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ひっち秋つれずれ日記

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2008.04.07
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2008-04-07 07:04:31

私が行っていた大学のまえに、ボストンベーカリーというパン屋が二軒ある。なぜ二軒もあるのか知らないが、北大前なので、たぶん、レッドソックスで有名になった松坂大輔の本拠地がボストンなので、そのことと関係あるのかなと思って調べたら、本社は大阪府寝屋川八坂というところらしい。なぜ気になるのかというと、このところ、松坂大輔、ダルビッシュ、松井など有名なスポーツ野球選手がおめでた続きだからだ。

 日ハムの本拠地だから言うわけではないが、ボストンにはマサチュイーセッツ工科大学とかハーバード大学などアメリカでも相当にレベルの高い大学がある。マサチューセッツ州はちなみに北海道と姉妹提携関係にある州だ。このことは知らずにいたがびっくりした。移住の地ということで大事にされたのだろう。ボストンはアメリカ独立戦争が開始されたところで茶会事件で有名である。マサチューセッツ湾に面しており、さぞや風光明媚なところだろうなと想像がつくような場所だ。ちなみに、メイフラワー号で最初に清教徒が来たのは、マサチューセッツ湾からすこし離れたプリマス湾で、ここはアメリカの故郷といわれるほど、風光明媚なところ。その9年後にマサチューセッツ湾に入植が行われた。あと12年くらいでアメリカは開基400年を迎えることになる。アメリカの中でも結構入り組んだ湾などがあって、昔はマサチューセッツ族という先住民族が湾のあたりに住んでいたらしい。

なお、行政のことなどそれほど、気にならないが、北海道がマサチューセッツ州と提携関係になったのは、ごく最近のことで、それはマサチューセッツ出身者の中に、農業指導で札幌に来たクラーク博士が入っていることによる。ことはついでで、雑学的な紹介をすると、1845年、ボストンのエリアス・ホウはミシンを発明、1839年、グッドイヤーがタイヤ製造法を発明となっている。バスケットボールは1891年、スプリングフィールドではじめてプレーされた。ボストンの地下鉄はアメリカ最古である。

ボストンは、京都市と姉妹提携、俳句の始祖が関係する長岡京市はアーリントン市と提携関係ある。なお、このアーリントン市は国立墓地があるアーリントン市の命名の由来でもある。北海道は州そのものと提携しているが、市町村では滝川市がスプリングフィールド市と七飯市がコンコード市と提携している。コンコード市は独立戦争の有名な戦いがあったところである。

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さて、レッドソックスの松坂は好調で、順調に勝ち星を挙げている。松坂投手に子どもが産まれ、幼いころ、稚内のおじいさんのところにもいたという彼の人生を垣間見たような気がした。さぞや、街句会の英語の先生でらっしゃる恩師の今井聖主宰も喜んでいることだろう。何せ先生の住まいは横浜の光洋台ですからね。ボストンが州都としてあるマサチューセッツというところは、むかし、ビージーズというアメリカのフォークソンググループが、このマサチューセッツを懐かしむような歌を歌っていたが、先生もまた、拓郎がファンだそうだから、やはりノスタルジーというのはあるのでしょう。こういうアメリカの大陸的な歌というのは、サイモンとガーファンクルの「アメリカ」とおなじで、なにか、アメリカの内向的なといったらいいのか、ロストジェネレーションといったらいいのか、うかがい知れぬ悩みも感じさせる。それが又、ビージーズの優しい歌につながっているのかもしれない。優しいヤンキーといったらいいのか、伝統はあるんでしょうね。

Feel I'm goin' back to Massachusetts,
Something's telling me I must go home.
And the lights all went out in Massachusetts
The day I left her standing on her own.
マサチューセッツに帰りたい気持がする
何か帰ったほうがいいって言っているみたいだ
マサチューセッツの灯りはすべて消えた
彼女の1人残してきた日に

