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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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読書案内 「医者や科学者の仕事、まあ科学一般」

2022.05.01
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​ 郡司芽久「キリン解剖記」(ナツメ社)​
 解剖はいつも突然に

 私とキリンが紡ぐ研究の物語を始める前に、まずは私の仕事である「キリンの解剖」について具体的にお話ししようと思う。キリンの解剖をする機会は意外に多いので、読者のみなさんにも突然チャンスがやってくるかもしれない。いつ解剖のチャンスが訪れても困らないよう、解剖の手順や必要な道具などを中心にご説明したい。(P014)
​ マア、こういう調子で始まります。久しぶりに帰宅した、ゆかいな仲間の一人、ピ-チ姫「これ、おもろいで!」と置いて帰った本です。
 表紙を見ると、郡司芽久「キリン解剖記」とあります。何となく読み始めて、止まらなくなりました。シマクマ君は60年以上生きてきたわけですが、キリンの解剖をする機会はもちろん、キリンそのものにもここ数年で会った記憶がありません。にもかかわらず、「じゃあ、さようなら」といってページをパタン!とさせない吸引力が、この書き出しにはありました。
​ 「キリンの解剖」なんていう、普通に暮らしている人間には「まったく」といっていいほど、縁のない世界に、「はい!はい!よってきて!はいってみて!」という掛語を張り上げる元気!が、この書き出しにはあるのですね、きっと。​
 読みすすめれば、わかりますが、文章は、東大出の博士とは思えない平たさで、まあ、素朴です。キリンが好きでたまらない学生さんが、いきなり解剖刀を握り、キリンの長い首の皮をはいでいくところから始まります。 
 動物園で死んでしまったキリンが、どんなふうに扱われ、どこに運ばれるのか。で、結局、どうなるのか、ご存知の方はいらっしゃるのでしょうか。まず、そういうことがわかります。
 シマクマ君には、特別に「キリンがすき!」という思い入れがあるわけではありませんが、どんどん読めました。郡司さん2008年、初めて出会った​「夏子」​の遺体にはじまって、2015年、たった一人で「八番目の首の骨」を確認するために、1週間かけて向き合った「キリゴロウ」との出会いまで、一気読みでしたが、その150ページほどの間に、何も知らない学部の学生さんだった郡司さんは、13頭キリンに解剖刀を構えて立ち向かい、博士論文をお書きになる学者に成長なさっていましたが、そんなことは全く悟らせないところが、この「キリン解剖記」のよさでした。
 ちなみに、彼女が最初に出会った​「夏子」​は、神戸の王子動物園でシマクマ君も出会ったことのあるはずのマサイキリンで、「キリゴロウ」​は富山のファミリーパークにいた、たぶんアミメキリンです。それぞれの名前をクリックしていただくと生前の本人に出会えますよ(笑)
 で、無事博士号を取得した郡司さんが、本書の最後に記した言葉がこうでした。
​無目的、無制限、無計画。
「何の役に立つか」問われ続ける今だからこそ、この「3つの無」を忘れず大事にしていきたい。​​
​ 座右の銘にしたい名言ですね。
 その次のページには参考文献がずらっと並んでいましたが、ほとんどが横文字で、シマクマ君には全く歯が立たない一覧でした(笑)。
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最終更新日  2022.05.01 00:17:31
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2022.04.25
​​​​​ 関なおみ「保健所の『コロナ戦記』」(光文社新書)​ 図書館の新刊の棚にありました。何気なく手にとってみると、目次の次のページに、こう記されていました。
 ​​プロローグ 1月23日深夜から東京は戦争状態に突入した
 戦争が勃発すると、人々はこういう。「長続きはしないだろう、あまりにばかげたことだから」。たしかに戦争はあまりにばかげたことかもしれない。だが、だからといって長続きしないわけではない。
(『ペスト』カミュ 光文社古典新訳文庫)​​
​ ​​​読まないわけにはいかない吸引力ですね。著者は関なおみさん、東京都の保健所の公衆衛生医師として勤務されている方で、コロナ騒ぎの最初から、ほぼ最前線で戦ってこられた方のようです。本書にはTOKYO2020-2021と副題があるように、2020年の1月から2021年の9月30日まで、保健所という現場で起こった出来事と、それに対する関なおみさんの感想、意見、思考が、とても早口で記録されていました。​​​
​​​ もちろん、文章に「早口」なんてことはあり得ないわけですが、今どきはやりの「リスク・マネージメント」が通用しない非常事態が進行している中で、ダメージ・コントロールを最優先にした語り「早口」にならざるを得ないわけで、関さんが本書を上辞されたらしい2021年10月にも事態は進行していたわけですから、彼女の語りが最後の最後まで、次々と畳みかけてくる早口の印象を読手が持つのは当然ではないでしょうか。​​​
​ たとえば、延期されていた東京オリンピック開催直前の「2021年6月 検証してみた。」の章の後半の副題をあげてみるとこうなっています。​
24時間365日対応問題
「電話がつながらない」問題
HER-SYS隊の活躍(情報共有の簡素化)
陽性者の移送・居所確保の問題
濃厚接触認定問題
「スカスカの発生届」問題
自宅療養者の救急妖精問題
「不要不急」の問題-投票は国民の義務?
不都合な真実​​
​ ​で、たとえば最後の「不都合な真実」の記述内容はこうなっています。​
 COVID-19発生以降、様々な提言が行われる中、ついに6月18日、政府対策本部と組織委員会宛に、新型コロナウイルス感染症対策分科会専門委員会有志による「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技会開催に伴う新型コロナウイルス感染拡大リスクに関する提言」が提出された。
 これらの提言はある意味、政治家にとっては不都合であろう。とはいえ、専門家も公衆衛生医師も、理想を抱きつつも現実主義者であり、夢想家ではない。常識的に考えて、オリンピック・パラリンピック開催に違和感を持たない者はおらず、中止になることを祈らない者はいなかった。
 とはいえ結局この願いは、その後、むなしく響くことになる。
​ ​というわけで、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技会」の強硬開催の結果、保健所や医療現場でなにが起こったかということは7月、8月の記述に続くわけです。​
 ぼくが「早口」といったのはこの辺りの記述スタイルをさしていますが、読み手は「船腹に大穴をあけられ、浸水と戦っている乗務員が、もう一発砲弾が飛んでくるのを見て『早口』にならないわけにはいかないだろう」という、同情というか、共感というか、怒りというかにうながされて、「早読み」になるという利点もあるわけです。
​ 思えば、始まりは2020年の1月だったのです。本書の記録は2021年9月までですが、2022年4月現在、2年と4か月が経過したわけですが、次々と飛んでくる砲弾と浸水を続ける事態が終わったわけではありません。ああ、新型コロナウイルス感染症騒ぎのことですよ。
 シマクマ君は、何とか無事に生きています。一応65歳を超える高齢者で、肥満、タバコの常習性がありますから感染するとかなり危険だという自己認識はあります。なるべく人と出会わないようにする以外には、特別にガードを高くする暮らしをしているわけではありませんが、まあ、とにかく今のところ無事です。
​ で、さなかにゴミだらけのマスクを配って人気取りをした挙句、オリンピックを強行した政治のやり方、イソジンが効くとか騒いだバカもいましたが、まあ、そういう「あほらしさ」にうんざりしたというのが正直な感想で、最近では、政治家があれこれ言うことには何の興味も関心もありません。​
​​ まあ、そういういい加減な傍観者スタイルに対して本書は結構なハードパンチでした。関なおみさんの意見に反対か賛成かとか、現場用語がわかるとか、そういうことではありません、この騒動の間中、保健所という現場には真摯に働いている人がいるという、実は、当たり前の前提に目を開いてくれたことが一番の収穫でした。
 最後にあとがきで書かれている執筆動機には、ちょっと泣けましたが、​彼女の結論はこんな感じでした。​

