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ゴジラ老人シマクマ君の日々

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演劇「ナショナルシアターライブ」でお昼寝

2020.11.26
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​​​​​ナショナル・シアター・ライヴ 2020
​ノエル・カワード「プレゼント・ラフター」神戸アート・ヴィレッジ​


​​​ 久しぶりのナショナル・シアター・ライヴでした。ノエル・カワードという人の「プレゼント・ラフター」というお芝居でした。
 「さあ、ここで笑って!」とでもいう意味なのでしょうか。正真正銘の「喜劇」なのです。
 登場人物相互の愛憎関係といい、女優になりがっている女性の登場といい、脚本家志望の「狂気」の青年といい、まごう方なきの喜劇で、英語がわからないぼくでも笑えるつくりでした。
 なのですが、最後の最後には、ちょっと物悲しいというか、ギャリー・エッセンダインという、真ん中に立ち続ける、最悪な男のありさまが他人ごとじゃないと、65を過ぎた老人に思わせるのですから大したものでした。​​​

 つくづく、英語ができたら、もっと面白いだろうなあ、と思うのはいつものことですが、俳優たちの「存在感」に揺らぎがない「空気」で見せる舞台は、やはりレベルが高いのでしょうね。

        ​映画.com

​​ 写真はギャリーと離婚(?)しているにもかかわらず、「仕事のためよ」とかいいながら、ちっとも出て行かない別れた妻リズとの、にらみ合いですが、お芝居全部が、このにらみ合いの中で展開していたようです。これはこれで、かなり笑えるシーンなのですが、ホント、夫婦って何なんでしょうね。​​


演出 マシュー・ウォーカス
作 ノエル・カワード
キャスト
アンドリュー・スコット
インディラ・バルマ
エンゾ・シレンティ
キティ・アーチャー
ソフィー・トンプソン
2019年・180分・イギリス
原題:National Theatre Live「Present Laughter」
2020・11・16神戸アート・ヴィレッジ
​​​追記2020・11・26
​ これで、神戸でのナショナルシアター2020のプログラムは終了なのですが、「真夏の夜の夢」を見損ねたが、返す返すも残念でした。プログラムの日程を度忘れしていて、一週間も気付かなかったことにショックを受けています。​
 物忘れがひどくなっていて、ちょっとヤバいんじゃないか、不安になっています。

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最終更新日  2020.11.28 00:24:49
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2020.08.24
ナショナル・シアター・ライヴ 2020
アンドレア・レビ「スモール・アイランド」神戸アートヴィレッジ 


​​​ 第2次世界大戦から1948年にかけてのイギリスを舞台に、英語教員になる夢を抱いて植民地ジャマイカから宗主国イギリスに旅立つ女性ホーテンスと弁護士を目指す男性ギルバートという二人の若者と、リンカンシャーの「農民社会」のしがらみから逃れたい一心で、「紳士」である銀行員の男性と結婚した、牛飼いの農民の娘である女性クイニー3人の苦難の人生の物語でした。​​​

 ジャマイカという国は、ボルトとかパウエルという陸上競技のスプリンターか、ボブ・マーリーのレゲエという音楽のイメージしかありませんでしたが、1961年に独立を果たすまで、イギリスの植民地国家であり、先住民たちは絶滅し、奴隷として「移入」されたアフリカ系の「黒人」が90%以上を占める社会だそうです。
​​​ 「スモール・アイランド」という題名は、まず、二人の若者が生まれ育った「ジャマイカ」というカリブ海の島を指すのですが、やがて、彼らが憧れた「イギリス」本国をも指していることが明らかになります。​​​
​ 最後に、このお芝居を見終わった人たちは、己の所属する「階級」や「人種」を「常識」として、「他者」を排斥することで、一見、平穏な生活を送っているこの「場所」こそが、「スモール・アイランド」と名指されていることに気付くことになります。
​​​ リア・ハーベイ​ガーシュウィン・ユースタシュ・Jr.が演じるジャマイカからの移民の二人の熱演も素晴らしいのですが、エイズリング・ロフタスの演じるクイニーの大胆で、コミカルな演技が印象に残りました。なにせ、舞台上で赤ちゃんを産み落とすのですからね。​​​
 このお芝居でも、印象に残ったのは「音楽」でした。おそらく、ジャマイカの民俗音楽なのでしょうね、中米風なエキゾチズムもありますが、舞台のテンポとムードによくマッチしていました。
 ブレイディ・みかこの著作や、映画「レ・ミゼラブル」が活写するヨーロッパの伝統社会の「歪み」に鋭く切り込みながら、「人間」の存在の「肯定性」を美しく描いているこういうお芝居が上演されている、ヨーロッパ文化の分厚さをつくづく感じた舞台でした。