Tried to hitch a ride to San Francisco,
Gotta do the things I wanna do.
And the lights all went out in Massachusetts
They brought me back to see my way with you.
サンフランシスコにヒッチハイクしようとした
したいことをいろいろしなくちゃと思った
マサチューセッツの灯りはすべて消えたんだ
見えない足元を君と歩くこうとした

Talk about the life in Massachusetts,
Speak about the people I have seen,
And the lights all went out in Massachusetts
And Massachusetts is one place I have seen.
マサチューセッツの暮らしを話したり
今まであった人達のことを話したり
マサチューセッツの灯りはすべて消えた
マサチューセッツはボクの見た土地の1つになってしまった

I will remember Massachusetts.
マサチューセッツを忘れない

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そんなことを考えていくうちに、昔観た「ブラックレイン」という映画を思い出した。マイケルダグラスともう独りの男優が扮するニューヨーク州の刑事が、アメリカで殺人事件を起こし、つかまった松田優作の護送で大阪に飛行機でやってくる。そこを、まんまとやくざの内田裕也とガッツ石松が偽装する刑事に、護送犯を奪還されてしまう。そんなところから物語が始まるが、アメリカ人が描いた日本映画としては傑作中の傑作といえるだろう。物語はやくざ同士の偽札の原版をめぐる争いなのだが、若山富三郎とか高倉健も出ていて、日米文化比較論にまで発展する。そこまで考えて、あれ、この映画はアメリカのニューヨーク州とかマサチューセッツ州とか、アメリカの独立を考えさせる映画ではなかったのかという気がしてきた。

 







Last updated  2008.04.11 08:07:33
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2008.04.06
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2008-04-06 16:45:24

久しぶりに円山公園に足を伸ばした。春は名のみのではないが、晩秋の木の円山公園のハルニレも、寒そうである。このあたりは札幌市民が憩う場所で、今日は日曜日。穏やかな休日で、市民もたくさん散策に訪れていた。ただ、通り過ぎるのもばからしいと思い、すこし高台に行くと、急に広い場所に出た。ここは何の場所かなと思いながら、見渡すと大小の木がたくさん植えてある。梅林と書いてあるので、梅かなと思っていると、桜のような木もある。道ゆく人に聞いてみると、ここは、桜と梅が植えてあって、五月連休ころには花見の場所となるそうだ。そういえばテレビでよくやっている花見の場所はここだったか?近くに住んでいながら、そんなこともわからずにいた自分が情けない。

2008-04-06 16:40:20

梅林碑と書いてあったので、梅の木を育てた証の碑なのだろう。何か梅の精のようで不思議な感覚にとらわれた。

青空のいつみえそめし梅見かな  久保田万太郎

さまざまのこと思い出す桜かな   松尾芭蕉 

おもひ川渡れば又も花の雨     高浜虚子

虚子の句は、え、虚子にこんないい句があったの?と思うくらいいい句である。小学館の「日本の歳時記1、桜咲く」に載っていたので 驚いた。小学館から年間50冊にも及ぶシリーズ本が発刊されたのは、うれしいことだ。自分もちょうど季語をじっくりと勉強しようとおもっていたので、いいころあいではあった。第一号が発刊されてまもなく、自分が昔、住んでいた花見の場所が見つかり、何かうれしかった。五月の花見にはぜひ行って見なくてはなるまい。

