週刊 読書案内 野口武彦「幕末 旅役者歩兵隊」(法蔵館)
野口武彦「幕末 旅役者歩兵隊」(法蔵館) 今日の案内は「幕末 旅役者歩兵隊」(法蔵館)です。著者は2024年6月に永眠された国文学者野口武彦さんです。 鳥羽伏見で敗れた幕府軍の総大将、将軍徳川慶喜が大阪城から船でトンズラするという、唖然とするような騒乱のなか、幕府歩兵隊として徴集、参戦し、右も左もわからぬ大阪の地で見捨てられた江戸っ子たちが、なんと歌舞伎役者に成りすまし江戸に逃げ帰るという奇想の顛末を描いた歴史小説です。 実は、著者の野口武彦さん、ボクにとっては、学生時代に始まり、その後、50年間、折に触れてセンセーと呼ばせていただいた、まあ、こちらが勝手にそう思ってきたにすぎないのかもしれませんが、生涯の師ともいうべき方です。 著者亡き後の出版で、本書の編集、解説の労をとっていらっしゃる石川肇氏はじめ、出版を引き受けてくださった法蔵館の方々、遺稿を何とか世に出そうと努力されたお弟子さんたちの思いの結晶のような本です。 ボク自身は2026年1月、本書の出版と同時に読み終えました。 で、困ったことに感想が書けないのです。ただ、この作品、どなたか、たしかな方に読んでいただきたい! まあ、そういう気持ちだけは浮かぶわけで、ボクにとって、こちらは高校時代以来の、もう一人の師であるM先生が思い浮かび紹介しました。で、紹介しました。 結果、M先生から期待どおりの内容のご返事をいただきました。 『幕末旅役者歩兵隊』、隣町の図書館にあったので、借りました。 一読して一番驚いたのは、野口氏の歌舞伎の造詣の深さでした。これと専門分野である幕府歩兵隊との組み合わせ。どうしても書きたかったテーマだったのでしょう。 山崎街道の段、斧定九郎の話は落語「中村仲蔵」でよく知っています。熊五郎一行の戦場からの退却ぶりは、関ヶ原の時の島津の退き口が念頭にあったかも知れません。旅役者への変身は、落語の芝居物の中に、当時の民衆が歌舞伎の実演に熱中する様子が描かれているし、農村歌舞伎の伝統もありますから、荒唐無稽な設定ではないと思います。 桑名・名古屋・下田までは快調で、芝居の様子が生き生きと描かれています。また背景にある大名たちの動向も巧みに書かれています。歴史小説の地の文に横文字を使うのは絶対反対ですが、時代設定もあり、不思議に違和感がありません。 しかし横浜からは、ここまでは主体的に行動していた熊五郎たちが、急に精彩を失い、時代の流れに翻弄されていると感じます。最後の上野山では、熊五郎は完全に見るだけの存在になっていました。 彰義隊の叙述は相変わらずみごとで、何か深い思い入れがあるのかもしれません。上野の山から生還した熊五郎が見る、何事もなかったかのような江戸の町の姿は、心に残るラストシーンでした。 下田・横浜あたりからは史料の読み込みが増え、小説というよりノンフィクションの手ざわりを感じさせます。だからこそ横文字が入っても違和感がなかったのかも知れません。考えてみれば、熊五郎たちは芝居の中の役者としては躍動していますが、小説の登場人物としては存在感が薄いような気がします。野口氏の本質はノンフィクションにあったと思われます。しかし魅力のある、忘れがたい一冊でした。 誤植、四カ所は気がつきました。中でも「栖川の宮」には驚きました。まさに有り得ないミスですね。 これが、M先生からのメールの全文です。 要所に、目の行き届いた読書家の書評ですね。見事だと思いました。 M先生は、ボク自身が高校1年生の時にお出会いし、当時、独身暮らしだった先生のアパートに押しかけ、本棚から小林秀雄、江藤淳、奥野健男、アイザック・ドイッチャーのトロツキー伝とか、今となってはなつかしい本の数々をお貸しいただき、文学と歴史の手ほどきをしていただいた先生です。 高校時代の師であるM先生が、こうして大学時代の師である野口武彦さんの遺著を読んでくださったことを心から嬉しく思いました。皆さん、是非お読みください。2026-no021-1236 追記 ところで、このブログをご覧いただいた皆様で楽天IDをお持ちの方は、まあ、なくても大丈夫かもですが、ページの一番下の、多分、楽天のイイネボタンを押してみてくださいね。ポイントがたまるんだそうです(笑)