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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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映画「シネリーブル神戸」でお昼寝

2022.06.22
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ギリーズ・マッキノン「君を想い、バスに乗る」シネ・リーブル神戸 予告編を見て惹かれました。かなりなお年寄りがグレートブリテン島を路線バスを使って縦断するようです。バス停に立っている、この男どこかで見たことがある気がしました。
​​ 映画はギリーズ・マッキノン監督​「君を想い、バスに乗る」​でした。
 若い夫婦のようですが、カップルの女性の方が泣きながら男性に「ここではないところ、ここからずっと離れたところに連れて行ってほしい。ここにはもう戻ってきたくない。」と、まあ、そんなニュアンスを訴えかけていて、二人は旅に出て、田舎のアパートにたどり着くシーンで映画は始まりました。​​

​ で、ポスターに写っているバス停の老人が、小さなトランクを片手に近所の子どもと仲良しのようで、こんなふうに声をかけられたらいいなという雰囲気の挨拶をしながらバス停にやってきて、バスに乗ると顔見知りらしい運転手がたずねます。
​​「どこまで行くんだ?」
「ランズ・エンド」
「なんだって?1300キロだぞ。」
「これがある。」​​
​​ 件の老人はフリーパスらしいカードを見せて、バスが出発します。
​​​​ グレートブリテン島を北の端から南の端まで路線バスの旅が始まりました。彼が最初に乗ったバス亭がジョン・オ・グローツ村で、北の端です。目的地はランズ・エンド岬で南の端の岬です。
 イギリスには「ランズ・エンド・トゥ・ジョン・オ・グローツLand's End to John o' Groats」略すとLEJOGという言い回しの言葉があるようで、訳すと「究極の旅路」という意味だそうですが、老人の旅程はその言い回しの​復路​ということになります。​​​​

​ 老人の人生の回想とバス旅で遭遇する小事件が、交互に描かれるロード・ムービーでした。シビアな映画ファンであれば、バスを乗り換えるたびに脈絡もなく起こる小事件の描き方や、リアリティーについて不満をお持ちになるかもしれませんが、68歳のシマクマ君は堪能しました。​
​​ 画面に引き込まれた理由は、ひとえに、90歳で、妻に先立たれ、自らも死にかけの老人、トム・ハーパーを演じたティモシー・スポールの存在感のある表情と物腰によるものでした。​​
​​ ネタバレで申し訳ないのですが、70年前に失った、いつまでも1歳の娘の墓に詣でて、バスに乗って以来、仏頂面を続けてきた老人がポロリとこぼした涙には、彼の「究極の旅路」往路のすべてかきらめいているようで、もらい泣きせずにはいられませんでした。とにもかくにも​トム・ハーパ老人(ティモシー・スポール​​)​拍手!でした。
 老人が載る路線バスがどれもシャレていたこと、ロンドン以外でも二階建てバスが走っていること、もバスに載せること、バスに乗ってくる人々の姿が、普通で、とても良かったこと、まあ、数え上げればいろいろありますが、スコットランドから、イングランド、ウェールズと呼ばれるイギリスのそれぞれの地方の風景が記憶に残りました。まあ、イギリスの俳優さんの演技はいいですね。この映画の
ティモシー・スポール​​​​​もよかったですね。
 で、この爺さん役の俳優さんのことですが、思い出しました。イメルダ・スタウントンが主演した​「輝ける人生」リチャード・ロンクレイン監督の作品ですが、その映画で認知の奥さんの介護で苦労した老人でした。まあ、そういう役が似合いなのでしょうかね(笑)。まだ若い俳優さんだったと思うのですが。​​​

 別の日に見に行ったチッチキ夫人が面白いことをいいました。
「健さんの旅もよかったけど、こっちの方がホントだなと思ったよ。」
「ふーん、それで、あなた、灰だけど、どこにほってほしいか、どっかに書いててね。」
「えっ?やっぱり私が先なの?」
​ 最後は、むずかしい会話になってしまいましたが、この映画を60歳以上の老人が見た場合、避けられない問題ではないでしょうか(笑)。まあ、人はそれぞれ、振り返ればなんでもない哀しい人生を送っていて、やがて、死んでしまうのは避けられないわけで、題名は「The Last Bus」のままの方がよかったですね。​

​​​​
監督 ギリーズ・マッキノン
脚本 ジョー・エインズワース
撮影 ジョージ・キャメロン・ゲッデス
美術 アンディ・ハリス
衣装 ジル・ホーン
編集 アン・ソペル
音楽 ニック・ロイド・ウェバー
キャスト
ティモシー・スポール(トム・ハーパー)
フィリス・ローガン(メアリー)
2021年・86分・G・イギリス
原題「The Last Bus」
2022・06・13-no79シネ・リーブル神戸
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最終更新日  2022.06.22 13:37:12
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2022.06.21
​​​​​ロマン・ポランスキー「オフィサー・アンド・スパイ」シネ・リーブル神戸
 予告編を見ながら、「これは見なくっちゃ!」と思った作品なのです。ところが、しばらくして、なんで、そんなにきっぱり「見なくちゃ!」と思ったかわからなくなっていました。見終えて、チラシを見直して分かりました。ロマン・ポランスキーの映画だったのです。​

