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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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「橋本治」の置きみやげ

2021.01.05
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​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​「橋本治 最後の挨拶」追悼総特集「橋本治」(文藝別冊・KAWADEムック)​
​​ 作家の橋本治が亡くなって2回目の1月29日がやって来ます。2020年3月25日に書き始めました。新コロちゃん騒ぎに火が付き、「愚か」というしかいいようのない人物が、花見をめぐって嘘八百を垂れ流しながら、怪しげなマスクを、何百億もかけて配って人気取りをしようしていた世相にうんざりして、「そうだ橋本治なら何て言うだろう」と思い付いての所業でした。
「今日3月25日は橋本治の誕生日です。」なんていう書き出しでブログの記事を書き始めてから10カ月もの間、下書きコーナーで眠っていた記事ですが、とうとう2021年になってしまいました。​​
 ​​橋本治 最後の挨拶 
 みなさん今晩は、橋本治です。今日は多分お寒い中を、私のためにおいでいただいきまして、ありがとうございます。
 ​私は今年、七十歳になりました。平成年間中、悩まされ続けた悪夢のようなローンの返済も終わり、明治の文豪が胃癌で中絶させたままの小説のリライト版も完成させ、「草薙剣」も刊行できました。どこかから、「よかったね」の声が飛んできてもいいはずなんですが、この六月に飛んできたのは、「癌ですね」という医者のあっさりした声でした。
 それで私は、十六時間の手術と四ケ月の入院生活を経て、十月二十五日に退院いたしました。「退院だから元気になっただろう」というのは全く嘘で、私の体は「退院」の声を聞くと不安になってガクガクになるようです。そんな退院後四日目に、野間文芸賞を戴き、家の中で素っ転んで顔を切りました。
 そして、「やっぱりへんだな」と思っていた通り、体の中にはまだ癌細胞が少し残っているというので抗癌剤の導入をはじめ、それがどう転がってか嚥下性の肺炎ということになって、このようなていたらくでございます。いいのやら悪いのやら。
 実は「草薙剣」の版元である新潮社の編集者から、「よろしければ私たちの方からもお祝いの品をお送りしたいが、何がよろしいでしょうか?」というお言葉をいただいたそうで、それを助手から聞いて、「うーん。なにがほしいって、べつになんにもないな」と言ってしまいました。欲がないのじゃなくて、ほんとになにもほしいものがないのです。
 「もらえるのなら、原稿用紙かな」――するとそれを聞いた助手が「そりゃいいや」と言いました。「お前は俺を殺す気か!」とは思いませんでしたが、少しそういう気分にもなりました。
 実は私は、まだ学生だった二十代の前半から、真っ新な原稿用紙を五百枚買うと幸福になる人間でした。
 小説を書くというのではなく卒論を書くための紙ですが、折り目のない白い原稿用紙が五百枚、茶色いパックの中に納まっているのを見ると胸がドキドキしたのです。
 それだけではなくて、その原稿用紙が文字で埋められて終ると、広げられた原稿用紙の上に両肘を載せて静かな息を一つ吐き、「ああ、終わった」とつぶやくのです。
 私の人生は、初めから終わらせることを目的にしてスタートしたみたいで不思議ですが、「ああ、終わった」の一言が幸福をもたらしてくれるのは事実でした。
 今でこそ原稿用紙は助手に買いに行かせますが、「ちょっとしんどいな」と思うことはあっても、書き終えた幸福感は変わりません。だから今、二千枚の原稿用紙をもらったら重荷でしょうが、五百枚や千枚の原稿用紙なら「なんとかなるかな」とは思います。
 「書く内容まで決まっている」というとプレッシャーになるので言いませんが、「もういい年で立派な賞をもらったんだから、無理して続けるのはやめなさい」でもなく、「これを一歩としてもっと頑張りなさい」でもなく自分の目の前に原稿用紙が見えたら、成り行きでその上を一歩一歩歩いて行こうと思います。
 成り行き任せな私には一番ふさわしい行き方です。それで最後まで行けるのか行けないかはわかりませんが。そういう宛どのない生き方が自分にはふさわしいんじゃないかと思います。ちなみに、次に書く小説のタイトルは「正義の旗」です。
 あ、言っちゃった。もうやめます。
 今日は本当にどうもありがとうございました。「生きるか死ぬか」の話を続けると後の方がやりにくくなるので、年寄の話は終わりにして、未来のある方へマイクをお譲りします。​(文藝別冊・KAWADEムック)
​ ​小説「草薙剣」野間文芸賞を受賞した際、受賞者の謝辞の挨拶として代読されたらしい原稿で、彼の絶筆ということになった文章です。
 文中にある、明治の文豪のリライトというのは「黄金夜界」(中央公論新社)という作品ですが、尾崎紅葉「金色夜叉」の翻案小説で、彼の死後出版されています。
​​ 橋本治という人は「桃尻娘」(講談社文庫)という怪作で、40年前に大学生だったぼくの前に登場した人ですが、晩年は「書きに書いた人」という印象がすべてです。
 評論であろうが、小説であろうが、「​​金太郎あめ」のようにどこから舐めても、​​​​​​どこを齧っても橋本治でした。ぼくのようなファンにはそこがこたえられないところなのですが、「金太郎あめ」なんていうのは性に合わない人にはついていけない人だったかもしれません。
 それにしても、受賞の記念品で「原稿用紙」を欲しがるなんていうのですから、まだまだ書くべきことや、書きたいことがあったに違いありません。
 まあ、そこのところこそ読んでほしい一心で、こうして引用紹介しているわけです。
 新コロちゃん騒ぎの昨今の世相に、彼なら何を言ったか、フト、そんなことを考える時がありますが、「ああ、終わった」とつぶやく橋本治はもういませんし、彼に代わる人は見当たらないのが現実です。
 橋本治がいかに橋本治であったか、つくづくとさびしい今日この頃です。
 今年も1月を迎え、月末には「モモンガ―忌」がやって来ますが、彼の作品を順番に「案内」したいという、ぼくの野望(?)も、このままだと夢で終わりそうですね。今年こそは何とかしよう。それが、2021年シマクマ君「年頭の誓い」ということで、今年もよろしくお願いいたします。