 いままで話したすべての観察に基づいて、こう述べなければならない。ペストに最も有効な薬は、それから逃げることだと。後世への処方箋としてここに書き残しておきたい。(以下略)
 「ペストの記憶」ダニエル・デフォー
 ​納得でした。イヤ、ホント、量は多いのですがすぐ読めますよ(笑)。
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最終更新日  2022.04.25 00:05:31
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2021.08.08
​​​​斎藤道雄「治りませんように べてるの家のいま」(みすず書房)​​
 「悩む力」(みすず書房)を読み、ここで案内しました。で、続けて、同じ著者​斎藤道雄​「治りませんように」(みすず書房)を読みました。​​

 「悩む力」が出版されたのが2002年、この本が出たのが2010年です。この本では、北海道浦河のベてるの家の人たちの、「悩む力」からの、ほぼ十年の姿が報告されています。
​ 本を開いて、最初の章の題は「記憶」でした。​
 かつて、ハンガリー東部のユダヤ人村に暮らしていた六人の裕福な家族は、少年ひとりを残し全員が煙突の煙と消えていった。一九四五年、解放されたとき十五歳になっていた少年は、自分だけが消えた家族の証であり、自分だけが家族の過酷な運命を記憶すべく、この世に残された存在だったことを知る。
 立ち上る煙の記憶のもとで、少年はひとりつぶやくのだった。
「お父さん、お母さん、みんな、心配しないでください」
煙になった家族に、そして生き残った自分に、少年は語りかけている。
「ぼくは幸福になったりしませんから。けっしてしあわせになることはありませんから」
 ホロコーストを生きのびた少年は、自分だけが幸福になる、とはいわなかった。しあわせにならないといったのである。そうすることで、失われたものの記憶を自らの生につなぎとめたのだった。
 しあわせにならない。
 あなた方を忘れないために。あなた方の死を生きるために。そしてあなた方に対して開かれているために。
 この思いが、やがて時を超え、二つの大陸を超えてゆく。
 そして、もう一人の若者のこころにこだまする。
 アウシュビッツもホロコーストも知らないもう一人の若者は、「幸せにならない」生き方を自らの生き方とし、過疎の町に根を下ろすのであった。そこで時代を超え、状況を超えてあらわれる人間の苦悩をみつめながら、苦悩の先にもう一つの世界を見いだそうとしたのである。
​ ​​その次の第2章の題は「死神さん」で、この本の主人公(?)の一人である、「統合失調症」を生きている鈴木真衣さんという方の話に移っていきます。​​
​ この本の面白さ(?)は、鈴木さんをはじめとする、ベてるの家で生きている人たちの「病気を宝にしていく」過程のドキュメントにあると思いますが、最初の章に記されているアウシュビッツの少年の逸話の意味が、ずっと気にかかりながら読みすすめました。
​ 気がかりを解く答えは、200ページを超えて読みすすめてきてたどりついた「しあわせにならない」と題された最終章にありました。​
 この章は、著者の斎藤道雄さんベてるの家を支えてきた、精神科のソーシャルワーカーである向谷地生良さんや彼の家族と昼食を共にした時の逸話から書きすすめられています。
 覚えていますか。ぼくが浦河に行きはじめてまもなく、1998年にインタビューしたときに向谷地さんから聞いたことですが、こういう話をしてくれましたね。ユダヤ人の作家のエリ・ヴィーゼルの本を読んだことがあると。その本のなかに出てくる場面です。アウシュビッツの生き残りの少年がいて、家族はみんな収容所で死んでしまったけれど、ひとり生きのびて収容所を訪れ、こういったという話です。
「お父さん、お母さん、みんな、心配しないでください。ぼくはけっしてしあわせになることはありませんから。」
 この話、覚えていますか。
 もちろん。
 と向谷地さんはうなずいた。横に座っていた宣明さんも、ああその話、聞いたことがあるという。