​ ポランスキーは、ぼくにとっては特別な映画監督です。二十歳の時に神戸にやってきて初めて見た映画が「チャイナタウン」でした。オープンカーに乗っていたフェイ・ダナウェイの眼窩が撃ち抜かれたシーンの衝撃で、ぼくの「映画の日々」は始まったのです。​
​​ スキャンダルの人ポランスキー88歳だそうで、その彼の最新作が、フランスのドレフュス事件を描いた「オフィサー・アンド・スパイ」です。​​
​​​ この邦題は、脚本を書いているロバート・ハリスの原作小説「オフィサー・アンド・スパイ」の題名を使っていますが、フランスでの原題は「J'accuse」です。フランス語ですが辞書を引けば「私は告発する」となるようです。​​​
​​ ところで、この言葉は、映画のシーンにも出てきますが、19世紀フランスの自然主義文学巨匠(?)エミール・ゾラドレフュス事件について、新聞に発表した公開意見書の見出しの言葉で、「J'accuse」=「われ弾劾す!」というのは、たぶんですが、フランスでは、解説なんか必要ない、誰でも知っている「歴史に残る言葉」なんじゃないでしょうか。​​
 マア、犬養毅「話せばわかる。」のような(うーん、解説がいるか?)、常識的、歴史用語なわけで、どうしてそのまま邦題にしなかったのか、ちょっと残念ですね。
​ ドレフュス事件そのものが日本では通じないという判断なのでしょうかね。世界の歴史にも日本の歴史にも、興味を持たせない風潮に見合っているのかもしれませんが、「オフィサー・アンド・スパイ」で、なにか、具体的な歴史的事件をイメージできる人がいるのでしょうかね?​
​​ マア、老人の愚痴はこのくらいにして、映画です。フランスにおける「ユダヤ人問題」をめぐる、なかなかスリリングな、歴史ミステリー映画でした。ドラマの主人公はドレフュス大尉ではなくて、彼の冤罪を晴らす情報将校ピカール中佐でした。​​
​ ジャン・デュジャルダンという俳優が反ユダヤ主義者でありながら、真実に対して誠実な人物を好演していて、淡々と推理が進む展開に、久しぶりにドキドキしました。​
 それにしても、カトリックの社会の反ユダヤ主義の様子がかなりリアルに描かれていて、まあ、カトリック対プロテスタントとか、キリスト教対イスラム教とか、本や映画ではよく見かけるのですが、ヨーロッパの宗教の姿というか、実態というかが、ぼくにはよくわかっていないことがよくわかりました。
​ 茶化しとかではなく、とても勉強になった映画でした。それにしても、さすがはポランスキーですね。勘所を抑えたというか、ダレないストーリ展開と細やかな人物描写で飽きさせない演出というか、映画作りで、渋い作品に仕上がっていました。​
​​​​ ピカールを演じたジャン・デュジャルダン拍手!なのですが、この人が違う映画に出てきて、気づけるかどうか、自身がありません(笑)。明晰で穏やかな正義漢、その上、色好みと来ていて、まあ「男性の鏡」のような人物なのですが、チラシのように(ああ、向かって右側の人です、左はドレフュス役のルイ・ガレル)見た目は穏やかで、目立たないんです。​​​​
​ そして、スキャンダルにも、寄る年波にも負けず堅実で見ごたえのある作品を作ったロマン・ポランスキーに拍手ですね。2019年ヴェネチア映画祭審査員大賞をとって、物議をかもしたらしいです。作品の内容はセクハラというわけではないとは思うのですが。​
​ フランスって、社会の基盤は、超保守的な様子でゾラなんて反ユダヤ主義者による暗殺説まであるくらいですが、意見をいうことに関して怯まないところが面白いですね。フランス革命の伝統というのでしょうか。​
 日本でも、国家機密とか国家反逆罪とかいう御託がイケ、シャアーシャアーと口にされかねない空気が充満していますが、おかしいことにはおかしいという気概を忘れないようにしないとヤバそうですね。

監督 ロマン・ポランスキー

製作 アラン・ゴールドマン
脚本 ロバート・ハリス  ロマン・ポランスキー
撮影 パベル・エデルマン
美術 ジャン・ラバッセ
衣装 パスカリーヌ・シャバンヌ
編集 エルベ・ド・ルーズ
音楽 アレクサンドル・デスプラ
キャスト
ジャン・デュジャルダン(ピカール)
ルイ・ガレル(ドレフュス)
エマニュエル・セニエ(ポーリーヌ)
グレゴリー・ガドゥボワ(アンリ)
メルビル・プポー(ラボリ弁護士)
マチュー・アマルリック(ベルティヨン筆跡鑑定人)
2019年・131分・G・フランス・イタリア合作
原題「J'accuse」
2022・06・20-no83・シネ・リーブル神戸
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最終更新日  2022.06.21 23:53:57
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2022.06.18
​​渡辺謙作「はい。泳げません」シネ・リーブル神戸
​ 綾瀬はるかさんが水泳のコーチだそうで、スクール水着の彼女を見たい一心というわけでもないのですが、まあ、贔屓の方ということでやってきたシネ・リーブルです。​
 ネットで予約をした時に誰もいなかったので、入場するときに、ちょっと面白がってホール担当のオニーさんに声をかけてしまいました。
「ひょっとして、お客一人?」
「はい、そうなんです。」
「ええー?綾瀬はるかさん見に来る人いないの?」
「あのー、ミント神戸と番組かぶってまして。こういうふうになることがあるんです。」
​ で、座席につきました。コロナ騒ぎで、その傾向が強くなりましたが、隅のはしっこの席が、予約購入の場合の指定席です。変ですね。誰も他にお客がいないのに、100人ほど座れるホールの隅っこに座っている老人って。
 予告編のあいだも、なんだか落ち着きません。とうとう、一人映画が始まってしまいました。
 映画は「はい。泳げません」、監督は​渡辺謙作​という人です。

