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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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読書案内「コミック・石塚真一」

2021.07.04
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​石塚真一「BlueGiantExplorer 3」(小学館)​

​ 2021年7月ヤサイクン・マンガ便です。石塚真一「BlueGiantExplorer 3 」(小学館)です。​
​ シアトルからスタートしたアメリカ武者修行の旅を続けている宮本大君、まずは大陸を南下しサンフランシスコにやってきました。​
​ アメリカの町から町へと、慣れない自動車の旅を続けていく「大くん」です。途上で出会う様々な人との間に生まれるエピソードが、映画でいえばロード・ムービーの手法で描かれていくわけですが、出会った人の何十年後かの回想として描くことで、今、目の前で繰り広げられている出来事が、何10年後かの「今」にいたるまでの時間が埋め込まれています。「ロード・ムービー」ビルドゥングス・ロマンを仕込むための石塚真一の工夫ですが、うまいものですね。​
 今回の出会いは二人です。一人はスケート・ボーダーというのでしょうか、スケボーを抱えて「大くん」の車に、ヒッチハイカーとして乗り込んできた「ジェイソン・フィリップスくん」ですね。第2巻ポートランド編でも登場した人ですが、ここから本格的に登場です。
​ 大くんの練習風景に感動したジェイソンくんですが、実際の演奏を聴くのはこの時が初めてです。この次のページには、ジェイソンくん大くんの音楽に目覚める感動が描かれてています。
 結果的に、音楽に全く素人である彼が、アメリカ人から見ると「内気」なジャズプレイヤー「宮本大」の、サンフランシスコでのエージェント役として活躍しますが、サンフランシスコ以後も、その役割が続くのかどうか、今のところ分かりません。​

​ サンフランシスコでの出会いの、もう一人はチャイナタウンドラマ―アレックス・リュウくんでした。
 彼はアメリカという人種のるつぼと呼ばれる社会の、特にアジア系の人間に対する固定観念や偏見にいら立つ青年ですが、大くんとの出会いで、何かから解き放たれる「自由」を発見します。​

​​ リュウ君「自由」に目覚め、音楽を発見した瞬間です。石塚真一のマンガの良さがあふれている出会いでした。​​
​​ さて、サンフランシスコをを出発した大くんジェイソンくんの二人連れですが、次はどこの町にたどり着くのでしょうね。​​
 ああ、今から新刊が楽しみですが、この第2巻7月5日発売ですから、まあ、半年後の12月くらいですよね。のんびり待つほかなさそうですね。


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最終更新日  2021.07.04 01:17:42
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2021.03.19
​​​​​​​​石塚真一「BlueGiantExplorer 2」(小学館)

​​​ 石塚真一「BlueGiantExplorer」(小学館)第2巻「ゆかいな仲間」ヤサイクン3月のマンガ便で届きました。​​​
​​​​​ 「BlueGiantExplorer」宮本大君のジャズ修業アメリカ編ですが、第1巻シアトルに上陸した宮本大君が、第2巻では、ホンダの中古車を手入れ、大陸横断の旅をスタートします。​​​​​
​​ オハイオ州ポートランドがアメリカ編の二つ目の舞台です。下の場面は、シアトルを出発した宮本大君が、ヒッチハイカーのジェイソン君を載せてポートランドに到着したシーンです。
​​