 あの話ですが、ヴィーゼルのなんという本に載っていましたか?
 「夜」だったかなあ。
 それが、ないんですよ。
(註:
宣明さんは向谷地さんのご子息)
​​​​​​ エリ・​​ヴィーゼルという作家の「夜」三部作をくまなく探した斎藤さんが、向谷地さんは、おそらくこのシーンを読んで立ち止まったに違いないと発見した記述の部分が本書に引用されています。​​​​​​​
 この夜のことを。私の人生をば、七重に閂をかけた長い一夜えてしまった、収容所でのこの最初の夜のことを、決して私は忘れないであろう。
 この煙のことを、決して私は忘れないであろう。
 子どもたちの身体が、押し黙った蒼穹のもとで。渦巻きに転形して立ち上ってゆくのを私は見たのであったが、その子供たちの幾つもの小さな顔のことを、けっして私は忘れないであろう。
 私の〈信仰〉を永久に焼き尽くしてしまったこれらの焔のことを、けっして私は忘れないであろう。
 生きていこうという欲求を永久に私から奪ってしまった、この夜の静けさのことを、けっして私は忘れないであろう。​(「夜」エリ・ヴィーゼル著・村上光彦訳・みすず書房・1967)​
 ご覧の通りヴィーゼルの文章の中では、少年はつぶやかないのです。
 では、誰が、なぜ「しあわせにならない」とつぶやいたのでしょう。それがベてるの家に通い続けた斎藤さん問いでした。
​ 斎藤さんが浦河に通い始めて間もなくの頃、ソーシャルワーカーの向谷地さんがインタビューに答えた、あの時の話に出てきた、「しあわせにならない」とつぶやいた少年向谷地さん自身だったのではなかったか?
 斎藤さんは、直接問い詰めていく中で、向谷地さん自身の少年時代の体験や「結婚してしあわせになったらどうしよう」と不安だったという人柄を丁寧に記しながら、読者に対しては、こんなふうにまとめています。
​「しあわせにならない」という言葉が、少年のものだったか向谷地さんの思いこみだったかは、さほど問題ではない。それより、ヴィーゼルの著作に触発され、「しあわせにならない」ということばを思い、その言葉に強く同化してゆく向谷地さんの姿こそが、私にとっては重要だったのである。それはいかにもベてるの家にふさわしい、苦労の哲学の背景をなす相貌だからだ。​​
​ 斎藤道雄の二冊の著書を読みながら、ずっと考えていたことがあります。それは一言で言えば、
「ぼくはどんな顔をしてこの本を読み終えればいいのだろう。」という問いです。
 で、この最終章を読みながら、ホッとしました。

 ジャーナリスト斎藤道雄自身も、「しあわせにならない」という生き方をする人間たちを前にして、たじろぎながらも、敬意をもって、そして執拗に「わかる」ことに迫ろうとしていたのだと感じたのです。
 「悩む力」にしろ本書にしろ、下手をすればスキャンダラスな見世物記事になりかねないドキュメントなのですが、著者自身の「人間」に対する姿勢が、見ず知らずの人間が手に取り、胸打たれながら読むことを、自然に促す「名著」を作り上げていると思い至ったのでした。

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最終更新日  2021.08.08 10:30:02
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2021.07.24
​​斎藤道雄「悩む力」(みすず書房)​​ 小説家のいしいしんじさんがツイッター上でこんなつぶやきをもらしていらっしゃいました。​
​ 生涯ナンバーワンの読書経験、といっていいです。ぜったいのぜったいにお薦めです。写真家の鬼海弘雄さんに「いしいさんはこれ読めよ」と押し付けられたのが出会い。ああ。鬼海さん、ありがとう。​
​ どこかで聞いたことがある書名だと思いましたが、まあ、それはともかく、つぶやきのなかに出てきたのが鬼海弘雄という名前でした。写真のことなんて全くわからないのですが、その写真集には、ただ、ただ、圧倒された印象のある方で、「ああ、この本は読まなっくちゃあ」というわけで読みました。
​ 斎藤道雄「悩む力 べてるの家の人びと」(みすず書房)です。​
 表紙の「べてるの家の人びと」という副題を見て、どこで聞いた名前か思い出しました。「ベてるの家の非援助論」という本が我が家のどこかの棚にあるはずですが、そんな本に関心を持っていたころに出会っているはずです。高校の図書館の係をしていて、1800円という価格を見ながら、入れようか入れまいか悩んだ覚えがあるのですが、情けないことに、入れたかどうか覚えていません。
​​​​ 著者の斎藤道雄という人はTBSというテレビ局のプロデューサだった人のようですが、本書は斎藤道雄さんによる「ベてるの家」の取材レポートといっていいと思います。
 「ベてるの家」というのは北海道の浦河という町にある、まあ、一言でいえば「精神障碍者の自立施設」の名前ですが、そう呼んだ、とたんに生まれるかもしれない先入観はとりあえず捨ててお読みになってほしい本でした。​​​​

 内容はお読みいただくほかないと思うのですが、登場する一人一人の人たちの、人間としての存在感が強烈で、先ほど言った、ぼくにもある「先入観」を剝ぎ取ってゆく読書体験で、鬼海弘雄という人のポートレート写真を見る体験と、どこか似ていると思いました。
​​​ 斎藤道雄さんは、「絶望から」という最終章で、向谷地生良という、ベてるの家を支えてきた、ソーシャル・ワーカーの方について語りながら、こんなふうにまとめておられます。​​​
 絶望、すなわちすべての望みを絶たれること。
 それはベてるの家の一人ひとりさまざまな形で体験してきたことだった。分裂病で、アルコールで、うつ病で、あるいはそうした病気がもととなる差別偏見で、一人ひとりがそれぞれどん底を経験し絶望にうちひしがれてきた。そこで生きることをやめようと思い、けれどそうすることもままならず、生きのびたすえに気がつけば精神病という病を背負ってひとり荒れ野に残されている。そうした人間がひとり集まりふたり集まり、群れをなし場を作り、暮らしを立ててきたのがベてるの家だった。
 そこでは、生きることはつねにひとつの問いかけをはらんでいる。
 なんの不条理によって自分は精神病という病にかかり、絶望のなかでなおもこの世界に生きていなければならないのか。病気をもちながら生きる人生に、いったいなんの意味があるのだろうかと。
 その問いかけにたいして、V・E・フランクルのことばを引いて向谷地さんはいうのである。「この人生を生きてなんの意味があるのか」と考えてはいけない、「この人生から自分はなにを問われているか」を考えなければならないと。
「私たちがこれからおきる人間関係だけでなく、さまざまな苦労や危機にあう、その場面でどう生きられるか、その生き方の態度を自分に課していく。・・・・この人生から私がなにを「問われている」のか。私が問うのではなく、私が問われているのです。あなたはこの絶望的な状況、危機のなかでどう生きるのかと」
 絶望のなかからの問いかけ。
 それがべてるの理念のはじまりだった。
​ この部分だけお読みになると、先程から言っている、善意の「先入観」にピッタリと答えている文章に見えますが、一冊通読されて、ここに至るとき、「絶望」という言葉の迫力が、ただ事ではないことに気づかれるに違いないと思います。
​​ 引用されているフランクルは、もちろん「夜と霧」の人ですが、たとえば、よく読まれている彼の文章を分かった気になって読んでしまうぼく自身が、「絶望」という言葉から問い直されているのではないかという「問い」を痛感する読書でした。​​
 いしいじんじさん、ありがとうございました。​



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最終更新日  2021.07.24 01:38:01
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2021.06.05
​​河合雅雄「ゴリラ探検記」(講談社学術文庫)
 
