2020.11.28

週刊 読書案内 北村薫「詩歌の待ち伏せ(下)」(文藝春秋社)

​​​​​ 北村薫「詩歌の待ち伏せ 下」(文藝春秋社)​


​​​​ ミステリー作家、北村薫「詩歌の待ち伏せ」(文藝春秋社)ですが、「上巻」を以前、案内しましたが、今回は「下巻」の案内です。​​​​
​ 本書は文春文庫版「詩歌の待ち伏せ(1・2・3)」となって、出ていましたが、最近、「詩歌の待ち伏せ(全1巻)」(ちくま文庫)といういで立ちで、「筑摩書房」が復刊しているようです。​この文庫版は、「続」も収めているようで、お得ですね。
 ぼくが手にしているのは、単行本の上・下巻ですので、それぞれの文庫版との所収内容の異同はよくわかりませんが、単行本の下巻の内容は、「オール読物」(文藝春秋社)という月刊誌の2001年9月号から、2003年の1月号に掲載された記事がまとめられているようです。
​​​ まず、いきなり読者の心をつかむのが、土井晩翠の長編詩「星落秋風五丈原」(「星落つ秋風五丈原」と読みますが、)の一節に対して、北村薫が、みずからの子供の頃の記憶をめぐって、繰り広げる「ことば」探偵ぶりです。​​​
 この詩の題名を見て「三国志」諸葛孔明の最後だとピンとくる人は、よほど「三国志」のお好きな方でしょうね。ぼくよりお若い方で、ピンとくる人がいるとは、ちょっと想像できません。
 とてつもなく長い詩なのですが、今回の話題のためには、第1章の第1連があれば十分ですのでここに載せてみます。
星落秋風五丈原  土井晩翠

祁山悲秋の風更けて

陣雲暗し五丈原
零露の文は繁くして
草枯れ馬は肥ゆれども
蜀軍の旗光無く
鼓角の音も今しづか
丞相病篤かりき
​ 島崎藤村「初恋」という詩がありますが、「まだあげ初めし前髪の」の、あの詩と同時代の作品ですが、まあ、対照的ですね。
​​ で、この土井晩翠の詩を北村薫は小学生の頃に暗唱して覚えていて、その暗唱を思い出す機会があって、ふと、疑問に思う事柄に出会うのです。​​
​ ところで、この記事をお読みの皆さん、北村薫さんは、この第1連の詩句を正確に暗唱すればするほど、はてな?と思う1行があることに気付くのですが、それは何行目だったでしょう?​
​​​​​ 高校生や大学生の皆さんであれば「零露の文」とか、「鼓角の音」あたりに引っかかってしまうでしょうね。
 たしかに、普通では出会わない漢語表現ですが、辞書を引けばわかります。前者は草露の様子で、「文」は文章の意味ではなけて、模様「あや」を意味しています。後者は軍を鼓舞する笛太鼓をあらわす言い回しです。「角」は角笛でしょうね。​​​​​

​​​​​ 問題の個所は、第1行「祁山悲秋の風更けて」なのです。この1行目の終わりの語句が「風吹きて」か、「夜更けて」の、誤植ではないかと考え始めたところから、「風更けて」という、言い回しの正否に対して北村探偵が活躍し始めます。​​​​​
​ 「『風更けて』か?そういえば、変だなあ。」
 そう思わなくても文章は面白いのですが、そこは、やはり、なるほど変だと思った方が、ノリはいいわけです。かくいう、ぼくは、なんか、どこかにあったような、という、いつものボンヤリなのですが、もちろん、北村探偵の方は、きっちり仕事をなさっています。​

 ミステリーのネタバレは、御法度です。そうはいっても、これでは案内にならないので証拠品だけですが、ここに掲示します。
​​さ筵や待つ夜の秋の風更けて月を片敷く宇治の端姫​​
​ 新古今のあの歌人だったのですね、犯人は。
​​​​ 「風更けて」「月を片敷く」というような表現は、当時、「達磨歌」と非難された新しい発想だったそうですが、やがて新風として「影ふけて」とか「音ふけて」という使い方に広がったということも捜査報告書に書かれているのですが、北村探偵は、そこからもう一歩踏み込み、鎌倉後期の歌人にまで捜査の手を広げたうえで、明治の詩人、土井晩翠の「言語感覚」に戻って筆を擱きます。​​​​
​ 北村少年の「暗唱まちがい」という疑いは見事にはらされたわけです。​
 そのうえ、ボンクラな読者は、平安朝末期の「詩意識」の変化の現場を、実例付きで勉強できたという決着で、お見事としか言いようがありません。
​​ 付けたしのようになりますが、本書について、もう一つ、これは是非という文章があります。最終章に記された、病床の歌人中城ふみ子と編集者中井英夫との間で交わされた「最後」の手紙に関するエピソードです。​​
衆視のなかはばかりもなく嗚咽して君の妻が不幸を見せびらかせり
冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己の無惨を見むか
​ 中条ふみ子の、この二つの短歌を上げた後、乳癌末期で死の床にある歌人と、東京の編集者との間で交わされた「愛の手紙」の謎についてです。​
 まあ、ここから先は、立ち読みででも結構です。本書を手に取っていただくほかはありませんね。
​​​ ところで、この「詩歌の待ち伏せ」(上・下巻)の装幀ですが、上巻が「青葉・若葉」、下巻が「紅葉・落葉」とシャレていて、本書中のイラストも面白いのですが、大久保明子さんのデザインで、イラストは群馬直美さんという方だそうです。​​​​こういう本は、手に取るだけでも楽しいですね。
追記2020・11・29
「詩歌の待ち伏せ(上)」​の案内は書名をクリックしてください。
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最終更新日  2020.11.29 00:19:34
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