 画面では、大学の哲学の先生らしい、​長谷川博己​という俳優が演じている​小鳥遊雄司、「たかなしゆうじ」​と読むそうですが、の様子を見ていてのけぞりそうになりました。
​「まあ、いいですけど。綾瀬さんはどうなっていますか?」​
​ そんな気分でした。
​ とうとう、最後まで一人映画でした。お目当ての綾瀬さんは、いつものようにというか、この映画でも素っ頓狂で善意の塊のような役柄を演じていらっしゃいましたが、何故だか「あやせはるかモデル」水着型フィギュアの演技を見ているような気がして、素直に喜べませんでした。​
 映画全体が「善意(?)」で出来ているようで、彼女は善意の女神のような役を演じていた作品でした。彼女の水着姿を喜ぶ映画ではありませんでした。​
「彼女は永遠に善意のフィギュアを演じ続けるのかなあ?」
​ そんなことを考えながら、一人ぼっちで、まあ、言いようによればワン・マン社長の試写会(笑)のように一人映画を終えたのでした。​​
「伊佐山ひろ子さんが元気そうだったのはなによりだけれど、まあ、これじゃあ、ぼくが社長ならお蔵入りだろうなあ。」
​ とか、なんとか、久しぶりの伊佐山ひろ子には反応しながらも、小林薫はほとんど見過ごしたうえに、映画そのものには首を傾げながら、上映が終わっても、いつものように開かないドアを、オソル、オソル自分で押し開けて出てくると先ほどのオニーさんが入り口で片づけをしていました。​​
「結局、誰も来んかったね。」
「ありがとうございました。ご苦労さまでした。」

 いやはや、実は、結構重たいテーマを描いていた映画なのですが、ピンとこなかったんですね。ボンヤリ見ていたエンド・ロールに哲学の監修者に、これまた贔屓の国分功一郎なんて言う名前まで見つけてしまいましたが、人が生きている世界として描かれているらしい「水」のシーンに引き付けるものがなかったことが決定的だったような気がしました。
 ほんと、ご苦労様でした(笑)。
監督 渡辺謙作​​​

原作 高橋秀実
脚本 渡辺謙作
撮影 笠松則通
編集 日下部元孝
音楽 渡邊琢磨
主題歌 Little Glee Monster
キャスト
長谷川博己(小鳥遊雄司 哲学教員)
阿部純子(奈美恵 恋人)
麻生久美子(美弥子 元妻)
綾瀬はるか(薄原静香 水泳コーチ)
伊佐山ひろ子(笹木ひばり)
広岡由里子(葦野敦子)
占部房子(橘優子)
上原奈美(英舞)
小林薫(鴨下教授)

2022年・113分・G・日本
2022・06・17-no82・シネ・リーブル神戸​​​​​​​​​

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最終更新日  2022.06.19 22:58:29
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2022.06.15
ヨナス・ポヘール・ラスムセン「FLEE」シネ・リーブル神戸 日本の子供向けアニメはほとんど見る気がしないのですが、ヨーロッパとかの外国製のアニメ映画に気づいたときは、できるだけ見ようと思って出かけることにしています。
​​​​ 今回はヨナス・ポヘール・ラスムセンという監督の「FLEE」というデンマークアニメ映画でした。全く予備知識なしで見ましたが心打たれました。​​​​
​ 画面の中央に髭面の青年が座っていて、語り始めます。彼の名前はアミン・ナワビ、話を聞いているのは、金髪の白人インタビュアーでした。​
​ 映画はアミンという男性の回想と告白を、一部には実写も挿入されますが、おおむねアニメの画像として描いていました。​​ 1980年代アフガニスタンに生まれた彼が、2010年代「今」デンマークで学者として暮らすようになるまでを語った「語り」がドキュメントされています。​​
 見ながら1980年代以降のアフガニスタンのことをぼんやり思い浮かべていました。ソビエトアフガン侵攻1979年で、撤退1989年ぐらいだったと思いますが、その当時から、イスラム原理主義に対するソビエトアメリカによる戦場化が現代まで続いている国だったはずです。
​​​​​ 少年だった​アミン・ナワビ​が、タリバン政権による父親の連行と行方不明を機に、とともに。スウェーデンに住む長兄の援助を頼りに故郷アフガニスタンの首都カブールからこっそりと国境を超え、ソビエト不法入国の難民として隠れ棲み始めるのが1980年代の終わり、ソビエト撤退の直後だったようです。​​​​​
​​​ 長兄の援助による逃走資金の不足のため、同行する家族から選ばれた彼は、たった一人でデンマークまでたどりつき、そこでようやく亡命が認められ、やがてこの映画を作ることになる少年と、通い始めた学校で出会います。二人とも10代です。​​​
​ そこまでの回想で、充分見るに値する内容でした。例えば、ボクなんかが「難民」とか「亡命」とかという言葉を、いかに「他人事」としてしか受け取っていないか、痛感させられるアミン少年の命がけの体験が淡々と語られています。​
​​​​​​ しかし、この映画に「Free」ではなく「Flee」という題名がつけられている理由は、もう一つありました。アミン・ナワビが、自らをゲイであるとカミングアウトしていることです。彼がゲイである自分を自覚したのは、成人したのちのようですが、祖国アフガニスタンから、今、この時も、「Flee=逃亡」し続けなければならない理由がそこにあること、この映画がアニメとして、登場人物をアバター化して隠さなければならない社会はアフガニスタンだけでなく、ぼくたちが平和だと思って暮らしている現代社会であることを、静かに訴えていると思いました。
​​​ 
「他人事」として知らん顔をするのは「抑圧」「差別」が再生産され続けることを支えているのかもしれないことを気づかせてくれる作品でした。​​​ 淡々と語り続けるアミン・ナワビ拍手!でした。加えて、素朴で美しい絵で、心を打つアニメーションを作ったヨナス・ポヘール・ラスムセン監督に拍手でした。​​​

