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静岡の畳屋の姉さんが語る株式会社新海畳店

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2021年10月07日
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カテゴリ:襖・障子・網戸

​模様替えランキング

​こんにちは。​




 私の実家は多分昭和初期に建てられました。20年程前まで五右衛門風呂が、10年程前までかまどが健在でした。(かまどは今でもその気になれば使えると思います。)

 そんな家なので、あちらこちらが痛んでいます。

 襖に関しては、全体的に茶色く変色していて穴が開いている箇所もあるのですが、私が記憶する限り張り替えたことがありません。つまり、少なくとも50年以上は張り替えていないということです。

 3年程前から新海畳店で襖・障子・網戸の張り替えをするようになったので、先日、勉強の為に実家の襖を張り替えることにしました。


 襖をお預かりする際、一番初めに行うことは現状観察です。


 もしスムーズに動かない所があれば、場合によっては襖の枠を少し削ることもあります。

 そして、そもそもお客様の襖が正しい場所に収まっているかを確認します。それから、襖の住所(襖1枚ごとの位置)を、枠の上部に「右右」「右左」等と書きます。



 ところで襖には実に色々なタイプがあります。その造りや材料によって「本襖」「板襖」「段襖」等の呼び方があります。

芯材は障子のような木の格子になっているもの、1枚の板になっているもの、段ボールでできているもの等があります。

押入れの襖は、裏が板が出ているもの、雲花紙という紺色っぽい紙が貼ってあるもの等があります。


 張り替える手順としては、先ず周囲の枠を外すものと、枠が外れないものがあります。襖紙の剥がし方も、張り替えたことがある襖と初めて張り替える襖で違うことがあります。


 そこで、お客様の襖をお預かりしたら、まずじっくりと観察し、その造りなどを見極め、どういう手順で張り替えるかを考えます。

 

 我が実家の襖は枠を外すタイプでした。ところが、今まで外したことがある枠の構造と違っていた為、もう少しで破壊してしまうところでした。face07

 表面の襖紙を剥がすと、下にもう1枚、違う紙や布が所々貼られて補修されている襖紙が出てきました。



 その襖紙も剥がすと、いわゆる「下地」の紙が出てきました。下地の紙はほとんどが新聞紙でできていました。日付を見るとなんと!face08
「昭和5年1月8日 静岡民友新聞」
と書いてあります!
昭和5年民友新聞




 墨で習字の練習をしてある新聞や葉書きも出てきました。葉書きの宛名は私の父の名前でしたが、住所が現在の番地と少し違いました。





「この習字の練習をしたのは誰だろう?伯父さんかな?」

「襖は誰が張り替えたのかな?」

と想像を膨らませながら。

 私は子どもの頃、母が障子を張替える手伝いをしたことがあります。更に昔は襖も自分で張り替えていたのでしょうか。職人さんがこのようなありあわせの紙や葉書きや布を使っていたとはちょっと考えにくいです。

 下地の新聞紙まで穴が開いている所が何カ所かあったので、そのような所は桟だけにして、雲花紙を貼って補修しました。
雲花紙で補修


​​






最終更新日  2021年10月07日 15時16分42秒
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2021年09月24日
カテゴリ:西伊豆

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​こんにちは。​


​古民家と温泉と顔ハメが好きな静岡の畳屋の姉さんです。​



 今日は9月24日ですが、今から書くことは7月22日の出来事です。もう2ケ月以上も経ってしまったのか~。

 丁度東京オリンピックが始まった頃で、変則的な四連休の初日でした。その頃は、静岡県民が静岡県内に旅行すると、宿泊費1万円につき5,000円の補助が出るという制度がありましたので、それを利用して主人と二人で大好きな西伊豆に行ってきたというわけです。

 始めに
「伊豆文邸」に行きました。

 母屋も土蔵二棟も、美しいなまこ壁です!
 この建物は明治43年の建築で、かつては呉服商が営まれていたそうです。多分、広くて長い土間に面した小上がりの畳に着物や反物が広げられ、お客様がその小上がりにちょこんと腰をかけて反物を見て商談したのでしょう。
 土間の隅には珍しい「水琴壷(すいきんこ)」が置いてありました。高さ1mくらいの変わった形の壺で、「水琴窟」と同じ原理で滴る水の音が綺麗に響くそうです。

