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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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読書案内「社会・歴史・哲学・思想」

2022.05.08
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​​​ 中村明珍「ダンス・イン・ザ・ファーム」(ミシマ社)​​

​ 珍しいことに、4月マンガ便に字ばかりの本が入っていました。​中村明珍​という人の「ダンス・イン・ザ・ファーム」というミシマ社の本です。ミシマ社が本にしている人というのは、まあ、内田樹とかいしいしんじとか、有名な方もいらっしゃいますが「知らんわ、この人。」という人が多いという印象ですが、もちろん、この人も知らない人でした。​
​ まあ、小説とかの場合は大手の出版社の出している人で、最近、全く知らない作家とかは当たり前なのですが、この本屋さんの場合は、評論とか、エッセイとかのジャンルがメインなのだと思いますが、内田樹がいうところの、街場の「知らん人」と出会って「ええ、そうなんか。この人結構おもろいやん。」という確率が高い、そういう本屋さんだという印象ですね。​
 で、今回も全く知らない人でした。​
​​ 僕は、いろいろあって二〇一三年春に東京・杉並からここに移り住んだ、現在四十代を生きる人間の一人。決断して、実際に引っ越したのは三十四歳のころ。当時は、妻と三歳児の三人家族だったけど、島に来て一人増えた。(P4)​​
​ ​ちなみに、ここで「ここ」と著者がいっているのは周防大島ですね。瀬戸内海の左端の島で、本州とは全長1キロの橋によってつながっている島です。山口県大島郡周防大島町というのが正式の地名で、四国の松山の対岸の島でもあります。
 ​この地でこの八年間、農業、イベントやオンラインショップの運営、ジャムの店やほかの農家さんのお手伝い、僧侶のお勤めなどをしてきている。
​ 要するに、東京から瀬戸内海の東の端の島に農業移住してきた青年と、その家族の田舎暮らしの現場報告というのが、とりあえず読んでみませんかのベースにあるようです。
 で、読み始めて​「この中村明珍って何者よ?」​​「寺の跡取りでもないのに、仕事が僧侶って何よ?」​と、シマクマ君は、そういうところに引っ掛かるのですが、著者紹介にある通り、書き手は銀杏ボーイズという、たぶん、かなりメジャーなロック・バンドの「ちん中村」という芸名のギタリスト、バンドマンだった(?)人だそうですね。その、東京で生まれて暮らしていたバンド・マン​​が、東北の大きな地震の後、「田舎」を思い浮かべたところから、「ダンス・イン・ザ・ファーム」の夢が始まってしまって、バンドから抜け出して農業研修に通ったり、お坊さんの修行で善通寺に入ったり、まあ「悪戦苦闘(?)」の出発から、2020年の「今」に至るまでのプロセスというか、生活の実景というかを、中村明珍という、まあ、やっぱり、あんまり普通じゃない名前になって、​​
問い「あなたのほんぎょうって、いったいなに?」
答え「宿泊施設での、宿直とお祓いです」
おうおうおう!であえであえ。誰だそのいかがわしいヤツは。(P277)
​ ​​​っていうふうに、実は「いかがわしい」ですけど、いかがわしいまんま「本」なんかに書いちゃったということようなのです。​​​
​​ 本人も「あとがき」でおっしゃっていますが、実は「ファーム」の話はほとんどありません。どっちかというと「カントリー・ライフ」「マイ・セルフ」の話が中心でした。​​
​​ でも、面白い。住んでいるところがところだけに、勃発する出来事が意表をついているうえに、書いている明珍さん「わっかったふう」には書かない、イヤ書けない、「きっと道半ば」のポジション取りが彼の書き方に現れていて、素直に現実と出会って、正直に苦悩してる姿が、まあ、シマクマ君のような老人を、ちょっと感無量な気分にしてくれます。
 ミシマ社さん、また一人、なかなかな書き手を見つけましたね(笑)。
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最終更新日  2022.05.08 09:47:57
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2022.03.17
​​​​​​ ​​吉野実「『廃炉』という幻想」」(光文社新書)

