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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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全10件 (10件中 1-10件目)

1

「加藤典洋・内田樹・高橋源一郎」

2022.05.12
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​​​ ​糸井重里「ボールのようなことば。」(ほぼ日文庫)​
​​ なんだか久しぶりの​糸井重里​です。「おいしい生活」とか「不思議大好き」とか、いまとなってはどこの、なんのキャッチコピーだったのかわからないのですが、「彗星のように登場した、元ペケペケ派!コピーライター。」として知ったのが40年前です。「コピー・ライター」という職業名を普通名詞にした人というのが、シマクマ君の定義なのですが、詩人で評論家の吉本隆明が、今から10年ぐらい前に亡くなった前後、彼の生前の講演を、音源のままCD化してヒット商品に仕立て上げるという離れ業には、感心した記憶があります。​​
​​​ で、最近、松本大洋「ルーヴルの猫」、「かないくん」と、立て続けに糸井重里がらみで出会って、気になって手にしたのが、この本、「ボールのようなことば。」(ほぼ日文庫)でした。2012年に出版されている文庫本ですが、「みっつめのボールのようなことば。」(ほぼ日文庫)まで出ているようですから、ヒットしているのでしょうね。
​​​
​​​ これが裏表紙ですが、ネットで見ると、三冊とも表紙、挿絵は松本大洋のようです。
 で、内容はというと、全編、糸井重里の、まあ、箴言集です。だから、糸井重里的「ことば」が嫌いな人は「きらい」が凝縮されていますから、たぶん無理です。ぼくは、ついていけるような、いけないような、中間地帯の人です。​​​
世の中はね、
男と女とコロッケしかいないんだから、
仲良くしなきゃだめだよ。
​ こういうのに出会うと、うまいもんだと感心しますね。でも、たとえばこんなのもあります。
「わからないですね」って、しっかり言える人って、
ぼくはやっぱりかっこいいと思うんですね。

吉本隆明さんの口からも、よく、
「わからないですね」ということばを聞きます。
一昨日、原丈人さんにお会いしたときにも、
すっと答えそうな質問に、
「わからないですね」ということばが返ってきました。
このおかげで、別のさまざまな答えに、
逆に真実味が増したという気がします。
ぼく自身のことを思い出してになすと、
この「わからないですね」を、
ちゃんと言えるようになってから、
まだ10年くらいのような気がしています。
自分のことだから、かっこいいとは言えないけれど、
言えるようになってよかったじゃないか、
という気持ちはあります。

「わからないですね」が言えるようになると、
ものすごくいいです。
なにがどういいのか、うまく言えないんですが、
とにかく息がらくになると思います。(P148~P149)
​ ​​​なんというか、吉本隆明原丈人と、ご自分の糸井重里を並べている、ちょっと考えつかない、このバランス感覚がすごいと思いますね。
 ちなみに、原丈人というのは、「公益資本主義」とかっていってて、アベとかキシダとかいう人達のブレーンしてる人ですね。団塊世代より後の世代のトップ・ランナーとかの一人でしょうね。​​​

 吉本=戦後、糸井=団塊、原=団塊以後という並びです。で、おっしゃっていることとは別ですが、この並べ方に、ぼくは、なんだかアザトさを感じたりしちゃうわけです。なんか、お商売がお上手っていうか。
 でも、その次に、こんなふうなのがあるんです。
原爆が落とされたおかげで戦争が終わった、
などという理屈が、
ちょっとでも正しく聞こえたとしたら、
「それはもう、とてもおかしいことなんだよ」と、
ぼくは言いたい。
いや、仮にその理屈が正しいとしたって、
ぼくは正しくない側にいるつもりだ。(P245)
​ とか
憶えていようと思ったわけでもないのに、
忘れないことは、いっぱいある。
なんでも、
こんなに憶えているもんなんだと知っていたら、
もっと丁寧に生きてこられたかもしれない。(以下略・P275)
​ ​​​​とかね。
 で、こういうのに出会うと、「まあ、いいか」と思うわけです(笑)
 この本の表表紙と裏表紙を並べるとこんな感じになりました。この人間関係というか、ここにいる人たちが、ぼくには、なんだかとても遠いですね。知っているようで知らない。本のなかの「ことば」が、彼等に「消費」されるということが、たぶん「よくわからないんです。」
 まあ、それにしても、松本大洋の表紙も、挿絵も、とてもいいですね。売れるはずです(笑)
​​​​


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最終更新日  2022.05.12 00:10:26
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2021.08.31
​​​​​高橋源一郎「『ことば』に殺される前に」(河出新書)

​​ 今日の案内は、高橋源一郎「『ことば』に殺される前に」(河出新書)です。2021年5月30日に出版されたようですから高橋源一郎の最新刊でしょうね。​​
 チッチキ夫人が通勤読書で読んでいたようで、コンサートかなにかのチラシでカヴァーされた本が食卓の「積読」書の小山の上に乗っていました。カヴァーをとってみると、幅広の腰巻に作家の写真と、キャッチコピーが印刷されています。本冊は純白です。
 で、コピーの文句を見て気になりました。いやはや、簡単に釣られる客ですねえ。
 ​「《否定の『ことば』》ってなんやろう。」
 腰巻の裏表紙側を見ると、こんなことが書かれていました。
​ ​かつて、ツイッターは、中世のアジール(聖域)のように、特別な場所、自由な場所であるように思えた。共同体の規則から離れて、人びとが自由に呼吸できる空間だと思えた。だが、いつの間にか、そこには現実の社会がそのまま持ち込まれて、とりわけ、現実の社会が抱えている否定的な成分がたっぷりと注ぎこまれる場所になっていた。​
 ​「ハアー、またもやツイッターか。」
​​ ツイッターで詩を書いている詩人もいらっしゃいますが、高橋源一郎はすでに、ツイッター形式で「今夜は独りぼっちかい・日本文学盛衰史・戦後文学編」という小説を書いています。ツイッターの形式でページが埋まることに最初は戸惑いましたが、今では、左程こだわりません。それより「否定のことば」といういい方が気になりました。​​
 ページを繰るとすぐにありました。
​ 高橋源一郎は、開巻早々、最近はやっているらしいカミュ「ペスト」という小説からこんな引用を載せています。面白いので、全文孫引き引用しますね。​
 読み返すのは、ほぼ半世紀ぶりだった。最初に読んだ頃には、「ペスト」とは、この小説が書かれる直前に終わった「第二次世界大戦」、「戦争」の比喩である、そう読むのが普通だった。
 しかし、今回は、もっと別の箇所が、目覚ましく浮かび上がってくるのを感じた。おそらく、著者が最も読んでもらいたかったのは、この箇所だったのだ、と思えた。
 登場人物のひとりタルーが、主人公のリウーに、こう告げるシーンだ。