 伊豆文邸のすぐ横には、足湯顔ハメがありました。どちらも私の大好物です。face02

 訪れたのが夕方だった為か、それともコロナウイルスの蔓延防止の為か(この頃はまだ緊急事態宣言は出ていませんでしたが)お客さんが私と主人だけで、周辺もひっそりとしていました。
 緊急事態宣言が解除されたら、再び松崎町に活気が戻るといいなと思いました。
 
なまこ壁の顔ハメ





畳を通してお客様に感動とやすらぎをお届けします。
障子、襖、網戸の張替えも始めました。

株式会社 新海畳店






最終更新日  2021年09月24日 10時52分54秒
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2021年09月17日
カテゴリ:西伊豆

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​こんにちは。​


​パワースポットを発見した静岡の畳屋の姉さんです。​
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 前回のブログで、西伊豆の松崎町にある伊那下神社に、「琉球畳表の碑」と、畳表を織る道具「筬(おさ)」がある事を書きました。

 伊那下神社には他にも観るべきものが沢山あります!

 まず境内に樹齢1000年以上の大銀杏の木!なんと2本もあるのですよemoji01このクラスの木はまるで神様が宿っているかのような迫力と荘厳さがあります。
 そして境内のあちらこちらにある木像。粗削りな感じが魅力的な木像は、なんと住職がチェーンソーで削って作ったものでした!face08この日もずっとチェーンソーの音がしていたので、何か改修工事でもしているのかと思ったら・・・。




 資料館の展示物は内容が豊富で充実しているので、是非じっくり観てほしい所です。幕末に活躍した山岡鉄舟や清水の次郎長の資料もあり、今放送されている大河ドラマ、渋沢栄一さんのことなどを思いながら資料を拝見しました。

 そして、書の作品が沢山展示されていたのですが、大抵こういうのって達筆過ぎて何て書いてあるのかわからないじゃないですか。それが殆ど何て書いてあってどういう意味かということが日本語と英語で解説されていました。私は特に気に入った言葉と、私の名前が入っている書の写真を撮ってきました。
「淡如雲」(淡きこと雲の如し)=物事に執着しないで流れる雲のように
 些細なことで心を痛め暗い気持ちで日々を過ごしていませんか。心が暗くなると取り越し苦労するだけです。如何なる時でも心の持ち方次第で変われます。ありのままの自分を認め、自分のできることをすればよい。
​​
祥降
「祥降」(ショウコウ)=幸福が来る。


 松崎町の伊那下神社は、間違いなくパワースポットだと思いました。また行きますemoji02​​​​
  






最終更新日  2021年09月17日 17時40分54秒
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2021年09月02日
カテゴリ:静岡の話題

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​こんにちは。​


​前回のブログの投稿日を見て驚いている静岡の畳屋の姉さんです。​



 私は普段スマホからインスタグラムやTwitter、facebookに投稿することが多いのですが、しっかり調査し、考察して書きたいことは、デスクトップのパソコンからじっくりと時間をかけてブログに書きます。
 
 株式会社新海畳店は7月決算。プラス残暑お見舞いを800枚程書いていたら、前回のブログ投稿が何と7月15日じゃあありませんか!びっくり​もう9月ですよ!!​​びっくり

​ というわけでかなり時差ネタではありますが、7月22~23日、西伊豆の松崎町に行ってきたときのことを書きます。







 ​​新海家は子供達が幼い頃から、ほぼ毎年海水浴の為に松崎町に出かけていました。
 しかし、最近主人と二人で出かけることが多くなり、何度も出かけた松崎町の中でも「なぜ一今まで度も行ったことが無かったのだろう???」という所を狙って行くようになりました。

 その中の一つ、新海家がよく行く「さくら」というお食事処のすぐ近く、
長八美術館の隣の隣くらいに「伊那下神社」という神社がありました。今まで気にとめなかった神社に足が向くようになったのは、御朱印集めを始めたおかげです。スマイル

 神社の駐車場の近くに湧水が豊富に流出している所があり、「神明水」という看板と、お水をいただくときの作法が書いてありました。空のペットボトルを沢山持ってお水をくみに来ている人もいました。

 私達もお水をいただきました。とても冷たくて美味しかったです。ぺろり今度は空き容器を沢山用意しようと思いました。


 さて、御朱印はどこでいただけるかなと境内をうろついていると、丁度私と同じ目的で神社に来た女性が、神主さんと一緒に資料館に入っていくのが見えましたので、私も一緒に御朱印をお願いしました。

