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博多弁 ブログ これこそ、まさに

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蜃気楼801

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2014年07月16日
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今NHKの大河ドラマで黒田官兵衛がありよるとやが
あたきのおふくろの血筋が、黒田家の家臣で
結構重要なポストにあったと、聞いた事がある。
その直系の家系の姪っ子にあたるのがうちのおふくろで
叔父さん達が、黒田家の重要な道具や巻き物とか持っとって
その叔父さんの兄妹が5人おって
男兄弟が二人 あとは女やった.....

ところがたい この二人の男達(おふくろの叔父)
とつけもなか事ばしでかした.....
秀吉からの書状やら巻き物とか
黒田長政(官兵衛の息子)から貰った刀やら
今なら、相当の宝物ば 当時片っ端から売り払って
博多の芸者ば集めて、毎夜毎夜の放蕩三昧ば
数年に渡りくり返して
財産ば、使い果たしてしもうた.....
当時、一個の道具だけでも数千万くらいのもんば
ただ同然の50万から100万くらいで売って
遊び回ってしもうたんやが
それでちゃ明治時代の100万やから
家の20〜30件くらいは建つ価値があった筈
そげな価値あるもんば、何点も売ったとやけん
そりゃ数年豪遊して遊び歩くやらできたとやろう

その兄弟の妹の家が、あたきが生まれた時
やっかいになっとった家たい
戦時中おふくろは、熊本の阿蘇のふもとに
疎開しとって終戦まで、そこにおったとやが
戦争が終わって、親父が兵隊から戻ってくるまで
その放蕩息子の妹の家にやっかいになって
あたきが生まれて、近くの一軒家ば借りて住んどった
そげな関係で、その妹(おふくろの叔母さん)が
しょっちゅう、あたきんがたに来て
いろいろ話ばしよったとの一つが
財産ば無くした話やった
今なら100億近かもんば5億〜10億くらいでうっぱらって
豪遊三昧した男も、あたきんがたに来よった頃は
裏長家の六畳一間に、ひっそりと住んで
その日食べるとがせいいっぱいの暮らしやった
売り方 使い方に、ちょこっとまともな考えば持っとったなら
親戚中が、豊かな暮らしが出来たっちゃろうに.....
ばってん、あたきは そげな叔父さんでちゃ
結構好いとったばい
あたきが知っとる頃は、その叔父さん(お爺さん)はすでに貧乏しとったけん
小遣いとか貰うた事なかったばってん
多分、おふくろの身内とか集まったっちゃ
おふくろだけは、そのオイシャンの悪口ば言わんやったけんやろう.....



注:  とつけもなか=とんでもない
    あたきんがた=私の家  うっぱらう=売り払う 







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最終更新日  2014年07月16日 19時12分39秒
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