​​ ここまで、石塚真一「BlueGiant」を読んできましたが、何となく気づいたことがあります。​​
​​ このマンガは確かにジャズ・ミュージシャンとして、世界の頂点に立ちたいという少年の夢を描く、実に素朴な「ビルドゥングス・ロマン」なのですが、ここまで読者であるぼくを引っ張り続けてきたのは、宮本大自身のキャラクターや、音楽演奏の感動的な描き方も大切な要素なのですが、どうも、このマンガのいちばんの肝は、宮本大君が出会う脇役たちの描き方なのではないかということに思い当たったのです。​​
​ 少年マンガには、ある意味、常道ですが、主人公を成長させていく、他者として登場するライヴァルたちがいます。たとえば、「初めの一歩」にしろ、「あしたのジョー」にしろ、ボクシング・マンガがおもしろいのは戦う「相手」がいるからだということはすぐにわかるわけです。しかし、ミュージシャンの演奏の成長に「敵」はいるのでしょうか。​
​ かつて、石塚真一が描いた「岳」では、山が相手でした。技術的な成長以上に、山という「自然の厳しさ」が、ライヴァルとして立ちはだかり、それに向き合う主人公の「内面」の描き方がマンガを支えていたと思います。​
​ 「BlueGiant」でも、ここまで、「最高の音楽性」という高みを目指す主人公の描き方を「岳」とよく似ています。​
 しかし、音楽の「高み」は物差しで測ることが出来る「山」ではありません。新しく創り出し、新しく生まれるものです。人それぞれの「好き好き」を超えた「高み」はどうすれば描けるのでしょうか。
 で、石塚は「人」を描くことにしたのだというのが、ぼくが、ふと、気付いたことでした。そう思って読み進めると、音楽関係者ではない、印象的な登場人物が何人か登場します。
​​​ 上のシーンで登場したジェイソン君もその一人です。彼はスケート・ボードを楽しみ長旅を続ける、アメリカ文学でいう「ホーボー」と呼ぶべき流れ者ですが、彼との偶然の出会いは、宮本大に音楽の「外の世界」の広さを教えます。
​​

 この巻に出てくる、もう一人の、印象的な脇役は、ひょっとしたらヒロインになったかもと思わせるコーヒーショップの女性シェリル・ハントです。​
 毎朝一杯のコーヒーを飲むために立ち寄ったお店で出会った女性ですが、彼女の最後の言葉が素晴らしいのです。
​​​「私とアナタは、凄く違うんだね。」​​​
 ​​シェリルがいった言葉ですが、人と人の遠さを、互いの存在に対する敬意として描いた石塚真一をぼくは信用します。​​
​ 表紙の宮本大の眼差しも、厳しさを加えつつありますね。彼が、どこまで「少年」であり続けられるのか、ますます楽しみですね。







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最終更新日  2021.07.03 14:05:35
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2020.12.02
​​​​石塚真一「BlueGiant Explorer 1」(小学館)​


​​ 10月のマンガ便です。「ブルー・ジャイアント・アメリカ編」「BLUEGIANT EXPLORER(1)」(小学館)と銘打って始まりました。​​
​​ 表紙の宮本大君、顏が変わりましたね。彼は何年ヨーロッパにいたのでしょう。マンガ家の石塚真一は、彼に、明らかに成長した「新しい顔」を与えたようです。​​
​​​ 「ブルー・ジャイアント・ヨーロッパ編」では130回余りのライヴ演奏をカルテット「Dai・Miyamoto NUMBAR FIVE」でやり遂げ、様々な葛藤や壁を乗り越え、有名なジャズ・フェスティヴァルでの賞賛を勝ち得る結果を手に入れました。
 が、それが、たどり着いた栄光は、どこまでも前に進もうとする主人公にとっては、別れと新たな出発のときでした。で、アメリカ西海岸の街、シアトルに、またもや、一人でやって来ました。​​​

 一人でやって来て、とても超えられそうにない「山」に挑み続ける「青年」が石塚真一の描くマンガの共通した主人公のようです。まあ、だからこそ、同じ読者が読み続けるのだと思うのですが。

 シアトル郊外のレーニア国立公園のキャンプ場です。この大木こそが、宮本大君が新しく出会ったアメリカの象徴ですね。​
​​​​ 彼はこの町で、アメリカを横断するための自動車を手に入れるために、修理工場でアルバイトしますが、そこで出会ったのが、ロック・ギタリストのエディ・ドブソンでした。
 エディは、みずからのギタリストとしての将来をかけて、宮本大をゲストとして舞台にあげ、リード・ギターとテナー・サックスで共演し、宮本大に最初に敗れるアメリカのミュージシャンになります。​​​​