追記2022・02・01

 橋本治案内の野望というか年頭の誓いは何一つ実現されないまま、2021年は暮れて、2022年の1月も行ってしまいました。
「1月は行く、2月は逃げる、3月は去る」
 子供のころ、そんな言葉をおじいちゃんからだったでしょうか、聞かされたことがあって、納得したことを覚えていますが、「行く」「去ぬる」だったかもしれません。
 まあ、そんなことはともかく橋本治です。今年の1月の末にチッチキ夫人橋本治の命日について話していたちょうどその頃、作家の保坂和志がフェイスブックとかツイッターで、橋本治のことに触れていて「ああ、彼も、あの頃橋本治だったんだ」と思い出したりしました。
 
​興味のある方は​保坂和志のブログに追悼文が載っていますから、そちらをお読みになればいいのですが、ぼくが、ちょっとドキドキしたところを引用してみます。​
​一九八四年、私は二十八歳になったところだった、橋本治はたった一人で男として生まれた男の子の生き方を切り拓いていた、私はあの頃、全身で橋本治に心酔してたからこういう風に言葉にできてたか、わからないがそういうことだ。​
​​「ほら、こんなに広い!」
 
 と、橋本治は大草原なのか原野なのか、私たちに予感させた、たぶんそれは完全に見せてくれたわけではない、それはひとりひとりが自分のパフォーマンス、意図実現力によって見なければならない。いや、意図でなく願望か? 私が橋本治から教わったことは、まず願望すること、願望を持つこと、願望に正直であることだった。​​
​ まあ、大した願望ではないかもしれないぼくの野望を今年こそ何とかしようということを、もう一度「年頭の誓い」にしようと、旧正月に思っていますが、さて、来年の1月は少しは笑えるのでしょうか。それより何より、2023年の1月を無事迎えられるように、なるべく人とは会わず、こそこそ暮らしたいと思います(笑いたいけど笑えない)。

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最終更新日  2022.02.02 21:31:04
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2020.02.04
​​​​​​​​​​​​​橋本治「草薙の剣」(新潮社)

​​​ 2019年という年は、橋本治といい、加藤典洋といい、今の時代をまともに見据えていた大切な人を立て続けに失った年でした。少しづつでも遺品整理のように「案内」したい二人の文章はたくさんあります。​​​
​​​​ たとえば橋本治の小説群です。その出発からたどるなら「桃尻娘」(ポプラ文庫)、最後からさかのぼるなら「草薙の剣」(新潮社)ということになるのでしょう。​​​​

​​ ​​​「草薙の剣」(新潮社)という橋本治が最後に残していった作品について、内田樹「昭和供養」というエッセイで論じているのを​追悼特集「橋本治」(文藝別冊)​で読みました。
 ​​​
内田樹橋本治のこんな文章を引いています。

​ 時代というものを作る膨大な数の「普通の人」は、みんな「事件の外にいる人」でたとえ戦争の中にいても、身内が戦死したり空襲で家を焼かれたり死んだりした「被害者」でなければ、「自分たちは戦争のの中にいた当事者だ」という意識は生まれにくいでしょう。だから日本人は、戦争が終わっても、戦争を進めた政治家や軍人を声高に非難しなかったのでしょう。ただ空襲のあとの廃墟に立って、流れる雲を眺めている―それが日本人の「現実」との関わり方なんでしょう。​​(橋本治「人のいる日本」を描きたかった「波」20184月号)​
 ​​この文章を読んで、橋本治の小説の登場人物たちが、「桃尻娘」榊原玲奈ちゃん醒井涼子さん木川田源ちゃんから始まって、「草薙の剣」6人の男性に至るまで、ここで​橋本治​がいう「普通の人」達であったことに思い当たります。​​
 
​​「草薙の剣」という作品で名前を与えられている登場人物は​昭生(あきお)、豊生(とよお)、常生(つねお)、夢生(ゆめお)、凪生(なぎお)、凡生(なみお)6人です。「桃尻娘」ではみんな高校生でしたが、この人物たちの年齢について、橋本治自身がこういっています。​​

 ​二〇一四年に三十一歳になる酒鬼薔薇世代を軸にして、その年に六十一、五十一、四十一、二十一歳になる五人の人間を設定して、私の持っている一年刻みの年表に嵌め込んで、人間の造形をしました。「事件の外の人間」なので、それは当然「機械的に選ばれた任意の五人」でしかないわけですが、彼等の両親、あるいは祖父母がいつ生まれたのかという条件を同じ年表に嵌め込むと、日本人五人の興味深いプロトタイプが出来上がってしまいました。
 そういう準備を終えて二〇一五年に書き始めようとしたら、中学生になったばかりの男の子が冬の河原で仲間に殺されるという事件が起こったので、一年明けて十二歳になる人間も必要だなというので、登場人物は六人になり、その時点でまだポケモンGOは存在していませんでした。
​​(橋本治「人のいる日本」を描きたかった「波」20184月号)​​​