 御朱印を待っている間、資料館を拝見しました。松崎町の歴史を中心とした大変充実した見ごたえのある資料館でした。

 そして何といっても私達畳屋が無視できない、大変興味深いものが展示されていましたemoji02それは琉球畳表と琉球畳を織る道具である「筬(おさ)」と「琉球音頭」の歌詞です。
 昔、松崎町が畳表の産地だったということは、国指定文化財「岩科学校」に畳表の織機が展示されていることから知っていましたが、伊那下神社にもこんなにその足跡が展示されていたとは全く知りませんでした。



 ところで、ただの縁無し畳のことを「琉球畳」と呼ぶ方がいらっしゃいますが、本来琉球畳とは琉球表が縫い付けられた畳のことを言います。
 
 多分昭和初期くらいまでは縁無しの琉球畳は庶民の象徴でしたが、現在は琉球表用の「七島藺」を育てて琉球表を織っているのは、日本全国を探しても大分県で5件のみ。琉球表は大変貴重な高級品になってしまいました。
 たまに古民家でかなり傷んだ琉球畳を見ることがあります。表替えをしてほしい、でも元と同じ琉球畳にするにはとてもお金がかかってしまう、というジレンマに陥ります。

 そんな大変貴重な琉球表が、ここ静岡県の松崎町で盛んに生産されていたなんて!途絶えてしまったことが残念だし、誰かここで琉球畳表の生産を再開してくれないかな~なんて思ったりもします。

 神主さんが、境内に「琉球畳表の碑」があること、昔は毎年琉球畳表祭が行われていたことなどを教えてくださいました。

(続く)
 
 
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最終更新日  2021年09月02日 16時11分22秒
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2021年07月15日
カテゴリ:静岡の話題

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​こんにちは。​


​念願の「ポツンと一軒家」に行ってきた静岡の畳屋の姉さんです。​



 またまた時差ネタです。

 あれは確か昨年のこと?テレビ番組で人気の「ポツンと一軒家」「ビフォーアフター」の合同企画のような特別番組が放送されました。山の中のポツンと一軒家をリフォームするという内容です。
 
 その現場は静岡市葵区諸子沢。工務店の下請け仕事でしたが、なんとそのお宅の畳を弊社が担当させていただくことになりました!!

 私はその放送を観た時からずっとそこに行きたいと思っていました。

​ 弊社が作った畳のお部屋も見たいし、現場に行くまでのスリル満点な山道も、現場の周辺の茶畑が​​「黄金みどり」​​という黄色い茶葉なこともとても気になっていたのです。​

 そのお宅はリフォーム後、「黄金の茶の間」という名前でお茶を提供する場所になっていました。

 お茶をいただくには予約が必要です。そして、茶畑に黄色い新芽がある時期は6月が限界?です。

 ということで、5月にネットで予約を試みました。自分が行ける日で空席があったのは6月19日のみでした。

 ところが、前日の6月18日からかなりの雨。face07
「明日も雨のようですが、予約はどうしますか?」
と確認の電話がありましたが、どうしても行きたかったので
「私は雨でも構いません!」
と伝えました。

 翌日はやはり雨でしたが、これが残念なことではなく、とてもラッキーなことだったのです。ウィンク

 というのは、通常ならば半日で4組の予約をとっているそうですが、この日の午前中は他の予約客は雨の為キャンセルしたそうです。

 それで、通常ならば「黄金の茶の間」の1キロ程下の方にある駐車場からスリルある細い山道を20~30分かけて歩いて行かなければならないのですが、この日の客は主人と私だけでしたので、家主の佐藤さんが軽トラックで上まで連れて行ってくださることになりました!!大笑い
 お陰様で道中も「黄金の茶の間」に着いてからも、佐藤さんと沢山お話ができました。face05

 茶畑の黄色い茶葉は見事でした。びっくり
黄色い茶畑


 きっと晴天の時も素晴らしい眺めなのでしょうが、雨天でもやっとしている景色も素敵です。

 佐藤さんが薪をくべて足湯の支度をしてくださいました。黄色い茶畑を眺めながらの足湯は格別でした。




 縁側でお茶を4種類いただきました。



 ハンモックも体験しました。



 階段上にもあがってみました。




 そして弊社謹製の畳。囲炉裏のあるお部屋です。
諸子沢畳の間



 とても寛げるところでした。

 また行きます。

​​






最終更新日  2021年07月15日 15時54分19秒
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2021年07月09日
カテゴリ:旅行