  演出 ルーファス・ノリス
  作  アンドレア・レビ
  翻案 ヘレン・エドムンドソン
  キャスト
     リア・ハーベイ(ホーテンス)
     エイズリング・ロフタス(クイニー)
     ガーシュウィン・ユースタシュ・Jr.(ギルバート)
  2019年・207分・イギリス 原題「 Small Island
  20200817・神戸アートヴィレッジセンター

追記2020・08・23

​ブレイディ・みかこの​「子どもたちの階級闘争」​(みすず書房)・​「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」​(新潮社​)、ラジ・リの映画​「レ・ミゼラブル」​の感想はこちらからどうぞ。 ​​

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最終更新日  2020.08.27 09:23:11
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2020.08.20
ナショナル・シアター・ライヴ 2020
​​ステファノ・マッシーニ作「リーマン・トリロジー」神戸アートヴィレッジ 
 新コロちゃん騒ぎでプログラムが変わって、漸く上映になった評判の作品「リーマン・トリロジー」神戸アートヴィレッジセンターで見ました。​
 平日ですが、お盆休暇に入っているのかもしれません、221分の上映時間ですから、ちょっと覚悟がいるのですが、アートヴィレッジにしては客席が埋まっていました。まあ、十数人というところですが。
​ 演出がサム・メンデスという人です。最近、この人が監督した映画を見ました。今年(​2020年)の3月に公開された1917-命をかけた伝令」ですね。お芝居を見るのは初めてです。
 構成、舞台装置、音響、俳優たちの演技、すべて新しいアイデアにあふれていました。見ごたえのある舞台だったと思います。でも、ぼくは少々眠かったのですね
 1840​​​年代、ドイツからユダヤ系の移民としてヘンリーがニュー・ヨークにやって来ます。次いで弟のフィリップ、末っ子の​マイヤー​。​​            ​映画.com
​​​​​​​ 最初にやって来たヘンリー・リーマンサイモン・ラッセル・ビールが演じています。写真の前列左の小男です。二人目のフィリップベン・マイルズが演じていて、後ろの長身です。三人目のマイヤーアダム・ゴドリー。前列の暗い表情の男です。
 アダム・ゴドリーは初めて見るかなと思いますが、残りの二人は知っていました。​​​​​​​

​​​​​サイモン「リチャード2世」をナショナルシアターで見ました。鬼気迫るというか、これぞ役者という演技でした。ベン・マイルズは最近見た「ジョーンの秘密」で息子のニックだった人です。表情を動かすことなく、困惑からいたわりへと変わった心の表現が見事でした。
 それから、この舞台では俳優もなのですが、舞台袖でピアノを弾いているピアニストが印象に残りました。お名前はわからないのですが、ソロのピアノが、効果音というよりも場面の展開や導入にとてもいい役割を演じているのです。​​
 さて、見るからに芸達者な、この三人が、兄弟たち、息子たち、そして孫に至るまで、「リーマン家の人々」150年を演じます。
 なるほど、大したものだと納得させながら、舞台が進行してゆき、「納得」は「驚き」に変わります。
 彼らが演じるのは「リーマン家の人々」だけではありませんでした。この150年、アメリカで生きたすべての人間、あどけない赤ん坊も、夢見る少年も、恋する乙女も、自殺する銀行員も、みんなこの三人で演じて見せるのです。
 衣装を変えるわけでも、小道具で説明するわけでもありません三人は「リーマン・ブラザーズ」として仕事を始めた当時の、フロック・コート姿のままです。