​​​ シアトルの宮本大が、アメリカで最初に挑んだのは、ジャズのプレイヤーではなくロックのギターでした。それが、アメリカだということでしょうが、臆することなく挑んだDai・Miyamotoは、自動車修理工場のメカニックとして、今もシアトルで生活するエディ・ドブソンの心の中に生き続けます。​​​
 マンガは、​宮本大​がアメリカで出会い、音楽を通じて友達になった人々の回想として綴られているようです。

 シアトルを出発する主人公ですが、次はどの町で、どんな出会いが待っているのでしょうね。


追記2020・12・01
「ブルージャイアント」​(第1部)​・​(第2部)8巻​・10巻​・​11巻​の感想はここをクリックして、覗いてみてください。



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最終更新日  2021.05.24 00:35:43
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2020.12.01
​​石塚真一「BlueGiant Supreme 11」(小学館)


​ 10月のマンガ便で届きました。「ブルージャイアント ヨーロッパ編」最終巻です。​
​​​ 仙台の広瀬川の堤防で、初めて手にしたテナー・サックスの練習に夢中だった、高校生宮本大くんが、ヨーロッパに渡り、そこで出会った3人のミュージシャンとマネージャーのガブで結成したカルテット「DaiMiyamoto NUMBAR FIVE」の成長の物語でした。
​​​ 
​​​​小柄なドイツ人女性ベーシスト、ハンナ・ペータース。神経質なポーランド人で、正確でストイックなピアニスト、ブルーノ・カミンスキー。いかにもフランス人らしく、「音楽の自由」を体現しているドラマー、ラファエル・ボヌー。そしてアジアからやって来たテナー・サキサフォン奏者宮本大が、ヨーロッパの北の果ての街、ノルウェーのモーシェーンまでやってきて、ヨーロッパ最後のライヴに挑みます。​​​​
​​ 133回目の、このライヴで、宮本大君「サンキュー、ヨーロッパ!」の言葉をのこして、ジャズの聖地、アメリカに向けて旅立つわけです。​​
​​ ここまでに、作者石塚真一の手によって描かれているのは、「DaiMiyamoto NUMBAR FIVE」カルテットが、ヨーロッパでたどり着いた、音楽のすばらしさが、国境や性別、個々の嗜好を越えて結実していくという、ビルドゥングスの物語の、ひとつの頂点だった思いました。​​
​​​​​ こういう、台詞なしの演奏シーンのすばらしさがぼくは好きですが、「オレは行くんだ。」という叫びが、ページいっぱいに響いてくるこのシーンを書いたからには、石塚真一もまた、宮本大君とともにアメリカで苦労するほかないのではないでしょうか。​​​
 すでに「BlueGiant  EXPLORER 1」は発売されています。ニュー・ヨークではなく、東海岸の町シアトルに上陸した宮本大君ですが、彼に、どんな物語が待ち受けているのか、ホント、楽しみですね。
追記2020・12・01
「ブルージャイアント」​(第1部)​・​(第2部)8巻​・10巻​の感想はここをクリックして、覗いてみてください。

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最終更新日  2021.05.24 01:09:09
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2020.03.20
​​​​​ 石塚真一「BLUE GIANT SUPREME 10」(小学館)


 10巻は「ダイ・ミヤモト ナンバーファイブ」がノーザンプトン・ロックフェスティバルに挑みます。野外に集まるロック・ファンの大観衆相手にジャズ・カルテットが通用するのか、というわけですが、そこは、まあ、マンガというか、当然、いかに通用し、いかなるドラマが起こるのかというのが第10巻の読みどころということです。
 なかなか良かったですね。石塚真一は音楽のマンガ化に、だから「音」をどうやって「絵」に書くかということに挑んでいると思うのですが、この巻の第75話「SPECTRUM」はステージのシーンですが、吹き出しが一カ所しか使われません。