 この辺は風致地区であり、市民の憩いの場所。大きな公園のそばには野球場、陸上競技場、テニスコートがあって、円山球場は、札幌ドームができるまでは、プロ野球が行われていた。ドームではないので、五月くらいに最初の試合が行われていた。今はドームがあるので三月からサッカーと野球の試合が行われている。ファンにとっては便利になったものではある。円山は、八十八ヶ所の登山道があり、見晴らしのよいところ。円山サークル歯科といった看板が東急ストアの上に掛かっているが、そのくらいこのあたりは札幌市民に大切にされているところ。道外の人間がやたら、ここに近づいてはならない、覆面をした住民が、景観の穏やかさを守れとたたき出すであろう。典範斎場がこのあたりに建設されそうになったときの覆面住民運動は今も札幌市民の語り草である。

~~~~~~~~~~~~~~~

 さて、私は別に高橋はるみ知事の回し者ではなく、また、北海道警察の回し者ではないが、インターネットのコミュニケーションをいたずらにマスコミが見下しているのは、一般のインターネット愛好者を馬鹿にしすぎではないかという気がする。

 衛星放送が普及してからというもの、技術的な面はさておき、インターネット愛好者はふえ続けている。特に、公共放送とは別のフジテレビがスカイパーフェクトという自前の衛星放送網を持っていることから、NTTのモジェラージャックを通して、デジタル放送網は、いまや視聴率をめぐり、しのぎを削る戦いになっているのは、察しがつく。しかし、NHKは公共放送であり、あくまでもデジタル放送料をいただいている立場。一方、スカイパーフェクトもデータクウォークというところが、受信料を徴収しているのだから、いかに別の衛星であるからといって、この点で視聴者に文句をいえるわけがない。だが、民間の衛星放送を受信するというのは、じつは、大人の話ではないが、セックス番組を多量に放映することに、起因する。

 衛星放送の仕事をやっていて、何が魅力かというと、実はこのセックス番組ではないかと内心おもったほどである。スカイパーフェクトも飽きるほどの普通の番組を抱えながら、魅力的でいつも普通の番組を見てみたいとおもう人などマニアックな人以外にはないに等しいのだ。そんなことから、セックス番組がいきおい、視聴者の関心事になる。汎用性というならばこれほど汎用性もあり、必要性のあることもないからだ。

 だからである。業界人にとっては、常識的なこんなことも判らないアナウンサーがいるなどということはとうてい信じられない。テレビ業界人がお互いに文句を言い続けるというのなら、それはそちらでやってくれというのが、全国の視聴者の立場である。そんなことまでわれわれが関与する何ものもない。まして、インターネット愛好者にまで文句を言うというのは、いささか政治的な臭いがしなくもないのだ。また、そんなフジテレビに擦り寄ったような輩が借り物の権力意識丸出しで話をするのも腹が立つ。一体、そういう奴らは、一般の視聴者とマニアックな人間との区別がつかないか、そうでなければ、テレビ権力者ずらをして、テレビ権力と同じ発想を持ったつまらぬ人間に過ぎない。ようするに発想がガキと同じなのである。

 ビル・ゲイツ、このウエブというインターネットを発明した人は、日本に来て、あまりにもインターネットが暴れすぎるというので、これを監視する仕組みをつくるべきと主張した。それなら作ったあんたが悪いだろうとは言いたいが、様子を見ていくということもあったのだろう。この前、日本に来て、演説などしていった。日本人はおとなしいからいいようなものだが、欧米ではどうなっているのかと想像に余りある。結局、最初からそのような監視システムをうまく作らずに、スタートしていったあんた方が悪いだろうと言いたいくらいである。その結果、あらゆるカルチャー部門で、ウエブというのはエンドユーザーに自家薬籠中のものとされてしまったのだ。

 結局は過渡期ということで、こういったことも早晩、整理されていくだろう。しかし、われわれのインターネット句会のメンバーが、作った俳句があまりにも道庁の仕組みに入り込みすぎている、(道庁の汚職逮捕の問題まで、そのしばらく前に俳句で言い当ててしまったのだ!)ということで、我々自身が反省材料として考えるべきことと思っているのはいうまでもない。