             ​映画.com
 舞台にしつらえられた装置は大きなガラスの箱です。摩天楼のオフィスを彷彿とさせますが、波止場もアラバマの事務所もすべてこの中にありました。三人の俳優はこの箱の中で、生き替わり、死に替わりしてゆく人間になり替わり、「アメリカの夢」を語り続けるのです。
 箱の奥のスクリーンには時代を象徴する様々な映像が光の錯覚のように映し出され、ガラス状の箱の素材に反射します。
 南北戦争、世界恐慌、そして林立するニューヨークのビルディング、映像と抽象的な舞台装置が「場所」と「時間」をイメージさせる演出は、劇場で見てみたいパノラマです。
 箱の中には、多分、段ボールなのでしょう。いくつもの小箱があって、それが「鞄」から「聳え立つビルディング」さえも表現する小道具になっています。その扱いのスムーズさが見事です。
 物語はドイツから渡ってきた、貧しいユダヤ人の三兄弟がアラバマで「綿花」の仲買商をはじめるところから綱渡りがスタートします。
 1840年頃のヨーロッパ、マルクスがエンゲルスと会った頃のドイツからやって来て、新天地アメリカのアラバマ、奴隷制度に支えられた「南部」農業地帯で生産される「商品=綿」を「北部」の工業地帯に売りさばく「交換過程」の中に莫大な利益が潜んでいることを発見したリーマン・ブラザーズが、やがて世界有数の投資信託銀行へと成長するという「アメリカン・ドリーム」の物語でした。

             ​ナショナルシアター公式ページ
​ 夢の綱渡りを支え続ける合言葉はTrust me!(私を信じてください)」でした。三代にわたる「リーマン家の人々」の成功、150年の間信じられ続けてきた「アメリカの夢」、「資本主義の不滅神話」がある日、突然、崩壊し、舞台の幕は降ろされました。​​
​​​ Trust me!という魔法のことばが、魔法を失う日に、「リーマン・ブラザーズ」という会社には「リーマン家の人々」は、ただの一人もいませんでした。Trust me!を「信用」して綱から落ちた人々は、一体何を信じていたのでしょう。​​​
 最後の最後になって、舞台の上には「ガラスの箱」を見あげる大群衆が登場するというアイロニーにみちた終幕でしたが、彼らが何者で、彼らが見ていたのはいったい何だったのか。
 しかし、延々と語り続けられる「叙事詩」にも似たセリフの洪水は、英語のできないぼくのような観客には少々つらい舞台でした。それにしても三人の役者と、軽やかなピアノには感心しました。
 演出 サム・メンデス
 作  ステファノ・マッシーニ
 翻案 ベン・パワー
 キャスト
   アダム・ゴドリー
   サイモン・ラッセル・ビール
   ベン・マイルズ
 2019年・210分・イギリス・ピカデリー劇場
 原題「The Lehman Trilogy」(リーマン三部作)
 20200812神戸アートヴィレッジ


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最終更新日  2020.08.27 09:43:58
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2020.07.01
​​​​ビッキー・ジョーンズ「フリーバッグ」神戸アート・ヴィレッジ​

 

 
 一昨年くらいから公開されたプロブラムを欠かさず見ていた「ナショナルシアターライヴ」だったのですが、これまた新コロちゃん騒ぎでストップしていました。神戸では、アート・ヴィレッジが上映してくれていたのですが・・・・。
 そのアート・ヴィレッジが再開して、6月のプログラムに入っていたのがこれです。
 先日もやって来たのですが、今日は受付にある体温県の仕組みを見せてもらいました。ちょっと小型ですね。裏側に液晶の画面があって肖像がうつります。一緒に温度も測れるそうです。

 さて、ナショナルシアターです。今日は
フィービー・​​​ウォーラー=ブリッジという女優さんの「一人芝居」「フリーバッグ」です。​​​イギリスではBBCで、テレビドラマ化していて、人気番組なのだそうです。テレビでも主演はフィービー・​​​ウォーラー=ブリッジらしいですが、一人芝居は舞台の場合だけのようです。
 始まりました。舞台の中央に椅子があって、女優さんが座って喋りはじめました。どこかの会社の入社面接のようです。

        
映画.com

 こんな感じです。途中、何度か椅子から降りて、床に立つこともありますが、ほぼ、座ったままでしゃべり続けます。場面転換は「セリフ」と「間」で変わりますが、そのあたりの話術はちょっとしたもので、英語がわからないぼくにも理解できます。
 ただ、一人芝居ということで、しゃべり続けられる英語に、ことばが理解できないぼくにはやはり「眠気」がやって来ました。性的なスラングが連発され、場面としてもかなり怪しげなシーンが演じられますが「眠気」は去りませんでした。もしも、自宅で横になって観ていたりすれば確実に寝てしまっていたと思います。
 ちなみに「Fleabag(フリーバッグ)」の「Flea」は「蚤」のことで、「みすぼらしい人、ボロ宿、ノミのたかった動物」という意味なのだそうです。「フリーマーケットflea market」を「蚤の市」と訳しますが、あれも「蚤」なのですね。知りませんでした。
 で、芝居で主人公が「フリーバッグ」なのは何故かという問題の答えは、ちょっと難しいですね。案外、彼女を取り巻く「世界」こそが「フリーバッグ」かもしれません。