「時がたつにつれて、僕は単純にそう気が付いたのだが、他の連中よりりっぱな人々でさえ、今日では人を殺したり、あるいは殺させておいたりしないではいられないし、それというのが、そいつは彼らの生きている論理の中に含まれていることだからで、われわれは人を死なせる恐れなしにはこの世で身振り一つなしえないのだ。まったく、ぼくは恥ずかしく思い続けていたし、僕ははっきりそれを知った―われわれはみんなペストのなかにいるのだ、と。…中略…
 ぼくは確実な知識によって知っているんだが、(そうなんだ、リウー、僕は人生についてすべてを知り尽くしている、それは君の目にも明らかだろう?)、誰でもめいめい自分のうちにペストを持っているんだ、なぜかといえば誰一人、まったくこの世の誰一人、その病毒を免れているものはないだろうからだ。
 そうして、引っきりなしに自分で警戒していなければ、ちょっとうっかりした瞬間に、ほかのものの顔に息を吹きかけて、病毒をくっつけちまうようなことになる。自然なものというのは、病菌なのだ。
 そのほかのもの―健康とか無傷とか、なんなら清浄といってもいいが、そういうものは意志の結果で、しかもその意志はけっしてゆるめてはならないのだ。
 りっぱな人間、つまりほとんど誰にも病毒を感染させない人間とは、できるだけ気をゆるめない人間のことだ。しかも、そのためには、それこそよっぽどの意志と緊張をもって、けっして気をゆるめないようにしていなければならんのだ」

(アルベール・カミュ、宮崎嶺雄訳「ペスト」新潮社)​

 人間はみんな、「ほかのものの顔に息を吹きかけて、病毒をくっつけちまう」。このとき吹きかけられる「息」とは、「ことば」に他ならない。「ことば」こそが、人間たちを感染させ、殺してゆく元凶だった。​(「言葉に殺される前に」P18)
​ カミュは、国籍を問われたとき、こう答えた。
 「ええ、ぼくには祖国があります。それはフランス語です」

 カミュの名を世界に知らしめたのは、デビュー作『異邦人』だった。主人公ムルソーは、どこにいても、自分が「異邦人」であると感じる。
 どんな国家にも、どんな民族にも、所属できない。どんなイデオロギーや倫理や慣習にも服従することができない。どんな正義も、それが「正義」であるだけで、彼は従うことができないと感じるのである。
 そんなムルソー=カミュが、唯一、生きることが可能だったのは、その作品の中、フランス語という「ことば」が作り出した束の間の空間だった。その空間だけが、彼を「等身大」の人間として生きさせることができた。
 フランス語という「ことば」が作り出した、束の間の、「文学」という空間。「文学」はあらゆるものでありうるが、自らが「正義」であるとは決して主張しないのである。
 「ことば」は人を殺すことができる。だが、そんな「ことば」と戦うことができるのは、やはり言葉だけなのだ。​​(「ことばに殺される前に」P22)​​
​ ​これらは、「ことばに殺される前に」と題されて、本書の冒頭に収められた文章の引用ですが、本書を読み終えたとき、引用したこれらの発言が、ムルソー=カミュ=高橋源一郎と自らを規定し、「日本語」を祖国とすること、「日本語」が作り出した「文学」という空間に生きることを宣言した文章だと気づきました。​
​ 本書をお読みになれば、すぐにお分かりいただけると思いますが、高橋源一郎「正義」を振りかざしして「人を殺し」始めている国家やイデオロギーの攻撃に対して、または日常的で小さな、一つ一つの事象に広がっている戦線において、実に丁寧に、戦いを挑んでいます。この戦いに「勝利の日」が来るのかどうか、それは、いささか心もとないわけですが、しかし、誠実であることによってしかなしえない「闘争」に終わりはありません。​
 闘争現場については。本書をお読みいただくほかありませんが、いかんせん、闘争記録が、ほぼ十年前のものであることだけが、少々惜しまれます。

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最終更新日  2021.08.31 17:17:10
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2021.03.01
​​​​​​​​​​​​ 高橋源一郎「読むって、どんなこと?(その2)」(NHK出版)


  高橋源一郎「読むって、どんなこと?」(その2)「つづき」ですので、裏表紙を貼ってみました。時間割と「テーマ」が読み取れるでしょうか。​
 それぞれの授業で、学校の教室の勉強では「読めない」テキストが使用されています。
​​​ 1時間目「簡単な文章を読む」というテーマの授業ですが、テキストはオノ・ヨーコ「グレープフルーツ・ジュース」(講談社文庫)です。​​​
​​ぼくがこれまでに燃やした本の中でこれが一番偉大な本だ。
ジョン・レノン 1970年​​
​ ​という言葉で始まる本だそうですが、オノ・ヨーコさん「簡単な文章」の例はこうです。​​
​「地下水の流れる音を聞きなさい。」​​​
​​ ​これに対して、学校でならう詩の中で、ある時期、まあ、今でもかもしれませんが、代表的な人気を誇った黒田三郎さんのこの詩が対比されます。​​
   紙風船    黒田三郎

 落ちて来たら

 今度は
 もっと高く
 もっともっと高く
 何度でも
 打ち上げよう

 美しい
 願いごとのように
 二つの詩、あるいは詩(のような文章)と詩が比較されて論じられますが、興味が湧いた人はこの本を探して読んでみてください。学校の先生は、​​何故、オノ・ヨーコの文章を教室では扱われないのでしょう。
 そういう問い方を高橋先生はするのですが、おわかりでしょうか。​​


​ 2時間目「もうひとつ簡単な文章を読む」時間です。​
​​テキストは哲学者の鶴見俊輔「もうろく帖(後編)」(編集グループSURE)からの引用です。​​
​ お読みになる前に(その1)で引用した「そのときの人ぶつのようすや気もちを思いうかべながら読みましょう」という、小学生2年生に対する読み方の指針を思い出してみてください。​
2005年11月4日
 友は少なく。これを今後の指針にしたい。
 これからは、人の世話になることはあっても、人の世話をすることはできないのだから。

2011年5月20日

 自分が遠い。

​2011年10月21日​

 わたしの生死の境に立つとき、私の意見をたずねてもいいが、わたしは、わたしの生死を妻の決断にまかせたい。
 ​​​​最後の10月21日の文章が、鶴見俊輔の絶筆だそうです。この文章を書いた6日後、脳梗塞を発症し、「ことばの機能」を失い、「書く」ことや、「話す」ことができなくなった老哲学者は​「読む」​ことだけはできたそうです。最後の数年間、2015年7月20日93歳でなくなるまで、ただ「読書の人」であったようです。​​​
​​​​ 高橋先生はそんな鶴見俊輔の姿を思いうかべながら「読む」ことについて問いかけています。この「文章」「そのときの人物」になって「読む」とはどうすることでしょう。​​​​最後まで本を手放さなかった哲学者を思いうかべて考えてみてください。
 またしても長くなっていますね。ここからは、できるだけテキストだけ紹介します。
​ 
 3時間目「(絶対に)学校では教えない文章を読む。」というテーマです。​
​​​テキストは永沢光雄「AV女優」(文春文庫)から、刹奈紫之(せつなしの)さんという人のインタビュー。
 はい、間違いなく学校では教えません。初めてお読みになる方は「アゼン」となさるんじゃないかと思います。しかし、なぜ、学校では読まないのでしょう。
 ぼくは読んだことがありますが、そこには「本当のこと」が書かれていて、きちんとお読みになれば、実はすごいインタビューだということはわかるのですが、教室で読もうという発想にはなりませんでした。なぜでしょう。​​​