 これがインターネットの現実なのである。そのことに対して真摯な反省、あるいは自粛するといった気持ちすら、現状では我々以外にはないのである。これほどインターネットと行政が近づいた話はないからである。北海道警察が気にするのも当たり前である。

 俳句についてみればようやく俳句界という雑誌が、ようやくこのあたりのことを察知して、一般購読者の立場に立つべきだということを、最近、雑誌で言ったにすぎない。それでなければ俳句作句者(購読者は)どうしていいかわからず困ることも出てくるわけだからである。もちろん、俳句という角川の総合雑誌もそうなのだけれど。

では、その先どういうふうにやるのだ?という議論は今のところ見当たらない。デジタル放送にタイミングを合わせて、長年、ラジオ放送業界にいたことがあり、インターネットで長く俳句をやっていたる人が編集長になった「俳句界」が自粛といった編集方針を打ち出しているのは、やはりそうかといった感じををうかがわせる。

 ようするに、相当にコミュニケーションがひどかったということを知っている人なのだ。詩人であり、俳人であるこの人の感覚をわれわれはあまり疑ってはいない。「スピーチ・バルーン」のような十分、現代的ですぐれた詩集を持っている人であるし、俳句の人たち全体に波及するようなメッセージを出しているのは評価に値するのではないかと思う。だからといって、詩人としての反権力をマスコミと一体になって、振り回すというのはみっともない。反権力意識を振り回すというのはあまりいいものでない。騒ぎ好きマスコミ総体のえさになるのが落ちだろう。一体、この先俳句はどうなっていくだろうか?と不安に思うのは、北海道地域に住む我々だけだろうか?

 

 

 

 

 







Last updated  2008.04.06 21:23:14
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俳句とは縁のない人物であるが、石川啄木は、北海道に縁のある人物だろう。
その啄木をどう見るかによって、歌の解釈まで変わってくる。啄木の歌はいまや研究されつくしているほどであり、新聞社で記事を書いていたころから、あこがれも持っていた。

4月13日、俳句は啄木忌をもっていて、三鬼忌、虚子忌、荷風忌とならんで、4月の重要な忌日とされている。本名、一(はじめ)であり、専門新聞記者であった私にとっても、中村草田男や芥川龍之介とならんで、重要な人物だ。花巻にいたこともあって、宮沢賢治や高村光太郎ともイメージは重なってくる。

啄木の俳句を作っている有名な俳人は何人もいて、特徴もある。

人、それぞれだと思えば、なんとなく安心もする。お国忌や梅若忌、康成忌などとも忌日は隣り合って、愛すべき俳人といえば言えるかもしれないが・・・。下手をすればちり紙交換程度の意味しかないのであるから、またやっかいな人ではある。

有名な俳人の啄木忌の俳句をひろってみると、

城の堀いまもにほへり啄木忌   山口青邨

啄木忌いくたび職を替へてもや  安住敦

啄木忌春田へ灯す君らの寮    古沢太穂

うつうつと夜汽車にありぬ啄木忌 藤田湘子

その辺の草を歩いて啄木忌    大峯あきら

ふるさとは籾おろすころ啄木忌  朝妻力

いつ消えしわが手のたばこ啄木忌 木下夕爾

空見なくなれば晩年啄木忌    仲寒蝉

みちのくはおぼろなるべし啄木忌 飯田龍太

まったく、虚子忌とならんでよくもこれだけの俳句を作ったものだという気がするが、それだけ人口に膾炙した人物といえなくないから、俳人にとっては一つの関門だ。昨日の、藍生はまなす句会のなかでも、啄木忌が近いこともあって、何人かの人は啄木にちなんだ俳句も作っていたようだった。

なんだかイメージが次々と湧いてきて、いろいろな俳句を作ってしまった。      

啄木忌烏賊行きちがいすれちがい

北海の投網に掛かる鯨かな

啄木忌烏賊はひかりを放ちけり

妻抱くと想へど夫はまぼろしの

厚岸の酒屋に寄れば花曇

キヨスクでタウン誌買へば春の道

うらがえるくじらのおなかはしましまの

箱入りの啄木見ては日永かな       ひっち秋







Last updated  2008.04.06 14:01:12
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2008.03.30