​ 所謂「ウェルメイド・プレイ」(well-made play)と総称されるタイプのお芝居で、オチもちゃんとあります。三谷幸喜という人のテレビ番組みたいな感じですね。(あんまり見たことはありませんが。)舞台に充満している嘘くささの中から、奇妙なリアリティを醸し出す女優さんの力量も大したものだと思いました。
 大昔の話ですが、ボブ・フォッシーの撮った「レニー・ブルース」という映画を思い出しました。スタンダップ・コメディアンを描いた、あの映画の主人公は悲惨な最後を遂げるわけですが、このドラマの「悲惨」な主人公を演じているフィービー・​​​ウォーラー=ブリッジは、とても「健全な人」だと思いました。演じている人の批評的ポジションは案外「上から目線」な印象でした。ぼくがウェルメイド・プレイ」だというのはそういう理由ですね。
 
というわけで、最後のセリフは、予想通り「Fuck!」でした。イギリスのお客さんは爆笑でしたよ。もちろんボクも笑いました。

演出 ビッキー・ジョーンズ
作 フィービー・ウォーラー=ブリッジ
キャスト

  フィービー・ウォーラー=ブリッジ
2019年・88分・R15+・イギリス
原題「 Fleabag」
2020・06・26神戸アート・ヴィレッジ・センター

 当日のポスターはこれです。

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最終更新日  2020.07.01 02:01:56
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2020.01.06
​​​​​​ジョセフ・L・マンキウィッツ「イヴの総て」ナショナル・シアター・ライヴ 2019​


​ 学生時代から、足掛け40年、「お芝居」とか、「映画」とか、自分ではもう読まないとか言ってますが「小説」とか、「あれ、面白いよ。」と声をかけ続けてくれているおにーさんがいます。通称「イリグチ」君。​
​「ああ、シマクマ君?ナショナル・シアター見に行きましょか?」​
「うん、行くつもりやってんけど、じゃあ会場でね。」
​やって来たのが神戸アートヴィレッジ。演目は「イヴのすべて」。​

​ ​原作はジョセフ・L​・マンキウィッツ​という監督の映画ですね。マンキウィッツという監督はエリザベス・テーラーが主演した「クレオパトラ」とか、カーク・ダグラスとかが出ていた「大脱走」とか撮った人です。
 この芝居は、1950年公開で、その年のアカデミー賞を受賞した映画「イヴのすべて」の劇場版です。​

 劇中​​大女優「マーゴ」を演じているのはジリアン・アンダーソン。彼女に寄生虫のように取り付いて、やがてその地位を手に入れるであろう若き女優の卵「イヴ」を演じるのはリリー・ジェームス。演出は​​イヴォ・ヴァン・ホーヴェ
 映画が始まって、しばらくして、思い出しました。主演のジリアン・アンダーソン「欲望という電車」の主人公ブランチ・デュボアを演じていた女優さんですね。あのお芝居での、この女優さんは微妙な表情の変化が印象的だったんですが、今回もその演技には堪能しました。
 演出は舞台の進行と映像を組み合わせる斬新(?)ものでしたが、果たしてうまくいっていたのかどうか、判定は難しいでしょうね。
 その場に、つまりは見えている舞台上に、今いない人物の行動をカメラが追うんですね。ドアの向こうに消えた人物がそこで何をしているのかを、観客に見せるわけです。
 映画では当たり前ですが、お芝居でのこの演出は見ている人によって感想が変わるでしょうね。ぼくはいかにも「映画」のリメイクの舞台だなあと思いながら、何だか、舞台で見るお芝居としては「五月蠅い」ものを感じました。
 映画が終わって、新開地の商店街を歩いていると「イリグチ」君が、しゃべり始めました。
「ナショナルシアターゆうてもな、やっぱり玉石混交やねん。あんな、チェーホフの芝居で木い切る音は聞こえてくるけど、切ってるとこ見せたりせえへんやろ。」
「あの映像のこと?」
「うん、あれはあかんなあ。」
「わかりやすいいう面もあるんちゃうかな?」
​「うーん、お芝居としてはどうかな?ぼくは納得できまへんな。」​
 いろんなジャンルで、「わかりやすさ」が「おもしろい」につながる傾向があります。感想も言いやすい。学校図書館の司書さんや本屋の店員さん、その結果なのか出版社のキャッチ・コピーもが「泣ける本」、「怖い本」、「すぐに・・・できる」という具合で、「わかりやすさ」が氾濫しています。
 「これはちょっとおかしいぞ。」
 そういう視点は、やはり大切なのではないでしょうか。60年以上も前の映画が舞台になって甦るときに、今という時代の「病理」が、その方法において浮き彫りになっているというのは、なかなか興味深いと思いました。
​​

