ぷち てんてん

2004/06/21(月)21:30

マレーナ(2002)

~2006年 映画・ドラマ(389)

「ニューシネマ・パラダイス」「海の上のピアニスト」のジュゼッペ・トルナトーレ監督の作品。 マレーナを演ずるモニカ・ベルッチの評価が高いようだ。 ただ町の中を歩くモニカ。 出征した夫の写真を胸に一人部屋の中で踊るモニカ。 この場面はとてもいい! 台詞が極端に少ないのは、あくまでも少年から見ているマレーナ(モニカ)だからなのだろうか。 マレーナという女性に一目ぼれした少年が、マレーナに恋焦がれ、彼女の姿が見たいがために自転車でついて回ったり、彼女の家を覗き見たり。 彼女のうわさを聞くために、大人の間で聞き耳を立てる。 大人の話は、マレーナが余りにも美人であるがために、男はメロメロ、女は嫉妬に狂う。 イタリア男って、ほんとに、女性が好きなのね~(笑) 彼女が歩くと男の目線が釘付けになるのが、おかしくて! そしてそれによって、この町の女をすべて敵に回してしまった、マレーナ。 カソリックであるイタリア男達はマレーナの夫が戦地で死亡したと聞くと、マレーナはフリーになったと大喜び。 とにかくおおっぴらにモーションがかけられると。 しかし、口ではそういいながらも、彼女の存在は果敢にアタックする対象であるけれどもすべてゲームのような・・ 彼女は、生きるためにもそのゲームを自分から仕掛ける。 自分自身では変えられない周りの状況、常にまとわりつく好奇な目。 それならいっそ自分から、そのゲームを仕切ってやろうじゃないか! 髪を真っ赤にして、唇に赤いルージュ、椅子に座って足を組むマレーナ。 かなり素敵だ。 浅はかな判断だというのは簡単だが、彼女にはこうして生きるしかなかったのかもしれない。 時代は、ムッソリーニ、ナチスの時代から、アメリカによる占領まで。 戦時下でも人々の生活はたくましい。 価値観がひっくり返ったって、生きていく事は続くのだ。 ただマレーナは、そこで悲劇的な体験をしなくてはならなかった。 この場面、フランスの大戦直後に撮られた写真といっしょだ。 そっくり同じ。 この写真を見たとき、人間てやっぱり恐いなあと思ったものだ。 一人ではしないだろう事を、集団になるとしてしまう。 きっと誰でも・・・もちろん私も? 恐い恐い、暗い気持ちになった写真だった。 戦時下で、鬱積していたものをぶつける、しかも身近なものに。 大きなものにはぶつけようが無いからか。 だからこのマレーナの場面も、人間の嫌な部分を見せ付けられて暗くなってしまった。 女の嫉妬は恐いという事だけでなく、男もまったくふがいない!! あのフランスのパリで撮られた写真の女性も、マレーナと同じようだったのだろうか・・・・ そして、彼女は町を追われるように出て行く。 娼婦になったマレーナという話だけを残して、こっそりと。 少年は最期まで、彼女を見つめ続ける。 ただただ、見つめ続ける事しかできなかった憧れの女性を。 そして、死んだと思った夫が町に帰ってきた。 「ニノには、ほんとのことは言えないよな」町の男たちがささやく。 「娼婦になったマレーナの旦那だよ」女達が振り返る。 マレーナの事を誰からも教えてもらえない夫。 少年は彼に手紙を渡す。 「マレーナが心から愛していたのはあなたです。ただ、生きていくためにああするしかなかったのです。」 夫は、マレーナを探しに汽車に乗る。 そして1年後、いつもと同じ賑わいを取り戻した町に、マレーナと夫ニノが腕を組んで歩いてくる。 夫は毅然と、マレーナは節目がちに。 マレーナは市場に出かける。 「マレーナだわ! 目じりにしわがあるわね。 それに太ったわね」 女は単純か~。 彼女はあのたくましい町の女達に認められた。 すっかり人ごみにまぎれても違和感の無くなったマレーナ。 少年ははじめて彼女と言葉を交わす。 そして、彼は憧れのマレーナを卒業する。 淡い初恋・・というには強烈な思い出だろうが・・はいつまでも胸に残る。 男性から見たこの映画はうなづくところも多いのだろうな。 私としては、このイタリアのオープンな家庭がすごいと思ったけど。 父親もなかなかやるな。 しかしやはり女性の目から見るとね。 マレーナは、とんがって生きている必要は無かったかも・・と思う。 しかし、これはあくまで、少年から見たマレーナだからね。 マレーナ本人は、何を考えていたのか・・・

続きを読む

総合記事ランキング

もっと見る