​​ ひさしぶりに「1F」東京電力福島第一原子力発電所の現状をルポしている新書を読みました。吉野実「『廃炉』という幻想」」(光文社新書)です。図書館の新刊の棚で見つけました。誤解を恐れずに言えば、ただただ、「うんざりする」気持ちをなだめるのが難しい読書でした。​​
​​ 著者の吉野実さんは、事故以来「F1」を密着取材してきたテレビ関係の取材記者のようです。自らの立場ついて「はじめに」でこんなふうに述べておられます。​​
 10年間、一貫して1F事故の終息を見て来た事実と同様に、強調しておきたいことがもう一つある。それは、筆者が原発の推進側にも、反対の立場の人びとにも、決して与しないということだ。
 たしかに地球温暖化は加速していて、2050年のカーボンニュートラル=温室効果ガス排出ゼロを実現するには、化石燃料から脱却しなければならない。しかし、今はまだ安定電源とは言い難い再生可能エネルギーだけでは我が国の電力は賄いきれず、よほどの革新的イノベーションでも起きない限り、一定数の原発は維持せざるを得ないと筆者は考えている。
 だが、一朝、苛酷事故=シビアアクシデントとなれば事態は深刻である。1F事故を見ても、地域が丸ごと住めなくなり、住民の避難は長期に及ぶ。この事故でも、多くの方が避難の途中、あるいは避難先で亡くなった。長期避難による身体的・精神的ストレスとの因果関係が指摘されている。収束のために使われる費用も巨額である。しかも万が一、1Fで次の事故が起きた場合、被害はさらに大きくならないとは誰にも保証できない。
 1F事故を教訓として作られた新規制基準は厳格だ。しかし、原子力規制委員会自身が認めているように「事故はいつも想定外」である。どんな対策をしたとしても、事故が起きるリスクは決して「ゼロ」にはならない。
 以上のことを踏まえると、十分な情報開示と、冷静な議論が必要なことは誰にでもわかる。しかし、筆者には、原発の「推進」派と「反対」派の双方が、冷静な議論を行っているようにはどうしても見えない。政治スローガン化され、お互いに批判を繰り返している例も少なくない。
筆者自身、原発の「推進」と「反対」を天秤にかけ、どちらが国民の利益、最大多数の最大幸福につながるか、確信は持てずにいる。10年取材しても結論は出ていない。(P6~P7)
 ​ここまで読んで、つづきを読むことにしました。ぼく自身は1Fの事故以前から原発には「反対」でしたし、今も、その考えは変わりません。思えば、1970年、高校1年生のときに、但馬の香住あたりに原発建設の話があって、文化祭のクラス展示の準備で地元の人の話を聞いて以来、なんとなく「原発はやばいな」と感じたのが始まりでした。
「苛酷事故があったら、地震や津波が来たら、放射能が漏れたら。」
​ 当時、香住の地元の人が口にしていた不安が、福島のF1ではすべて起こったわけです。事故発生当時、あれこれの報告レポートを読みましたが、「想定外」という決まり文句だけが記憶に残り、ぼくのような遠くの人間にはなにがないやらわからないまま10年以上たちました。
​​ 「はじめに」で自らの立ち位置を正直に述べておられる吉野実という人のこのレポートは「デブリ処理の可能性」、「汚染水の海洋投棄の内情」、「地元の人たちに対する広報の実情」などについて、以下の目次に従って述べられています。​​
第1章 廃炉の「現実」
第2章 先送りされた「処理水」問題
第3章 廃炉30~40年は「イメージ戦略」
第4章 1Fは「新たな地震・津波」に耐えられるか
第5章 致命的な「核物質セキュリティ違反」
第6章 破綻した「賠償スキーム」
第7章 指定廃棄物という「落とし子」
終章 「真実の開示」と議論が必要だ
​ ​​読み終えたぼくなりにまとめれば「F1廃炉計画の不可能性」が、まず実情であること。「汚染水の海洋投棄」は汚染を広げる恐れは少ないにしても、汚染水の洗浄によって発生する新たな汚染ゴミの処理問題は先送りされていること。何よりも経産省を通じて莫大な額の税金が投入されていることが、東京電力という看板によって、あたかも目隠しされているのが現状であるのではないかということが衝撃的でした。​​
​ 事故の責任主体は「東京電力」ではなく、「何億円単位」ではなく「何兆円単位」の税金がすでに投入されており、今後も投入され続けざるをえないという現状においては「一人一人の国民」だということですが、その事実について、金を払っている国民には気づかせないためのイメージ操作がなされているのではないかということを感じました。​
 本書は、原発事故に関わる新しい用語の解説や、現場の経緯がかなりたくさんの図版、表によって丁寧に報告されているのも特徴です。
 読んでいて「うんざり」する事実の連続ですが、ぼくのような素人が、今現在の「F!」、「原発事故」を考え始めるための基本文献だと思いました。
​​​ 最終章で被災地の人たちの復興の努力を紹介しながら、「情報」の正直な「開示」をうったえておられることに胸打たれました。報道の客観性の大切さと、それを支えるのが取材記者自身やメディアのモラルであることを気づかせてくれる本でした。好著だと思いました。​​​

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最終更新日  2022.03.17 12:17:32
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2022.01.06
​​​​​ 上間陽子「海をあげる」(筑摩書房)​
 2022年のお正月に読んだ本です。2021年本屋大賞(ノンフィクション部門)だそうです。お正月に泊まっていったゆかいな仲間が寝ていった部屋の書棚の前に重ねて積んであった一冊で、何の気なしに読み始めました。書名は「海をあげる」で​
​著者の上間陽子さん琉球大学教育学の先生だそうです。出版社はちくま生です。​​​​​「webちくま」2019年の4月から連載されていたエッセイに書下ろしを加えて本にされたようで、とても読みやすくて、すぐに読めました。
​ 著者にはお子さんがいらっしゃるようで、こんな文章から始まっていました。​
​ ​私の娘はとにかくごはんをよく食べる。歯がはえると、「てびち」という豚足を煮た大人でもてこずるような沖縄の郷土料理を食べていたし、三歳くらいになって外食をするようになると大人並みに一人前の料理を食べていた。(P8)​​​
​ ​ここから「美味しいごはん」と題されたこの章は「ごはん」がのどを通らなくて、生きていることが面倒くさかった本人の体験が語られます。一度目(?)の結婚の相手に「不倫(?)」を、された立場として体験した、まあ、カミングアウトのような話なのですが、最後にお子さん、​風花ちゃん​「ごはん」の作り方を教えた、こんな話が書かれています。​
​​ 冷蔵庫には何もなくて、まあ、とりあえず料理の事始めはこれでいいのかなぁと思って、うどんに生卵を落としてネギと揚げ玉をかけただけのぶっかけうどんのつくり方を娘に教える。
 普段、私も夫もごはんをゆっくりつくるから、あっという間にできたごはんに、「すぐにできた」と娘はびっくりしながら食べはじめ、「カリカリしたのはもうちょっといれたほうがいい」と言った。もう一度冷蔵庫をあけて揚げ玉を取り出しながら、「納豆もあるよ」と声をかけると、「納豆もいれたい」と娘は言って、自分で納豆を丁寧にかきまぜると、それをうどんにのっけて全部ひとりでたいらげた。(P29~30)​​
​​​ かなり切実な「カミングアウト」を読んだ後のこの文章なので、ここに出てくる「夫」は、二度目(?)の方なのでしょうね、とか何とか、つまらぬことが浮かびます。しかし、そんなことより、今、目の前にいる食いしん坊のお嬢さん、​風花ちゃん​が元気に「たべていること」を、文章の礎に据えたところに上間さんの思想の確かさとでもいうものをぼくは感じました。​​​
 じつはこのエッセイ集が話題にしていることは、彼女が仕事として取り組んでいるらしい未成年の少女や少年たちの「悲惨な(?)」現実との出会いの報告であり、彼女が生まれ、仕事をして暮らしている沖縄に対する日本という社会の仕打ちの告発なのですが、彼女がそれを綴る「ことば」の底には、保育園に通う風花ちゃんに食べ物の作り方を教えるであり、百年を超える年月を沖縄で生き続け、静かに去っていった老女のであり、何よりも、自らが「おんな」であることを肝に銘じた意志が静かに息づいていることを感じさせる文章なのです。

