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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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全27件 (27件中 1-10件目)

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読書案内「絵本・児童文学」=チビラ君たちへ

2020.11.04
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​​​​​​​​谷川俊太郎(詩)パウル・クレー(絵)「クレーの絵本」(講談社)

​黄金の魚​​
​Der Goldfish 1925​​
おおきなさかなはおおきなくちで
ちゅうくらいのさかなをたべ
ちゅうくらいのさかなは
ちいさなさかなをたべ
ちいさなさかなは
もっとちいさな
さかなをたべ
いのちはいのちをいけにえとして
ひかりかがやく
しあわせはふしあわせをやしないとして
はなひらく
どんなよろこびのふかいうみも
ひとつぶつのなみだが
とけていないということはない
​​ ​谷川俊太郎が、パウル・クレーの絵を40枚選び、そのうち11枚の絵に、絵と同じ題の「詩」を書き、おそらくクレーに対してであるだろう「愛」、「在るもの」、「線」という「詩」を書き加えて出来上がった「詩画集」です。​​
​ 最初に表紙の絵​「黄金の魚」​のページに書かれた詩「黄金の魚」を載せました。あと二つは、ぼくが気に入った詩と絵を選びました。​

​​選ばれた場所
​Auser wahlte Statte 1927​

そこへゆこうとして
ことばにつまずき
ことばをおいこそうとして
たましいはあえぎ
けれどそのたましいのさきに
かすかなともしびのようなものがみえる
そこへゆこうとして
ゆめはばくはつして
ゆめをつらぬこうとして
くらやみはかがやき
けれどそのくらやみのさきに
まだおおきなあなのようなものがみえる
​​死と炎​​
​Tod und Feuer1940​
かわりにしんでくれるひとがいないので
わたしはじぶんでしなねばならない
だれのほねでもない
わたしはわたしのほねになる
かなしみ
かわのながれ
ひとびとのおしゃべり
あさつゆにぬれたくものす
そのどれひとつとして
わたしはたずさえてゆくことができない
せめてすきなうただけは
きこえていてはくれぬだろうか
わたしのほねのみみに
​​​ シマクマ君の家には谷川俊太郎の「仕事」がたくさんあります。絵本や詩集ですね。「ゆかいな仲間」たちが小さかったころ、読んでほしいと思って買ったのかというと、そういうわけでもありません。同居人のチッチキ夫人が、昔から彼の詩が好きだったというのが理由です。​​​
​​​ シマクマ君が彼の詩をまじめに読み始めたのは、どちらかというと最近のことです。読み始めてみると、昔読んだ詩もあれば、初めて見る絵本もあります。
 この絵本は、表紙が棚を飾っていたにもかかわらず、中を見るのは初めてだった本です。手に取ってみると、ほっておくのは、ちょっと惜しいと思うのは、この三つの「絵」と「詩」で十分わかっていただけるのではないでしょうか。

 
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最終更新日  2020.11.12 01:03:03
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2020.10.21
カレル・チャペック「お医者さんのながいながい話」(フェリシモ出版)

​​​​
 カレル・チャペックは、なかなかな「童話」の書き手でもあります。いちばん有名なのがこれです。「お医者さんのながいながい話」。岩波のジュニア新書にラインアップされていますが、「絵本」としても数通りあると思います。探してみると、まだ手に入る「新しい」絵本の一つが見つかりました。​​ぼくが読んだのは関沢明子さんの訳で、関美穂子さんが絵を描いているフェリシモ出版というところが出している本です。
 ページを繰るとこんな感じです。​​


​ 次から次へとやってくる「お医者さんのながい話」を聞く羽目になる主人公がこの人です。ヘイショヴィナという山の中に住んでいる魔法使いのマギアーシさんですね。
​​ で、彼のところにやってくるお医者さんがこの方です。


 フロノツの医者と呼ばれていますが、名前はどうでしたかね?お医者さんの前を走っているそばかすの少年が、魔法使いの弟子でヴィンツェク君です。​​
​​ マギアーシさんのもとに駆け付けたフロノツの医者は、一人では処置しきれないと、他のお医者さんも呼ぶことをすすめます。​​


​​​​ やって来たのがこの方々ですね。三人やって来ましたが、このお医者さんたちは治療にかかる前に、なぜだか「お話」をしたがるんですね。
 マギアーシさんはこの3人がやってくるまでに、フロノツのお医者さんから「なが―いお話」を聞かされているのですが、この3人も、題名の通り、それぞれ「なが―いお話」をしないでは気が済まないようです。​​​​