「サル学」河合雅雄が2021年5月14日に亡くなったというニュースを見ました。ジャーナリストの立花隆「サル学の現在(上・下)」(文春文庫)という長大なレポートを書いて評判になって以来、サル学という言葉が普通名詞になりました。1990年代の初めのころのことでした。​
​​ しかし、今西錦司に始まる京大の「サル学」の世界、ニホンザル、ゴリラ、チンパンジーの社会に潜り込んで霊長類の生活や歴史を探る世界へ、ぼくたちのような素人を誘ってくれたのは、立花隆ではなくて、河合雅雄、井谷純一郎、西田利貞といった、今西門下の、みなさん、そろって、実に文章の上手なフィールド・ワーカーたちの報告でした。​​
​​ 中でも、河合雅雄は、子供向けの童話から翻訳まで手掛ける、「サル学読書界」のスター選手というべき人で、案内したい本が山積みですが、彼が世に問うた最初の本が「ゴリラ探検記」(講談社学術文庫)でした。​​
 ​100メートルも行ったであろうか、ルーベンは鼻をぴくつかせていたが、しわがれた声で「ゴリラ」とささやいた。私にはなにも見えない。かすかな音も聞こえない。ルーベンはぐいと私の手をひっぱり木立の中をさした。二、三歩進んだ私は、思わず棒立ちになって息をのんだ。10メートル先に、巨大な漆黒の手が伸びているのを見たのだ。ゴリラだ!彼は私たちに気づかず、木の葉をたべていたのである。
 後ろでカシャと音が聞こえた。水原君がニコンのシャッターを切ったのだ。同時にかき消すようにその手が消え、鈍い音とともに黒い塊が左へとんだ。ルーベンは茂みの穴をさして、そこへはいっていけという。雨は相変わらず降っていて、しずくが音を立ててヤッケにあたる。不気味にあいている穴は、地獄の門のように見えた。ちゅうちょする私を、ルーベンは容赦なくぐいと押した。
 茂みは分厚くもつれ、ぬれた木をおしわけて、はうようにして進むのがようやくである。茂みの中は薄暗かった。私は闇の中を手探りで、一歩一歩ふみしめて歩いていく思いだった。足跡は深い谷に落ち込むように向かっていた。とつじょ、十二、三メートル横の茂みで「グヮーッ」というものすごい咆哮がした。そして、大きく木がゆれた。そこにひそんでいたゴリラのリーダーが威嚇したのだ。しかし、私たちは身動きもできず、急ながけのツタにつかまって体を支えていつのがせいいっぱいであった。逃げようたって、このがけではどうにもならないではないか。(第1章「ゴリラの聖域」
​ 長々と引用しましたが、「ニホンのサル学がゴリラと出会った瞬間」というべきの場面の描写です。学術文庫で、300ページを超える大作ですが、こうして写していてもワクワクしてきて、夢中になった記憶が浮かんできます。もう、35年も昔の話です。
 山積みの中から、追々、案内したいと思いますが、これからも忘れてほしくない人ですね。冥福を祈りたいと思います。



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最終更新日  2021.06.05 00:34:22
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2021.06.04
​​計見一雄「戦争する脳」(平凡社新書)​​ 著者の計見一雄(けんみ かずお)という人は、裏表紙の紹介によれば1939年の生まれで、1980年代から精神科救急医療の確立に尽力した精神科医のようです。だれにも媚びないで、まっすぐに自分の意見を書く態度が気に入って、別の著書にも手を出したりして、まあ、あれこれ面白がっていた人なのですが、ネットのニュースで「新幹線の運転士 走行中に運転室離れトイレへ JR東海が処分検討」という記事を見て、この本を思い出しました。
 計見一雄(けんみ かずお)「戦争する脳」(平凡社新書)です。
​ 
​上記の話題は典型的な、いわゆる、「あってはならないこと」の話題なのですが、計見一雄のこの本は「あってはならないことが・・・」と、事が起こってから言い訳する「日本型思考」批判の書といっていいと思います。​
​​ 「戦争はあってはならない」・「原発事故はあってはならない」・「いじめはあってはならない」。こうやって「あってはならない」ことを並べながら、ふと、世間を思い浮かべてみると、感染がこれだけ広がっても、「コロナの蔓延」は、そもそも、あってはならない現象だったようだし、どうも「ワクチンの接種遅れ」「副作用」も、「オリンピックの中止」だか「再延期」だかも、あってはならない事態だと考えられているようなご時世で、「ほぼ、自動運転に違いない新幹線の無人運転ぐらいで騒ぐなよ」と、いい加減なことを言い出してしまいそうでしたが、計見一雄「あってはならない」という言葉の使い方について、ナルホドそうだねという批判を、面倒がらずに展開していたことを思い出しました。​​
 ​学校でのいじめ、自殺。「あってはならない」ことが起きました。命の大切さを教育しましょう。児童の動揺がはなはだしいので、カウンセラーを導入します。まことに申しわけありませんでした、で終わる。「本校ではかかる事態を根絶することを誓います」とは、絶対に言わない。​
​ と、まあ、ありがちなシーンを取り上げて、これを、こんなふうに批判しています。
(この言い方だと)「あってはならない」というのは「存在してはならない」としかとれない。
 なぜおかしいかというと、それは実際に存在してしまった。出現してしまったんだから、今後も出現する可能性があります。それを防ぐ手段を考えなければいけないし、仮に出現したときにどのように対処するのかということを、今後作っていかなければなりませんというのが正しい回答である。(第1章「否認という精神病理現象」
​ ​​要するに「あったらどうするか?」という発想がないことに対する批判ですが、「精神科救急医療」の現場で実践してきた人として、実にまっとうな批判ですね。​​
​​ 「オリンピックが出来なかったらどうするか?」とか、「原子力発電所が事故を起こしたらどうするか?」っていうことが、実は考えられていないのではないか、という私たちの社会の現実を言い当てているのではないでしょうか。例えば、新幹線に限らないと思うのですが、ひとりで運転席いる、電車の運転手の話の場合なら「おなかが痛くなったらどうするか」ということについて、ならないための「リスク・マネージメント」とかは、やたら吹きこまれている感じがしますが、なったらどうするのかという「ダメージ・コントロール」は、案外、ないがしろにされているのではないのかと感じますね。​​
​​ 本書は「戦争」をめぐっての「ダメージ・コントロール」が話題のメインの論説ですが、昨今の風潮や、きっと叱られるに違いない運転手のことを思い浮かべていて、もう一つ思い出したのが、こんな記述でした。​​
「兵士は肉体を持つ」という事実―食い物と便所が大事
 戦争を可能にする病理とは、観念が実現するという思い込み、つまりウィッシュフル・シンキング、現実を否認する志向だ。その否認される現実の中に、旧日本軍の場合は「兵士が肉体を持つ」という事実が含まれていたようだ。
 日本軍に体質にはそれがあった、とまでは思いたくない。でなければ日清・日露の戦役は戦えなかったろうから。昭和の戦争で、難戦・激戦になるにつれて、兵士の肉体性というのはほとんどなきに等しきに扱われた。第一次上海事変で登場した〈肉弾三勇士〉という英雄譚がその好例で、肉体をもって爆弾に代える、そうせよという命令。肉が爆弾になるというメタファー、これ以上の肉体軽視はない。肉体を軽んじ精神を高みに置く、昭和の最初の二〇年間を貫く「思想」のプロトタイプというべきものだろう。この三人の勇士を貶める意図はみじんもないが、この思想は徹底的に批判されるべきだ。(第3章「兵士の肉体性」)
​ ​​いかに愚かしい「観念」であれ、政治家やマスコミによって煽られ、「同調圧力」とかを笠に着て拡がり始めたときに、おろそかにされる個々の人間の「肉体性」について、目をそらしている自分がいないか、心して世間と向き合う必要を痛感する時代が、やってきているようですね。
 いやはや、昭和の軍隊に蔓延した「必ず勝つ」という
ウィッシュフル・シンキング​がそこらじゅうを覆いつくそうとしているようにぼくには見えますが、いかがでしょうね。​
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最終更新日  2021.06.04 00:45:15
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2020.02.13
​​​​​藤森照信「人類と建築の歴史」(ちくまプリマー新書)