目次

美味しいごはん
ふたりの花泥棒
きれいな水
ひとりで生きる
波の音やら海の音
優しいひと
三月の子ども
私の花
何も響かない
空を駆ける
アリエルの王国
海をあげる
調査記録
​​ 各章の題名は童話の世界を感じさせる、何やらファンタジックなイメージですが、なかなかどうして、書かれている文章は、ゆったりと構えながらも「切ない叫び」を響かせていて、立ち止まって考え始めることを促す内容でした。
 素直に一言「乞う、ご一読!まあ、読んでみてください!」という本でした。沖縄のことを、なんとなく気にかけている人には、ぜひ手にとっていただきたい1冊ですね。

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最終更新日  2022.01.13 21:21:51
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2021.12.29
​​​​​田中優子「江戸から見ると(1)」(青土社)​​

​ 2014年から2021年まで、法政大学で東京六大学初の女性総長を務めた田中優子さんのコラム集です。​
「江戸から見ると(2)​」(青土社)は2020年の12月だったかに、このブログですでに案内しましたが、今回は読む順番が逆になった「江戸から見ると(1)」(青土社)の案内です。​
 法政大学は、いわゆるマンモス大学というイメージですが、総長であった田中さんは、このコラムで、社会で働く卒業生や大学の教員との出会いで考えたことを紹介したり、時には今読むべき書物を案内したりの工夫で書いておられます。
​​ まあ、どうしても、総長さんの「力み」のようなものを感じさせるところが残念ですが、たとえば石牟礼道子の仕事に触れた「もう一度苦海浄土」と題されたこんな文章は、同世代の感じが強く伝わってきて好感を持ちました。​​
 ​​もう一度「苦海浄土」
 (前半 略)
「苦海浄土 全三部」のあとがきで石牟礼道子さんは、「当時の右とか左とかいうイデオロギーではなくて・・・・義によって、書いたのです」と語っている。父親から「昔ならお前のやっていることは、獄門、さらし首だぞ」といわれ「覚悟はあります」と答えたという。まるで江戸時代、一揆に出る前の父この会話のようではないか。石牟礼さんは全集のあとがきで、「私が描きたかったのは、海浜の民の生き方の純度と馥郁たる魂の香りである」と書いた。私が大学一年生のときに、「苦海浄土」と出会い、「世の中にこういう文学があったのか」と衝撃を受けた。1970年、刊行の一年後である。水俣の話し言葉の芳醇、広大な海と空のあいだに船を浮かべ、魚を取って生きる漁民たちの命の豊かさと、水俣病の詳細な病態記録とが、天国と地獄のように乖離していた。生身の人間のぬくもりと魂が、容赦のない巨大な刃物で断ち切られていくさまは、いわば作品そのものが日本の近代とりわけ戦後社会の、生々しい描写である。高度経済成長期に育った私はそのただ中にいた。胎児性水俣病患者んは、おおよそ私の世代なのである。人ごととは思えなかった。
 「苦海浄土」は三・一一のあとにも読み直すべき作品だったが、沖縄の辺野古移設、相模原市の障害者施設での殺人事件、格差の広がりなど、軍事と経済効率が大手を振って人の命を踏み台にしていく今もまた、読み継がれねばならない。水俣病公式確認から六〇年の今年、私はもう一度江戸から、読み直してみようと思う。​​(16・9・21 P146~P147)​​​​
​ 田中さんがこのコラムを書かれて5年たっています。今年、彼女は総長職を退任されたようですが、​「苦海浄土」は読まれたのでしょうか?
 「全三部、新しい年の始めに読み直してみようか」と、ぼくは思っています。
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最終更新日  2021.12.29 01:06:26
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2021.12.27
​​​​​​​​松村圭一郎「うしろめたさの人類学」(ミシマ社)​

 最近、いや、まあ最近とも言えないのかもしれません、何しろ今日の、この本は2017年初版だから、5年も前の本です。
 が、まあ、なんとなく手に取る人文科学関連の「素人向け(?)」の入門書(?)に、「ためらい」とか「その日暮らしの」とかの枕詞がつけられて本屋さんに並べられているのが増えたような気がします。
 後ろに続くのが「社会学」とか「倫理学」とか、「普通に暮らす」人にはとおい名詞なので、そういう、なんとなく「やわらかい」工夫がいるのでしょうが、何となく「売らんかな」を感じて、ちょっとウザイですね。