​​​
 4時間目「(たぶん)学校では教えない文章を読む。」というテーマですが、テキストの坂口安吾「天皇陛下にささぐる言葉」(景文館書店)は、授業で扱うには、かなり度胸がいることがすぐにわかります。同じ作家の「堕落論」を教室で読むことはあっても、この文章を​​教室に持っていくことはためらわれます。なぜでしょう。
 ぼくは、もし、​高橋先生​が​​この話をテレビかラジオであっても、実際に話したことをNHKが放送したのであれば、NHKを見直します。
​ 3時間目の文章と4時間目の文章には、「私たち」の社会が隠そうとしている「なにか」について、本当のことを書いているという共通点があります。そのことを思いうかべてながら5時間目のテキストを読むと高橋先生が語ろうとしている「なにか」が見えてくる気がします。
 ​

​​​ 5時間目のテーマは「学校で教えてくれる(はずの)文章を読む」です。テキストの武田泰淳「審判」(小学館)は、手紙形式の告白小説ですが、「そのときの人ぶつの気持ち」になることがまず可能な作品であるかどうかと考え込んでしまいました。 
 夏目漱石「こころ」の第三部も同じ形式の告白小説ですが、あの「先生」の気持になることは可能なのかどうか、と考えられればおわかりだと思いますが、実は、限りなく難しいわけです。
 その上、この作品は戦場で人を殺すことが平気になった男の告白なのです。戦後文学には、他にも同じような「告白」がありますが、本当に「読む」ことができているのでしょうか。​​​

​ この辺りから高橋先生「考えていること、語ろうとしていること」が見え始めたような気がしました。とりあえず、今日はここまでで、(その3)につづきます。
 ​(その1)・​(その3)にはここをクリックしレ下さい。


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最終更新日  2021.09.05 22:58:36
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2021.02.28
​​​​​​​​​​​​高橋源一郎「読むって、どんなこと?(その1)」シリーズ「学びのきほん」(NHK出版)
​​​​ 小説家の高橋源一郎NHK出版「学びのきほん」というシリーズの1冊として書いた「読むって、どんなこと?」という本を読みました。表紙をご覧になってもお気づきだと思いますが、小学校の高学年から中学生、高校生ぐらいを読者として想定した「ふり」で書かれている本ですが、読み終えてみると「ふり」だということを痛感します。​​​​
​​​​ まず、「はじめに」と題されて、「誰でも読むことができるって、本当なんだろうか」と副題された章で引用されているのはリチャード・ブローティガンというアメリカの作家の「ロンメル進軍」(思潮社)という詩集に載っているこんな詩です。​​​​
​​​1891―1944​​​
​ ​​​高橋源一郎の解説によれば、ロンメルというのは人名で、ナチスドイツの将軍だった人のようですが、この詩は、そのロンメルの生没年の数字だそうですが、この詩には、この「題」はあるのですが、本文がない、白紙なのだそうです。​​​
​ 高橋源一郎は、この詩について、幾通りかの読み方を解説していますが、最後にこう言います。​
​​​では、そもそも「読む」っていうのは、どういうことなんでしょう。​​​
​​ ​で、小学校の国語の教科書の引用が続きます。​​
​「だれが どんな ことを したかを かんがえて よむ。」​​​
​​ ​​​これが1年生の始まりに教えられる「読む」ことの目安です。つづけて2年生ではこんな指針があります。​​​
​「そのときの人ぶつのようすや気もちを思いうかべながら読みましょう」​
​​ で、3年生、4年生、5年生は端折って、​6年生​ではこんなふうな指針が教えられます。​​​
​​ 自分の考えを広げ、深める
 わたしたちはさまざまな文章を読むことによって、ものの見方や考え方を広げ、自分の考えを深めることができます。​​
​​ ​​​小学校1年生から6年生までの習う「読む」ということについての内容がここまで引用されて、その教科書が教える「読む」ことについて高橋源一郎はこうまとめます。​​​​
​​ いいことをいっているな、と思います。正直にいって、わたしだって、こんなふうに読んでいます。まあ、そうじゃないときもあるけど、だいたいはこう。これ以上付け加えることは、なにもない。そんな感じさえします。ふつうは、ここまで真剣に読んだりしないんじゃないでしょうか。
 そして、この読み方をきちんと習った上で、試験を受け、社会のことばを立派に使いこなせるようになるのです。​​
​ ​​​​​いかがでしょうか。教科書の引用を大幅に端折りましたから、わけがわからないと思われる方といらっしゃるかもしれませんが、「国語」の教員だったぼくの目から見れば、引用した、小学校1年生「読み方」の指針から始まり、6年生「考え方」の指針のゴールまで、「国語」の時間に教員が考えていることは、ある意味、これですべてなのです。​​​​​​
​​​ 高校生になっても「国語」の授業の基本はこんなものだと思います。高橋源一郎も触れていますが、「試験」というゴールが露骨に意識されるようになるのが違うくらいなものです。​​​
​ で、高橋源一郎はこんなふうに続けます。​
 ところが、です。
 こうやって、学校で(ということは社会で)、「読む」ということを習ってくると、おかしなことが起こるのです。
 簡単に言うと、「読めない」ものが出てくるのです。

 ん?

​​ というわけで、この本では、学校の優等生には「読めない」文章をどう読むのかという「テーマ」で1時間目から6時間目まで高橋先生の授業が始まるというわけです。​​
​​ 簡単に紹介するつもりが長くなってしまいました。高橋先生の授業で使われた「読めない」テキストについては「つづき」ということで、今日はここまでとします。
​​​ (その2)​・​(その3)はこちらからどうぞ。

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最終更新日  2021.09.05 22:23:24
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2020.12.19
​​​​​​​​​​​​高橋源一郎「日本文学盛衰史」(講談社文庫)


​​ 高橋源一郎の代表作の一つといっていいでしょうね、「日本文学盛衰史」(講談社文庫)を読み直しました。2001年に出版された作品で、これで何度目かの通読ですが、やはり、間違いなく傑作であると思いました。何度かこの「読書案内」で取り上げようとしたのですが、どう誉めていいのかわからなかったのです。​​
 彼は、近代文学という「物語」を、新しい「ことば」の生成とその変転として描いているのですが、近代文学のコードから限りなく遠い「文体」で描こうとしていると言えばいいのでしょうか。そこが、感想のむずかしいところだと思います。
​ 近代日本文学の「小説言語」は、その時代の、その言葉づかいであることによって、傑作も駄作も、おなじコードを共有し、この小説に登場するあらゆる文学者たちは、そのコードをわがものにすることで、日本文学の書き手足り得たとするならば、この小説は、そのコードを棄てることで、新しい小説の可能性を生きることができるというのが高橋源一郎の目論見なのかもしれません。​
​​​ 文庫本で658ページの長編小説です。第1章が「死んだ男」と題されて明治42年6月2日に行われた二葉亭四迷こと長谷川辰之助の葬儀の場に集う人々の描写から始まります。​​​
 新しい日本語で、小説という新しい表現形式に最初に挑んだ​二葉亭四迷​の葬儀の場には、我々がその名を知る明治の文豪たちが勢ぞろいしています。お芝居の前に、役者たちがずらりと並んで挨拶している風情ですね。そういう意味で、この場面が、この作品の巻頭に置かれているのは必然なのでしょうね。
​ その葬儀で受付係をしていたのが、誰あろう石川啄木でした。作家は、その場に居合わせた啄木について​​こんなふうに語って、この章段を締めくくっています。
 すでに訪れる者も尽きた受付で、退屈しのぎに啄木は歌を作っていた。歌はいくらでも、すらすらと鼻歌でも歌うようにできた。そして、歌ができればできるほど啄木の絶望はつのるのだった。