​​ というわけで、「アンズの種」をのどに詰まらせただけのマギアーシさんは息をするのが苦しくってたまらないにもかかわらず、次から次へとお話を聞く羽目にになるんです。​​
​​ えっ?マギアーシさんの病気は「アンズの種」を詰まらせただけなのかって?。そうですよ。背中をドンとでも押せば解決しそうな出来事ですよ。にもかかわらず、お医者さんのお話を聞いた魔法使いは、「人生」について深く考え込んでしまうことになるんです。​​
 それで、のどに詰まった種はどうなったかって?そういうことは、この絵本を読んでいただくより仕方がないですね。
 いやはや、それにしても、なかなかシャレた工夫のこらされたお話でしたよ。ぼくは、愉快な仲間のチビラちゃんたちにプレゼントしてしまいましたね。


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最終更新日  2020.10.21 00:44:37
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2020.10.15
谷川俊太郎 詩・岡本よしろう 絵 「生きる」(福音館書店)


​​ いわずと知れた谷川俊太郎の詩「生きる」の絵本です。表紙の写真をご覧ください。この表紙に惹かれて借りてきました。好き好きですが、ぼくは、こういう、何となく漫画風のリアル描写が気に入りました。​​
 三十代くらいの年齢の方なら小学校で習った詩です。暗唱できる人もいると思います。その詩の何行かづつに絵がついています。表紙のアパートの絵はおまけですが、ぼくはこの絵が一番好きです。

​​​
 表紙を開くと「生きる」という詩の題が最初のページにあります。木に蝉がとまっています。
 このページから谷川俊太郎の詩のことばと岡本よしろうの絵のコラボレーションが始まります。そこからページをめくると見開きが全部で19ページあります。


 ​​​
いまいまがすぎてゆくこと」のページを写真でとるとこんな感じです。

​ 最後の見開きの次のページに、詩の最後の「いのちということ」という一行があって「地球」の絵があります。
 その次の見開きに、この詩が、もう一度、全文のっています。今さらですが、載せてみますね。

 ​生きる   谷川俊太郎

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみをすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまがすぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

​​ ​​裏表紙に、もういちど蝉の幼虫が出てきます。


 現代詩の中で、おそらく、いちばん、多くの人に読まれた詩だと思います。絵本に描かれた、岡本よしろうの「絵」を見ながら、シンプルな詩の「言葉」が、どれほど様々な情景を、それぞれの読み手の頭の中にイメージしてきたのか、つくづく「驚嘆」する思いになりました。
 おだやかですが、ふっと、さみしい絵本でした。何故、さみしいと感じるのかはよくわからないのですが。一つ一つの岡本よしろうの絵が、「時」を止めているように見えるからかもしれません。
 一度ご覧になってください。

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最終更新日  2020.10.15 00:22:35
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2020.10.05
​​​ はいじま のぶひこ「きこえる?」(福音館書店)​


 福音館書店「日本傑作絵本シリーズ」の一冊です。文字通り「傑作絵本」でした。読み終わって、とりあえず、じっと目を目をつむりました。
​​ 淡い「くりーむいろ」の表紙には「ウサギ」でしょうか、影が映っています。この影は正面でしょうか、後ろ姿でしょうか。そんなことを考え込んでいます。​​
​ 表紙を開くと「くろい」ぺーじです。多分、星空です。星座を探しましたが、ぼくの知識では見つかりません。でも、最後のページまでこの絵本を繰った人は、きっと、星空だと確信すると思います。​
​​​​​ 次のページを開くと、見開き2ページが淡い「みずいろ」「みどりいろ」の中間色で、表紙の「ウサギ」の影よりも、もっと淡い「きいろ」の丸い「つき」が浮かんでいます。​​​​​
​​​​ 次のぺーじは、すこし「きいろ」がかった「くりーむいろ」「きこえる?」とだけ書かれていて、見開きの反対側のページには、​「たけいろ」​の地に、表紙とは少し違いますが、やはり「ウサギ」の影が見えます。​​​​
 さて、そこからどうなるのでしょう。いつものようにスキャナーでページを写してここに貼るのはやめます。いろいろ、講釈を垂れるのもやめます。
 ぼく自身が、ここから数ページを読みながら、「広く」て「静かな」ところに連れていかれたからです。
​​​​ 最後のページの見開きには表紙と同じ「ウサギ」がいて、となりのすこし「みどり」がかった「くりーむいろ」のページに「きこえる?」があります。​​​​
 ぼくは、図書館のおなじテーブルに座って、この絵本を手にしながら、ボンヤリと中空を見つめている少年を想像します。
 向かい合って座っていたテーブルから、できるだけ静かに立ち上がって、そっと、後ずさりしながら、話しかけたいのを我慢して、できるだけ小さな声でつぶやくでしょう。