​​​ こうやって書き写しながら、作品を読んでいた時の動揺の理由を再確認しています。高度経済成長の昭和から平成にかけて、就職し結婚して、子どもを育て、定年を迎えたぼくは「昭生」そのものであり、二つの大震災を経験して大人になった「夢生」「凪生」は私の子供たちそのものだったのです。​​​
 そして、読んでいた時と同じ疑問に突き当たります。ぼく自身や、ぼくの家族のような何の変哲もない「普通」の男たちを並べて見せたこの小説が何故面白いのだろう。ぼくをつかんで離さないどんな工夫がこの作品にはあるのだろう。そんな疑問ですね。
 誰もが口にしそうな答えの一つは「時代」を書いているからだというものです。たしかに、時代という背景が浮かび上がってくる所に​橋本治​の作品の面白さの一つはあります。
 
​​しかし、何となく腑に落ちなかったのです。以前の「リヤ家の人々」にも共通する印象が説明できていないという感じでしょうか。ある種の「哀切」感に引っ張られるように読んでしまうのは何故なのでしょう? 
 過ぎ去った「時代」への懐かしさをくすぐるような、ちょっと楽しい「幸せ」な感じとは違います。終わってしまったどうしようもなさがもたらす「空虚」が、また別の顔をして、どうしようもなさだけが、同じように積み重なっていくのを見ている哀しさとでもいうべきでしょうか。
 で、「昭和供養」に戻ります。さすがは内田樹ですね。スッパリと言い切っています。​​
​ 橋本さんは自分のことを「普通の人」だと思っていた。普通の人の言葉づかいで「事件の外」の人生を描くことに徹底的にこだわった。けれども、それだと作品は恐ろしく退屈で無内容なものになりかねない。橋本さんが作家的天才性を発揮したのはこの点だったと思う。橋本さんはこの放っておくと一頁も読めば先を読む気を失うほどに「退屈で無内容な普通の人の独白」に読みだしたらやめられない独特のグルーヴ感を賦与したのである。(「昭和供養」文藝別冊「橋本治」)​
​ 普通の人はただ大勢に無抵抗に流されるしかない。ただし、橋本さんはこの「流される速度」に少しだけ手を加えた。加速したのである。数行のうちに一年がたち、頁をめくると十年がたっている。​​(「昭和供養」文藝別冊「橋本治」)​​
 ​「普通の人」の人生を領する散文的で非絵画的な出来事を高速度で展開することによって、橋本さんは「普通の人の人生」を絢爛たるページェントに仕立てて見せた。空語と定型句を素材にしてカラフルな物語の伽藍を構築して見せた。​(「昭和供養」文藝別冊「橋本治」)​

​​​ ​​​​「流される速度」があっという間に加速され、「空語と定型句」「無内容な」ことばをはき続けている「普通の人」の姿が鏡に映っています。ぼくが感じた「哀しさ」の理由は、多分ここにあるのでしょうね。
 橋本治の恐ろしさはそれを描いて、その当人に面白く読ませるところなのでしょう。本人がどう思っていたかは、あるいは定義としてはともかく、「普通の人」のなせること​ではありません。スゴイんです、やっぱり。
 定年をむかえて5年たった「普通の人」は、丘の上から青い海を望み、冬の雲を見あげながら、時折飛んでくる飛行機を心待ちにして一服するのです。もちろん時間は後ろのほうから流れてきます。

追記2022・02・02

 ​​1月29日「モモンガ―忌」から、橋本治について案内した投稿を整理し直して再投稿しています。世間には、彼の作品を全作読み通そうとなさっている方とかもいらっしゃることがわかったりして、ちょっと嬉しくなりました。
 難しいことはともかく、若いころに「ああ、面白い」と思った詩人や作家、哲学者で、亡くなるまで面白かったという、いや、ついていけないほどあれこれ仕事をされて、でも、何とかついていこう、読み続けて最期を見届けてやろうと思わせつづけてくれた人が、ぼくには何人かいらっしゃいます。
 吉本隆明、鶴見俊輔、石牟礼道子、先年亡くなった古井由吉加藤典洋、あっという間に世を去った中上健次石原吉郎、といった人たちで、たいてい年上です。ご存命に方の名前はあげません。
 橋本治はぼくにとってはそういう人の一人だったのですが、もう少し生きていて、驚かせてほしかったということをつくづくと思います。彼も年上の人でしたが、リアルな同時代の人でもあったわけで、彼の仕事に対する驚きは叱咤激励のようなところがあって、他の団塊世代の人に対してとは少し違っていたからです。
 だからどうだといわれそうですが、まあ、そういうふうに読んだ人というのは彼ひとりかもしれません。そこが彼のすごさだとぼくは思っています。

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最終更新日  2022.02.02 22:23:23
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2020.01.31
​​​​​​​保坂和志「自分という反―根拠」追悼総特集「橋本治」​(文藝別冊・KAWADEムック)​
​ 今日は一月二十九。作家の橋本治が亡くなって一年がたちました。今、​​​​ここで「案内」している「追悼特集『橋本治』」(KAWADEムック)の中に、作家の保坂和志橋本治の死に際して「群像」という文芸誌に書いた「自分という反 ― 根拠」という追悼の文章が載っています。
 その文章の冒頭で、彼はこんなことを書いています。​​​​ ​