あほやねん、あほやねん、桂銀淑(ケイウンスク)がくり返すまたつらき真理を​


ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり


システムにローンに飼われこの上は明ルク生クルほか何がある


ぼくはただ口語のかおる部屋で待つ遅れて喩からあがってくるまで


 啄木二葉亭の葛藤はなかった。だが、二葉亭の知らない葛藤を啄木たちは味わわねばならなかったのである。
 ​​​​​​​断るまでもありませんが、ここに登場する「啄木」​高橋源一郎​の小説中の人物であり、引用された「短歌」「啄木歌集」のどこを探しても見つけることはできません。
​ 現代の歌人穂村弘の「偽作(?)」であることが、欄外で断られていますが、第2章「ローマ字日記」では、高橋自身の手による「ローマ字日記」の贋作が載せられています。穂村弘も​​​​​​​
いくらでも、すらすらと鼻歌でも歌うようにでき」るでしょうかね。
 この作品には、第1章の二葉亭四迷を皮切りに、漱石、鴎外をはじめ、北村透谷島崎藤村田山花袋などが主な登場人物として登場します。近代日本文学史をふりかえれば、当然の出演者と言っていいのですが、なぜが、啄木がこの小説全体の影の主役のように、折に触れて姿を見せるのです。​​​​​​​
​​​​​ 彼の有名な評論「時代閉塞の現状」は朝日新聞掲載のために執筆されたにもかかわらず、漱石によって握りつぶされたというスキャンダラスな推理に始まり、「WHO IS K」と題された、漱石の小説「こころ」の登場人物Kをめぐる章では、Kのモデルの可能性として石川啄木が登場するというスリリングな展開まであります。​​​​​
​​​ 何故、啄木なのでしょう。作家高橋源一郎が近代文学の相関図を調べ尽くす中で、文学思想上のトリック・スターとして啄木を見つけ出したことは疑いありません。にもかかわらず、いまひとつ腑に落ちなかったのですが、今回、読み返しながら、ふと思いつきました。​​​
「啄木は家族と暮らしながら、どんな言葉でしゃべっていたのだろう?」
ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
​​ ​啄木の、あまりにも有名な歌ですが、この言葉遣いはどこから出てきたのでしょうね。あるいは、近代日本文学は、いったい誰の口語で書かれていたのでしょうと問うことも出来そうです。「言文一致」と高校の先生は、ぼくも嘗ては言ったのですが、作品として出来上がった「文」は、いったい誰の「言」と一致していたのでしょう。生活の言葉を棄てた架空の日本語だったのではないでしょうか。
 「ふるさとの訛」を捨て、「口語短歌」に自らの文学の生きる道を見出した啄木の葛藤の正体は、どうも只者ではなさそうですね。​​

​ 高橋源一郎が、そういう問いかけを持ったのかどうかはわかりません。彼が、幾重にも方法を駆使して描いている「近代日本文学」という物語の一つの切り口にすぎないのかもしれないし、単なる当てずっぽうかもしれません。しかし、何となくな納得がやって来たことは確かです。​
​​​ さて、「きみがむこうから」と題された最終章は、詩人辻征夫の​​​
きみがむこうから 歩いてきて
ぼくが こっちから
歩いていって
やあ
と言ってそのままわかれる
そんなものか 出会いなんて!
​​(辻征夫「きみがむこうから・・・」)​​​
 ​​という、引用があり、北村透谷以下、樋口一葉、尾崎紅葉、斉藤緑雨、川上眉山、国木田独歩というふうに、当時の新聞に載った死亡広告が引用されています。​​
​​ 斉藤緑雨「死亡広告」を自分で書き残し、川上眉山自殺でした。​夏目漱石​の死亡広告は次のようだったそうです。​​
夏目漱石氏逝く
現代我が文壇の泰斗
昨日午後七時胃潰瘍の為に大正五年十二月十日朝日新聞​​
​​​ こうして、二葉亭の葬儀の場で始まった、ながいながい「日本文学盛衰史」は、近代文学という物語の終焉にふさわしく、登場人物たちの「死」で幕を閉じます。
 このあと、作家自身の、いわば覚悟を記したかに見える結末もありますが、そこは、まあ、読んでいただくのがよろしいんじゃないでしょうか。
 何だか、最後には近代文学、戦後文学のコードに回帰していると思うのですが、高橋源一郎らしいと言えば、カレらしい結末でした。​​​

​​ 是非にと、お薦めする一冊ですが、ブルセラショップだかの店員の石川啄木や、大人向けのビデオの監督の田山花袋も登場しますが、くれぐれも、お腹立ちなさらないようにお願いいたします。​​

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最終更新日  2021.09.01 02:24:26
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2020.03.11
​​​​​​​​​​​​加藤典洋「大きな字で書くこと」(岩波書店)(その1)

​ 文芸評論家の加藤典洋が昨年、2019年5月に亡くなりました。その時に手元にあった岩波書店の「図書」の四月号に彼が連載していた「大きな字で書くこと」というコラムを引用した記事をブログに書きました。それから半年後、11月に岩波書店から「大きな字で書くこと」という題の本が出版されました。 ​
​​ 2017の一月から「図書」に連載されていた「大きな字で書くこと」というコラムと、信濃毎日新聞2018の四月から、月に一度連載されていた「水たまりの大きさで」というコラムが収められています。
 巻頭には「僕の本質」という詩が配置されている小さな本です。連載の二回目に当たる記事にこんな文章を見つけました。​​

​​ 私は何年も文芸評論を書いてきた。そうでない場合も、だいたいは、書いたのは、メンドーなことがら、込み入った問題をめぐるものが多い。そのほうがよいと思って書いてきたのではない。だんだん、鍋の中が煮詰まってくるように、意味が濃くなってきたのである。
 それが、字が小さいことと、関係があった気がする。簡単に一つのことだけ書く文章とはどういうものだったか。それをわたしは思い出そうとしている。
 私は誰か。なにが、その問いの答えなのか。
 大きな字で書いてみると、何が書けるか。​​

 ​ここで何が意図されているのか、本屋さんで配布されていた「図書」「大きな字で書くこと」を読んでいた当時も、この本を手にして、この記事にたどり着いた時にも、ぼくにはわかりませんでした。​