​「きこえる?」​


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最終更新日  2020.10.05 00:26:15
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2020.09.27
​​絵・横尾忠則 文・穂村弘「えほん・どうぶつ図鑑」(芸術新聞社)​​

 
​​​ あの横尾忠則さんが絵を描いています。文字でそれぞれのページに印刷されている「文」を書いているのは、あの、穂村弘さんです。現代短歌の、あの、穂村さんです。
 あのー、だからといって、あわてて買ったりしてはいけません。​​​
​ お買いになる前に穂村弘さんが、ページごとに書いている「詩」のようなもの、いやいや「詩」のようなものというのは、短歌じゃないからそういっているだけで、ヤッパリ、「詩」です。それをバラしますね。​

愛し合う夢を見ました。
愛し合う夢を見ました。

目がさめると、窓の外は夕方でした。
私にはだあれもいませんでした。

それなのに、誰かの眼が、私をじっと見つめています。
鏡に向かうときも。
ごはんを食べるときも。

私はどんな姿をしているんだろう。

故郷の夢を見ました。
故郷の夢を見ました。

目が覚めると、いつもの部屋の中でした。
私にはだあれもいませんでした。

それなのに、誰かの眼が、私をじっと見つめています。
鏡に向かうときも。
ごはんを食べるときも。

私はどんな姿をしているんだろう。

故郷を抜け出して、こんなに遠くまで来た。
故郷には、今も私の形の空白が残っている。
私はどんな姿をしているんだろう。

愛し合う夢を見ました。
愛し合う夢を見ました。

そこはどこですか?
あなたは誰ですか?

ここを抜け出して、私はそこへゆきたい。
あなたに出逢うために。
そして、本当の私の姿を知るために。

私を切り抜いて下さい。
あなたのは鋏で。

​ ​ね、やっぱり「詩」ですよね。で、「絵本」は動物たちの「切り抜き絵本」なんです。でもね、「絵」を書いているのは横尾忠則なんです。油断して、あなたの可愛い「坊や」や「お嬢ちゃん」のために買ってあげようなんて考えない方がいいと思いますよ。​

​ まあ、横尾忠則のイラストが好きな「あなた」のために、思わず買ってしまったりしても、さほど後悔はしないかもしれません。お子さんの中には、鋏を持ち出して「私」を切り抜くのを手伝ってくれる子だっているかもしれませんからね。

​ それにしても図書館の棚で、一度ご覧になってからの方が、やはり、無難だとは思うのですがね。
 アイデアはよくできているんです。穂村弘の詩を読みながら、この絵本の仕掛けがわかった人がいらっしゃれば、拍手!ですが、それは、なかなか難しいと思いますね。​


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最終更新日  2020.10.02 15:14:01
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2020.09.13
​​山下賢二作 中田いくみ絵「やましたくんはしゃべらない」(岩崎書店)


​ 
​​​やましたくんは保育園に通うようになったころから、ともだちのまえではひとこともしゃべりませんでした。そのやましたくんの小学校の一年生になった日から卒業する日までの学校でのくらしを描いたのがこの絵本「やましたくんはしゃべらない」です。
​​​
​​​ やましたくんがしゃべらなかったということは、ともだちはだれもやましたくんの声を知らなかったということです。ともだちはやましたくんがどんな声をしているのか、どうして、ひとこともしゃべらないのか、気になってしかたがありません。
​​​
​​​​​​ 絵を描いているのは中田いくみさんという絵描きさんですが、表紙の絵でわかるやましたくんだけでなくて、ともだちたちの表情も髪の毛の一本一本まで丁寧にえがかれています。
 絵を見るかぎり、やましたくんはおこったりいじをはったりしているわけではなさそうです。やましたくんがなぜしゃべらないのかは、結局、わかりません。でも、ともだちたちがやましたくんをどう思っているのかとか、やましたくんの声を聞きたがっていることはとてもよくわかります。
​​​​​​
​​ 卒業式の日に、名前をよばれた​やましたくん​は、はじめて、小さな声で「はい。」と返事をしたようです。でも、校長先生には聞こえなかったようです。そのあと、やましたくんがいつからしゃべるようになったのかは、やっぱりわかりません。
 今は大人の山下賢二という人になっていて、「ガケ書房」という本屋さんを営んだあと、「ホホホ座」というブックカフェ(?)とかで本を作る仕事をしているようです。​​