監督 ヨナス・ポヘール・ラスムセン
脚本 ヨナス・ポヘール・ラスムセン  アミン・ナワビ
アニメーション監督 ケネス・ラデケア
アートディレクター ジェス・ニコルズ
編集 ヤヌス・ビレスコフ・ヤンセン
音楽 ウノ・ヘルマーソン
2021年・89分・G・デンマーク・ スウェーデン・ ノルウェー・ フランス合作
原題「Flee」
2022・06・13-no80シネ・リーブル神戸

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最終更新日  2022.06.27 03:11:37
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2022.06.14
ジャン=リュック・ゴダール「気狂いピエロ」シネ・リーブル神戸​​ つい、調子に乗ってみてしまいました。ゴダール「気狂いピエロ」です。「勝手にしやがれ」を見て、「ああ、これこれ!」という感じで、40年前の思い出に浸ったわけで、「これ見たら、やっぱりこっちも!」というノリでした。​​
 遠い記憶のおかげで、ストーリー(まあ、そんなものがこの作品にあるとして)にはついていけて、結末も完全に予想(この場合は、知っているというべきですが)できるのですが、「古び」ていました。
 まあ、映画が古いというのではなくて、見ているボクが「古び」た、うーん、このいい方はおかしいかな?、じゃあ、「老い」た、うーん、こっちはちょっとシャクかな?
 40年前に、この作品にコラージュされている映像の断片や絵画、詩や哲学、一つ一つが新鮮で衝撃的で、「詩的感性」とやらを叱咤激励された記憶が、なんというか、偶然出てきた古い日記のページをパラパラやっていると、読めもしないフランス語の詩の断片が書き込んであるのを見つけて、ギョッとする(少し大げさですが)感じで甦ってくるのです。
 ようするに、目の前の映像が、今、見ているこの場での「おお、すごいな!」というカンド―というよりは、過ぎてしまった時間に対するジジ臭い「思い出耽り」の引き金みたいなもので、それで連射されて打ちのめされる感じでした。(全然要するにになっていませんね(笑))

​​​ 今回、フト、まあ、新たに思ったのは、例えば、主役のベルモンドは出来上がった作品を見てどう思ったのかな?ということでした。彼は、個性的で快活な俳優として優れた演技者だと思いますが、この映画では俳優としてのベルモンドというより、人間そのもの。いってしまえば演技以前のベルモンドが露出しているようにぼくには見えたのですが、そういう映像を俳優自身はどう思うのでしょうね。​​​
 黒沢映画の三船とか、小津映画の笠智衆とかもそうですが、そういう時に俳優自身は何を感じるのでしょうね。
 ハチャメチャでアナーキーな展開ですが、ポスターになっている海辺のシーンとか、やっぱり新たな記憶として残りました。映画そのものは決して「古び」てはいないですね。
​ 最後に、予想通り(笑)爆死する、懐かしいジャン・ポール・ベルモンド拍手!
​ お出会いする映画、いつもそうなのですが、何を考えているのか最後まで分からないアンナ・カリーナ拍手!
​ そして、今更ながらですが、いくつになっても(誰が?)、意味不明なジャン・リュック・ゴダール拍手!でした。​
監督 ジャン=リュック・ゴダール
原作 ライオネル・ホワイト
脚本 ジャン=リュック・ゴダール
撮影 ラウール・クタール
美術 ピエール・ギュフロワ
音楽 アントワーヌ・デュアメル
キャスト
ジャン=ポール・ベルモンド(フェルディナン・グリフォン ピエロ)
アンナ・カリーナ(マリアンヌ・ルノワール)
グラッツィラ・ガルバーニ(フェルディナンの妻マリア)
ダーク・サンダース(マリアンヌの兄レッド)
サミュエル・フラー(アメリカの映画監督)
ジミー・カルービ(小男)
レイモン・ドボス(港の男)レイモン・ドボス
ラズロ・サボ(政治亡命者ラズロ・コヴァックス)
ロジェ・デュトワ(ギャング)
ハンス・メイヤー(ギャング)
ジャン=ピエール・レオ(映画館の若い観客)
1965年・105分・フランス・イタリア合作
原題「Pierrot le Fou」
日本初公開1967年7月
2022・06・01・​シネリーブル神戸
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最終更新日  2022.06.14 00:45:33
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2022.06.01
​​ジャン=リュック・ゴダール「勝手にしやがれ」シネ・リーブル神戸​