 筑摩書房が今年(2005年)のはじめから出し始めた「ちくまプリマー新書」というシリーズがある。中学生に狙いをつけている感じだが、小学校の高学年ぐらいから読むことが出来る。特徴は「漢字」にルビを振っているところにある。
 じゃあ、高校生にはやさしすぎるかというと、とんでもない。むしろ大人が読めといいたくなる内容なのだ。藤森照信「人類と建築の歴史」(ちくまプリマー新書)を読んで特にそう思った。
 ​​​
人類がマンモスを食っていた時代から説き起こし、現代建築まで射程が届いている書き方は流石、建築探偵と言いたくなるが、ポイントは人類が初めて建物を作り始めた時代を建築史のプロの目で見ているところだ。
 マンモス狩りから麦や米の文化に移り変わっていく人類史の中で生まれてきた「建築」。狩猟から農耕への移行の必然性を経済史的な観点から捉えながら、文明の変化を残された道具である石器の形状と作り方の変化、つまり打製石器と磨製石器の材質と用途の違いから説明する所が最初の読みどころ。
 地母神信仰から太陽神信仰が生まれてくる原始宗教の変化から巨大巨石遺跡、たとえば世界各地にある不思議なストーンサークルの謎に迫る所が次のポイント。技術と道具と材料のないところに建造物はありえないが、目的のない建物を人間が作るはずがない。HOWとWHY、この二つの要素をきちんと書いている所がこの先生のバランス感覚というか、学問のセンスのよさ。読者がガキだからといって、手抜きしない。まあ、僕も東大教授に向かってよく言う。もちろん本人の前ではよーいわん。
 
この後、話題は日本の建築物に移り、伊勢神宮、出雲大社、春日大社の三つの神社建築の特徴の説明。コレが実に面白い。
 世界史の中にこの列島の文化の特徴を置いて考える。日本は特別なんて言わない。そこがさわやか。
 時代的に近世以降が駆け足になってしまったきらいがあるのが残念といえば残念。
​​この本を読みながら真木悠介という社会学者が北アメリカのネイティブ・インディアンの文化について書いている「気流のなる音」(ちくま学芸文庫)という本を思い出した。知っている人には、ちょっと不思議な連想に思えるかもしれない。
 藤森は建築という文化現象を、人間が何故建築物を作るのか、という根源的なレベルに目をすえて分析している。一方、真木は魔術のような原始的文化現象に現代社会学の目を向けている。たとえば巨石を運んでくる原始の人々の姿を、建築学と社会学の二人の学者が興味津々、遠くの丘の上から眺めている。そんなイメージ。原始的な営みに対して両者ともチャンと驚いている。
 ​​
​​​最初に真木悠介のこの本を読んだ時には心底感動した。やたら回りに紹介した事を覚えているが、読み直して何にそんなに感動したのかと思わないでもないが、やっぱり近代社会の教育制度の中でしつけられた自分の世界の狭さという事に驚いたのだと思う。
 最近は高校の教科書に載せられていたりするが、「さわり」だけだから授業の中では却って扱いにくい。一冊全部読まないと面白さは分からない。
 かつては普通の「ちくま文庫」だったのに、「学芸」文庫に格上げ(?)されて、値段も高くなった。要するにあんまり読まれていないということなんだろう。元々は社会学に分類される内容だが、大学にでも行って学問でもしようという人なら誰でも、その始まりの時期に読む価値がある本だと思う。
 著者は真木悠介というのが筆名で見田宗介という名前の東大名誉教授。単行本の頃は新進気鋭と呼ばれていたような気がするが、いつの間にか名誉教授。みんな年をとるのですね。
 ​​​
​​​話を元に戻すと、藤森照信には「天下無双の建築学入門」という「ちくま新書」がある。一般向けに建築学というガクモンを紹介した本。「人類と建築の歴史」の親本のような内容だが僕には子供向けの方が面白かった。
 この人はひところ「路上観察学」という冗談のような学問を提唱して、小説家で評論家の赤瀬川原平なんていう人たちと一緒に「トマソン」物件の探索なんかに熱中した人で、なかなか学者の枠に入りきらない人だと思う。でも子供向けの方がのびのびしていて面白いところがこの人の人柄なんじゃないかと思うわけで、ぜひ一度お読み頂きたい今日この頃です。(S)
初出2005・9・5改稿2020・02・​​​11