  橋本治さんの通夜、告別式の会場のお寺は、なんといま私が住んでいる家から歩いていけるところにあった、私はグーグルの地図をプリントして歩いていった、私は橋本さんとは最近全然連絡とってなかった、昨年末、橋本さんが「草薙剣」で野間賞になったから会場で久しぶりに会えると思っていたが当日橋本さんは体調不良で出られなかった。
「もうずうっと会ってなかったですね、―― 」
「うん、一家を構えるとはそういうことじゃないの?お互い向く方向が違ってるのがはっきりするから、しばらくは会わなくなるものだよ。」
 私は通夜の会場まで橋本さんと話しながら行った、でもその橋本さんの通夜に向かっているのだと意識すると、そのたびに脚の力が抜けかけた。通夜以前、野間賞で会えると思った時、私が思う橋本さんは昔の橋本さんで、今の橋本さんの写真を見たりして、この橋本さんと会うのかと意識したときも少し脚かどこかの力は抜けた。
 ​あの頃の橋本治はすごかったのだ。​​

​​​​ ぼくは、ここまで読んで、​​通夜の会場まで話しながら歩いている、橋本治保坂和志の後ろ姿を思い浮かべながら、二人ともを「本」というか、それぞれの作品でしか知らなということに気付いて愕然とするのです。
 ぼくが思い浮かべている、夕暮れの道を歩いて行く二人は、いったい誰なのでしょうね。これが保坂和志の文章だということだけは確信​​​できるのですが、読んでいるぼくの足だか、背中だかの「力が抜けて」いくのを感じます。​ ​

​ ​​​保坂和志「脚の力が抜けて」しまうのをこらえるようにして、あの頃の橋本治が書いた「革命的半ズボン主義宣言」(河出文庫)を引き合いに出し、その「すごさ」を語りつづけます。​​​   ​
​ 橋本治は全共闘世代だったが全共闘は嫌いでひとりの闘いをはじめた、だから橋本治に揺さぶられた若者たちは一人の闘いをすることになった、‥‥‥
 いや、そういうことじゃないか?橋本治は何かを語る、訴える、そうするときに、自分以外に根拠を持たないというすごいやり方を実行した。
 自分を語るのではない、そこをカン違いしたらだめだ、橋本治は客観的に妥当なものを根拠とせず、自分なんていうまったく客観的でなく妥当性もないものを根拠にして、言い分を強引に押し通して見せた。
 ​人が何か言うということはそういうことなんだと、誰にでも拠り所になりそうなものを拠り所にしてはいけないんだと、拠り所こそ自分で考え、自分のパフォーマンスでそれを拠り所たらしめろと、私は橋本治から教わった。​​
​​​​ これが、保坂の結論であり、別れのことばですね。​​生涯「革命的半ズボン主義」者だった橋本治の仕事のすごさは、一見、互いに、似ても似つかない、「向く方向が違っている」保坂和志の作品群が生まれてくる拠り所を支えていたことに気付づかされたぼくは、ここでもう一度愕然としながらも、思わず膝を打って座り込んでしまうのでした。​​​
​ 「客観的な妥当性」をなんとなくな根拠にしながら、さまざまな作品を読みたがる、ぼく自身の「読み」というパフォーマンスを抉られる言葉だったのです。しかし、一方で、ぼくにとって、面白くてしようがないにもかかわらず、どうしても面白さの説明ができなかった、この二人の作品の「読み」の入り口を「案内」してくれているていかもしれない言葉でもあったのです。​
 本当は、所謂、命日に、橋本治の最後の文章をさがしていたのです。彼の命日は「モモンガ忌」というそうです。が、​まあ、そのあたりは
次回ということで。

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最終更新日  2022.02.02 10:14:33
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2019.10.20
​​​​​​​​​​​​​橋本治「桃尻語訳 枕草子(上・中・下)」(河出文庫)
 