​​
 ​作  ジョセフ・L・マンキウィッツ

 演出 イヴォ・ヴァン・ホーヴェ

 キャスト 
    ジリアン・アンダーソン

    リリー・ジェームズ

 原題「All About Eve」 上演劇場「Noel Coward Theatre(ロンドン)」 

 収録日「2019411
 2019・12・14アート・ヴィレッジ

追記2020・01・07
​​ 
​同じナショナルシアターライブにシリーズ「欲望という名の電車」の感想はここをクリックしてください。

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最終更新日  2020.10.31 11:25:04
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2019.08.30
​​​   ​アラン・ベネット「アレルヤAllelujah!」​

​​​​​​​​ 久々のナショナルシアターライブ。今回は、以前見た「The Madness of George III」、邦題が「英国万歳」アラン・ベネットの現代劇「アレルヤ」
 これが、「さすがナショナルシアターライヴ!」とうならせるお芝居だった。題名からの想像は、キリスト教の国の宗教に対する風刺かなんぞであろう、とたかをくくっていたのだが、大違い。れっきとした現代社会風刺のブラックコメディ。まあ、コメディと言えるかどうかは、かなりきわどいのだけれど、ブラックであることは間違いない。
 舞台は、後期高齢者、および、要介護高齢者で、かつ治療行為が必要な老人たちの入院病棟。
 登場人物たちは医者や看護師及び、その他の病院関係者、病人の家族以外はすべて老人。演じる役者も、当然老人。この老人の俳優たちが素晴らしい。英国の観客たちはテレビや映画でおなじみの老優たちの快演、いや怪演か?に大喜びの様子だが、そんなことは全く知らない、ぼくのような客でさえ、思わず拍手したくなるような「名演技」。
 一人で歌う歌、二人で踊るダンス、コーラス、集団のダンス。どれも素晴らしい。テンポとかリズム。車いすの老人が踊り始める楽しさ。痴呆ではないかと疑われている老婆が、朗々と歌うアリア。お芝居の流れとぴったりマッチしていて不自然がない。何しろ老優たちのダンスの動きをする身のこなしが、無理がなくてスマート。
 「英国万歳」
(クリックしてみてください)でも「王」の病気と権力への欲望との絡みが、筋運びの大きな要素だったのだが、この芝居も「老人」という身体的、社会的弱者と政治家や家族、医療従事者という社会的強者の絡みが現代社会の実相として描かれていて、ベテラン看護婦がベッドを確保するために、をあらわにする「お漏らし」した老人を処分していくというサスペンスは、他人ごとではないリアリティーを持っている。
 最後に処分される男性と処分する看護士が、二人でダンスをするシーンは、この社会に「生存」している人間の哀しさを露わにしてしまうのだが、「クローン」の哀しさを小説化したカズオイシグロ​​「わたしを離さないで」(早川文庫)​​
(クリックりてみてください)に通じる深さを感じさせるものだった。
 この芝居を「アレルヤ」、「主をたたえよ」と題したアラン・ベネットも、明るく軽快な演出のニコラス・ハイトナーも、ただ者ではないと納得した舞台だった。​​​​​​​

作 アラン・ベネット

演出 ニコラス・ハイトナー

出演 サミュエル・バーネット
   サーシャ・ダワン
   ピーター・フォーブス

ほか多数

原題「Allelujah!」 上演劇場:ブリッジ・シアター(ロンドン)