 そういう勝手な偏見を持っているのですが、本書が「構築人類学入門」という書名であれば、手にとったはずはないわけで、やっぱり「うしろめたさ」は必要なのかもしれません。
 著者は、もちろん、文化人類学の学者さんで、フィールドはエチオピアだそうです。ぼくは1964年の東京オリンピックでシューズを履いて優勝したアベベ・ビキラというマラソン選手しか知りません。
​ 内容は「ミシマ社」という、取次を通さずに本を売ろうと奮闘している出版社の「みんなのミシママガジン」というウェブ・マガジンに2009年から2013年に連載した「〈構築〉人類学入門」というエッセイの書籍化であるそうです。​
 「構築人類学」については本書にこんな解説が載っています。
 ​構築主義という考え方がある。何事も最初から本質的な性質を備えているわけではなく、様々な作用のなかでそう構築されてきた、と考える視点だ。よくあげられる例は、「ジェンダー」だろう。男性は生まれた時から「男らしさ」を持っているわけではない。社会の制度や習慣によって「男らしさ」を身につけてきた。だから「男らしさ」は社会的に構築されてきた。そう考える。(P15)​
​ ​​「ジェンダーだろう」と、まあ、当然の用語として使っておられますが、ぼくは「ジェンダー」という用語が、実はよく分かっていなません。「用語の構築性から説明しろよ」と云いたいところだが、ここでは「男らしさ」とか「女らしさ」と呼ばれる性別に対する社会的な「共通認識」について、その内容は「歴史的」・「社会的」につくりだされたものだ、くらいの理解でいいのでしょうね。フーコーの権力論とか、柄谷行人の近代文学論とかが思い浮かびますが、ここでは直接関係はなさそうです。​​​
 で、本論はというと、現実の現象として「構築的」表れている「貧困」であるとか「格差」に対する眼差しについてなのですが、こんな例が挙げられていました。
 ​​数年前に大阪の地下鉄の駅で見かけた小柄な老婆の姿が目に焼き付いている。きちんと身だしなみを整えたその女性は、にぎやかな人並みに背を向け、小さな布の上で、ひとり壁に向かって正座したまま、じっとしていた。あの女性が社会から孤立しているのは、たぶん彼女だけの選択の結果ではない。私も含め、彼女の姿を視線の隅でとらえながらも、「関わらない」という選択をした多くの人びとが、おそらくは、その現実を一緒になってつくりだしている。(P14)​​
​ ​​​「関わらないこと」「ふつう」であるという、我々の社会の「構築性」ということに気づけない気づかないということついて、「関わらないという選択をした多くの人びとが、おそらくは、その現実を一緒になってつくりだしている。」という発言に現れているのですが、じゃあ、それに気づくにはということで、エチオピアが出てきて、これが結構面白いのですね。​​​
 こうやって、ウダウダ写していて、小説家の保坂和志とかが、文学の「面白さ」に対して、たとえば「読書実録」でやろうとしていることとつながっているのかなあとか思うのですが、そんなことを急に言われても、読んでる人は困るでしょうから、本書に戻ります。
 で、とりあえず著者の「主張」らしきことをまとめると、気づいたときの態度としての「うしろめたさ」が出てくるんですね。

 ぼくらは「これが正しいのだ!」とか、「こうしないとだめだ!」なんて真顔で正論を言われても、それを素直に受け入れることができない。でも、目の前で圧倒的な格差や不均衡を見せつけられると、誰もが何かしなければ、という気持ちになる。バランスを回復したくなる。
 震災後、冷たい雨のなか、がれきを拾い集める人たちの姿をテレビで見て、快適な部屋でなにもしていない自分にうしろめたさを感じ、被災地に義援金を送った、という人もいるだろう。国会前でデモが続いているとき、若者が自分の言葉で政治について語る姿を見て、自分はなにをやっているんだ、と反省を迫られた人もいるだろう(わたしです)。
こうして、倫理性は「うしろめたさ」を介して感染していく。目を背けていた現実への認識を揺さぶられることで、心と身体に刻まれる公平さへの希求が、いろんな場所で次々と起動しはじめる。
 エチオピアの物乞いの老婆が通行人に「ほれっ」と腕を突き出すように、それまで覆い隠されていた不均衡を目の当たりにすると、ぼくらのなかで、何かが変わる。その変化が世界を動かしていく。(P174~P175)
​​ ​理不尽なのが構築性なのか、構築性の結果が理不尽なのか、ともかくも、目の前にある社会を見る時に、「関係ない」じゃなくて、「何とか関係を持つ」ための武器として、「うしろめたさ」があるかもしれませんよということですね。
 そう見えたから何が起こるのか、それは一概に言えませんが、「関係あるんじゃないか」というふうに見えれば、少なくとも、見えた本人の主体は揺さぶられるわけで、まずは、それが大事なんじゃないか、そういう主張だったと、ぼくは読みました。​​