 今年に入ってレトロ・スペクティブという企画が頻繁に行われている映画館ですが、ルイス・ブニュエルといい、今回のゴダールといい、20代に見てほぼ40年ぶりに見直すという体験を繰り返しています。​

​ 今回はジャン=リュック・ゴダール「勝手にしやがれ」でした。テレビでも繰り返し放映されてきた作品で、今さらあれこれ言ってもしようがないとは思うのですが、劇場でやるとなると「見に行こうかな」という誘惑に勝てないたぐいの作品の一つです。​
​​​ ジャン=ポール・ベルモンド扮するフランスのチンピラ青年の、まあ、元の題にもある通り「息せききった」破滅の物語なのですが、ストーリーについてあれこれ言っても仕方がないし、チンピラ青年の人柄や行動、お相手のアメリカ娘との男女関係についてどうこういうのも気が引けます。​ベルモンド​の自在な演技も、ジーン・セバーグの重くて軽い、あるいは、遠くて近い存在感も誰かの口真似だしなあという感じです。映画についても、俳優についても、そして、まあ、監督についても語り尽されている作品です。​​​
​ まあ、黙ってみるに如くはないと座ったのですが、脈絡や目的なんて何もない、ただ、ただ、「息せききった(A bout de souffle)」主人公の行動と発言の「リアル」が、あのころ20代だった青年の胸をえぐった記憶を呼び起こしながら、ボンヤリ座って見ていた老人を、今さらながら、じわじわ「リアル」に、揺さぶり始めたのです。​
「うーん、なんだ、これは!?」
​​​ で、とどのつまりには「サイテー」という主人公の最後の言葉で、40年後の今になっても、日ごろは忘れていた性根か何かに触れて「異議なし!」と叫びそうになってしまう上に、「サイテーってなによ!」というジーン・セバーグの言葉に、冷や水を浴びせられたのようにオロっとしてしまう自分に驚くという、恐るべき映画でした。​​​
​ もしも、この映画を、今、初めて見て、同じようなリアルを感じるのかどうか、それはわかりません。ただ、最後のセバーグの言葉への反応は今だからでしょうね。​
 今の若い人が、この映画をどう見るのかというのも気にかかりますが、40年後に、オロッとするとは、40年前の青年には思いもよらなかったことでした(笑)。
​​​ いやはや、ジャン=ポール・ベルモンドにもジーン・セバーグにも、あらためて拍手!ですね。はい、もちろん、ジャン=リュック・ゴダール拍手!はいうまでもありませんん。​​​
監督 ジャン=リュック・ゴダール
製作 ジョルジュ・ド・ボールガール
原案 フランソワ・トリュフォー
脚本 ジャン=リュック・ゴダール
撮影 ラウール・クタール
音楽 マルシャル・ソラル
監修 クロード・シャブロル
キャスト
ジャン=ポール・ベルモンド(ミシェル・ポワカールあるいはラズロ・コヴァックス)
ジーン・セバーグ(パトリシア・フランキーニ)
ダニエル・ブーランジェ(ヴィダル刑事)
ジャン=ピエール・メルビル(作家パルヴュレスコ)
アンリ=ジャック・ユエ(アントニオ・ベルッチ)
ジャン=リュック・ゴダール(密告者)
1960年・90分・フランス
原題「A bout de souffle」
日本初公開1960年3月26日
2022・05・31・シネ・リーブル神戸
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最終更新日  2022.06.01 12:18:15
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2022.05.23
​​アンドレイ・コンチャロフスキー「親愛なる同志たちへ」シネ・リーブル神戸
​​ 予告編を見ていて、ソビエト・ロシアの時代フルシチョフ政権下の1962年に起こったノヴォチェルカッスク虐殺事件を題材にした作品だと気づいてやってきました。2020年に撮られた作品らしいですが、ソビエト映画の巨匠とチラシにあるアンドレイ・コンチャロフスキーという監督の作品を見るのはこれが初めてです。映画は「親愛なる同志たちへ」です。​​
 スターリンを批判することで、政治的失脚を免れたフルシチョフの時代のソビエト社会の真相を、かなりな率直さで描いた作品でした。
​ 主人公は女性でした。名前はリューダ、年齢は40代後半(?)、はやりのことばでいえばシングルマザーで、党の地区委員会の「幹部」です。​
 同じ地区委員会の「幹部」の男性との不倫(?)シーンから映画は始まりました。地位を利用しての生活物資の入手、官僚機構の秩序からはみ出す発言や行動、看護兵としての赤軍従軍歴の誇りと自信、英雄的赤軍兵士との不倫(?)の恋の結果の、妊娠、出産、シングル・マザーとして育ててきた娘への愛。
 「外」からの視点で見れば、彼女は素朴で傲慢なスターリニストとして描かれています。「共産主義」の理想をお題目にして、偶像崇拝と事実の隠ぺい、反対者に対する粛清をセットにして権力を維持したソビエト体制の最も素朴かつ絶対的な崇拝者です。
 彼女は「官僚体制」の特権階級であることに自足しており、そうであるからこそ、自分自身がスターリンと、そしてスターリンを批判した現党中央と同じ穴の狢であり、目の前で繰り広げられている虐殺が自ら盲信する「共産主義」の美名のもとになされていることに気づくことが出来ません。
​​​ 映画は、ソビエト体制が崩壊して、初めて明らかになったノヴォチェルカッスク虐殺の最中、娘の安否を気遣い、右往左往するリューダを描くことで、官僚主義、あるいは、特権的教条主義のご都合主義の実態を暴いていきますが、目の前で起きている現実によって「人間的」「心情的」葛藤に晒されていくリューダにしろ、地区KGPのヴィクトルにせよ、スターリン主義ソビエト体制そのものへの批判にはたどり着けない姿を描き切ったアンドレイ・コンチャロフスキー監督に唸りました。​​​