収録日:2018/9/20(公開は2019/11/1) 2時間45分 2019・8・13


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最終更新日  2020.10.12 10:36:52
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2019.07.25
​ ​「 King Lear」デューク・オブ・ヨークス劇場


​​ 今回のナショナル・シアター・ライブはシェークスピア「リア王」。四大悲劇の一つなんだそうですが、ぼくでもあらすじは知っていました。しかし、「そして誰もいなくなってしまう」終幕へ向けて、延々4時間の舞台だということは知りませんでした。その舞台で、ほとんど、出ずっぱりの「リア」を演じる俳優は、イアン・マッケランという名優なんですが、なんと80歳を越えている人なんですね。​​
​​​ 2018年秋、ナショナルシアターライブで見た『誰もいない国』でパトリック・スチュアートという、これまたジーさんと、なんというか「ふしぎな狂気」に満ちた舞台で共演している姿を初めて見て印象深かったのですが、今回、二度目の出会いで圧倒されました。
 「すごい!マッケランって、すごい!」
 またまた、おバカな感想を書いていますが、延々と、わかりもしない英語のセリフを追いかけてきて、ほとんど最後のシーン。「リア」が、死んだ「コーデリア」のからだを抱えて泣き叫ぶのですが、一緒になって泣いているぼくは、いったい何者だったのでしょうね。
 千両役者なんていう言葉がありましたね、イギリスではこういう役者のことをなんていうのでしょう。
 まだ、十代の頃、大好きだった​「ピンク・フロイド」​というロック・バンドがありました。彼らに「One Of These Days」という原題なのですが、「おせっかい」というアルバムに「吹けよ風、呼べよ嵐」をいう曲名で収録されている名曲があります。悪役プロレスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーのテーマで有名になった曲ですが、ぼくはこの曲が「リア王」の嵐の場面から作られたと信じていました。
 ​「One of these days, I'm going to cut you into little pieces(いつの日か、お前を細切れにしてやる)」​​

 これが、曲の中の唯一のセリフ、歌詞とは言えません、なのですが、こんなセリフは「リア王」にはなかったようでした。どうも、ぼくの思い込みだったようですね。
 はははは。
 それにしても、イギリスの人たちは、今でも「リア王」とか大好きなんですよね。俳優も観客もいい雰囲気作ってますね。うらやましい限りです。
​​​​
 演出 ジョナサン・マンビィ
 作 ウィリアム・シェイクスピア
 キャスト
    イアン・マッケラン
​ 原題「 King Lear」 映画製作年 2018年 イギリス 229分  
 上演 デューク・オブ・ヨークス劇場 2018/9/27
 2019・06・27​


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最終更新日  2020.10.26 02:21:20
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2019.07.14
​アラン・ベネット 「英国万歳!」ナショナル・シアター・ライヴ 2019​​​

 イギリスのアラン・ベネットという劇作家が、1995年ころ書いた戯曲「英国万歳!」ノッティンガム・プレイハウスという劇場で、2018年の11月に上演されたライブ。映画にもなっている演目らしいが、何も知らないで見た。
 面白かった。コメディの範疇に入るお芝居だと思うが、「狂気」の王を取り巻く家族、臣下、何よりも三人の侍医のふるまいのバカバカしさが、笑っていられない「怖さ」にまで至るところを見せているところが、まずスゴイ。
 そこでは、「狂気」はむしろ、王にではなく、この医者たちの側に漂っていて、治療という名の虐待を無理やり施され、イジメぬかれてゆく王の悲惨が、これでもかとばかりに繰り広げられる。
 が、その底には「権力に対する欲望」の滑稽なまでの、「醜さ」がちゃんと描かれていて、それが、この演劇の「現代性」を感じさせるところだった。
​ しかし、それにしても、ジョージ三世を演じるマーク・ゲイティスという役者の、鬼気迫る演技。ほぼ全編、延々といじめられ尽くす場面から、雄々しく復活するラストまで、スゴイもんだと感心した。ホント、ご苦労様でした。


​​ イギリスの人たちというのは、ホントに「王様」が好きなんだと実感したが、この国で「王家」を題材にこれをやる人が誰もいないのは何故なんだろう?
いや、ホント!​​

