おこがましいことであった。ただ、ひとりぼっちのぼくが、もっとも近くにいるひとりぼっちに向けて交わしたことばを、どうにか残そうとしゃかりきいなった痕跡だけが残った。
長くも短い四年のうちに、自然と定まってきた行為がある。ほほえみも、体温も、ことばとして響くようにと、見つめながら抱きしめる。相手のアゴを使って、手話で「好きだよ」と伝える。続けて、お互いに頬を合わせながら、デフボイスで「たからもの」とささやく。毎夜、このように子どもへ伝えている。
そうか、手話をことばとしていると、こうやって生きて、愛して、関わっていくこともできるのだなあと、自分で自分の暮らしに驚くことがしばしばある。
ぼくたちは暮らしながら、ことばの光る道を築いているのだ。
ひとりぼっちが四人で、よっちぼっちというのが書名の由来です。「暮しの手帖」に連載なさっていた文章ですね。
「音」があることが、「耳が聴こえること」が、当たり前であると思い込んで生きてきたボクには、驚くべきことばの姿が語られていました。
「声」という音の痕跡によって人が繋がっていくと考えるのであれば、それぞれがひとりぼっちである外はないろう者である両親、コーダである子供たち、光を放つことばの道を歩むことでよっちぼっちになっていく暮らしです。
なにを言いたのか意味不明なことを口走っていますが、本書をお読みになればわかっていただけるだろうと思っています。
で、最後の引用されていた神谷美恵子さんの詩が気に入ったので載せておきます。
うつわの歌 神谷美恵子
私はうつわよ、
愛をうけるための。
うつわはまるで腐れ木よ、
いつこわれるかわからない。
でも愛はいのちの水よ、
みくにの泉なのだから。
あとからあとから湧き出でて、
つきることもない。
うつわはじっとしてるの、
うごいたら逸れちゃうもの。
ただ口を天に向けてれば、
流れ込まない筈はない。
愛は降りつづけるのよ、
時には春雨のように、
時には夕立のように
どの日も止むことはない。
とても痛い時もあるのよ、
あんまり勢いがいいと。
でもいつも同じ水よ、
まざりものなんかない。
うつわはじきに溢れるのよ、
そしてまわりにこぼれるの。
こぼれて何処へ行くのでしょう、
― そんなこと、私知らない。
私はうつわよ、
愛をうけるための。
私はただのうつわ、
いつもうけとるだけ。
「うつわのうた」
で、「よっちぼっち」の斎藤さんちに五人目のひとりぼっちが加わったそうです。「ごっちぼっち」というわけです。 二〇二三年の夏、もうひとつの器がやってきた。沖永良部島で眺めた、どこまでも広がる満点の星空が命名のきっかけとなった天彌(あまみ)さん。
「よっちぼっち」から、「ごっちぼっち」となろうとは、連載を始めたころは想像だにしていなかった。人間、どうなっていっくかなんて本当にわかりゃしない。
まなみも、樹さんも、畔さんも、天彌さんを慈しみ深く抱きしめながら、いのちの水をそそいでいる。天彌さんに向けるみんなの表情は、きらめくことばの結晶だ。天彌さんの肌に触れながら語りかける手話は、すずやかに染みわたっていることだろう。
また、ここから始まっていく。
二〇二三年十月一日 斎藤陽道(P141)
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