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千歳のサケのふるさと館にいってきた。ここはサーモンパーク千歳といい、去年の夏、日本レンタカー千歳営業所に働きにいっていたころ、ガイドブックで、こういう場所があることを知った。今日行ってみると、公園のそばを流れる千歳川に、大白鳥が休んでいた。白鳥はもう、シベリアなどに帰るころだが、のんびりと遊びに来ていた人から、パンなどのえさをもらい、食べていた。その姿が綺麗だったので、大きく掲載する。
 本州から空の旅で来た人は、千歳空港に下り立つと、そばにあるいろいろなレンタカー会社から、車を借りて、道内へ快適な旅に出かける。例えば日本レンタカーのほか、ジャパレンとかトヨタレンタカーなど。去年、松田レンタカーが進出するという噂で、見に行ってきたが、特に建設している様子はなかった。
 サーモンパークは、道の駅の1つで、日本レンタカーのガイドブックにも載っているが、秋口にはインディアン水車の鮭の捕獲が名物になっている。このあたりの、土地勘はそれほど豊富でもないが、昨年夏は、北区から片道一時間半かけて、通ったものだ。空港に降り立つ飛行機も多く、多いときでレンタカーを利用する客は、600人にものぼった。発と着の両方の仕事があるので、ガソリンを入れるなどの仕事は容易ではなかったが、概してよくやった方ではなかったかと思う。もっとも、洗車などの仕事とは、なかなか、かみあわず、かわいそうな感じだったけれど、比較的仲良くやったのではないかと思うが、とにかく一生懸命働いたのは、よかった。

 千歳川で、のんびりして大白鳥などを見ると、ラムサールのウトナイ湖の野鳥なども思い出して、なかなかいい雰囲気ではある。






Last updated  2008.03.30 20:23:23
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2008.01.06
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Last updated  2008.01.06 09:37:10
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2008.01.04
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室蘭八景は、北海道有数の景勝地であるが、アイヌ語が
たくさん残っているので知られている。ちなみに、地球岬は
語源の「ポロ・チケップ」(親である断崖)が、チケウエ→
チキウ→チキュウと転化し地球岬という当て字が使われま
した。いつごろ、誰がこの字を使い始めたかはっきりして
ないが、昭和60年の「北海道の自然100選」
(朝日新聞)で1位となり、室蘭の観光の拠点にふさわ
しい雄大な地名となっている。
一説に昔このあたりから鉛が取れたが、酋長がこの事を
秘密にしたことから、「ポロチケウエ」(大いに秘密に
するところ)と呼ばれたといわれているが、アイヌ語に
このような意味はないようだ。地球岬は100m前後の
断崖絶壁が連なり、快晴の日には遠く恵山岬や下北半島
も眺望できる国内でも有数の景勝地。
また、絵鞆半島の突端にあるこの絵柄岬は、噴火湾を中心と
して昭和新山や有珠山、羊蹄山などが眺望できる代表的な
景勝地として室蘭八景の一つになっている。絵鞆の語源は
「エンルム」(岬)から転化したもの。

 上の室蘭の方が撮った写真はアイヌ語でチヌイェピラ
(彫刻のある崖)といわれており、ハルカラモイと恵比
寿島の間の崖面一帯をいい、この崖に夕日が映えて、
銀色に輝くことから、銀屏風と言われている。
トッカリショ側にある金屏風と一対で、室蘭八景のひとつ
になっている。 白鳥大橋が大変美しく、夜景は
もっと美しいかと思われる風景写真だ。

実は、北海道サッカークラブというところで
シニアのサッカー大会を室蘭でやったことがある。
確か、室蘭のこのどこかの崖の上だったのかな
と思われる場所であったが、今年はプロチームで
見事にコンサドーレが一部昇格、三浦監督の下で
更なる健闘がめざされている。これもおめでたいことの
一つだった。