 
 演出 アダム・ペンフォード
 作 アラン・ベネット
 キャスト
  マーク・ゲイティス
  エイドリアン・スカーボロー
 原題「The Madness of George ?」
​  2018年 イギリス「ノッティンガム・プレイハウス」
 176分 2019・06・23​

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最終更新日  2020.10.27 02:10:34
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2019.04.28

​​​​​​​​​​ルーファス・ノリス 「マクベス」神戸アートヴィレッジ​​​
​        映画com​  
​​​​​​​​
​  すっかりおなじみになってきたナショナルシアター・ライブ。今回はオリヴィエ劇場という、たぶん大きめのホールの映像。演目はシェークスピア悲劇の定番です。​​
 シェークスピア戯曲「マクベス」演出:​​ルーファス・ノリス
 流石のぼくでも話の筋は知っているわけで、その上、アートヴィレッジが開催している「シェイクスピア演劇の面白さとマクベスの見どころ」というカルチャーにまで参加して、おベンキョーした上での鑑賞だったから・・・
​ ​いつものように、解説と紹介の映像が流れて、「核戦争後の世界」として設定された時間に「マクベス」が登場するという、まあ、歴史に縛られない、今風といえば、そういえる演出らしいですね。​​
​​​   大きな橋のような装置が目を引いて、魔女がやってきます。いつの時代でも魔女はでてくるのです。でも、ちょっと派手かな?​

「Fair is foul,and foul is fair,」
​「きれいは、きたない。きたないは、きれい。」​
 聞きたかったこのセリフを、魔女たちが、どこで言ったのか聞き取れませんでした。字幕なんか見てたって、耳に届かない、いや耳が届かない音はしようがないのです。英語ができないのに英語の芝居を見るのはつらいものです。言葉の不自由を実感します。お芝居の面白さというのは、意味じゃなくてそこに現れる世界を身体で感じることだとは思うのですが、その世界が遠いことを痛感します。
​​ 舞台の人物たちは、あたかも内戦を戦っているゲリラ兵のようないで立ちです。そういう服装のマクベスマクベス夫人の語り合いが始まります。​​
​ 眠い。参った、文字通り「劇場でお昼寝」になってしまいそうです。。気持ちがついていきません。舞台の上の「マクベス」が、妙に線が細くて頼りない男に見えるんです。​
 設定された舞台とシェイクスピアの「ことば」が紡ぐ世界に素直に入っていくことができません。
「なんか、ズレてへんか。マクベスって、こんな男やった?」
 
そんな疑問が、しきりに湧いてきます。
​ 手に染み付いた血をこすり落とそうとする、マクベス夫人の演技は印象的です。しかし、破滅する「悪」というより、リアルに「弱い人間」の不幸を感じてしまうんですよ、見ていて。​
「そうなんかな?なんか、チガウ気がするなあ。」
 
「男性」や「男の子」役の女性俳優の起用、体に障害のある俳優、そのほかにも現代的な演劇の演出の工夫はあちらこちらにあります。ビニール袋の生首も、ガムテープで張り付ける鎧も、きっとそうなんでしょうね。ビニールかなにかを仙台の七夕の飾り付けのようにたくさん垂らして背景化した森の視覚効果も面白いんです。
 中でも、身体から首を切り落とし、頭のない死体をころがしたまま、切り落とした生首をささげる工夫は、俳優の頭はどうなっているのか、思わずも一度舞台を見つめなしました。。
 そういう工夫、それも舞台の面白さなのですね。
​ そういえば、先日見た映画「バイス」の中でチェイニー夫妻が突如シェークスピアのセリフを語り合うというシーンがありました。アメリカやイギリス、英語文化の中の人たちにとってのシェークスピアは、どうも、うかがい知れない広さと深さがあるようなんですね。​
 シェークスピアのことばのリズムや抑揚は、おそらく、イギリスの人たちにとっても古い言い回しだと思うのですが、現代を模した戦場で響き渡るセリフとして、イギリスの舞台の中の観客は、当たり前として受け入れているようです。
 こちらでいえば、江戸時代の初めころの、たとえば「曾根崎心中」という人形浄瑠璃や「忠臣蔵」とかの歌舞伎のセリフが、そのリズムや抑揚も維持されたまま、現代演劇として上演されることは、日本では、ちょっと考えられません。
 パロディかなにかのようになってしまうようなイメージしてしまいます。もちろんイギリスにも古典的な舞台はあるのでしょう、でも、彼らにとっての「文化としてのシェークスピア」は、もう少し「今」に浸透しているのでしょうね。そういう感じの興味をボンヤリ考える舞台でした。