​ かつて「実録連合赤軍」を撮った若松孝二や、韓国の光州事件を題材にした「タクシー運転手」を撮ったチャン・フン監督を彷彿とさせましたが、彼ら以上に、アンドレイ・コンチャロフスキー監督の国家体制としてのスターリン主義に対しての、他人ごとではない批判の深さを感じました。​
 現実に、現在のロシアでも元KGBの権力者が戦争を始めています。スターリン主義の常套手段だった秘密警察による民衆監視と排他的ナショナリズムを煽って独裁化しているようにも見えます。この作品の批判の矛先は現在のロシアの政治体制にまで届いているかのようです。
 もっとも、権力者に対する無批判と情動的な排他主義は、とても他人事とは思えないムードが極東の島国にもひろがっているわけです。たとえば「忖度」という言葉がはやりましたが、権力者に対する官僚の「忖度」は、「おもねり」であって、実は官僚自身の「自己利益」の誘導にすぎないと思うのですが、誰か、きちんと指弾したのでしょうか。
​​​​​ 何はともあれ、おろかなリューダをリアルに熱演したユリア・ビソツカヤと、彼女を描いたアンドレイ・コンチャロフスキー監督拍手!でした。​​​​​
監督 アンドレイ・コンチャロフスキー
製作 アンドレイ・コンチャロフスキー
製作総指揮 オレサ・ヒュドラ
製作統括 アリシェル・ウスマノフ
脚本 アンドレイ・コンチャロフスキー  エレナ・キセリョワ
撮影 アンドレイ・ナイジョーノフ
美術 イリーナ・オシナ
衣装 コンスタンチン・マズール
編集 セルゲイ・タラスキン  カロリーナ・マチェイェフスカ
音楽 ポリーナ・ボリンキナ
キャスト
ユリア・ビソツカヤ(リューダ 党地区委員)
アンドレイ・グセフ(ヴィクトル 地区KGP)
ウラジスラフ・コマロフ(ロギノフ 党地区委員)
ユリア・ビソツカヤ(スヴェッカ リューダの娘)
セルゲイ・アーリッシュ(リューダの父)
2020年・121分・G・ロシア
原題「Dorogie Tovarischi」
2022・04・25-no64・シネ・リーブル神戸

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最終更新日  2022.05.23 00:27:26
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2022.05.14
​​​​​​​​​​​​フィリップ・ファラルドー「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」シネ・リーブル神戸
​​ 
2022年の連休は人にビビって外出をあきらめていました。で、連休明けの5月9日、早速やってきたシネ・リーブルでしたが、当てがはずれて結構な入場者でした。
​​ 見たのはフィリップ・ファラルドーという知らない監督で「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」という作品でした。サリンジャーがらみのお話という理由だけで選んだ作品ですが、客の大半がジジババだったのは、まあ、案の定という感じでしたが、お話の筋も古典的でした。​​
 サリンジャーという作家は、日本でいえば戦後文学の次、「第三の新人」位の世代の人で、ノルマンジー上陸作戦にも従軍した、れっきとした「太平洋戦争」「戦後文学」の人なのですが、日本では、ここ10年、人気の翻訳家、柴田元幸村上春樹の新訳が出たこともあって、「現代文学」みたいな扱いですが、野崎孝の名訳「ライ麦畑でつかまえて」(白水社)が出たのは1964年のことです。その後「フラニーとズーイ」とか「バナナフィッシュにうってつけの日」とかの「グラース家の物語」も、同じく野崎孝の訳でしたが、ぼくが高校生のころすでに新潮文庫の棚に並んでいました。
 で、その後というか、1960年以降、サリンジャーは1作も書いていません。でも、映画のネタにはなるのです。不思議です。
 4年ほど前に「ライ麦畑で出会ったら」という、サリンジャーを探しに行く少年の映画がありましたが、今回の​「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」​はよく似た印象の作品でした。まあ、あの映画は主役が男の子で、女の子に出会うのに対して、今回は女の子で、おばさんに出会う話でした(笑)。
​​ 原作がJ・D・サリンジャーを担当する女性エージェントと新人アシスタントを描いたジョアンナ・ラコフという人の自叙伝なのだそうですが、映画は、端折って言えば「サリンジャー探し」の老若男女を阻止するお仕事をする女性の話でした。​​
​​​ 「My Salinger Year」というのが原題だそうですが、新米アシスタントのジョアンナサリンジャーの出会いは、はっきり言ってありきたりです。キャッチ・コピーに「大人の自分探し」とありますが、今一ピンときません。​​​
​​ サリンジャーなんて読んだこともないのに、サリンジャー担当のベテラン・エージェントのアシスタントを務める90年代の文学少女の大胆さというか、幼さというかに圧倒されるばかりです。​​
 そのうえ、映画の画面以外のアクシデントでしたが、隣席で寝入ったおじさんの大鼾が耳元に響きます。
​​「何をご覧になるおつもりでお座りになったのか存じませんが、そりゃあ、お眠りになるのも無理はない展開だとは思うのですが・・・!」​​
​ まあ、そういう同情というか、怒りというかを感じないではない展開でしたが、救いはありました。​ジョアンナ​ボスを演じる女性の演技です。別に、特別な所作や表情をするわけではありません。しかし、なかなかいいのです。時代の存在感があるのです。
​「誰だこれは?」