 この次に何を言い出すのか、ちょっと気になる本でしたが、きっともう出ているんでしょうね。
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最終更新日  2021.12.27 01:00:32
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2021.10.16
​​​​​週刊 読書案内 ト二・モリスン「他者の起源」(集英社新書)​
 ​​2021年の夏から秋にかけて「サマー・オブ・ソウル」とか「ビリー」といった、アメリカの黒人差別をテーマの一つにした、印象的な映画を観ました。で、市民図書館の新刊の棚で出会い、なんとなく手に取ったのが、2019年に亡くなったノーベル文学賞の女性作家ト二・モリスンの講演集「他者の起源」(集英社新書)でした。​​
 差別やヘイトの「起源」をえぐる鋭さもさることながら、「自己」、「他者」という「ことば」の奥へ踏み込む思考の深さに目を瞠る思いでした。
 姉とわたしは床に座り込んで、ふたりで遊んでいたのだから、あの人がやってくると聞いたのは、一九三二年か三三年だったのだろう。わたしたちの曾祖母ミリセント・マクティアのことだ。曾祖母は、このあたりに住む親類の家一軒一軒を訪ねる予定で、このときの訪問は後にもよく話題にのぼった。曾祖母はミシガンに住んでいて、腕利きの助産婦だった。オハイオ訪問は、みんなが待ち望んでいたことだった。というのもわたしたちの曾祖母は賢い人で、疑いもなく一族郎党の立派な要と見なされていたからだった。部屋に入ってきた途端、これまでに経験したことがないことが起き、曾祖母の威厳は本物だとわかった ― だれも何も言わないのに、男たちはみなすぐに立ち上がったのだ。
 親類をひととおり訪ね終わった後、曾祖母はとうとうわが家の居間へ入ってきた。背が高く背筋はぴんと伸び、必要とは思えなかったが、杖に寄りかかりながら、わたしの母親に挨拶した。それから、遊んでいたのか、または床に座っていただけの姉とわたしを見て顔を曇らせると、杖でわたしたちを指しながら、こう言った。「この子たち、異物が混入しているね」。母親は猛烈に抗議したが、時すでに遅し、破壊行為はなされてしまった。  
 曾祖母は漆黒の肌の持ち主で、母親には曾祖母の言葉の意味がはっきり分かっていた。母親の子供のわたしたちの血は汚れていて、純潔ではないと。
(「奴隷制度のロマンス化」冒頭)
​ ​​本書はトニ・モリスンハーバード大学での講演集ですが、そのひとつめの講演「奴隷制度ののロマンス化」はこんなふうに語りはじめられます。​​
 本書には六つの講演が収められていますが、キーワードは、本そのものの表題にも取り上げられていますが「他者化」です。
 その「他者化」とはいったいどういう概念なのか、ぼくのような読者はそこを読み取りたい一心でページを繰るわけですが、すぐにこんなふうに使用されて、納得がいきます。
 科学的人種主義者の目的の一つは、「よそ者」を定義することによって自分自身を定義すること。さらに「他者化されたもの」として分類された差異に対して、何ら不真面目を感じることもなく、自己の差異化を維持(享受さえ)することである。
(中略)
 いかにしてわたしたちは人種差別主義者や性差別主義者になるのか?生まれながらの人種差別主義者はいない。胎児のときから性差別主義的傾向があるわけでもない。講義や教育ではなく、前例によって私たちは「他者化」を学ぶのである。
​ ​​最初に引用した、「この子たち、異物が混入しているね」という彼女の曾祖母の発言が内包している意識、単に、みずから「白人」だと考える人たちによる「有色人種」に対する「差別」を越えた、いわば普遍的な「差別」に対するトニ・モリスン「視座」として「他者化」という概念が据えられています。​​
 「私」に対して、何のこだわりもなく「あなた」「彼女」というとらえ方を「自己と他者の認識」の思考の基準にしていたぼくが一番驚いたのはここでした。
​ たとえば、ぼくが、なにげなく「わたし」と、一見、個人的に自己規定するときに、その自己、「わたし」は気づかないまま「わたしたち」の上に乗っかっていて、「あなた方」「彼ら」を排除しすることで、安定した自己認識、いわば「自尊心」をこっそり育てていたり、「わたしたち」という集団に対する「依存心」に寄りかかったりしているということを指摘した概念だと思いました。​
​ ト二・モリスンが、曾祖母の発言に、この「排除の思想」を読み取ったところがすごいと思いませんか。​
 本書は、アメリカにおける人種差別を批判するにとどまらない、いわば「自己」を確認することが「他者」を捏造し続けることによって、一見、穏やかでリベラル(?)な思考のなかに「他者の排除」が潜んでいる可能性を指摘しながら、さまざまな「差別」「ヘイト」の根源を照らし出す、まさに、鬼気迫る発言集だとぼくは思いました。
 それにしても、​トニ・モリスン​も、もう、この世の人ではないのですね。実は、そのことだって。本書手にとって初めて気づきました。もう少し、世間に関心を持たないとだめですね。ヤレヤレ・・・・。



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最終更新日  2022.05.01 12:00:08
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2021.08.03
​​週刊読書案内 シモーヌ・ヴェイユ「ヴェイユの言葉」(冨原真弓訳・みすず書房)​​ ぼくはこの本の「ことば」の主であるシモーヌ・ヴェイユという人について、ホントはよく知りません。​
​ 横文字で書けばSimone Weilです。1909年2月3日パリで生まれて、第二次大戦末期 1943年8月24日、イギリスのサナトリュームで息を引き取ります。直接の死因は結核による衰弱だそうで、34歳でした。​
 彼女が書き残した「カイエ」、ノートや論文が世界的な評価を受けるのは戦後のことだそうですが、ぼくが学生だった1970年代には「世界的な哲学者」の一人でした。
 あの頃、名前が挙がる哲学者や思想家について、とりあえずぺらぺらと読んでみるというお調子者のミーハー学生の例にもれない、見せかけ読書の対象として「詩集」「工場日記」など何冊か読んだ記憶はありますが、何も覚えていません。

​​ それが、昨年、この本の訳者でもある冨原真弓さん「ミンネのかけら ムーミン谷へとつづく道」(岩波書店)というエッセイ集を読んで気にかかり始めました。マア、そのあたりの経緯はともかく、図書館の棚でこの本を見つけて借りてきました。​​
 これなら、のんびり読めそうだという目論見です。行ってしまえば「シモーヌ・ヴェイユ事始め」の一冊というわけです。
 で、10ページも読まないうちに出会ったのが、こういうノートの一節でした。
誘惑の一覧表(毎朝読むこと)
 怠惰の誘惑(ずば抜けて強い)
  時間の流れのまえで怖気づくな。しようと決意したことを延期するな。
 内的生活の誘惑
  現実に遭遇する困難以外にはかかわるな。感情にかんしては、現実の交流に対応す
  るもの以外は、あるいは、霊感が与える契機として思考に吸収されるもの以外は、
  自分自身にゆるすな。感情のなかで想像に拠るいっさいを切りすてよ。