「ええっ?結局、おもろなかったん?」
「まあ、そういうことかな?マクベスとかの長い台詞についていけんかったというのが正直な感想かな?でも次はイアン・マッケランリア王やから。」
​ 「今回もロリー・キニアって、有名な俳優やろ。」
「でも、よう知らんからええねん。」
「なんや、それ!?」 
 なんというか、現代イギリスの舞台感覚に敗北という印象の舞台でした。

 演出  ルーファス・ノリス
 作   ウィリアム・シェイクスピア
 キャスト
     ロリー・キニア (マクベス)
     アンヌ=マリー・ダフ (マクベス夫人)
 原題「National Theatre Live: Macbeth」
 2018年 イギリス オリヴィエ劇場 160分 ​​​​​​​​(2019・04・24・アートヴィレッジ)​​​​​​​


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最終更新日  2020.10.23 01:18:57
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2019.04.17
​​​​​​​​​​​​​エドワード・オールビー「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」KAVC


シマクマ君、おなじみのナショナルシアターライブ2019。今回はE・オールビーの名作「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」。エリザベス・テラー主演で映画にもなった有名な作品。見たことはないが、戯曲は読んだことがあるとたかをくくって出かけた。おなじみになったアートヴィレッジの地下劇場に今日は4人。なにせ3時間を超える大作(?)、上映時間を見ると二の足を踏む人がほとんどかもしれない。​​​​
 ​​​              「まいりました!​」
​ ​マーサを演じたイメルダ・スタウントンのすごさを実感した。​
 三匹の子豚が「狼なんかこわくない」と歌うディズニーのアニメに遠慮して「ヴァージニアウルフなんて…」とやった1960年代の戯曲が全く古くない。
 パーティー帰りでかなり酔っぱらっている中年夫婦。いつものように、なのだろう、大声で、いがみ合うシーンから舞台は始まる。そこに、パーティーで知り合った、希望に満ちた若いカップルがやってくる、。時間は真夜中の二時。
 何もかもが、非常識で、いかがわしい。
 酒を飲み続ける4人の登場人物。大声で、夫をののしり、若い男に媚びるマーサ。怒りに耐え切れないジョージ。飲みつぶれる若い妻ホニー。
 ​繰り返し歌われる「狼なんかこわくない!」。​
 すべてがはぎとられたマーサ。「怖い」の一言で一晩中つづけられた罵り合いが終わり、白々と夜が明ける。
 暗転し舞台は終わる。
 マーサとジョージの夫婦が罵り合いながら守ろうとしていたもの、二人の現実を支えている虚構をはぎ取れるだけはぎ取ってみれば、そこに「空虚」しか残らないことを否応なく思い知らされる。
 ​イメルダ・スタウントンの最後の表情がすべてを語っている。​
  「私たちは、実は空っぽなんだ。」
       ​「人間は哀しい」​
 この、空っぽに震える表情を作るために、いや、この顔を観客に納得させるためといった方がいいか。この女優は三時間、出ずっぱりで叫んでいたのだ。うーん。
 こういう感動が演劇にはあると初めて経験したような気がした。
 アートヴレッジを出たところでボンヤリタバコを喫っていると、元町映画館の受付でよく出会う女性が自転車で通りかかりながら声をかけてくれた。
 「コンニチワアー」
 「いまね、ここで、バージニアウルフ見ててん。イメルダ、なんちゃら、すごいわ。カンドーや」
 「スタウントンですね。また寄ってくださいね。」
 「うん、ありがとう」
 ぶあつい雲が出て、少々怪しい。兵庫駅まで歩いていると、最後のシーンが繰り返し浮かんできた。
演出 ジェームズ・マクドナルド
作 エドワード・オールビー
  ハロルド・ピンター劇場(ロンドン)
キャスト
  イメルダ・スタウントン (マーサ)
  コンリース・ヒル (ジョージ)
  イモージェン・プーツ (ニックの妻ホニー)
  ルーク・トレッダウェイ (新任教授ニック)
原題National Theatre Live: Edward Albee「 Who is Afraid of Virginia Woolf?」
​  2017年 イギリス 210分​
                                      

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最終更新日  2020.10.05 00:48:28
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