​追記2020・02・12​

​​​​​ これまた、古い「読書案内」のリニューアル版なのですが、何が懐かしいといって、「ちくまプリマー新書」というシリーズが創刊されたのがこの年だったことですね。亡くなった橋本治が、このシリーズの創刊にかかわったことをどこかに書いていましたが、最初の一冊は彼の「ちゃんと話すための敬語の本」という本で、後の四冊は「先生はえらい」(内田樹)・「死んだらどうなるの?」(玄侑宗久)・「熱烈応援!スポーツ天国」(最相葉月)・「事物はじまりの物語」(吉村昭)というライン・アップでした。仕事柄もあって割合読み続けていましたが、退職して手に取らなくなりました。​​​​​
​​​​​ 筑摩書房には「ちくまプリマー・ブックス」という150冊くらいのシリーズ、その前には、1970年から始まった「ちくま少年図書館」という100冊のシリーズがありました。
 「少年図書館」湯川秀樹(物理学者)・臼井吉見(作家)・松田道雄(小児科医)が監修者でしたが、松田道雄「恋愛なんかやめておけ」という伝説の(勝手にそう思っているだけかも?)名著が第1巻でした。もう、「出会えない本たち」なのかもしれませんね。
​​​​​

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最終更新日  2020.12.11 09:03:51
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2020.01.19
​中井久夫編「1995年1月・神戸」(みすず書房)

​​
 今日は一月十七日です。ぼくには、この日に関して忘れられない本が数冊あります。その中の一冊が、当時、神戸大学の医学部の教授であった精神科医中井久夫さんが編集なさった1995年1月・神戸」(みすず書房)という、阪神大震災における精神科医療の現場報告の本です。​​

​  まず表紙の写真を見てください。一人の少年が、こちらを向いてピースサインをしていますが、この写真を撮ったのは、この本の編集者である中井久夫さん、ご自身です。​
  表紙カバーの裏にこんなキャプションがついています。

  ​兵庫区の歩道に出ていた小さな店を通りかかった時、一人の少年が「ね、食べていってよ、お願いだから」と手を合わせた。いったん行きすぎた私たちが戻ると、黄色い帽子のオジサンが「無理をいったらだめだよ」といった。私は「きみがあんまりかわいいから」といい、ビール(300円)とオデン(250円)を注文した。オジサンは同行の二人の女性に缶コーヒーを出し、決して金を受け取らなかった。
 ポラロイドを1枚ずつ渡すと少年はよろこんでとびはね、だんだん像が見えてくるのに新鮮な驚きを示した。
 一家かと思った人々は、一組のきょうだいと一組のもとの職場仲間とから成り立っていた。少年は「どこかこの辺りの子」であった。つまり彼はこの店のボランティアであった。​
​ ​続けてページを開くと本冊の表紙の見返しには地図が印刷されています。


 ​これが表表紙。次が裏表紙。


 書店の棚で、この本を触りながら、この表表紙の写真と、裏表紙の地図を見て、ちょっと興奮したことを覚えています。
 ぼくは、当時、この地図のちょうど西の端に住んでいましたが、この年の1月から2月の初旬にかけて、西からの電車が動いていたJR須磨駅から神大病院を目標に避難所をめぐって、若い同僚Y君と歩いていました。職場はこの裏表紙の地図のすこし北にありましたが、生徒は避難所にいたのです。
 
​​表紙の写真のようなボランティアの少年は、通りかかる公園や避難所にたくさんいました。1日に10キロ以上歩いていましたが、この期間不思議と疲れたという記憶がありません。
 この地図の行程をめぐって、中井久夫さんと彼を輸送したS病棟長(本書中、白川治の名あり)について、本書の「災害がほんとうに襲った時」の中にこんな記事があります。​

199511710時前後
 臨床の指揮を直接取る立場のS病棟医長は私よりもさらに遠い団地に住んでいたが、間髪を入れず、「オカユ」になった家を後にしてただちに出撃した。
 しかし機敏な彼にして通常は40分以下の行程に5時間を要した。翌日に出た助手の一人は全体の三分の一に5
​​時間を要してついに引き返した。私は運転ができず、ついでにいってしまうとバイクにも自転車にも乗れない。
 到着したSは私に私の到達努力の非なることを連絡してきた。私は結局、最初の二日間を自宅で執務した。
 「渋滞に巻き込まれて進退きわまり、数時間連絡不能になることは最悪」であると彼は言い、私も思った。いつも動ぜず、ユーモアと軽みとを添えてものをいう彼は「いずれお連れしますよ、それまで私がいます」と言った。​
 ​地震初日から、この地図作成に至る悪戦苦闘の始まりを語るエッジの効いた、さすが中井久夫というシャープな文章なのですが、ぼくは、このくだりを読んで思わず笑ってしまったのです。
 というのは、全くの私事ですが、1995年1月16日の深夜のことです。数時間後に大地震が勃発するなどということは夢にも思わない二人連れの酔っぱらいが、三宮からS病棟長の自宅に帰還しS夫人を困らせて騒いでおりました。ようやく、二人のうちの一人、シマクマ君(ぼく)を夫人が車で送り届け、取って返してご機嫌の、もう一人を寝かしつける頃には日付けも変わっていたという出来事があったのです。
 二日酔いであったに違いない(?)S病棟長は、5時46分にたたき起こされ、1月17日が始まったわけです。
 初めて本書を手に取り、この記述に出会った時のことを今でも覚えています。「あの日」大渋滞を起こしていることは言うまでもありませんが、あちらこちらで火の手が上がり、煙が立ちこめ、ガラスの破片がまき散らされている街路にS君はいたのです。5時間かけて病院への道を探し、運転を続けた姿を思い浮かべて、ニヤつきながらも、ある誇らしさを感じたのです。やるじゃないか!
 この本が、ぼくにとって忘れられない理由はこんなところにもあるわけです。
 さて、この本の読みどころは何といっても
​​​​「災害がほんとうに襲った時」という中井久夫さんによる、緊急現場報告です。この文章は2014年、最相葉月さんが中井久夫さんのポートレイトのようなインタビュー集「セラピスト」(新潮文庫)を出版なさいましたが、その出版と相前後してだったと思います、「阪神大震災のとき精神科医は何を考え、どのように行動したか」として無料で(著者・出版社の承諾を得て)公開されています。本書が手に入れられない場合でも、上記のアドレスにアクセスすれば今でも読めるはずです。是非、お読みいただきたいと思います。​
​​​
 さて、ここから本書に収められているのは現場の実働部隊の人々の生の声、参考資料、チラシ、避難所地図など多彩です。
 大学病院の医師・看護師は言うまでもなく、秘書、大学院生、連携した地元の県立病院や個人医院の医師、遠くから救援ボランティアとして来神した精神科医療従事者すべての人の声が収録されています。今でも真摯でリアルな声が聞こえてきます。
 