 家に帰って、チッチキ夫人にチラシを見せておしゃべりしていると、珍しく質問です。​

​「シガニー・ウィーバーって、出てはったん?!」
「ええー、あの人、ああ、あのおばさん、エイリアンのあの人やったんか?」
「エイリアンの、あの人やったん?って、気付かんかったん?」
「うん、まったく!一人で映画持たしてはった。上手やったで。」
「でも、気付かんかったんやろ(笑)」
​​ ​​​サリンジャー「ライ麦畑でつかまえてThe Catcher in the Rye」は単行本出版だったようですが、それ以降の「グラース家シリーズ」「ニューヨーカー」という雑誌に掲載された作品です。映画に出てくるベテラン・エージェントのマーガレット(シガニー・ウィーバー)は、その時代のアメリカの出版エージェントの匂いとプライドを感じさせる編集者という役柄を好演していました。まあ、なんといっても「エイリアン」に怯まない女性ですから、貫禄が違いますね(笑)。​
 というわけで、久しぶりの​シガニー・ウィーバー拍手!でした。​​


監督・脚本 フィリップ・ファラルドー
原作 「サリンジャーと過ごした日々」(ジョアンナ・ラコフ 著 井上里 訳 柏書房)
撮影 サラ・ミシャラ
美術 エリース・ドゥ・ブロワ
衣装 パトリシア・マクニール  アン・ロス
編集 メアリー・フィンレイ
音楽 マーティン・レオン
キャスト
マーガレット・クアリー(ジョアンナ)
シガニー・ウィーバー(マーガレット)
ダグラス・ブース(ドン)
サーナ・カーズレイク(ジェニー)
ブライアン・F・オバーン(ヒュー)
コルム・フィオール(ダニエル)
セオドア・ペレリン(ノースカロライナ州ウィンストン・セーラム在住の青年)
2020年・101分・G・アイルランド・カナダ合作
原題「My Salinger Year」
2022・05・09-no66・シネ・リーブル神戸
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最終更新日  2022.05.14 22:12:13
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2022.05.03

​​​​​​​​​​​​​ヴィム・ヴェンダース「東京画」シネ・リーブル神戸
 2022年1月11日ヴィム・ヴェンダース詣六日目です。七草がゆの日から、いや、その前日からですか、毎日、ヴェンダースに通っています。もう、ただ、そうして座って画面を見ていればいいというか、納得というか、至福というか、なぜ、こんなに楽しいのか、まあ、単なる好みに過ぎないのだろうとは思うのですが、で、実はわかっていないのですが、ここまで、1本1本見終えるたびに「ああ、こういう映画が見たかったんだ」という気持ちがわいてくるのです。
 今日は「東京画」というヴェンダース自身がナレーションを語り、小津組といえばこの人、名優の笠智衆とカメラマンの厚田雄春の二人のインタビューを中心に据えたドキュメンタリィーでした。
 映画監督、小津安二郎に対するオマージュというか、映像を作ることが小津安二郎賛歌になっているというか、ベンダーズ監督自身がナレーションを語り録音して、撮影のエドワード・ラックマンと二人で作った作品だそうです。
 東京のいろいろな風景も、もちろん映っているのですが、縁側にいる笠智衆が、いやはや、笠智衆でした。小津映画の角度で笠智衆を撮っているように見えました。で、笠智衆小津の映画のときより少し声音の太いしゃべり方をしているのが印象的でした。もちろん、正確に比較したわけではありませんから、単なる思いこみだと思います。​​​​​​​​​​​

​​ 写真で見直してみると、そうでもないのですが、縁側に座っている彼の姿は小津の映画の笠智衆そのものでした。で、墓参りしている彼は、かつて俳優だったというか、彼によく似た老人に見えました。​​
​​​ ドイツのようなヨーロッパの人から見ればエキゾチックな風景なのでしょうね、当時の東京の風景が差し込まれていますが、まあ、それが、今から見れば、もう30年ほども昔のニホンなわけで、ズレのズレのような感じが印象的でした。でも、なぜか笠智衆は不動な感じがして、もうこうなったら仏像のようなものかというと、多分声が聞こえてくるからでしょうね、そうでもなくて、生の人間の姿なのでした。
 小津安二郎の作品なんて、もう20年以上も見た記憶がないし、忘れてしまっているのです。にもかかわらず、笠智衆は縁側に座っていて、​​
​​彼が振り向くと、部屋の向こうには東山千栄子が座っていて、その奥に立っている原節子がこっちをみているような作品でした。いやはや、なんともいいようのない境地を体験しました。拍手!です。​​