~~~~~~~~

明けましておめでとうございます。
去年は、北海道からこのインターネットで思いつくままに、
つたない雑文を書き込んできたが、いたずら書きと誤解さ
れるようなところもあったが、新しいインターネットの
いろいろな方々の写真を援用させていただいて、自分なり
の絵を描いてきた。写真の著作権等については、もちろん、
無断転用禁止のものについては、説明だけにとどめた。
 インターネットを調べていくうちに、いろいろなことが
思い浮かび、それをまた調べて、自分の知識にするのは
楽しいものである。今年もまた、さまざまなことを発信
したいと思いますので、よろしくお願いします。
      
                ひっち 秋
            
             ~~~~~~~~~~
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Last updated  2008.01.04 11:15:11
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2008.01.02
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朝日新聞北海道総合版は特集「先人からの伝言」で
荻野吟子の特集をしている。今から100年前の
日本で最初の女医といわれてもぴんとは来ないが、
地域医療の専門家、現夕張医療センター長の
村上智彦医師といわれれば、マスコミで広く紹介
され、北海道で知らない人はいないほどだ。
その村上医師が、夕張の前に勤めていた先が
瀬棚町の「荻野吟子記念瀬棚医療センター」である。
全国初の65歳以上の肺炎球菌ワクチン接種助成
など予防医療を訴え、地域住民の医療知識の普及に
勤めていた。

北海道への入植とキリスト教ということでは
渡辺淳一氏の小説「花埋み」に詳しく
志方はキリスト教伝道者で、27歳の時吟子と結婚。
北海道にキリスト教徒による理想郷建設計画を
実現しようとして、同志丸山要次郎と2人で渡道し
インマヌエルに入植、後に吟子の渡道も要請する。
具体的には1891年(明治24年)、
志方之善と同志社の学友丸山要次郎が現地調査をし、
要次郎が越冬。翌年志方他5名が入植。
1893年(明治26年)要次郎の兄で伝導者の
丸山伝次郎他、キリスト教超教派の合せて60数戸
が入植。

我々がまた、現在のせたな町(旧瀬棚郡東瀬棚町)
の生まれで、せたな町に神丘という地名があり、
子供のころから不思議に思っていた地名であったが
要するに利別川流域のキリスト教の理想郷建設地に
近いところで生れている。今金とか美利花
(ピリカ)などといった土地にも縁がある。

地元町史の研究家、弦巻淳さんは、
「往診のときは雪道を吟子が馬に乗り、志方が
くつわを取った。2人で一緒にいられたのは
一生のうち何年もない。このときが吟子にとって
一番幸せなころではなかったか」(朝日新聞)
と回想している。

地域医療というのは大変なことなのだろうけれど
現在の瀬棚医療センターの吉岡和晃ドクターは
「100年前もっときびしい状況でくじけなか
った女性医師がいた。それに比べたら自分の
苦労はたいしたことではない」と述懐している。

荻野吟子医院開業の碑(セタナイの八景)

明治の橋の夜の雨
二見が浦に夕日さす
掛潤に宿る帆掛舟
利別に落つる雁












Last updated  2008.01.03 05:50:53
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2008.01.01
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小林多喜二、伊藤整、高浜年尾はほぼ同時代に
小樽の町で学生時代を通過している。

このあたりのことは、ライブドアの別の”ひっち秋のブログ”で
紹介しているが、こういう文学史に名高い三人の文学者が
同時代に小樽高商(現在の小樽商科大学)に在籍したことを
知る貴重なフランス語劇”青い鳥”の写真である。
今でいう文化祭で、3人が3人とも学業に専念していた合間を
見てのフランス語劇であるから、童心で楽しいものがある。
そもそも、チルチルとミチルの兄妹の青い鳥探しが面白いが、
メーテルリンクの”青い鳥”という題材がアニミズムっぽくて
楽しい。