​​​​​​​​​​そして、最後の奥付を見てください。1995324日 第1刷発行」となっています。地震が起こったのは1995117日です。災害発生から出版までの時間の短さにお気づきでしょうか。たった二ケ月です。「みすず書房」の編集者も大変だったに違いありません。
 しかし、ここにこそ、この本の目的が明確に表れているとぼくは思います。この本は「思い出」をまとめた本ではありません。今まさに悪戦苦闘を続けている被災者や、その救援者に対して、共に戦っている人たちからの励まし、「エール」を伝えるフラグを立てることを目指したのではないでしょうか。
 ぼくは、そこに「ほんもの」の医者、中井久夫の真意があると思うのです。かつて、いや、ほとんど同じ時代に、アフガニスタンで井戸を掘っていた中村哲さんに「生きておれ。病気は後で治してやる。」という名言がありますが、あの年の6月にこの本を手に取ったぼくには、中井さんの「一休み、さあ、ここからが本番だ!」という声が聞こえてきたのでした。
 なにはともあれ、いろんな意味で思い出深い本であることは間違いありません。
追記2020・01・19
 いきなり追記ですが、この本を思い出した理由が、もう一つあります。今日からNHKのテレビ放送で「こころの傷を癒すということ」という、実在で、若くして亡くなった安克昌という精神科医を主人公にしたドラマが始まりました。
 第一回を見ると柄本佑君が主人公を演じていて、なかなかいい感じでしたが、「安克昌」ファンのぼくは、ちょっと泣いてしまいました。
 安克昌さんの「被災地のカルテ」という文章も、この本に入っています。彼の著書「心の傷を癒すということ」(角川文庫)にも収められていたと思いますが、この本で読むことができます。彼の、この著書は「サントリー学芸賞」を取った本ですが、書棚のどこに隠れているのか行方不明で、ここでは紹介できません。見つかれば「案内」したいと思っています。 ​​

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最終更新日  2020.12.10 23:32:20
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2019.12.01
​​​​​​「2004年《書物》の旅(その8)」
《三木成夫「内臓のはたらきと子どものこころ」(築地書館)》
​ ​
 人間の姿をどの方向から眺めると本当の姿が見えるのか。そんなことを考えたことはありませんか。自分の姿を眺めなおしてみるという言い方が、ある場合にはとても比喩的な表現だったりする。鏡を長い時間かけて眺めたからといって、そこに自分の姿を見つけることができるとは限らない。

​​​​​​ 二十世紀を代表するチェコのユダヤ人作家フランツ・カフカはデカイ甲虫になっている自分を発見する小説「変身」(新潮文庫)― 最近では人気のドイツ文学者、池内紀の新訳が白水社からUブックスシリーズで出ているが、高橋義孝の旧訳と読み比べるのもいいかも。これは短い小説だからすぐ読める。― を書いたが、彼の場合は自分に限らず世界の方も意味のよく分からない姿で現れてきたらしい。「城」(新潮文庫)とか「審判」(新潮文庫)とか、一度手にとってみるのも悪くないかもしれない。​​​​​​

​​​ 顔とか、しぐさとか、高校生や中学生の振る舞いが奇妙な出来事として話題にされはじめて久しい。鏡を覗き込んで顔や髪型の製作に余念のない子どもたちの姿に大人がビビル。電車の中で自分の顔を相手にお絵かきしている二十代の女性にくたびれたサラリーマンが唖然とする。
 その辺の世相を哲学的に語って人気者になった人に鷲田清一という阪大の先生がいる。とりあえずというなら「てつがくを着てまちを歩こう」(ちくま学芸文庫)あたりがお手ごろかも。この人、見かけはダサいのに、著書の題名はシャレてる。
 この人の本では他に「じぶん―この不思議な存在」(講談社現代新書)が小論文の参考書にお薦め本としてよく出てくる。これを一読して、わかったと思う人は、かなり、おつむがいい。自信のある人はどうぞ。ははは。
 ところで、この本の出だしに、こんな一節がある。​​​

 さて、ノルウェーの高校の元哲学教師が書いた子供向けの哲学ファンタジー「ソフィーの世界」(ヨースタイン・ゴルデル=日本放送出版協会)がベストセラーになった。この本、一人の少女がある日、郵便受けに一通の差出人不明の手紙を見つけるシーンから始まっている。そこにはたったひとこと、「あなたはだれ?」とだけ書かれていた・・・。そういえばしばらく前には、『わたし探し』ということばも流行した。 

 が、これはなにも新しい問いではない。今からちょうど三十年前、1966年に、マーシャル・マクルーハンはテレビというメディアに関する講演の中で、つぎのように語っていた。「今日、精神分析医の病院の診断用の椅子は『わたしはだれなのか、おしえてください』とたずねる人々の重みにうめいている」と。

 ​いや、十七世紀フランスのひとブレーズ・パスカルは、後に「パンセ」(中公文庫・前田陽一訳ほか)としてまとめられることになる紙片群の一つに、「わたしとはだれか?」という問いではじまる一文を書きつけていた。さらにさかのぼって、古代ギリシャのソクラテスもまた、デルフォイの神殿に掲げてあった「汝みずからを知れ」という神託をきっかけとして哲学的な反省をはじめたといわれる。「わたしはだれ?」という問いはほとんど哲学的思考の出現と同じくらい古い問いのようである。​

​ ​​十年前の本だから、当時、爆発的に流行った「ソフィーの世界」も、『わたし探し』なんて流行語も、今の高校生諸君にとっては「ん?」という感じかもしれないが、主旨は今でも通用するだろう。「わたし」は探され続けてきたのだ。​​

​ さて、今日、案内したいのは、小説でも哲学でもない。養老孟司でその仕事が世間の知る所となった解剖学の先生、三木成夫(みきしげお)の本。東京芸大で芸術家の卵を相手に教えていた解剖学者が保育園の保育士さんや親たちを前にしての講演がまとめられた本、「内臓のはたらきと子どものこころ」(築地書館)。《みんなの保育大学》というシリーズの一冊。​