 客席から投げ入れられたプラスチックのカップがダイの頭にあたるシーンから24ページにわたって、演奏シーンは「絵」だけで構成されています。「音」は読み手にお任せです。
 ちなみに、このページには三人のメンバーの顔が出ているので、紹介すると、左からピアにストのブルーノ、ベースのハンナ、ドラマーのラファエルです。


 これが演奏シーン。演奏者から「音」が噴出して、観客に降り注ぎます。でも、飽きない理由は客たちのエピソードの書き込みです。子供が「音」に気付いて指さしている先にハンナの演奏があります。


 歓声に包まれる演奏シーンで、次の話にうつります。10巻の読みどころはもう一つありました。
ロック・フェスティバルでの成功の結果、主人公の宮本大だけでなく、他のメンバーたちの、覚悟と成長が描かれるシーンです。
 たとえばこのシーンです。


 家族から、そして誰よりも母からクラッシックの演奏家になることを期待されていたハンナが、ジャズのベーシストになる決意を描いたシーンだと思いました。
 ジャズというジャンルに対する石塚真一の、並々ならぬ思い入れがあふれるトーンで物語が描かれて行きます。11巻が楽しみですね。

追記2020・03・19

 第9巻の感想を書いたと思っていましたが、どうも書き忘れているようです。「ブルー・ジャイアント(全10巻)」「ブルー・ジャイアント・シュープリーム」​(8)の感想は書いているようです。こちらから行ってみてください。

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最終更新日  2021.05.25 12:22:28
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2019.07.12
​​​ 石塚真一「BLUE GIANT SUPREME 8」(小学館)
​​
​​​​​​​​​「ヤサイクン」のマンガ便、​石塚真一​​「BLUE GIANT SUPREME 8」(小学館)​をが届きました。​​​​
 ヨーロッパの若いミュージシャンと競うように腕を磨く、​宮本大​。8巻の前半は、同じ21歳。おなじ、テナー・サックスプレイヤー、​アーネスト・ハーグリーブス​との出会い。格段に優れたテクニックとセンスの持ち主「アーニー」と対決した「大」。 彼はこんなふうに、さらなる戦いを挑む。​​​


 読みはじめた頃、彼は中学生だった。21歳になった彼は「少年の心」を捨てず、世界に挑んでいる。
 ちょっと、グッときた。
​ 「音楽を絵にする。」​石塚真一​が、このマンガで挑んでいるのはきっとそこだと思う。さて、それは可能なのだろうか?
 8巻の最後の20数頁には、「フキダシ」がない。そのまま、8巻は終わる。それが、石塚の挑戦だと思った。果たして、うまくいっているかどうか。


​ マンガが、映像化してくる。一コマ一コマが、イメージの中で立体を作り上げていく。「無音の絵」が表情と音を持ち始める。見ていて話が分かる。
 ​「なんだ、これは?!」​​ 
 驚きの8巻だった。
 でもこれって、次はどうするの?って思うわけで、際限のない挑戦かもしれない。

追記2020・03・03

「BLUE GIANT(全10巻)」(小学館)​・それから「BLUE GIANT SUPREME (10)」の感想はこちらからどうぞ。


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最終更新日  2021.05.25 12:21:32
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2019.05.03
​​​​​ 石塚真一「岳 (全18巻)」(BIGCOMICS)
 ​​​​​​​​2018年の夏の終わりころの日曜日の夜。
 もう、おなじみ、我が家のゆかいな仲間の一人「ヤサイクン」が段ボール箱を抱えてやってきた。​​