 読み続けていると、「父」と題されたコラムが数回続きます。そこでは、戦時中、山形県で「特高」の警察官だった父親の行跡がたどられ、青年加藤典洋の心の中にあった父に対するわだかまりが、そっと告白されていました。
 ここまで読んで、ようやく、いや、やっとのことで気づいたのでした。加藤典洋「私は誰かと」と自らに問いかけ、小さな自画像を描こうとしています。それは「死」が間近にあることを覚悟した批評家が、自分自身を対象に最後の「批評」を試みていたということだったのではないでしょうか。
 しかし、2019年の7月号に載った「私のこと その6 テレビ前夜」が最後の記事になってしまいました。
​ 小学校4年生の加藤少年は、山形市内から尾花沢という町に転校し、貸本屋通いの日々、読書に熱中しながら、家にやって来たテレビに驚きます。​
​​​ この年、私は町の貸本屋から一日十円のお小遣いで毎日一冊、最初はマンガ、つぎには少年少女世界文学全集を借りだしては一日で読み切るため、家で読書三昧にふけったが、なぜ講談社の少年少女世界文学全集を小学校の図書室から借りなかったのか、ナゾである。小学校によりつかなかったのだろうか。
 マンガでは、白戸三平「忍者武芸帳」。こんなに面白いマンガを読んだのは初めてで、興奮して眠れなくなった。つげ義春、さいとう・たかを、辰巳ヨシヒロなどのマンガも独力で発掘した。マンガがなくなると、少年少女世界文学全集に打ち込んだ。「点子ちゃんとアントン」「飛ぶ教室」などのほか、「三国志」「太平記」まで大半を読破し、教室で、今の天皇は北朝ではないか、など先生を困らせる質問をした。
 この年、「少年サンデー」「少年マガジン」が発売される。毎週、本屋に走ったが、マンガが週間単位で詠めるのは、信じられない思いだった。
​​

​​ このあと、テレビが家に入ってくる。そしてすべてが変わる。自宅の居間で「鉄腕アトム」を見ながら、なぜこれが無料で見られるのかどう考えても理解できなかった。電波がどこから来るのかと思い、テレビの周りに手をかざしたのをおぼえている。(「私のこと その6 テレビ前夜」)​

​ これが、31回続いた連載の最終回、生涯の最後まで「私は誰か」を探し続けた批評家加藤典洋の絶筆です。
 ご覧の通り、この文章の中で、彼はまだ問い続けています。テレビが家に入ってきてすべてが変わったことは次回に語る予定だったに違いありません。
 自画像としてのエッセイとしても、描き始められている顔の半分は白いまま残されています。
 テレビが象徴する経済成長の戦後史が始まったところです。中学生、高校生だった加藤少年について、まだ「大きな字で書くこと」がたくさん残っていたはずなのです。無念であったろうと思います。それ以上のことばはありません。 

 ただ、この本の案内としては「水たまりの大きさで」と、冒頭の詩について言い残している気がしています。それは(その2)として書いておきたいと思っています。 
追記2020・03・11

 脈略のない追記ですが、今日は東北の震災の日です。コロナ騒ぎで追悼行事が中止だそうです。あったからと言って、遠くでニュースとして見るだけなのでしょうが、何だか、とても哀しい気分になりました。
 「加藤典洋の死」という記事はこちらからどうぞ。

​追記2021・09・03
 加藤典洋のテレビの話を読み直しながら、彼が6年生だった時に幼稚園児だった自分のことを思い出しました。小学校の3年生くらいになったころ近所の家でもテレビが購入され始めましたが、我が家にはありませんでした。現在、2021年、ほとんどテレビを見ない暮らしをしていて、何の不便も感じませんが、40軒ほどの集落で、一番遅くテレビが購入され、家の茶の間に設置された思い出はかなり鮮やかに覚えています。

 あれから、半世紀以上のときが立ちましたが、テレビが1930年代「映画」とか「ラジオ」とかとは、また違った迫力で、ある種の「全体主義」を作ってきた道具だったことにようやく思い当たるうかつさを感じでいます。
 最近スマホをいじるようになってテレビの時代が終わりつつあることを実感していますが、テレビよりもずっと便利で手軽ですが、かなり危ない道具であることは間違いなさそうです。
 加藤典洋が、「テレビの思い出」で語り始めていることの先に、テレビの時代を論じた「敗戦後論」があると思うのですが、「便利」という言葉が作り出している「スマホの時代」のことを、彼ならどう考えるのでしょうか。


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最終更新日  2021.09.03 11:49:09
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2020.01.22
​​​​​​​​​​​​高橋源一郎「非常時のことば」(朝日新聞出版)

 市民図書館の棚を徘徊していて、なんとなく手に取って、読み終わって気付いた。 
 「いつだったか、一度、読んだ本ですね、これ。」
 東北の震災から9年の年月が流れました。昨年亡くなった加藤典洋さん「震災後」という時間で論じたことがありましたが、このエッセイ集は、まさに「震災後」の渦中に書かれた文章です。
 収められた三つのエッセイは、
2011年夏季号から冬季号まで、​「小説トリッパー」​という雑誌に連載された「文章」を単行本にしたものらしいですが、今では朝日文庫という文庫版で読むことができます。
 ​さて、本書、第一章「非常時のことば」はこんな文章で始まります。​​

 ​とても大きな事件が起こった。ぼくたちの国を巨大な地震と津波が襲った。東日本のたくさんの街並みが、港が、津波にさらわれて、原子力発電所が壊れた。たくさんの人たちが亡くなり、行方不明になり、壊れた原子力発電所から、膨大な量の放射性物質が漏れだした。​
​ 高橋源一郎さんはこの文章に続けて、戦後66年間忘れていた「言語を絶する体験」ということが、実際に起こった結果、人々が感じた「ことばを失う」ということに論及してこう書いています。
​ 少なくとも、同じテーマについて、これほどまでにたくさんのことばが産み出された経験は、ぼくたちにはない。それにもかかわらず、ぼくたちの多くは、「ことばを失った」と感じているのである。​
​​ 震災をめぐって、途方もない量のことばが、人々の口から、あらゆるメディアから、吐き出され続けている世界を前にして、ある疑いを口にします。​
​「どんどんことばが出てくるなんておかしいんじゃないだろうか。」​
 ​そして、鶴見俊輔のこんな文章を引用します。 
​​​ 庭に面した部屋で算術の宿題をしていると、計算の中途で、この問題は果たしてできるのだろうかと疑わしくなる。宿題をする時だけでなく、一人でただ物を考えている際にもこの感じがくる。
 ひとりで物を考えるのは、へんなことなので、もうひとり別な人がそばに立って「それでいいのだ」と言ってくれなければ、確かでない。ひとりで考えて行って、それでやはり皆の落ち着くところに行けるかしら。考えている途中で「へんだ」と思うときがある。ビルディングの非常はじごを一足ずつ降りるが、あるところで一寸止まって下を見廻し、急に恐ろしくなり、めまいを感じる。そのめまいに似た感じだ。