監督 ヴィム・ヴェンダース
製作 クリス・ジーバニッヒ
脚本 ヴィム・ベンダース
撮影 エド・ラッハマン
編集 ヴィム・ベンダース  ソルベーグ・ドマルタン
音楽 ローラン・プティガン  ミーシュ・マルセー  チコ・ロホ・オルテガ
ナレーション ビム・ベンダース
キャスト
笠智衆
厚田雄春
ベルナー・ヘルツォーク
クリス・マルケル
1985年・93分・G・西ドイツ・アメリカ合作
原題「Tokyo-Ga」
日本初公開1989年6月17日
2022・01・11-no6・シネ・リーブル神戸​​​



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最終更新日  2022.05.03 11:32:24
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2022.04.22
​​ケネス・ブラナー「ベルファスト」シネ・リーブル神戸​​
 1969年ですから、もう50年以上も前のことですが、北アイルランドからイングランドのレディングという町に引っ越してきた少年から一通の手紙を受け取りました。
​ こんにちは、みなさんはベルファストという町をご存知ですか。ぼくが先週まで家族と暮らしていた北アイルランドの港町です。
​ ぼくの家族はおじいちゃんとおばあちゃん、お父さんとお母さん、おにーちゃん、そしてぼく。それがぼくの家族です。ぼくの名前はバディです。年は1960年生まれで、9歳です。今、一番好きなのは「騎士ごっこ」です。学校はちょっと苦手です。最近気になる女の子がいて、教室で後ろから見ていてドキドキします。でも、はずかしいから名前はいえません。​
 お父さんとお母さんは子供のころからのなかよしで、今でもとてもなかよしですが、時々大げんかをしたりして、悲しいときもあります。お父さんはロンドンに出稼ぎに行っていて、いつもは留守です。お金の事とかで、お母さんが電話口で泣いたり怒ったりしていることもあります。でも、ぼくとお兄ちゃんは、お母さんと三人でお父さんの留守を守っています。お父さんとぼくの合言葉はBe carefulです。
 おじいちゃんとおばあちゃんはとてもなかよしでした。おじいちゃんはぼくに算数とか人生とか、なんでも教えてくれました。おばあちゃんは、ちょっとふとりすぎで歩くのがしんどいのですが、いつもぼくとおじいちゃんを見守ってくれていて、おじいちゃんはおばあちゃんに頭が上がりませんでした。そんなおじいちゃんとおばあちゃんが、今でもぼくは大好きです。
 でも、ずっとしんどかったらしい肺の具合が悪くなって、おじいちゃんは死んでしまいました。そして、父さんとお母さんもベルファストの町を出て行くことに決めてしまいました。
 ぼくがカトリックの人のお店からお菓子を盗んできて警察の人がうちにやって来たり、プロテスタントの人がお父さんを裏切り者だと言って、ぼくを人質にしたり、お母さんが悲しむことばっかり続いたことも、引っ越しの大きな原因です。
 一人でベルファストに残ることになったおばあちゃんは、出発の日に「振り返らないで、しっかり前を向いて行きなさい。」と言ってくれましたが、ぼくは振り返らないではいられません。
​ ​少年は、その後、演劇学校を出て俳優になり、やがて映画監督になったようです。その彼から、最近ビデオ・レターを受け取りました。少年時代の家族の姿がドラマチックに写っているモノクロのドキュメンタリー・フィルムでしたが、それを編集し直して「ベルファスト」という映画にしたらしいのですが、その映画ははアカデミー賞脚本賞をとったそうです。劇場で見ましたが、失われた時がうつくしく描かれていて、胸を打つ作品になっていました。​
 と、まあ、紹介すればこうなるわけですが、一つだけ引っかかるのは、少年は大人になって映画として1969年のベルファストを描いているわけですが、カトリックとプロテスタントの争いが、大英帝国の植民地主義の結果であることについて、なんとなく判断保留のまま描いていることでした。
​ 映画のラストシーンで名優ジュディ・デンチがベルファストの町を出ていく子供たちの家族に言い放った「振りむかずに、前を向いてすすめ」という「名セリフ」を聴きながら、ふと、思ったのですが、イギリスのアイルランド問題はこの50年で片が付いたのでしょうか。
​​ とはいうものの、家族の物語としてみれば、たとえば、出稼ぎ暮らしの夫(ジェイミー・ドーナン妻(カトリーナ・バルフに向かって言う「子どもたちは、みんな、あなたが育てたんだ」という和解のセリフをはじめとする夫婦げんかのリアルさや、散り散りになりそうな若い家族を支える祖父母の存在の描き方は、さすがケネス・ブラナーなわけで、しっかり泣かせていただきました。​​
​​​ おじいちゃんのキアラン・ハインズおばあちゃんの、まあ、ちょっと太り過ぎじゃないかと心配でしたが、ジュディ・デンチには文句なしに拍手!でした。​​​

監督 ケネス・ブラナー
脚本 ケネス・ブラナー
撮影 ハリス・ザンバーラウコス
美術 ジム・クレイ
衣装 シャーロット・ウォルター
編集 ウナ・ニ・ドンガイル
音楽 バン・モリソン
キャスト
ジュード・ヒル(バディ)
ルイス・マカスキー(ウィル お兄ちゃん)
カトリーナ・バルフ(お母さん)
ジェイミー・ドーナン(お父さん)
ジュディ・デンチ(おばあちゃん)
キアラン・ハインズ(おじいちゃん)
コリン・モーガン(ビリー・クラントン)

2021年・98分・G・イギリス
原題「Belfast」
2022・03・28-no40・シネ・リーブル神戸
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最終更新日  2022.04.22 00:01:17
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