 「なんで?」といぶかる向きもあるだろう。

「わたしと解剖学、何のカンケーがあるねん?」

 それが、大ありだということは読めば分かる。


 先にあげた鷲田はこういっている。​

じぶんのからだ、などとかんたんに言うけれど、よく考えてみるがいい。わたしたちはじぶんのからだについて、ごくわずかなことしか知らない。背中やお尻の穴をじかにみたことがない。
​ これに対して、三木成夫はこの「からだ」について、塗ったり、描いたり、穴を開けたりしているつらの皮をひっぺがし、受精した卵の時から徹底的に切り刻んで、顔や口からお尻の先まで、何がどうなっているのか調べた人だ。
 生物が何万年もかかって進化してきた痕跡を人間のからだの中に捜し、「こころ」がどこにあるか見つけた人なのだ。
 人間に「こころ」が生まれてくるプロセスを、生物としての形体から探ろうとした人といってもいい。
 ちなみに、「こころ」は脳ではなく心臓にあるらしい。決してはったりではない。しかし、そうなると、「わたし」がどこにあるか、またまた悩み始めることになるのだろうか?疑う方は本書を捜して読んでみるといい。​

​ ​​ 中公新書に「胎児の世界」という名著もある。こっちの方が手に入りやすい。子どもと出会う仕事をしたいと思っている人は、読むとうれしくなる。それは保証する。はははは。(S)
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最終更新日  2020.12.04 22:16:54
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2019.11.30
​​​​増崎英明・最相葉月「胎児のはなし」(ミシマ社)​


​​​「超」おもしろい本に出くわしました。産婦人科の先生、増崎英明さんに最相葉月さんがインタビューした「胎児のはなし」(ミシマ社)です。​​​

 増崎さんは「胎児医療」のエキスパートで、長崎大学の医学部病院の院長をなさっていた方らしいのですが、この本がはじめての出会いでした。

​​​ 聞き手の最相葉月さんは「絶対音感」で評判になったのが、もう20年近くの昔のことなのですが、ぼくは、ちょっとキワモノ的な見方をしていました。
 ところが、数年前、精神科のお医者さんである中井久夫さんへのインタビュー「セラピスト」が面白くて、すっかりファンです。​​​

 で、この本は彼女が生徒、増崎さんが先生という設定のインタビューですが、驚きや感動だけでなく結構笑える内容になっているところが、この本の作り手のお手柄だと思います。

​ さて、内容ですが、読みながら、知ったかぶりで、同居人チッチキ夫人にした質問ごっこを再録してみますね?

1問「赤ちゃんが羊水の中でしないことは次のうちのどれでしょう。」

(ア)夢を見たり、目を瞠ったりする
(ウ)ウンコをする
(エ)笑ったり泣いたりする
(オ)シャックリをしたり欠伸したりする

2問「羊水の成分は、もともと何だったでしょう?」

(ア)オカーサンのおしっこ
(イ)オカーサンの血液
(ウ)オカーサンの汗
(エ)オカーサンの飲んだ水

3問「赤ちゃんはひっきりなしにオシッコをしていますが、羊水がふえないのは何故でしょう?」

(ア)子宮壁が吸収する
(イ)子宮に排泄口がある
(ウ)蒸発する
(エ)赤ちゃんが飲む

第4問「羊水の中で水中生活の赤ちゃんは肺の中まで水浸しですが、いつどこで、その水はなくなるのでしょう?」

(ア)破水と同時に吐き出す
(イ)胎道で搾りだされる
(ウ)出産と同時に空気に押し出される。

5問「妻の出産に分娩室まで付き添う夫が、よくしてしまうことはなんでしょう。一つ選びなさい。」

(ア)泣いてしまう
(イ)怒ってしまう
(ウ)笑ってしまう
(エ)気を失ってしまう
(オ)出ていってしまう

6問「生まれたばかりの赤ちゃんの顔に、オカーサンが手をかざして暗がりを作ると赤ちゃんはどうするでしょう?」

​害7問「オカーサンが左腕で抱っこして頭を左の胸にもっていくと、赤ちゃんの機嫌がよくなるのは何故でしょう?」

  面白がっていても、キリがないのでこれくらいにしますが、実はもっとものすごい話が山盛りで、あっという間に読み終えてしまいます。

 笑える話というのは、なんといっても、増崎先生が、かなり深刻な話でも、笑いながらしているということですね。ぼくが一番笑ったのは、ここですね。

最相「すみません、基本的な質問で恐縮ですが、おっぱいっていうのは、赤ちゃんが生まれてから出るものですよね?」

先生「うん。」

最相「なぜですか?なぜ妊娠中は出ないんですか?」

先生「いらんでしょ。」​

​ ​ちなみに、最相さんは出産の経験がないので、この質問になるのですが、先生の答えが笑えるでしょ。モチロン、この後メカニズム説明がきちんとあるわけで、身近に経験のない読者にもよくわかるはずです。
 胎児医療や、不妊治療の実態について、かなり深刻な話もあります。水中出産の危険性や、胎児にとってのアルコールやタバコの危険性についての厳しい口調のの注意もあります。しかし、その節々に、産婦人科の医師としての仕事に対する誠実さはもちろんですが、、何よりも「赤ちゃん」ひいては「人間」に対する愛情があふれている、おしゃべりなんです。それを聞き出した最相さんも立派ですね。

​​​ 増崎先生はあとがきで三木成夫「胎児の世界」(中公新書)に触れてこう書いています。​​​

 三木先生は「あとがき」に「母胎の世界は見てはならぬものであり、永遠の神秘のかなたにそっとしまっておこう」と書いています。四十年間を胎児の研究者として過ごしてきたわたしにも、同じ思いがあります。子宮の中は、宇宙や深海のように、いつまでも神秘の世界であってほしいのです。
​​​ ​​​三木成夫「胎児の世界」は、40年前の本ですが、名著中の名著だと思います。現代胎児医療の最前線で活躍した増崎英明さんが、ここで、もう一度この言葉をくりかえしたことに、やはり胸をうたれるものがありました。​​​
 皆さんも、是非、おなかの中の「赤ちゃん」の「すごいはなし」を楽しんでください。
文中の問題の答え
問1(ウ)問2(イ)問3(エ)問4(イ)問5目を開けてオカーサンをじっと見る。問6オカーサンの心臓の音が聞こえるから。
​追記2019・12・01​
三木成夫「内臓のはたらきと子供の心」は、増崎さんのこの本と似ています。へ―って、感動する。ぼくの「案内」は適当ですが、「本」は素晴らしい。書名をクリックしてみてください。​


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最終更新日  2020.12.18 17:39:28
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