​​​​​​高校の古典の授業で「枕草子」をお読みになりましたね。教員の立場から申し上げますと、高校生の古典との出会いというのは「説話集」があって、「徒然草」とか「方丈記」、女もしてみんと偽った「土佐日記」、そこから「枕草子」とやってきます。
 で、宮廷生活のものおもいを描く「枕草子」まで来ると、この国の文化の一つの核心に触れつつあると感じてほしいのですが、そんな時代の社会や制度について何も知らないし、知らないことに何の抵抗もない、もちろん、関心なんてはなからないという無知で無恥なのが高校生というものだというのは、今に始まったことではありませんね。  
 で、当然、眠くて退屈な時間が、向こうの方を通り過ぎてゆくということになります。マア、自分自身もそういう高校生だったから人のことは言えません。
 教員も教員なんですね、品詞分解とかで押しまくり、果ては「助動詞活用ソング」などという意味不明の歌を歌わせる方までいて、ノンビリ寝てもいられない。
 ​​しかし、考えようによれば、このあたりで「なるほどそうか」と、興味が持てれば、この国の古典文学とか、​古典文化の​「面白さ」のほうにすすんでいける所にやってきているともいえるわけです。
 優等生で頑張りたい人は図書館にある岩波書店「古典文学大系」とか新潮社「古典文学集成」とかを参考書になさるのがよろしいでしょうね。ただ、寝るのを趣味にしている高校生を起こすには、少々難しすぎるかもしれません。図書館の棚の前で寝てしまうかもしれません。
 そこで案内するのが​橋本治​ですね。​「桃尻語訳 枕草子(上・中・下)(河出文庫​)​。今では文庫で読めますが、単行本の初版が1987年です。今から30年も前に出た本なのですが、今でも河出文庫ではロングセラーを続けているようですね。​
​​​
 要するに「枕草子」の現代語訳です。ただし、その訳語が80年代当時、その辺にいたかもしれない、10代後半の少女言葉。それが桃尻語訳と名づけられているのは橋本治のデビュー小説「桃尻娘」(講談社文庫​)​-最近(?)ポプラ社文庫から文庫版が復刊されているようです-の主人公、高校生榊原レナちゃんの、小説中のニックネームが桃尻娘です。彼女のしゃべり言葉で現代語訳されているというので、桃尻語訳というわけなんですね。マア、小説の方は、語り始めると長くなりそうなで、ともかくとして、こっちの方は例えばこんな感じです。​​​​
​ 春って曙よ!段々白くなっていく山の上のほうが少し明るくなって、紫っぽい雲が細くたなびいてんの!夏は夜よね。月の頃はモチロン!闇夜もね・・・。蛍が一杯飛びかってるの。あと、ホントに一つか二つなんかが、ぼんやりポーッと光ってくのも素敵。雨なんか降るのも素敵ね。​
​​ 書き写していて、笑ってしまいますが、お分かりですね。なんか真面目でないような感じがするでしょ。
 この本が初めて出た当時、学者さんからは評判が好くなかったらしいですよ。お馬鹿な少女言葉の使用は、社会学的アプローチとして考えると、かなり高度な言語理解の上に成り立っていると思うのですが、それが古典文学を汚すかのように考えたのが、まじめな国文学者も方たちだったのかもしれませんね。
 お読みになればお分かりいただけるかもしれませんが、実はこの訳文、イイカゲンそうに見えて文法的、語彙的にはキチンと抑えられていて、受験古文的な一対一対応にはどうかという面も、あるにはあるのですが、古典理解としてはかなり、いやおおいに信用できると思います。
 なんといっても、このお気楽な訳文は、岩波の全集にはない「面白さ」を漂わせています。それがまず第一のおすすめポイントですね。
 二つ目のポイントということですが、この本の素晴らしさは注釈・解説にあるというのがぼくの、ちょっと偉そうですが、評価ですね。例えば「殿上人」の解説はこういうふうです。​​
​​ まァさ、宮中にね「清涼殿」ていうのがあるのよ。帝が普段いらっしゃるところでさ、いってみれば「御殿の中の御殿」よね。広い所でさ、ここに「殿上の間」っていうのがあるの。ここに上がるのを許されることを「昇殿」て言ってさ、それが許された人達のことを「殿上人」って言うのね。「殿上の間の人達」だから殿上人よ。これになれるのが、位が五位から上の人、そしてあと六位でも「蔵人」っていう官職についている人ならいいの。だから殿上人っていうのはエリートでさ、言ってみれば本物の貴族の証明ね。
 そしてその次に来るのが(かん)(だち)()。「上達部」って、見れば分かるでしょ?「上の人達」なのよ。殿上人は五位以上だけれども、その中で更に三位以上の位の人たちを上達部って言うのね。メンドクサイかもしれないけど、こんなもんどうせすぐに慣れますから、あたしは全然気にしません。なにしろ上達部は偉いんだから!三位以上の位の人たちがどういう官職についているかっていうとね、これがすごいの。関白ね、大臣ね。大納言、中納言、それから、多分これは「上院議員」とかっていうようなポストになるんじゃないかと思うんだけどね、参議―あ、あなたたちの「参議院」ってこっちから来てるんでしょ?以上の方達をひっくるめて「上達部」とお呼びするのよ。日本の貴族のことをさ、お公家さんとか公卿って言うでしょ?その公卿が実に上達部のことなんだなァ。貴族の中の貴族というか、エグゼクティブで上層部だから上達部なのよ。分かるでしょ?覚えといてね。​
 ​とまあ、こんな調子ですね。こういうことが、面白がって、いったん頭に入ってしまうと、文法とかも、さほど気に気にならなくなるはずなんだと思うのですが、どうして教員は文法に走るんでしょうね。
 この本では、こういう口調の、柔らか解説が、身分や制度だけではなくて、当時の宮中での日常生活の描写に表れる、あらゆる事象に及んでいるんですね。服装、食事、調度、エトセトラ。
​ ただね、詳しすぎて、少々くどいんです。橋本治さんの性格なんでしょうね、きっと。調べ始めたらやめられない人っているでしょ。だから、真面目に読んでいるとくたびれる。そこが玉にキズかな。(S)発行日 201009​14​

追記2019・10・19​
 以前、高校生に向けて「案内」したもののリニューアルなんですが、こうして記事にしてみると誰に向かって書いているのかわからないですね。そこが、ちょっと困っているところです。
 橋本治さん「古典」ものには「案内」したいものが山ほどあります。でも、読みなおすのも、案外疲れるんですよね。