献身の誘惑
  主体・主観にかかわるいっさいを、外的な事物や人びとに従属させよ。しかし、
  主体そのもの―すなわち判断―は従属させるな。他者には、おまえが同じ立場な
  ら要求するだろう以上のことを、約束したり与えたりしてはならない。

支配の誘惑
退廃の誘惑
  悪を増大させるような反応をもって悪に対処するな。《​初期の「カイエ」(1934)》​
 ​​わたしはこれら五つの誘惑のどれからも自由ではないが、まったく克服できずにいる唯一の誘惑は怠惰である。二十五歳にもなってからでは遅きに失する。二十五か月で始めるべきだった。私の場合、怠惰はなによりもまず「時間」を考えたときの恐怖心を意味する―ある期日までにある義務をはたす、これが耐えられない(工場労働は気楽だった!)。
 この怠惰こそが激しい後悔や絶望の源である。「時間」とは第一の限界、いや、さまざまな様態をとる唯一の限界なのだ。ならば、この限界をうけいれよ。この点で自分自身を鍛えねばならない。​《上記と同時期のカイエ》​
​ ​二十歳過ぎの女性の内省の言葉です。67歳の怠惰老人は、けた違いの「人間」に興味を持ってしまったようです。マア、しようがありません。ここから、彼女がどんな10年を生きるのか、まずは冨原真弓さんによる、ヴェイユ思想のダイジェスト版である「ヴェイユの言葉」に付き合ってみようと思います。​
 無事、読み続けられれば、時々、引用をお伝えできればと思っています。おたのしみに(笑)。

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最終更新日  2021.08.03 00:12:40
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2021.07.13
​​​​​​ 白井聡「主権者のいない国」(講談社)​​
​​ 最近、あんまり時事的な評論を読む機会が少ないのですが、なんだかよく読まれているらしい白井聡さん「主権者のいない国」(講談社)を読みました。​​
​​ 「未完のレーニン」(講談社メチエ)で興味をもって、「永続敗戦論」(太田出版)「なるほどそうですか」と納得したのですが、むきになる口調が苦手で、敬して遠ざけていました。
 ところが世間では、なんというか、ぼくが読まないうちに「歯に衣着せない論客」として評判をとる、ということになっているらしくて、それなら、久しぶりに、という気分で、2021年3月に出版されてすぐ、市民図書館に予約しましたが、借り出せたのは先週で、来週には返却を迫られている人気ぶりで、まず、そのことに驚きました。​​

 読み終えて、「時事」に対して、もう、あほらしくてついていけないという気分で、関心を失っていることについて、正座させられて叱られている気分させられましたが、それはそれで、結構面白い体験でした。
「白井先生のおっしゃっていることについては、ほぼ、異論はありません。でも、まあ、国なんて滅ぶなら滅べばいいやという気分もあるし、直接の戦争こそ知りませんが、地震とか津波とか、原発のメルトダウンとか、想像を絶した出来事も、それなりに体験しました。トランプとかアベ某とかの、まさかのふるまいも目にしました。こうなったらゴジラ出現も悪くないなという気分なんですよね。」
​​ まあ、そんなことを言ってしまうと、終わってしまいますから、少し案内しますね。「主権のいない国」という題なのですが、直接「主権」を論じた文章はありませんでした。個々の時事をネタにしながら「主権者」の空洞化が進行している現状の危機感が、白井さんらしい、ちょっとファナティックな口調でアジられているという感じです。​​
 主権というものを社会や国家の責任主体と考えるというのが全体の論旨の進行のようです。前書きのような出だしの文章にこんな描写があります。
 2011年福島第1原発の事故を話題にしている話です。
 三月十三日昼過ぎの時点で原子炉に注入する淡水がなくなり、吉田昌郎福島第一原発所長は、海水を注入するほかないと報告した。その直後の東電本社と現場とのテレビ会議の模様が後に報道されるが、そこで東電幹部から発せられたことは耳を疑わせるものだった。
「いきなり海水っていうのはそのまま材料が腐っちゃったりしてもったいないので、なるべくねばって真水を待つという選択肢もあるというふうに理解して良いでしょうか」
 この幹部が懸念したのは、海水を注入された原子炉が使用不能になることだった。
(中略)

 危機を適切に認知できない人々には、同時に責任感もモラルもない。ただひたすら空っぽである人たちからなる集団が、この国の「選良」として君臨してきた挙句に、あの事故を起こした。なぜ、日本はこんな国でしかないのか、こんな社会でしかないのか。
​ 引用文の問いは、白井さんの本書を通じた問いです。で、「あとがき」にあたる第6章、最終章で、こんなふうに、再提起しています。
 ​なぜ私たちは、私たちの政府はどうせろくでもないと思っているのか。その一方で、なぜ私たちは、決して主権者であろうとしないのか。この二つの現象は、相互補完的なものであるように思われる。私たちが決して主権者でないならば、政府がロクでもない者であっても、私たちには何の責任もない。あるいは逆に、政府はつねにロクでもないので、私たちに責任を負わせようとはしない。
 だが、責任とは何か。それは誰かに与えてもらうものなのか。そして、ここでいう責任とは誰に対するものなのか。それは究極的に自分の人生・生活・生命に対する責任である。自分の人生を生きようとしないこと、自己からの逃避、一種の究極の自己喪失―本書でさまざまに論じてきた「否認」や「社会の喪失」において主体に生じているのは、こうしたことがらではないか。
 他方で、日本人の強固な政治不信、国家不信は、無意識的な歴史記憶によって支えられているのだと思う。あの戦争のとき、国家は何をやったか?迫り来る都市空襲を目前にして「都市から逃げるな」と命じて住民を閉じ込め、蒸し焼きにした。「精鋭」関東軍は、満州移民を見捨てて一目散に逃げ去った。戦後の時代も同じことだ。水俣病が発生した時、国家・企業・大学の御用学者は、鉄壁のスクラムを組んで被害の原因を否認した。同じことが、福島第一原発の事故に際しても起きるだろうと疑われるのは当然のことだ。土壇場において、この国の権力は、虐げられた者を救おうとしないし、自ら過ちを進んで認めることは決してなかった。
 ゆえに、日本人の根底的な政治不信は、ある意味で全く正しい。しかし、そのような政府しか私たちが持っていないこと。持たなかったことの責は、誰にあるのか?アメリカか?中国か?どこを探しても見つかるはずがない。
            (終章 なぜ私たちは主権者であろうとしないのか)