​「私に地平線の上に」​
​ ​人々の口から吐き出されてくることばが、鶴見俊輔の言う「一人で考える」時に感じる「めまい」を失っていないか、という疑いです。
 
​​​​​​​「ことばを失う」ほどの現実に向き合った人間が、ことばを取り戻すときに、ことばのどんな姿にたどり着くのでしょうか。
 批評家加藤典洋311死神に突き飛ばされる」「恋する虜 パレスチナへの旅」を残して死んだジャン・ジュネ「シャティーラの四時間」、そして石牟礼道子「苦界浄土」という文章を読み返しながら、高橋源一郎さんは最後にこう叫びます。
​​​​​「そうだったのだ、この場にかけていたのは祈祷の朗誦だったのだ」​​
​​​ えっ、朗誦って何?​
​「ことばはなんのために存在しているのか。なんの役に立つの。ことばは、そこに存在しないものを、再現するために存在しているのである。」​「ジャン・ジュネ」​
 ​うん、それはわかる。うーん、でも、ようわからん。
 水俣病の患者は、国や会社によって、この社会によって。殺されたのである。あるいは、徹底的に破壊されたのである。
 
だが、人間が、徹底的に破壊されるとは、ただ殺されることではなく、忘れ去られること、そのせいに意味など無かったとされることではないだろうか。
 そのことを知って「あねさん」は、これらの「文章」を書いた。そして生涯「文章」などとは無縁だった「坂上ゆき」は、「あねさん」「文章」の中で、蘇ったのである。その生涯が、どれほど豊かであったかを、証明するために、その文章は書かれたのだ。
 ​それは死にゆく「坂上ゆき」への「祈祷の朗唱」でもあっただろう。​
​​​ ​なるほど、「祈り」であり「音楽」であることばの姿か。「非常時のことば」というこのエッセイで引用されている三人の文章に対する高橋さんの読みの展開が、ここに来るとはと、うなりました。​​​​
​​ 中でも、文中で「あねさん」と呼ばれている石牟礼道子「苦界浄土」のことばを生みだしていく描写は、このエッセイの白眉ともいうべき文章で、読んだはずなのに忘れていたとは、と、情けない限りです。​​
​​​​​​ 本書には、「ことばを探して」・「2011年の文章」という、あと二つのエッセイが収められています。特に「ことばを探して」では、川上弘美「神様」という小説ついての文章が、目からうろこでした。それは「神様」の案内で書きたいと思います。
​追記2020・02・14​
「神様」・「神様2011」の感想はこちらをクリックしてみてください。​​​​​​​

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最終更新日  2021.08.31 17:28:19
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2020.01.14
​​​​内田樹・鷲田清一「大人のいない国」(文春文庫)

​​​​​ 鷲田清一内田樹、少なくとも関西では「リベラル」の代名詞のお二人というべきでしょうか。そのお二人が、これは見取り図というのがいいのでしょうね、総論的な「大人学のすすめ」という対談で始めて、新聞や雑誌に掲載された、それぞれの評論を各論として配置し、お二人共通の得意分野から現代社会について論じた話が面白い本です。ハヤリというか、話題になっている事象を「身体感覚と言葉」というポイントでまとめた本ですね。
 ​​
​​表題は「大人のいない国」というわけなのですが、とりあえず、「大人って?」という疑問に答えるべく、​「成熟と未熟」​というプロローグで鷲田さんがこんなことをおっしゃっています。​​ ​​​

働くこと、調理すること、修繕すること、そのための道具を磨いておくこと、育てること。おしえること、話し合い取り決めること、看病すること、介護すること、看取ること、これら生きてゆく上で一つたりとも欠かせぬことの大半を、人々はいま社会の公共的なサーヴィスに委託している。社会システムからサーヴィスを買う、あるいは受け取るのである。これは福祉の充実と世間では言われるが、裏を返して言えば、各人がこうした自活能力を一つ一つ失ってゆく過程でもある。ひとが幼稚でいられるのも、そうしたシステムに身をあずけているからだ。
 
近ごろの不正の数々は、そうしたシステムを管理しているものの幼稚さを表に出した。
 
​ナイーブなまま、思考停止したままでいられる社会は、じつはとても危うい社会であることを浮き彫りにしたはずなのである。それでもまだ外側からナイーブな糾弾しかない。そして心のどこかで思っている。いずれだれかが是正してくれるだろう、と。しかし実際にはだれも責任をとらない。​​​

​​​ この本は2008に出版された単行本の文庫化です。したがって、ここで「不正」と呼ばれているのは、東北の震災以前の出来事を指しています。震災以降の被災者の救済や援助、原発事故や放射線被害をめぐっての問題や、最近の小学校の新設花見の名簿の話ではありません。​
 ​
にもかかわらず、政治権力の中枢、大企業の経営責任者、高級官僚、マスメディア、果ては司法に至るまで「だれも責任をとらない」社会は、証拠隠滅、被害者のメディアからの隠蔽という「恐怖社会」の様相を呈して広がっています。
 
​震災直後、話題になった「てんでんこ」という言葉を思い出しますが、どうも「何とかの耳に念仏」であったようで、社会全体の「幼稚」化「大人のいない国」の症状はとどまるところを知らないかのようです。そういう意味で、この本は全く古びていませんね。​
 
​詳しい内容なお読みいただくほかありませんが「なるほど」と納得したところはたくさんあります。 が、中でも、4「呪いと言論」と題された章にある内田さんのこんな言葉でした。​​​

 私が言葉を差し出す相手がいる、それが誰であるか私は知らない。どれほど知性的であるのか、どれほど倫理的であるのか、どれほど市民的に成熟しているのか、私は知らない。けれども、その見知らぬ相手に私の言葉の正否真偽を査定する権利を「付託する」という保証のない信念だけが自由な言論の場を起動させる。「場の審判力」への私からの信念からしか言論の自由な往還は始まらない。「まず場における正否真偽の査定の妥当性を保証しろ」という言い分を許したら言論の自由は始まらない。 

​ ネット上に蔓延する「ヘイト」をめぐっての論考の結語ですが、ぼく自身「ブログ」などという方法で、誰が読むのかわからない「言論」をまき散らしているわけです。しかし、この案内にしてからがそうなのですが、書いている当人は「カラスの勝手」というわけではなく、「誰か」に向かって書いているわけで、その「誰か」の確定は結構難問なわけです。​
 とりあえず、内田さんのこの言葉は、一つの灯りのように思えたというわけです。​
小さな本ですが、考え始める契機になることもあると思いますよ。
追記2022・02・06
​ 内田樹鷲田清一という二人の哲学者の著書には紹介したいものが多いのですが、落ち着いて1冊づつという構えができていません。コロナ騒ぎは収まりそうもありません。どうせ家の中に閉じこもっているのですから、古い本を読み直すいい機会かもしれません。できれば、今年はお二人の足跡をたどり直してみようかと思っています。​


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最終更新日  2022.02.06 11:45:25
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2019.10.18
​​​​​​​​​​ ​内田樹「レヴィナスを通じて読む『旧約聖書』」(新潮社「考える人」)

​​​ ​​​​「考える人」という新潮社が出している季刊雑誌がありました。その雑誌の2010年・春号「はじめて読む聖書」という特集を組んだことがあります。その中に哲学者で武道家の​内田樹​の「レヴィナスを通じて読む『旧約聖書』」というインタヴュー記事があります。そこで、彼が、語っていることにうなってしまいました。​​​​​​​​​