「はい、これ。」
​「なに?あっ、『岳』やん、どうしたん?持ってないっていうとったやん。」​
「買ってん。読んだことないゆうてたやろ。」
「ヤサイクンも読み直してんの?」
「うん。風呂でな。」
「ご飯は?チビラちゃんたちはどうしてんの?コユちゃんは帰ってきた?キャンプ行ってたんやろ。面白かったゆうてた?一緒に来んかったん?」
「ああ、たべた。『お祭りや、お祭りや』ゆうて三人そろって出ていった、岩屋公園。コユが帰ってきたから、元気復活や、ふたりとも。留守の間、ちょっと静かやってんけどな。」
「須磨スイ、行っとったんやろ、昨日。写真来てたやん。」
「今日は夏祭り?盆踊りか?」
「岩屋公園てどこらへんやの?」
「西灘駅、阪神の海側、ちょっと西側やんな。通りかかったことあるで。」
「アーちゃんがついていってんの?」
​「うん、そう。家からもすぐやし。これ、やっぱ、エエで。全巻泣ける。」​
(註:コユちゃん=チビラ1号・アーちゃん=チビラ軍団のママ)
     

 ​2008年小学館漫画賞「岳」全18巻。​
 10年前の作品だ。読みはじめたら、やめられなくなった。ただ、10巻にたどり着くころから、どうやって終わらせるのか気になり始めた。
 最近のぼくの目は、続けて文字を読み続けるのが、なかなか難しい。カスミ目というのか、乱視というのか、ピントが合わなくなって、強烈に眠くなる。作品の内容とは関係ない。液晶の画面の見過ぎという説もある。そうだろうなとも思う。しかし、不便なことだ。Astigmatic bearと名乗ってきた結果、文字通り、その通りになってきたのだから、しようがない。
​ しっかり泣けた。落語に人情噺というのがあるが、あれと似ている。ただ、物語を支えているのが「山」だ。​
 いっとき流行った「構造分析」的批評をやりたい人には、こういうマンガはうってつけの対象なのだろうと思った。「山」なんて神話作用を描くにはもってこいの素材だろう。
 16巻まで続く日々の描写は読者を飽きさせない。「山」の高さとすそ野の広さがマンガを支えている。北アルプス連山に対して、読者が持っている「神話」的イメージの多様性、美しさ、恐ろしさ、苦しさ、楽しさに対して、一話完結的にマンガ家が絵付き物語を与えていく。読者は一話ごとの小さな違いに納得し、泣き、笑い、ほっとすることができる。しかし、やがてマンネリに陥るに違いない。
 マンネリを打ち破るために作者が用意したのは「新たな高い山」。より高い山を求めた主人公は、残念ながら元の山に戻ってくることはできない。神話化の次元をあげれば、もとの神話の場所は、ただの生活の場所になるほかない。
 「山」の物語は時を経て、山の人、岳がいなくなった、北アルプスの現場で同じように繰り返しているように描かれるが、新しい神話は生まれない。すべてが後日談となるほかないからだ。作者はそれをよく知っていて、マンガはそこで終わりを迎える。傑作マンガだと思った。
(S)2018/08/23

​追記 2019・05・03​
​​​​「山」を印象的に描いているマンガには、名作「海街ダイアリー」もある。最終巻の山をめぐる恋人や、友人たちの思い、恋人の山からの帰還は、行き先が「山」でないと成り立たない感動だった。
 最近見た「モンテ」という映画も「山」だった。パオロ・コニュッティ「帰れない山」​という小説も、「山」でこそのリアリティ。
「岳」石塚真一さんは、きっと、山を知っている人なんだと思わせる描写が、知らないボクには感動的だったし、記憶にも残っているが、途中からの予感通り、やはり主人公の「死」で終るしかないのか、というのが後まで残った。​​​​​








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最終更新日  2021.05.29 14:45:25
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2019.05.02
​​​​​​​​​​石塚真一「BLUE GIANT全10巻」(小学館)​
     