​​ 「そんなニホンに誰がした?」という、「永続敗戦論」以来、本書のなかでも響き続けている「問い」が、読者に向けてもう一度投げかけられていると、ぼくは読みました。「問い」を投げかけている白井さんの、自分はわかっていて生徒をいたぶっているわけではない「誠実」を疑う気は毛頭ありません。しかし、彼の「問い」には、どこか「国家」がクローズアップされるのですね。​そこが、「ほぼ」賛成という言い方にになった理由ですね。​​​
 現実社会を論じると、そうならざるを得ない事情は分かるのですが、そうはならない論旨はあり得ないのか、そんなふうな気分が、やはり残るのはしようがないですね。
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最終更新日  2021.07.13 00:30:24
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2021.06.24
​​仲正昌樹「《戦後思想入門》講義 丸山眞男と吉本隆明」(作品社)​​

 敗戦後の日本という国にとって1960年という歴史的な年があります。その後のこの国の「かたち」を決定づけた、一般に「日米安全保障条約」と呼ばれている日本とアメリカの間に取り交わされた条約が発効した年です。
 最近「集団的自衛権」とかいう言葉がはやりましたが、その言葉にしろ「安保条約」にしろ、本質的には「軍事同盟」のことをいっているという認識は希薄ですが、実際は、「戦争放棄」という、この国の憲法の柱をないがしろにしているのではないかというふうに、ぼくは考えています。
 マア、それはともかくも、1960年代に小学生だった世代というのが、ぼく自身の世代で、まじめに勉強したことは金輪際なかったに違いないとあきれさせながら、二度も最高権力者の椅子に座った人物は同い年なわけで、「いったいどうなっているんだろう?」というのが、ぼくが、最近、「戦後思想」に対して興味を持ち始めた理由の一つです。
​​​ 今回の「《戦後思想入門》講義 丸山眞男と吉本隆明」(作品社)という本は、先だって紹介した​仲正昌樹先生「《日本の思想》講義」(作品社)​という講義録の、まあ続編です。​​​
​​ 本書では、丸山眞男については「忠誠と反逆」(ちくま学芸文庫)、今では文庫化されていますが、単行本が発表されたのは1990年代の始め頃でした、が取り上げられ、吉本隆明については「共同幻想論」(角川文庫)です。​​
 丸山眞男「忠誠と反逆」は、戦争中に、彼が書いた論文を集めた「日本政治思想史研究」(東京大学出版会)という、名著中の名著のような本がありますが、その本の戦後的継続がこの本といっていいと思います。
 吉本隆明「共同幻想論」は、「言語にとって美とは何か」(角川文庫)「心的現象論序説」(角川文庫)と並んで、かつて「吉本三部作」と呼ばれた評論の一つですが、今では角川文庫に収められていますが、1968年河出書房から出版された単行本は、当時のロングセラーだったと思います。
 ぼくは学生時代に読みましたが、論の中に、「個的幻想」「共同幻想」の関係は「逆立」するというような叙述があって、首をかしげていると、ある先輩に「逆立ちのことだよ」と教えられて、「なんだそうか」と思った記憶が、40年以上も前のことなのですが、なぜか鮮明に残っています。
 本書の講義中で、仲正先生が同じ個所で、同じ解説をされているの読んで、なんだかとてもうれしい気分になったのでした。

 で、本書の内容ですが、今から、丸山眞男なり、吉本隆明なりの論文や評論を「戦後思想」の研究の目的でお読みになる、特に若い方には丁寧な教科書というおもむきでおすすめです。
 ぼく自身は、この年になって、一人ではこの二人を読み直す気力がわいてきそうもないので、当該の「本」ではない参考書を読む、まあ、そう考えて読むとスルスル読めてしまうわけで、「ああ、そういうことか。」という納得も結構あって、読んだ気にもなれるし、思い出にもひたれるという、「アホか!」といわれてしまえばそれまでなのですが、かなり有意義な参考本だったのですが、一番記憶に残ったのは前書きで書かれたこんな文章でした。