なんだか、大人の絵本のようですが、やっぱりこれは、子供たちに読んでほしいと思いました。


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最終更新日  2020.09.13 00:51:58
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2020.09.12
ロバート・クラウス文 ホセ・アルエゴ絵
 「おそざきのレオ」今村葦子訳(あすなろ書房)

​​​ ロバート・クラウスホセ・アルエゴのコンビの案内の二冊目です。ホセ・アルエゴの絵本としては、案内するのは三冊目です。​​​

​​​ 今回の主人公は​レオ君​です。表紙をご覧ください。
 まあ、なんというか、こういう顔です。トラのおチビさんのようですが、ゾウさんとかヘビくんとか、いろんなお友達と比べて、何をやってもへたくそです。
 この顏を、じっと見ていると「そうなんだろうな。」と納得がいきますが、お父さんもお母さんも、同じような顔なので、顔が「おそざき」の原因というわけでないようです。


​​ そうはいっても、お花畑で蝶々が飛んでいるのを眠そうに見ながら、お昼寝しているレオ君のことがお父さんもお母さんも心配です。
 ご心配なく、おそざきのレオ君も花開くときが、きっと来るのです。まあ、そういうもんです​​
​ ホセ・アルエゴという人の絵がいいと思うんです。そこはかとなく笑えます。どこがどう?と尋ねられれば困りますが、この顔イイじゃないですか、ねえ。
 二人の絵本を図書館で探していますが、もう、古いんでしょうか、なかなか見つかりません。見つけたらまた紹介しますからね。じゃあ、また。​
追記2020・09・12
​ この二人のコンビの「でておいで、ねずみくん!」​の感想はここをクリックしてください。​ホセ・アルエゴの絵の​「ランパンパン」​の感想はこちらからどうぞ。​

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最終更新日  2020.09.12 02:09:45
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2020.08.31
​​​インドみんわ・さいわ マギー・ダフ え ホセ・アルエゴ アリアンヌ・ドウィ

「ランパンパン」(評論社)​

​​​
「でておいで、ねずみくん」の絵を描いたホセ・アルエゴの描いた絵本です。原作はインドの民話(みんわ)らしいのですが、「女房(にょうぼう)」を王様にさらわれた​「くろどり」くんが、王様から女房を取り返すお話しです。
 表紙をご覧いただくとおわかりでしょうが、鳥かごに入れられているのが「くろどり」くん「にょうぼう」です。​​​

​ 王様相手に、たたかう「くろどり」くんの装束(しょうぞく)はこんな感じです。


​​​ 抱えているのが、進軍の太鼓で、「ランパンパン」は太鼓の音です。頭にかぶっているのが胡桃の殻で出来た兜です。ホセ・アルエゴという人の絵です。
 この絵本の面白さは、彼の絵の面白さですね。「くろどり」くんの、この眼付とか、王様の兵隊とかニワトリとかゾウとか、いろいろ、たくさん出てくるシーンですね。​​​

​ ああ、そうだ、もう一つは、闘う「くろどり」くんの仲間のユニークさですね。ここの所「ねこ」の絵本に偶然出会っていますが、今回の猫はこんな感じです。


 中々な顔をしていますでしょ。ぼくは気に入っているのですが、いかがでしょうか。
 もっとも、このシーン、実は一匹の猫なのですが、なぜ、こんな絵になっているのでしょうね。

 絵だけの「仕掛け絵本」というおもむきですが、興味のある方は図書館にでも行ってみてください。

 1989年に出版された絵本で、新しく購入することはできないようですね。ご覧になるとしたら、やはり図書館でしょうね。


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最終更新日  2020.08.31 00:47:37
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2020.08.27
​​​ぶんロバート・クラウスえホセ・アルエゴとアリアンヌ・デューイ
「でておいで、ねずみくん」(アリス館)

 ​これが表紙。​


 で、これが裏表紙。


 表紙と、裏表紙を見開きにすると、こうなります。ああ、べつに、「仕掛け絵本」とかの解説をしているのではありません。ただ、この方の全身姿に「惚れた」だけなのです。それだけなのです。
 ネコのキャラだけで、なんだか楽しい。それだけ。おはなしはヒ、ミ、ツ!