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こんにちは。


夏にもう一度西伊豆に行きたい静岡の畳屋の姉さんです。



 前回の続きです。
 「旧依田邸」を出て、すぐ近くの「旧大沢学舎」に寄りました。「岩科学校」の校舎に似た感じの味のある建物でした。
旧大沢学舎



 そして、これまたすぐ近くの「山神社」にも寄りました。「神社」と聞いて御朱印をいただけるかと思いましたが、無人の神社でした。



 ここの本殿には、仁徳天皇、大山祇命(おおやまつみのみこと)、猿田彦命(さるたひこのみこと)の三祭神が鎮座されています。暗くてよく見えませんでしたが、荘厳な雰囲気がありました。

 鳥居の横には「繭霊大神の碑」があります。昔、養蚕農家の人々が、良質の繭が採れるように祈願した所です。


 そのすぐ隣には、二十歳になった若者が背負って山神社の石段を上がり力自慢を競った力石が二つあります。ここは境内のパワースポットだそうです。


 いつも畳を担いでいる主人がその力石を持ち上げようとしましたが、重くて断念しました。でもパワーだけはいただいたと思います。


 山神社を出て、途中のお菓子屋さんで松崎町名物の桜葉餅をお土産に購入し、仁科港に向かいました。facebookの投稿で見つけた「沖あがり食堂」「いか様丼」を食べる為に!どちらも面白い名前ですね。


 「いか様丼」は、すし飯に青のりと烏賊の刺身と烏賊の刺身の醤油漬けと卵の黄身が乗っていました。天草入りのお味噌汁付きで、勿論美味しかったです。


 主人は1日限定10食?のいか刺身定食を注文しました。烏賊が新鮮で透き通っていました。




 沖あがり食堂を出て隣の売店に寄りました。新鮮なお魚がこんなに安くていいの?という値段で販売されていました。


 私は小鯵が沢山入っている1パック140円のものを購入しました。翌日南蛮漬けにしていただきました。




 今回の旅行で初めて大沢温泉仁科港に行きましたが、もっと時間をかけて周辺を散策したいと思いました。今月のオリンピック連休か来月のお盆休みに行こうかな~。
 

 






最終更新日  2021年07月09日 17時40分50秒
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2021年07月07日
カテゴリ:古民家

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こんにちは。


温泉と古民家が大好きな静岡の畳屋の姉さんです。



 前回の続きです。

 立ち寄りの湯「依田の庄」からは、一旦外に出ることなく「旧依田邸」に移動することができます。途中に中庭となまこ壁の蔵などがありました。

中庭となまこ壁の蔵



 「旧依田邸」は、今から300年前に建てられた母屋と、200年前に建てられた離れ、幕末に建てられた蔵3棟の併せて5棟が、平成22年に静岡県の文化財に指定されました。

 中庭の池のほとりにイ草が生えていました!そういえば昔は松崎町はイ草の産地だったようです。近くの「岩科学校」の資料館に、畳表の織機が展示されていたのを見た覚えがあります。

 階段の下が引き出しになっている!古民家でよく見るやつですね。



 引き出し兼階段を上って2階に上がると、えんじ色の紋縁の畳の和室になっていました。襖もモダンな柄に張り替えられていて、お庭がよく見える居心地のいいお部屋でした。



 更に母屋の入口の方に向かって行くと、やはり紋縁のお部屋が幾つもありました。紋縁の畳はお寺やお城ではよく見ますがこういう所で観ることはあまりありません。高級感がありますね。


 でもちょっと驚いたことがあります。紋縁の紋の模様はは畳の端で切れてはいけないと思っていました。しかしここの紋縁はあえて(わざと?)紋模様の中央で切って、隣の畳と合わせて円形になるように作っています。畳の壁側の辺(「下前」といいます)の紋縁は畳の端から端まで紋で始まって紋で終わっているのに、お部屋の中央側の畳の辺(「上前」と言います)は紋が中央で切れているなんて・・・。
紋が半分の紋縁


 こういうやり方もあるのですね。

 そしてこのお部屋の襖は真ん中に障子がはまっている襖でした。私はこのような襖を初めて観ました。

 (どうやって張り替えるのかな・・・。大変そうだな・・・。)