​追記2022・02・01
​ 最近「失われた近代を求めて」(朝日選書)を読み直しています。二葉亭四迷にはじまる、この国の近代文学を論じた(?)評論ですが、言文一致橋本治がどう考えていたかというあたりで、ここに案内している「桃尻語訳 枕草子(上・中・下)」が書かれた意図のようなものが、ボンヤリ浮かんできてとてもスリリングな読書になっています。
 まあ、ぼく自身が高校生にこの本を紹介していたころの薄っぺらさに、ちょっと気付くところもあって、それはまた「失われた近代を求めて」の感想で触れるのでしょうが、実は松岡正剛「日本文化の核心」(現代新書)紀貫之「土佐日記」から「枕草子」をはじめとする宮廷女性たちのかな日記に至る「仮名」表現の意味を論じているところがあって、それも相まってちょっとドキドキしていますが、今のところうまく言えないので、また今度という感じなのです(笑)
 それにしても「桃尻訳」1988年、30代の終わりの橋本治の作品ですが、後の「源氏物語」、「平家物語」へのとば口にある仕事でもあるわけで、面白いですね。​




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最終更新日  2022.02.01 12:04:55
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2019.09.24
​​​​​​​​​​​​橋本 治「知性の転覆」(朝日新書)


​ 今、生きている社会に「なんか釈然としねーな」という人は、実は、たくさんいると思う。ぼくもそうだけれど、まあ、そっぽを向いていればいいかというのが実感だ。そういう人には、ちょっと胸のすく一冊かもしれない。​
​ 橋本治を読みなれているひとなら、そこは当たり前というかもしれない。独特のウネウネと増殖する語り口が、実にいい。​
 当然のことながら本書のテーマである「反知性主義」を語り始める。 
「自分は反知性主義者か?」と自問して、「そうじゃないだろう」と思う。私は反知性主義が下品で嫌いだが、しかし私の中には「知性なんか嘘臭ェ」と思う気持ちも歴然とある。
 私の中には「勉強なんか嫌いだ」と思う子供もまだ健在だから、私は「ヤンキー」でもあるし「反知性主義者」でもある。
​ 堅気面している反知性主義者より、不良が入ってる分だけ「ヤンキー」のほうがましだと思うが、しかし私は「ヤンキー」だって好きじゃない。​
​ いきなり、こういう調子、まあ、いつものことだけど。いったいどこに着地するつもりなのですかね。読みながら、妙にニヤついてしまう。いつもの橋本治。​
 私にとって「ヤンキー」とは「経験値だけで物事を判断する人たち」である。この「ヤンキー」に対するものは、「経験値を用いずに、すべてを知識だけでジャッジする人」で「経験値を用いる」ということをしないのはそもそも「経験値」に値するようなものを持ち合わせていないからなのか、あるいは「自分の経験値」を知識に変換する習慣を持たないのか、どちらかだろう。
 そういう人たちを何と呼ぶのかと言えば「ヤンキー」の反対側であることによって、「大学出」とでもいうのだろう。
​​​​​​​ とりあえず、「ヤンキー」とは何かを説明しながら、勢いに乗って、世間を「ヤンキー」「大学出」の二つに分けてしまった。​​​​
​「それって、みんなバカなんだってことじゃありませんか。そうなると「反知性主義」もへったくれもなくなっちゃいませんか?たしかに、まあ、なんというかその通りではあるんですけどね。」​
 なんて、読みながらひとりごとをつぶやいていると、やっぱり、という展開です。​
 マンガの配信サービスをする会社のCMコピーで、「難しい本読んでれば、マンガを読むよりエラいんですか?」というのがある。
 別に私は「えらい」とは思わないのだけれど、挑戦的なコピーの割に絵柄はずいぶん弛緩していて、会社の休憩室と思しいところで、女子社員と思しい人間たちがマンガを読んでいる―そこへ上司と思しき男がやってきて、本で軽く一人の頭を叩く。
 これで、よぼよぼのジーさんが「若きウェルテルの悩み」なんかをもってきたら、「えらくなんかねーよ」ははっきりするんだろうけれど、やってくるのは三十がらみの若い男で、もってくるのは文庫サイズのビジネスのノウハウ本だから、これが「難しい本」だとすると、彼女たちは「会社員失格」になってしまうようにも思うが、そんなこととは無関係に、更に先には哀しいワンシーンが待っている。
 ワンルームと思しい狭くて奥行きのないごたごたとした、ものの多い部屋の中で、体よく言えば、「部屋着姿」の、「若い」という時期からは離れつつある女が一人、ベッドに寄りかかってマンガを読み、「ナハハ」という哀しくてだらしのない笑い声を口の端から漏らす。
 よくできた現代風俗の哀しい一断面ではあるけれど、一昔前ならこんなシーンはストーリーを引っくり返すオチのために使われた。つまり、この情景はそのまま肯定されるものではなくて、何らかの批評性を生み出すワンシーンとして登場した。でも今はそうではない
 閉鎖状況でもあるようなこのシーンをネガティヴにとらえず、ありのまま丸ごと肯定して、「私たちはこんなあなたを否定しません。あなたのためにサービスを提供しているのです」という訴え方をしている。
 「それでいいのかよ?」と私は思うが、「こういう私のあり方をよく思わないんでしょ?」とどこかで感じている人々をそのまま非難をせずに描くことで、彼等を救ってもいる。