青い鳥のあらすじを松岡正剛氏の千夜千冊から引用すると
~~~~~~
この物語は、よく知られているように、チルチルとミチルが
眠っているあいだの夢になっている。
 その夢に妖女が出てきて青い鳥の探索を依頼する。二人の
子供は「記憶の国」で最初の青い鳥を見つけるが、これは籠に
入れたとたんに黒い鳥になる。
「夜の国」では大量の青い鳥に遭遇するものの、つかまえると
同時に死んでいく。見えているのに捕獲はできない。つまりは、
籠に入れても、つかまえるだけでも、ダメなのである。
 次の「森の国」では青い鳥が飛んでいるのにつかまえられず、
「墓の国」では死に出会って退散させられ、「幸福の国」では
不幸という連中が邪魔をする。死を悼み、不幸に同情しては、
青い鳥は見えなくなってしまうのである。
 こうして最後にたどりついた「未来の国」で、ついに青い鳥を
生きたままつかまえるのだが、これを運ぶと赤い鳥になって
いった。 妖女との約束ははたせなかった。チルチルとミチルは
しかたなく家に帰っていく。そこで目がさめ、隣のおばあさんが
駆けこんでくる。自分のうちの病気の娘がどうもチルチルの家に
いる鳥をほしがっているらしい。
 すっかり忘れていた自分の家の鳥を見にいくと、それはなんと
青い鳥になっている。なんだこんなところにいたのかと、二人が
その鳥を娘のところへもっていくと、娘の病気がよくなった。
 よろこんだ3人が、よかった、よかったと鳥に餌をあげようと
すると、青い鳥はさあっと飛びたち、どこかへ逃げていった。
                ~~~~~~~~
要するに、この劇を小林多喜二と伊藤整と高浜年尾がそれぞれ
演じている。伊藤整は後年、この小樽市民に親しまれた大正
12年の年末のフランス語劇を「若い詩人の肖像」の中で、
「私は一言もセリフがなかった。しかし、私はこの芝居の仲間
入りすることが、大変うれしかった。ポプラだとか糸杉だとか
牛だとかいろいろな動植物になる役者が20人ほど入る中に
高浜年尾と小林多喜二がいた」(写真紹介文)
 (ちなみに左端で足を広げているのが高浜年尾、右端で
おばあさんのような格好をしているのが小林多喜二、その前で
しゃがんでいるのが伊藤整である)

こういうときに時代背景を見てみるのは、歴史家なら必ずたどる
方法であるが、実は世界的にもとんでもない時代であった。

もし、未来予想型の符合として考えられるとすれば、徳島県
鳴戸市で観測された国内最高気温のことであろうか。
メーテルリンクは「温室」という小説を書いている。

この年の歴史的な出来事

8月6日 事実上の国内最高気温である42.5℃を徳島県鳴門市で
観測。
8月13日 - ドイツでシュトレーゼマン連立内閣が成立する。
9月1日 - 関東大震災発生。
9月16日 - 憲兵大尉甘粕正彦が大杉栄や伊藤野枝らを殺害する。
9月 - 第二次山本権兵衛内閣が発足。
9月 - スペインにプリモ・デ・リベラ軍事政権が成立する。
10月16日 - ドイツでマルク暴落に対して暫定通貨であるレンテン
マルクの発行を決定する。
10月29日 - トルコ共和国が成立する。
11月8日 - アドルフ・ヒトラーがミュンヘン一揆を起こす。









Last updated  2008.01.02 08:05:57
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2007.12.26
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~~~~~~~~

   路面電車ー函館夕景ー  竹中征機

函館山から見た電車は
小さくたよりないものになって
いくつかの建て込みをすりぬけて
終点谷地頭の清閑さの中に停止した。

生きるかたちや
本物の夢があったころ
方形の息苦しさも
やるせない若者たちの心の傷さえ
明るく輝かせて
路面電車は
この砂州の街を
行き交ったものだった。

小鳥たちのたそがれにあわせた
時のながれ
こんなにも遠く来てしまった
驚きと尚早にむせぶ
航路のしじま。

潮ではさんだババロア。
カテドラルの白い外壁。
セントハリストス協会の
緑青の帽子。
朱鷺色にそまる外壁。

やがて路面電車は
年月の折り返し点を曲がって
冬の海峡の夕景のただ中に
消えて行くのだった

     ~~~~~~~~

十薬や思慮分別の軽さかな    竹中楓榔子

函館山から見た夕暮れはよく白鳥に
たとえられる
北ぐにの冬の女王、雪国を祝福する鳥
冬は特に空気が乾燥して
遠くまですっきりと見え、
ガタゴトといく路面電車の音まで
はっきりと聞こえそうな気がする

はさ掛けて新米「おぼろづき」なりぬ  河邊 式江

若い頃(まだ高校生のころ)
この街のはずれの方の高台にある
ミッションスクールに通っていた
友達と見た函館山からの夜景は
遠い漁火とおぼろな月がよく似合って
また、遠く東山の姿が月明かりに
よく映えて素敵であった

あのころ確かに、本物の夢
らしきものが、若い心に棲みついていた
のかもしれない

ひっちとふ筆致がさびし吾が句集   ひっち秋







Last updated  2007.12.26 06:21:58
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2007.12.23
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ここに一冊の本がある。本の名は鶴見俊輔編の「老いの生き
方」という本だ。鮎川信夫、中勘助、山田稔、富士正晴、
金子光晴、室生犀星、野上弥生子、サルトル、などそれぞれ
知識人といわれる人たちが、老いに直面して、老いと若さと
いうことについて書いてある本である。
 その冒頭、鶴見俊輔が書いてあるところを読むと、
~~~~~~
     未知の領域に向かって