 あ~、気が付けば畳と建具ばかり見てしまっています。職業病です。

 ここのお部屋は何年か前までは宿泊施設として機能していたそうです。

 母屋の入口は広い土間になっていました。小上がりに囲炉裏がありました。そして黒光りした太い大黒柱。上を見上げると同じく黒光りした太い梁!古民家の好きなポイントです。

 そして、今は残っていませんが、大沢温泉「依田の庄」の駐車場に明治時代には木造3階建ての製糸工場があったとか。観たかったな~。

 旧依田邸は見学無料です。館長さんともゆっくりお話ができてよかったです。

(続く)






最終更新日  2021年07月07日 17時34分08秒
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2021年07月02日
カテゴリ:旅行

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​こんにちは。​


​毎年1回は西伊豆に出かけている静岡の畳屋の姉さんです。​



 かなり時差ネタになってしまいましたが、5月15~16日、西伊豆に一泊旅行に行ってきました。

 思えば今まで西伊豆に出かけていたのは8月の夏休みが8割、お正月休みが2割くらいだったでしょうか。この時期に西伊豆に出かけたことはほとんどありませんでした。
 そこで今回は、幾つか行ったことのない所に行き、体験したことのないことを体験しました。


 15日は堂ヶ島でトンボロ現象(干潮時に島まで歩いて行ける)と、洞窟巡り遊覧船を楽しみました。

 トンボロ現象で現れた道は、石ころだらけで濡れている所もあるので、水陸両用の靴に履き替えてよかったです。やどかり、イソギンチャク、エビ、カニ、ハゼの仲間等が沢山いました。
堂ヶ島のトンボロ

 洞窟巡りの遊覧船は、主人は初体験、私は二度目でした。何度乗っても面白いです。


  
 宿泊先は土肥にしました。大きな花時計、手湯と足湯等、散策するにはいい所です。今回、和歌山牧水さんの像を見つけました。牧水さんも土肥がお気に入りだったのですね。
 

 16日は松崎町に行きました。目的地は
「大沢温泉 依田の庄」です。
 
 こちらのことはある方のfacebookの投稿で知りました。どうやら県指定有形文化財旧依田邸の一部が日帰り温泉に改装されたようです。

 古民家好きで温泉好きの私がここに行かないわけにはいきません!

 温泉施設は令和2年に改装されたばかりだそうで、とても綺麗でした。入浴者の休憩室として和室が一室解放されていたので早速利用させていただきました。中庭が見えて寛げるお部屋でした。


 温泉施設の奥の方には旧依田邸があり、無料で見学ができるので行ってみました。

 ところで依田さんってどんな方だったのでしょう?パンフレットをもとに簡単に説明します。

 依田家はそもそも武田信玄の家臣といわれ、武田家滅亡に際し伊豆に逃れ、大沢の地に居を構えました。江戸時代には庄屋として村民の生活を支えました。
 19歳で11代当主になった依田佐二平は、弟、妹を養育しながら邸内に私塾大沢学舎を開き、近隣の子弟を教育しました。
 また、維新政府の殖産興業政策を受け、伊豆で最初の製糸工場を建て、農家の豊かな現金収入の道を開きました。
 更に奥伊豆に通じる天城峠を開通させたり、高等教育の場として私立豆陽中学(現県立下田高等学校)を創立しました。
 弟の依田勉三は、慶應義塾で福沢諭吉とも交わり、北海道十勝平野の開拓を志し、十勝では「開拓の祖」として帯広市民の尊崇の念を集めているそうです。


 なんだか大河ドラマを観ているようですね。渋沢栄一もそうですが、幕末~明治にはとてもエネルギッシュに世の中を変えていこうという人達がいたのですね。

 次回は300年前に建てられた旧依田邸の母屋について書きます。






最終更新日  2021年07月02日 17時39分23秒
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2021年06月21日
カテゴリ:

模様替えランキング
​こんにちは。​


​床の間文化を大切にしたい静岡の畳屋の姉さんです。​



 今月9日と21日、床の間の張り替えのお仕事がありました。

 9日に張り替えた床の間は、天然イ草の引目表(一般的な縁付き畳の畳表)に無地の黒い縁でした。
1.5畳分の床の間手縫い 
 21日に張り替えた床の間は、天然イ草の
龍鬢表(天日干しして黄色く日焼けさせたイ草で織られた目の大きい畳表)に紋縁でした。稀少価値のある本格的な床の間です。