​ 現在では、注目を浴びる売れっ子であるほど、どんな読者、視聴者にも理解できる優しい言葉で語ることが要求される。現政権や財界、サヨク・ウヨクに対する「鋭い批判」だと、何の前提も知識もない、「庶民」にも瞬間的に理解できるような文章を書くことが前提になっている。そうでないと、「本当に賢い人は、そんな訳の分からないことは言わない。地頭が悪い証拠だ!」などといわれる。丸山が漢文読み下し文を頻繁に引用する固い文体で新書を書いたり、庶民の感性を重視すると称する吉本が、精神分析や文化人類学、ソシュール言語学などの基礎知識を前提にして、「庶民の心に届く」とは到底思えない評論を書き綴っていたのは、今から思うと、信じられないくらい幸運な状況にである。吉本は丸山の教養主義的スタンスを厳しく批判しているが、かつての左派系の政治文化、ジャーナリズムに教養主義的な前提があったからこそ、両者のそれような、極めて抽象化された水準での議論が可能だったのだろう。(「前書き」)​
​​ 引用文の最初あたりの文脈が少々混乱している(校正ミスかな?)とは思うのですが、おおむね、言いたいことはわかってもらえると思います。1970年代に学生だったぼく自身は、仲正先生がいうところの「地頭が悪い」文章の「むずかしさ」にあこがれて、今、考えれば「わかったつもり」になるために、もっと「地頭が悪い」文章にとりつくという、悪循環の泥沼の中にいて、結局「よくわからなかった」現在を迎えているというわけです。​​
​ 今のハヤリであるらしい「わかりやすい世界」に暮らすの人たちから見れば、愚かそのものですが、ぼくから見れば「よくわからない泥沼」に薄く張った氷があって、その上でスケートを愉しんでいるかのような現在社会の様相は不気味以外の何物でありません。​
​ 少なくとも、仲正先生が、そういう時流に掉さす位置にいらっしゃるらしいことを頼りに、「むずかしさ」にこだわり続けたいと思っています。
 「むずかしい」、「よくわからない」ということは、本当はすべての本質なのではないでしょうか。
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最終更新日  2021.06.24 01:17:11
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2021.06.21
​内山節「戦後思想の旅から 内山節著作集8」(農文協)​​​​​ 哲学者の内山節の著作集を気が向くままに読み散らしています。今回の「著作集」は第8巻1989年から、ほぼ二年間にわたって信濃毎日新聞に連載された文章がまとめられた「戦後思想の旅から」という評論がメインです。ほかに「日本の伝統的な自然観について」「合理的思想の動揺」という短めのエッセイも収められています。​​​​
​ ぼちぼちですが、内山節を読み続けているのは、要するに、ぼく自身の60年間を振り返りたいという、まあ、老人的なカイコ趣味によるところが多いのですが、はっとする記述も多く、何も考えずに、その場その場に身を任せて暮らしていたことに気づかされたりもします。​
 たとえば、あの頃から現在までに何があったのかということについて、それはそれで、きちんと知りたいと思わせるこういう文章に出会うと、ちょっと楽しいわけです。
 戦後の日本の労働の思想は、時代ごとに三つのキーワードを持っていたのだと私は思う。敗戦から1950年代までは、搾取という言葉が労働を考える上での一番重要な役割を果たしていた。労働者は資本家に搾取されているという表現は、生活の困窮からの脱出を願う労働者たちの気持ちを説明する表現でもあったのだと私は思う。
 それが1960年代に入ると、搾取という言葉よりも労働の疎外という言葉の方が大きな役割を果たすようになった。ルフランや中岡を嘆かせたように、技術革新がすすむにつれて、労働者には自分の労働が何かをつくりだしているという感覚が薄れてきていた。自分の労働は機械に使われているだけなのではないか、企業の利潤を高めるために使われているだけではないのか、というような問いかけがどこからともなくひろがってくる。
​​​ しかしそれで終わったわけではなかったのだと私は思う。というのは1980年代に入ると、疲れという言葉が私たちを支配しはじめるからである。現代の労働が生み出す疲れ、ここにはよく言われるように日本の労働者の労働時間が長いということもあるだろう。だがそれだけではないはずだ。別に労働時間が長くなったわけでも、ノルマがきつくなったわけでも、機械化がすすんだわけでもないような職場でも、そこで働いている人々は強く疲れを感じるようになったのだから。
「戦後思想の旅から 第4章 ​新しい思想を求めて」)

註:中岡哲郎「技術史​」:ジョルジュ・ルフラン「労働社会学」​​
​ ​​​​​​​内山節の観点によれば、1950年代は経済学用語の「搾取」という言葉でとらえられた、労働概念が、「疎外」という哲学の言葉にはっきり変わるのが1970年代。1980年を過ぎると「疲れ」という感覚用語で語られるようになるということですが、1980年代に働き始めた人間には、「搾取」「疎外」も、実際には、何の解決にも至らないまま、ただ、ただ、「疲れ」が蔓延していくのが労働現場というわけだったことを思い浮かんできます。今から40数年前の記憶です。​​​​​​​
​ このエッセイは80年代から90年代にかけ執筆されているわけで、2000年を超えたあたりから、あきらかに「疲れ」「次の段階」に入ったはずなのですが、そこからはどうなったのかというのが、読みながら感じた疑問ですね。​
 変なことをいいますが、たとえば、「疲れ」が蔓延する日常を、突如、破壊した1995年の震災は、当然ですが、労働現場のルーティーンも破壊しましたが、「疲れ」の感覚を忘れさせる出来事でもありました。しばらく続いた非日常の興奮は、震災ハイとも呼ばれましたが、印象的な記憶として焼き付いています。
 働くことに倦んでいた40代の自分には、ある種のショック療法だったようで、それ以後、明らかに「仕事に対する感じ方」が変化した出来事だったと思います。しかし、社会全体が、震災の「現場」を経験したわけではないということや、同じ感覚を共有したわけではないということを、数年後の郊外の職場への転勤で思い知りもしました。
​​​​ 内山節の文章を読みながら、あくまでも個人的な回想や感慨をさまよっているわけですが、それにしても、ここ20年、「搾取」「疎外」といった労働思想の経済学的、哲学的基礎概念がきれいに忘れ去られ、ひょっとしたら「疲れ」という感覚も当たり前の付帯事項のように当然視されているかに見える「働くこと」の現在の意味はどこへ行ってしまったかのか。​​​​
​ まあ、最近の、おそらく70歳を超えたに違いない内山節がどんなことを言っているのかというあたりから読んでみたいと思っています。

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最終更新日  2021.06.21 09:23:32
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