「痴呆性老人の世界」(羽田澄子監督)という映画を見た。
老人施設をそのままうつした映画で、私には希望のようなもの
を残した。子どもが病気だから大変だといって、施設を抜け出
して、野原をさまよう老女に、若い職員が付き添ってどこまで
も着いていくところとか、心温まる場面に、明るい印象を持っ
たからだ。しかしこれが、明るい印象を残すのは見ている私が
老境に入ったからで、若い人が見れば暗い映画と感じるだろう。
若い人にとっては、この本も絶望的な本と感じるかもしれない。

暗い面があるのはいなめない。しかしそういう面を見て、
自分もまたやがて踏みこむであろう未来について、想像力を
持つことは、自分を豊かにする。
            ~~~~~~~~~
また、装丁に使われている有元利夫という画家の
「部屋の星座」という絵も、優しい絵で気に入っている。

自分の母親が、入れた老人ホームから出るとか出ないとか、
自宅療養がいいとかわるいとか、リハビリの問題があるとか、
このところ、自分の母親のことで、少しばかり老人問題に
深く入り込んだ。やがて自分の老後の事もあると思い、
また、母親にとっても、自分にとってもここが踏ん張りどころ
ということで、真剣に老人介護問題を考えるようになってきた。

果たしてこれでいいのかどうか、一度は退去を決めた福祉
施設をまた母親を置いておくことにした。自分にとっても
なんとしても母親の老後を幸せなことにするのは義務の
ようなものである。

鶴見俊輔が編んだ、この本の最晩期の斉藤茂吉 歌集
「つきかげ」について 鮎川信夫著 のなかに斉藤茂吉の
晩年の歌が書いてある。

我が生はかくのごとけむおのがため
         納豆買ひて帰る夕暮れ

をさなごがやうやく物をいふときに
         言の吉言をおのづから言ふ

いつしかも日がしづみゆきうつせみの
         われもおのづからきはまるらしも

「つきかげ」の茂吉は自ら認めるとおり、作歌能力の衰弱は覆う
べくもない。「赤光」や「白き山」で、自然と自我の渾然たる
一体化を果たし、近代短歌の象徴美の絶てんを極めた大歌人も
、六十代の半ばを過ぎ、身体のおとろえだけではなく、精神の
集中力が弱まって、散漫な日常詠が多くなっている。
では「つきかげ」はつまらぬ歌集かというとけっしてそうでは
ない。少なくとも予感あるいは恐れとしてあった<老い>と
実際の老いとがどう違うか証しているだけでも注目すべき歌集
なのである(鮎川信夫)


俳句の句集ひとつ持っていない自分にすれば、老いを歌に託
して歌集を編めるというのは、それだけでも、老人性を脱却
しているとおもうが、やはり鮎川信夫の言った通りなの
だろう。

ぬばたまの黒飴さはに良寛忌
老残のこと伝わらず業平忌      能村登四郎

父叱ることのさみしさ鰯雲      寺澤慶信

親は親子は子の別れマスクする    ひっち秋






Last updated  2007.12.26 14:00:40
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