 どちらの床の間も長さは1.5畳分ありました。

 今時このように大きな床の間を目にするのは神社かお寺かお城か・・・。一般住宅では床の間自体あまり見かけなくなりました。これはとても残念なことだと思います。

 
 私は昨年から月1回、煎茶のお稽古に通っています。

 お稽古をするお部屋(和室)には、床の間がありません。しかし、和室の入口から一番遠い所にレトロで和風な引き出しが置いてあり、いつもその上にお花が飾られていて、壁には掛け軸がかけられています。

 そこで私は、引き出しの上に、龍鬢表に紋縁を付けた床の間風の畳を置くことを提案しました。先生は提案を受け入れてくださったので、和室に小さい床の間風の空間ができました。

2021.5の床の間
 そこにどのような掛け軸とお花が飾られているのか、どんなお茶とお茶菓子が用意されているのかが毎月のお稽古の楽しみになりました。これぞおもてなしの心ですね。季節を敏感に感じ、それを楽しむ日本人の美意識にも毎回感心しています。



 そして、床の間の方は上座、入口の方は下座という礼儀作法、距離感、所作・・・
 
 慎ましくも美しい日本人の心は、床の間のある和室で育まれると思います。


 ​床の間に(無い方は床の間風置き畳を置いて)、お花や掛け軸などを飾って季節を演出して楽しんでみてはいかがでしょう。心が静かに豊かになります。​







最終更新日  2021年06月21日 16時36分17秒
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2021年06月01日
カテゴリ:トライアスロン

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​こんにちは。​


​しずまえトライアスロンが無事に終わってほっとしている静岡の畳屋の姉さんです。​



 令和3年5月30日(日)、記念すべき第1回「しずまえトライアスロンn静岡」が、静岡市駿河区用宗で開催されました。

 本来ならば去年の今頃開催される予定でしたが、コロナウイルス蔓延防止の為延期になっていました。今回はコロナ対策をしたうえでの開催となりました。

 株式会社新海畳店の社長は3年程前からトライアスロンの大会に出場するようになりましたが、今回は選手ではなく実行委員会のメンバーとして、計画立案から準備、片付けまで裏方に徹しました。

 コースの設定については、多分2~3年前から、安全に配慮してあれこれ考え、周辺住民、自治会、商店などのご理解を得ながら、何度か試走をして決定されたことと思います。前例のないことを初めてやるのは大変なことです。

 実行委員会のコンセプトは「日本一優しい大会運営」だそうです。そこで社長はピン!ときました。この熱くて痛い用宗の砂利浜に畳を敷こう!と。選手に対するやさしさですね。

 実は1年前、砂利浜に試しに畳を敷いてみました。敷く位置や枚数等確認したかったからです。それが延期になり・・・。大会当日は朝5時過ぎから張り切って畳を敷いて畳ロードを作りました。


 私は8時半頃スタート付近に着いたのですが、応援に来ている人やボランティアの人、選手たちで会場は活気のある明るい雰囲気と適度な緊張感に包まれていました。

 スタートコールはDJロニさん!
「どうか皆さん、大きな拍手と心の声と笑顔で応援をお願いします!」
というアナウンスと共に、1組目の選手達が畳ロードから海に入っていきました。


 選手は約170名。男女混合で年齢別に3組に分かれ、時間差をつけてスタートしました。
 
 今回の参加者で最高年齢の選手はなんと80歳だそうです!!びっくり

 スイムは750m。選手が泳いでいる近くを、水上バイクに乗った人や用宗のサップクラブの人等、大勢のスタッフが見守っていました。


 暫くして、泳ぎ疲れた感じの選手たちが次々と畳に上がり、畳ローを通ってバイクのスタート地点に向かいました。社長は何度も畳の上の砂利を払っていました。

 自転車で20km走った選手は、5km走って広野海浜公園のゴールを目指します。

 ゴール周辺には地元のお店が数点売店を出していました。


 そしてDJロニさんがゴールする選手一人一人のゼッケン番号と名前を読み上げ、その人なりの称賛を送ってくれました。ゴールする選手が途絶えた時にも大会に関するコメントや情報を喋ってくれて。私、すっかりロニさんのファンになりました!face05

 とにかく事故も怪我人もなく無事に大会が終了したことは何よりだったと思います。

 来年以降もこの大会が開催され、用宗を中心に静岡が活性化することを願います。








最終更新日  2021年06月01日 17時32分29秒
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