 ホロコーストの後、生き延びたユダヤ人の多くは信仰の揺らぎを経験しました。なぜ神は私たちを捨てたのか。民族の存亡の時に介入しないような神をどうして信じ続けることが出来るだろうか、と。多くのユダヤ人がユダヤ教から離れてゆきました。
 その民族宗教の危機のときに、レヴィナスは若いユダヤ人たちにこう説きました。
 では、いったいあなたたちはどのような単純な神をこれまで想定していたのか、と。
 人間が善行すれば報奨を与え、邪な行いをすれば罰を与える。神というのはそのような単純な勧善懲悪の機能にすぎないというのか。もし、そうだとしたら、神は人間によってコントロール可能な存在だということになる。人間が自分の意志によって、好きなように左右することが出来るようなものであるとしたら、どうしてそのようなものを信仰の対象となしえようか。
 神は地上の出来事には介入してこない。神が真にその威徳にふさわしいものであるのだとすれば、それは神が不在の時でも。神の支援がなくても、それでもなお地上に正義を実現しうるほどの霊的成熟を果たし得る存在を創造したこと以外にありえない。神なしでも神が臨在するときと変わらぬほどに粛々と神の計画を実現できる存在を創造したという事実だけが、神の存在を証し立てる。
 神は、幼児にとっての親のように、つきっきりで人間のそばにいて、人間たちの正しい行いにはいちいち報奨を与え、誤った行いにはいちいち罰を下すのでなければ、ことの理非も正邪の区別も付かないような人間しか創造し得なかった―そう言い立てる者は、神をはじめから信じていないのである。
 神は、神抜きで、自力で、弱者を救い、病者をいたわり、愛し合うことができ、正義を実現できるような、そのような可能性を持つものとして、われわれ人間を創造した。だから、人間が人間に対して犯した罪は、人間によってしか贖うことができない。神は人間にそのような霊的成熟を要求するのである、と。レヴィナスはそう告げたのでした。
​ 人間の住む世界に正義と公正をもたらすのは神の仕事ではなく、人間の仕事である。世界に不義と不正が存在することを神の責めに帰すような人間は霊的には幼児である。私たちは霊的に成人にならなければならない。レヴィナスはそのように述べて、崩壊の瀬戸際にあったフランスユダヤ人社会を再構築したのです。
 ぼくは異教徒ですけれども、このレヴィナス「霊的な成人のための宗教」という考え方に強い衝撃を受けました。

​ ​​​​​ナチス・ドイツ600万人を超えるユダヤ人をはじめとして、障害者、同性愛者など1000万人以上の人間をホロコースト(焼き尽く)した歴史事実についてはご存知でしょうね。エマニュエル・レヴィナスは、自身も家族や友人をホロコーストされたユダヤ人で、フランスの宗教哲学者(?)です。
 「なぜ神はユダヤの民を救ってくれなかったのか」という素朴で哀切な、生き残ったユダヤ人たちに共通した問いに対して、ユダヤ教の信仰を基礎づけよう=信仰にあたいすることを証明しよう=とした人だと思います。
 エマニュエル・レヴィナス
は難解きわまる論考で有名な人ですが、内田樹はその論考の日本への、ほぼ最初の紹介者の一人です。ぼくにとっては彼が訳した、​レヴィナス​によるユダヤ教のタルムードの講義を手に取ったことが、内田樹という名前との初対面でしたが、全く歯が立たなかったことだけ覚えています。1980年代のことです。
​​ さて、内田樹がここで話している神はユダヤ教の神のことです。では、ぼくのような無神論者が「倫理」ということを考える時の基準として
ユダヤ教の神のことを考えることは出来ないのでしょうか。そう考える事が出来れば、「人間とは何か」という問いに、もっとも積極的な答えの一つがここにあるのではないでしょうか。​​
 例えば、ぼくが長年働いてきた、学校という場を想定してみることも可能なのではないでしょうか。あまりにも単純な連想ですが、「生徒諸君は教員という監視者の元においてモラルを育てるのではない」というふうに。
 ぼく自身は
​「校則とかルールとかで「道徳」が育つのではないのではないか」と疑い続けながら、とうとう、退職してしまったわけなのですが、生徒も教員も、もう一度「人間」という場所に、お互いが戻ることができれば、それぞれが生き方として成熟を目指すことが響きあうということもありえるということではないでしょうか。
 共通する、あるいは共有する神に対する信仰がないことが前提ですから、とてもむずかしいことだとは思います。しかし、「人間である」ということの可能性が「人間」にはあるのではないでしょうか。
 あんまり興奮して、こういうことを言うと妄想ということになってしまいそうなので、これ以上は書きません。それにしてもレヴィナスという名前、心に残りませんか?(S)​​ 初稿2010・06・09​​( ​改稿2019・10・18)
追記2019・10・18

​​​​​ 教員が教員をイジメていたという事件の報道がありました。災害の最中、「ホームレスお断り」の看板をあげた公共の避難所があったという報道もありました。暗然としました。次には、きっと「人間として」を枕詞にした反省の言葉がきっと報道されるのでしょう。
「人間の住む世界に正義と公正をもたらすのは神の仕事ではなく、人間の仕事である。」ということを受け止めるが、それほどたやすいことだとは、ぼくには思えない出来事が続いています。皆さんはどうお考えになるのでしょうか。
  ああ、それから「考える人」は、ネットで探せば、今も続いています。内田さんの上記の記事が、単行本で読めるかどうかは、ちょっとわかりません。

追記2022・04・13

 上記の記事は、その昔、高校生に向けて本や著者を紹介していたときのものです。読んでくれていた高校生たちは、若い人でも、ほぼ、20代を通過し始めているのですが、新たな戦争や虐殺を目前にして、どんなふうに考えていらっしゃるのでしょうか。70歳を目前にした老人は、結局よく分からないままです。ただ「考えることをやめるのはイヤだ」という、コケの一念のようなものにうながされ、こんな記事を投稿しています(笑)。

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最終更新日  2022.04.13 10:53:08
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2019.05.22
​​​​​​​​​​​ ​「批評家加藤典洋の死」


 ​​​​​​文芸批評家の加藤典洋さんが亡くなりました。訃報を作家の高橋源一郎さんのツイッターで知ったぼくが加藤典洋が死んじゃったよ。」と口にすると、同居人のチッチキ夫人「これ、ほら。」と言って数冊の「図書」「大きな文字で書くこと」というコラムのページを開いて渡してくれました。
 2019年2月号から「私のこと」と題して子供の頃の思い出が書きはじめられている記事を4月号まで読んで、涙が止まらなくなりました。​​​​​​