2018年夏。
「ヤサイクン」の運んできた断捨離「段ボール」のなかにあった、全十巻の単行本マンガ。
「この人知らんな。」
『岳』かいた人や。」
「それも知らん。椎名誠とはちゃうんやろ。」
「ちやう。それは『岳物語』やろ。マンガであんねん。山の話や。これはジャズぼはなしや。」
「はあー?あんた、ジャズとか知ってるの?」

 読んで驚いた。不思議なことに、とにかく涙が出て止まらない。音楽の話だから?少年の成長物語だから?そうかもしれない。
 もっとも、「ヤサイクン」が持ってくるマンガの大半はいわゆるビルドゥングスロマンだから、どれを読んでも泣きっぱなしかというと、必ずしもそうともいえない。

 老化のせいか。ここのところ、すぐに感極まる傾向があることは、たしかだから、そのせいかもしれない。念のために、ネットで検索してみると、若い読者も泣いてるようだ。うーん、若者でも、老人でも泣けるマンガか。
 15歳の少年がジャズという音楽の中に「ほんとうのこと」があることに、偶然、気づく。彼はそれを手に入れるために、来る日も来る日も楽器を吹きつづける。
 彼が信じた「ほんとうのこと」は、社会が少年たちに求めていることと、微妙に違うことであるらしい。家族も、先生も、友達も、彼が求めている「ほんとうのこと」を理解できているわけではない。少年は、一人で旅立っていくのだが、「ほんとうのこと」がどこにあるのかは、知らない。
 マンガを読みながら、唐突に、こんな言葉を思い出した。
 ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせるだろうという妄想によって ぼくは廃人であるそうだ おうこの夕ぐれ時の街の風景は 無数の休暇でたてこんでいる 街は喧噪と無関心によってぼくの友である 苦悩の広場はぼくがひとりで地ならしをして ちょうどぼくがはいるにふさわしいビルディングを建てよう 
​​​​​ 詩人の吉本隆明「転移のための10篇」という詩集の中にある「廃人の歌」の一節だ。​​
 吉本の真実は「全世界を凍らせる」のだが、少年の演奏は「全世界の心揺さぶる」はずだ。しかし、「この国」という狭い世界ではなく、全世界という、口に出して言ってしまうと、ほとんど妄想と受け取られかねない世界。それを信じた人間は、いずれにしても社会からは「廃人」と呼ばれ、「不毛の国の花々」や「ぼくの愛した女たち 」と別れていくほかないのかもしれない。
 ​第二部「BLUE GIANT SUPREME」で少年は世界に飛び出していく。彼は「ほんとうのこと」を手に入れることが出来るのだろうか。​   2018年7月  
 
   
                                                              
​追記2019年5月 ​
​ 先日「BLUE GIANT SUPREME 第7巻」(小学館)がヤサイクンのマンガ便で届いた。最新刊だ。​
 主人公宮本大はいやおうなく「大人」になり、ヨーロッパのステージで「ほんとうの音楽」を追いつづけている。しかし、第二部を構成するプロットの特徴は、夢を追うヒーローとしての主人公を群像化しているところだ。それが第一部との大きな違いではないだろうか。彼自身が率いている「NUMBER FIVE」というカルテットのメンバー一人、一人が入念に描かれている。当然、読者は「マンガ」を複雑で読みにくい印象でとらえることになるのだろうが、世界に出て行った主人公のリアリティーは、これでないと維持できない。「世界で通用する音」を求めることは、「世界」においては当たり前なのだから。
​​ むしろ、作家、石塚真一こそが、正念場に差し掛かっているというのがぼくの、率直な印象だ。「この国」ではない「世界」をどう描くのか。たとえそれがマンガであったとしてもだ。ぼくは、そこに興味を惹かれ読み続けている。石塚君の健闘を祈りながら。
追記2020・03・03
「BLUE GIANT SUPREME 第8巻」​・「第10巻」感想は、それぞれこちらからどうぞ。​

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最終更新日  2021.05.24 00:36:22
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