​​​「え」を描いているのはホセ・アルエゴというフィリピン生まれの画家ですが、2012年、「かいじゅう たち の いる ところ」モーリス・センダックが亡くなった、同じ年に亡くなっています。​​​
​ ​「おはなし」を書いているロバート・クラウスという人も、もう亡くなっていて、​​この「でておいで、ねずみくん」という絵本も、2005年に出版されたようですが、今では図書館でしか手に入りません。
 この「ねこ」の姿に惚れた人は、図書館で探してください。まあ、表紙の絵で、予想がつきそうなものですが、ぼくは途中までダマされていて、結果、とても笑いました。
 チビラ君に贈りたいのですが、手に入らないのが残念です。

 

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最終更新日  2020.10.04 00:33:20
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2020.08.07
大道あや「ねこのごんごん」(福音館書店) 


 帰る家がわからなくて、おなかがすいて、さまよっているチビのノラが、ごちそうのにおいにつられて迷い込んだ家に、大きな老猫とアホ犬と、たくさんのニワトリが住んでいました。

「わしは ちょん、というんだ。にんげんでいえば九十八さいぐらいのとしよりだ」
「おれはのん、というんだ。おまえのなまえはなんだ」
「わかりません。ぼくはなまえがあったかなかったかおぼえていません」
「そうかなまえがないのか。ななしのごんべえか。わんー」
「おまえはきっとすてられたねこだ。よし、ななしのごんべえなら、ごんごんというなまえにするとよい」

​ ​というわけで、この家で暮らすようになった「ごんごん」の先生は​「ちょん」​という老猫です。毎日の暮らしの中でいろんなことが起こります。​
 この下のページに描かれいるのもいろんなことの一つです。​ ​

​​ ごんごん​は いっぱい さかながいるのを みるのが すきでした。
 あるひ さかなを つかまえようとして てを のばしたとたん
 あしがすべって いけに おちてしまいました。

​ ごんごんの なきごえを ききつけて、ちょんが すぐに たすけに きてくれました。
 ずぶぬれの ごんごんをみて のんは わらいました。
 ちょんは ごんごんの ぬれた からだを なめながら いいました。
ごんごん、この さかなに てをだすんじゃない。 おばさんが 
 だいじにしている さかなだ。よく おぼえて おくんだぞ」


​​​ これが裏表紙です。今日もニワトリたちが元気です。「ごんごん」は縁側で昼寝でもしながらその様子を眺めているのでしょう。
 でも、もう頭をなめてくれる「ちょん」はここにはいません。裏庭のお地蔵さんの下の土のなかです。
 そうなんです。生きているものも、死んでゆくものも描く、この世界の描き方が、ぼくはとても好きです。​​​

​ ​大道あや​1909年に広島で生まれた画家です。60歳の年から絵を描き始めました。「ねこのごんごん」1975年、66歳のときに彼女がはじめて描いた絵本です。
​ 「原爆の図」「水俣の図」で有名な丸木位里は実兄で、兄の配偶者丸木俊は義理の姉です。丸木夫妻の原爆の絵を見て彼女が言った言葉が伝えられています。

​「兄さんたちは見ていないから描ける。」​

 ​​​​​芸術と現実を考える時に、心に響く批判だと思います。どちらが間違っているという問題ではありません。しかし、現実を体験するとはどういうことなのかという本質的な問題を捉えていることは間違いないと思います。
 言葉通り、爆心2キロの地点で被爆し、「実際に見た」彼女は、​90歳になって、初めて「ヒロシマに原爆がおとされたとき」を描きます。
 2002年に出版された、この「絵本」の中には、彼女が描こうとしてどうしても描けない世界がぐちゃぐちゃの落書きのように残されています。
 それ以後、彼女は2010年に101歳で亡くなるまで、二度と絵筆を持たなかったそうです。
 「ねこのごんごん」には彼女が描きたくてたまらなかったに違いない「生きている」ことの「楽しさ」や「美しさ」が夢のように描かれています。
 おチビさんたちや、若いお母さん、お父さんたちに是非手に取ってほしい絵本です。
追記2020・08・07
丸木俊「ひろしまのピカ」​の感想は書名をクリックしてみてください。


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最終更新日  2020.08.10 02:05:29
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