  周囲の人やブログを読んでくれている人に、どうしても読んでほしい。そう思う気持ちが抑えられないので、ここに引用します。​​

「私のこと その3 勇気について」
 新庄でしばらくすると、引っ込み思案同士の友達ができたが、やがてもう一人を加えたやはり転校組の三人が、二、三人の手下を従えたいじめっ子に、執拗にいじめられることになった。
 イジメは一年半から二年くらい続いただろうか。
 ある時、私が建物の裏で、そのいじめっ子になぶられているのを見た兄が、家で、そのことを話した。しかし私は、そのことを何でもないことだといって否定した。
 私はこのときのことがあり、長い間、自分には勇気がないのだと考えてきた。今もそう思っている。
 ここで相手を殴り返そうと、思う。夢にまで見る。しかしそれができないまま、ある日、雨が降っているとき、それは私たち転校組が、また、転校していなくなる少し前のことだったが、私より少しだけ早く、同じいじめられっ子仲間のO君がかさを投げ出しかと思うと、グイっと、いじめっ子の襟首をつかみ、相手をなぎ倒した。
 それで、イジメは終わった。
 この同じ新庄という場所で、もうだいぶ経ってから、一九九三年、転校してきた子が、集団でイジメに遭い、死亡するという「山形マット死」事件が起きた。いじめっ子らは、罪を認めたが、その後、七人中六人までが申し合わせたように供述を翻し、彼らの家族もこれを後押しし、人権派弁護士たちが自白偏重を批判するなどして、介入した。そのため、この新庄氏のイジメ致死事件は、死亡した子の両親を原告に、刑事裁判に続き、民事裁判を争われることになった。二〇〇五年、最高裁で元生徒七人全員の関与が認められたが、今も全員の損害賠償金の支払いは、なされていない。
 事件の翌年、私は、山形県教育センターの雑誌「山型教育」に寄稿を頼まれた際、この事件が、似た経験をしたものとしてかなり悪質な出来事であると思えると書いたが、この原稿は、裁判係争中を理由に、掲載されなかった。勤務していた大学に雑誌の関係者が二人菓子折りをもってやってきて、この原稿を取り下げてもらいたいと言ってきた。没にするなら、自分で没にされたという事実とともに別の媒体に発表すると、返答し、私はそうした。
​​  自分には勇気がないと、私は心から思っている。勇気のある人間になりたい。それが今も変わらぬ私の願いなのだ。​(​「図書」岩波書店2019年4月号所収​)​
​ ぼくにとっての​加藤典洋​という人は、その著書と出会っただけの人であって、本人を知っているわけではありません。
 しかし、彼は上記のような文章を「図書」とかに書いていて、「ふと」出会う人であり、一方で「アメリカの影」(講談社文芸文庫)、「日本という身体」(河出文庫)以来つぶさに読み続けてきた人でした。

 例えば村上春樹の作品ついて、ぼく自身、もういいかなと思った頃があったのですが、彼の作品をまっとうに評価した批評で、引き戻してくれたのは彼と内田樹村上春樹論でした。
 
加藤典洋といえば「敗戦後論」(ちくま学芸文庫)が話題に上がるのですが、ぼくには「さようなら、ゴジラたち―戦後から遠く離れて」(岩波書店)、「3.11死に神に突き飛ばされる」(岩波書店)も忘れられない本でした。彼は、ぼくにとっては、あくまでも現代文学を論じる文芸批評家でした。ただ、文学を論じる根底に社会があることを、横着することなく考え続けた人だったと思うのです。
 
​​大江健三郎「取り換え子」(講談社文庫)に始まる「おかしな二人組三部作」にかみついて、執筆中の作家を逆上させたという「勇気」も印象深い思い出なのですが、その後の作品「水死」「晩年様式集」(講談社文庫)に対して「きれいはきたない」という短い書評(「世界をわからないものに育てること」岩波書店所収)で、
​​​「晩年のスタイルは、いま自分のありかを発見したところである。えもいわれぬ肯定感はそこからくる。」​​
​ と言い切って称えているのを読んで、さすが加藤典洋と納得したりしていたのです。しかし、その言葉が、今となっては、大江健三郎の作品に対する、彼の最後のことばになってしまったのだと思うと、何の関係もないのですが、なんだか感無量になってしまうのです。
 話は少しずれますが、この時期以降、大江健三郎の作品群に対して、加藤典洋のほかに、誰がまともに論じているのでしょう。近代文学の終焉とかいう、流行りの言葉をもてあそぶ人をよく見かけますが、今ここで書いている作家に対して、今を生きている批評家が論じるのは、また別のことだと思うのですが、近代文学批評もまた終焉のようですから、まあ、仕方がないのかもしれません。しかし、そこには、加藤典洋の死によって、ポッカリ空いた穴のような喪失感が漂っていると感じるのはぼくだけでしょうか。
 ​
橋本治といい、加藤典洋といい、今の時代をまともに見据えていた大切な人を立続けに失っってしまいました。「今日」のこの出来事に彼らがなんと言っているのかさがしても見つけることは、もう、できないのです。
 いずれ、遺品整理のように語りたい二人の文章はたくさんあるのですが、今日はこれまでとしようと思います。(S)
​追記2019・05・24​
 加藤典洋の上記の記事の後、「図書」五月号に同じ連載コラムが掲載されているのを、チッチキ夫人が探し出してきてくれました。
 題は「私のこと その4 事故に遭う」。彼は警察官の息子だったのですが、子供のころ、道路に飛び出して軽トラックにはねられるという事故に遭います。事故を知った母親が狂ったように走ってくる様子と、寝ている少年に「警官の息子が」と苦い顔をした父親の様子の二つが「正直な感想だろうが、横たわる私には、母に愛されていることの幸福感と、父に対する齟齬の感覚が残った。」というのが結語でした。最後に、ご両親のことを書かれていることに「あっ!」と思いました。あらためて
加藤典洋​​​​のご冥福を祈りたいと思います。

追記2019・06・18
「図書」6月号には、加藤さんの初恋の思い出がつづられています。こういう原稿は、どこまで先行して書かれているのかということが、加藤さんの死を知ってしまっている、ぼくのような読者には、もう笑い事ではありません。
 他者の死を悼むということの大切さから、社会を考えることを主張した加藤さんの最後の原稿を、まだまだ続くことを心待ちにしながら、湧き上がってくるやるせなさをかみしめています。
追記2019・09・13
今日は、13日の金曜日ですが、ブログのカテゴリーの整理をし始めました。亡くなった加藤典洋さんと、活躍を続けていらっしゃる内田樹さんをセットでカテゴライズします。お二人とも、ぼくにとっては大切な人です。
​追記2020・05・15​
 加藤典洋橋本治がなくなって一年が過ぎたのですが、コロナウィルス騒ぎの世相は一気に「不穏な社会」へと転げ落ちそうな空気にみちています。予感が実感へ変わっりそうな「愚劣」「空気」が一気に噴き出し、いやなにおいをまき散らし始めています。
 彼ら二人が生きていれば何といっただろうと、ふと考えますが、ないものねだりですね。
追記2021・09・01
 ブログのカテゴリーの「加藤典洋と内田樹」に、作家の高橋源一郎さんを加えて「加藤典洋・内田樹・高橋源一郎」とします。加藤典洋は1948年生、内田樹は1950年生、高橋源一郎は1951年生、共通しているのは68-69体験だというのがぼくの見立てです。
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言わずと知れた。



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東北大震災の後、原発について、彼のきっぱりとした発言。



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死を巡って、鶴見俊輔、吉本隆明に対する追悼文他



彼自身による、彼自身の歴史観の要約




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最終更新日  2021.09.02 11:25:10
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