 「どういう救いなんだ?」と、私なんかは思うけれども。

​  悪い言い方を承知で言うと、馬鹿な人間の方が、数は多い。これに対して批判めいた接し方はせずに、その在り方を全面的に肯定してしまえば、肯定された方はどうともならないが、肯定したほうはそれだけ多くの顧客を獲得できる。​
 これくらいの引用で十分だろう。
 社会は閉塞している。経済の見通しも行き詰っている。その結果、「バカ」をそのまま肯定して「立派な消費者」を作り上げる。「バカ」でも金は使うのである。あらゆる局面で「経済がひとのバカさを促進する」エンジンになっている。
 既成のマスコミであれ、ネット上であれ、そこをにぎわす政治はもちろんのこと、教育も、芸術も、何よりもそれを伝えるコミュニケーションの道具そのものが、しっぽをかむ蛇のようにこのエンジンを搭載している。
​​ そうなると、ぼくたちが、今、出会っているのは、誰もが内的な反省の契機を失った「反省しない社会」であるということになる。それは「日本人は」でくくれる現象などではない。​​
​ しかし、彼は最後にこう言う。 ​
​それでも、「なんか釈然としねーな」と思う人間は、自分なりの真実を探そうとする。最早「知性」というものは、そういう試行錯誤からやり直すしかないところまで来ているんじゃないか。​​
「うん、まあ、知らん顔して、自分でやるしかないね。老い先は短いし。」これがぼくの結論。皆さんはいかが?(S)
​2018/06/19​(画像は蔵書の写真です)

​​​追記2020・02・16

​​ 政治家さんたちの様子を見ていると、橋本さんの言う「知性」とは、まあ、程遠い様子です。彼ら自身が「ヤンキー」でしかなかったことから抜け出す機会を、見つける能力そのものが、ハナから無かった印象ですね。​​
​​ そういう人が「改革」とか、「対応」とかいうのって、どんな耳で聞いたらいいのか、困惑します。インフルエンザが拡がっていますが、収まりそうもないですね。

追記2022・02・02

 昨日、「太陽の季節」を中学生のときに読んだ石原慎太郎という作家がなくなったニュースが流れた。田舎の中学の数学教員の書棚にあった本だった。それだけで、その当時(昭和30年代のはじめころ)、その書籍がどれくらい話題になったのか想像できる気がする。内容は、今思えば「反知性主義」の謳歌のようで、何がおもしろいのか、今でもそうだけれど当時もわからなかった。
 彼が有名な俳優の兄で人気の(?)作家であるということで、全国1位の得票で国会議員になったのをみて「これはなんなんだ」と思った記憶がある。今思えば、たぶん「反知性主義」現象を目の当たりにした最初の経験だった。
 本人が実際どうだったかは知らないが「反知性主義」という言葉が出て来たときに「ああ、あの人のことだな」と思った。そういう意味で亡くなったというニュースを感慨深く見てしまった(笑)。
 そろいもそろって親の七光りという言葉を思い出してしまう子供たちの安物のタレントぶりを笑うのは偏見だと思うが、公共のメディが、ぼくよりも、ずっと若い政治家たちがヨイショとしか思えない言葉を撒き散らしているのは、ちょっと見るに堪えない気分になった。
 実際、「反知性主義」がどんなふうにまき散らされていくのか目の当たりにさせられると「うん、まあ、知らん顔して」というのがなかなかむずかしいできごとだった。
 「橋本治が生きていれば何というだろう?」

 ふと、そう思ったが、たぶん知らん顔をするだろうなと思い直した。




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最終更新日  2022.02.02 09:53:36
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2019.09.23
​​​橋本治「勉強が出来なくても恥ずかしくない①~③」(ちくま新書)

 入学したての中学生や、高校生にとって、一学期の中間テストは結構緊張を感じる出来事であるかもしれませんね。高校によっては、結果が順位となって示されるということもあって、不安な出来事でもあるでしょう。​
​ 個人的な感想をいえば、実はたいしたことではありません。考えたり、感じたりする能力は本来は全く個人的なもので、他の人と比べて評価できるようなことではないでしょう。しかし、一方で、学校という所の評価ということは他者との比較以外に方法が無いという事情もあるのでしようがないともいえます
 教員が一人で生徒が一人しかいない場にだって比較はあるのです。おそらく、絶対的に新しい考え方や理論が生まれるところにだって比較はあるにちがいないとぼくは思います。
 全く個人的で自分だけのものという、世界そのものが不可能なのかもしれません。そこのところを突っ込んで考えるのはどうも大変な気がするし、大変を抱え込んでしまって苦しんでいる人に出会ったこともあります。
 それならば考え方で対処すればいいと思うのですが、これがなかなか難しいのです。​
​​​ 亡くなってしまった橋本治が書いた「勉強が出来なくても恥ずかしくない①~③」(ちくま新書)という不思議な小説があります。
 題名の通り勉強が出来なくても恥ずかしくないんだよ、という「メッセージ小説」かというとそういうわけではないのです。それぞれの本に巻いてある腰巻広告のコピーは「学校、好きですか?」「『あそび』は『まなび』」「学校の外で学ぶこと」となっています。読んでみると小説の内容とかなり違うのですね。出版社というのは社会的風潮に迎合して客寄せのキャッチコピーをつけるのであるなと、つくづくそう思う腰巻です。
 小説は​​学校が苦手で、皆が大騒ぎしている受験とかテストとかが苦手で、「何で、今日、本当に楽しいことを素直にやってたら駄目なんだろう」と考えてしまう少年が主人公です。
 他者との比較と既成の価値観の世界で「何で」と苦しむこと。立ち止まって進めなくなること。周りの大人たちから「おさなさ」として扱われ、それ故に、本人にとっても​「おさなさ」​にしか見えない煩悶を、それぞれ、どうしたらいいのかって、少年や少女達は苦しむことがあると思うのです。
​​ この作品は、やがて大人になった少年が、あの頃の少年に向かって「だいじょうぶだから、そのまま歩いて来いよ」って呼びかけるのがこの小説だと思いました。​​​​​​​

​「大学での勉強は、『自分の考えたい事をきちんと考える』というものでした。ケンタくんには、考えたいことがいくらでもありました。『世の中は、どっかおかしい』とか『どうしてみんな、大学に行くんだろう?』とか、『なんかへんだな』と思うことは、いくらでもありました。『自分の考えたいことを考える』ということがわかって、ケンタくんは、『小学校や中学校や高校の勉強は、そういうことができるようになるためにするもんなんだな』ということもわかりました。そして、『今頃そんなことわかっても、遅いかな』とも思いました。」​
​​​​​ 大学生になった主人公がこんな述懐をするのですが、実はここで主人公が『自分の考えたい事をきちんと考える』といっている「考えたい事」とは何か、それはどこからやってくるのか、という大切なポイントは小説には書かれていません。そこが、この小説の不思議の所以なのです。
​​ ぼくはこの小説を読みながら、哲学者の鶴見俊輔が書いた「読んだ本はどこに行った」(潮出版社)の中でこんなことを言っていることを思い出しました。​​​​
 私は、森喜朗前総理大臣の『日本は天皇を中心とする神の国であるぞ、それを国民に納得していただく』という発言を聞いた時に、これ前に聞いたことあるぞ、と思った。梅棹なんだ。ただし、彼が日本は神の国であるという場合、考えているのは八百万の神、アニミズムなんですよ。だから意味が違う。もちろん『天皇を中心とする』とは言わない。森さんが言ったのは、戦前の軍国日本と手を切らない方向でしょ。梅棹は似たことを言っても、やおよろずの神なんです。柳田國男も同じで軍国主義には行かなかった。だから高野長英あり、柳田國男あり、武谷三男あり梅棹忠夫ありという風に考えていけば、日本には日本流のプラグマティズムがある。実はこの千年来の日本の大衆思想は、プラグマティズムなんです。それを退けているところに日本の大学の哲学がある。それとプラグマティズムとが相容れないのは当然だ、というのが、私の感想ですネ。『思想は論じるものではなく、使うものである』という梅棹の考え方は、フランクリンに似ている。

​​​​​​​​​​ 急に人の名前がズラズラ出てきて何のことかわからないと思うのですが、要するに橋本治の小説の主人公は鶴見俊輔がここで言っているプラグマティックなことを考え始めていたに違いないということなのです。
 「プラグマティズム」というのはアメリカで生まれた哲学ですが、直訳すれば「実用主義」です。で、鶴見俊輔が説明しているのは生活の方法としての実用ということだと思います。
 たとえば、入試やテストに合格したいから勉強しますというのは、ちょっと違うと思います。それは勉強のウォーミングアップのようなことであって、問題はその後にやってくる本当の勉強にあるのです。自分が暮らしてきた生活の中から生まれてきた「考えてみたい」ということがあるかどうか。「考えてみたい」ことを生み出していく、そんな生活をつくりだすことこそが実用ということじゃないでしょうか。​​​​​​​​
​ ​​​​​​​​小説の主人公ケンタくんは作家自身をモデルにしているようですが、橋本治という作家が、ある時はイラストレイター、編み物デザイナー、小説家、美術史家、またある時は古典文学研究者と、マルチな興味の世界でオリジナルな活躍を続けてきた人物でした。
 この作品は彼の、このオリジナリティは「学校」という集団生活の中での、評価という既成の価値の押し付けをものともせず、自分の中に生まれる疑問や興味を殺さず育てた強さの中で生まれたものだと宣言する回顧録のような小説です。
 「ひらがな美術史シリーズ」(新潮社)、受験界を仰天させた「桃尻語訳枕草子」(河出文庫)をはじめとする数多くの仕事が、過去二十年にわたって大学出の専門家や頭のかたい高校教員達によって、黙殺を持って迎えられ、評判に唖然した上で、ようやく、お追従のように評価された理由は、彼が「興味を持って考えてみたいこと」を徹底しているとことにあるのです。
 中途半端な結論ですが、新しい学校にやって来た今、興味さえ湧けば、読むべき作品は、山のように並んでいます。
「興味を持って考えてみたいこと」​は読むことから見つける手もあると思うのです。いかがでしょう、始めてみませんか?
 ところで、高野長英は幕末の洋学者、柳田國男は民俗学の創始者。武谷三男は戦後を代表する物理学者、梅棹忠夫「文明の生態史観」の文化人類学者。忘れられつつありますが、どの人物の「オリジナリティー」も一読に値しますよ。S)​​​​​​​​​​
2006・05・19
追記2022・02・01 
 高校の教室で配布していた「読書案内」の記事です。1年生に向かって書いているのですが、今読むと、ぼく自身の力んだ気持ちばかりが暑苦しく伝わったことでしょうね。それにしても、スマホやネットという何でもすぐにわかってしまう気がする新しい媒体の世界で、ノンビリと「興味を持って考えてみたいこと」を手にすることが、あの頃より、もっとむずかしいのだろうと、よけいなしんぱいをしています。


 この本は、案内を書いた当時、「ちくまプリマー新書」で書き下ろされた三部作でしたが、今ではちくま文庫で1冊のまとめられて再刊されているようです。もう古い本なのですね。橋本治か何者か知らない人が読むと、あっけにとられるような話です(笑)。
 
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最終更新日  2022.02.01 23:28:48
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