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カテゴリ:がんが自然に治る生き方
前回は、日光の東照宮の陽明門の彫刻から豚のような顔の龍、本当の龍になり切れない未熟な龍について触れました。 その豚のような龍の名前が「息」(いきあるいは、そく)というのですから、驚きでした。 最近のメルマガでは、弓の名人の呼吸法のポイントは、息を長く吐くこと! 「息」こそが、奇跡の神業の鍵になる!という核心に、5〜6回もかけてやっと至ったのに、豚の龍の名前がいきなり「息」ですから、非常に意味が深いシンクロになります。 東照宮は、天海の総指揮により建設されたものですから・・・。 つまり、日光東照宮・造営時のプロデューサー(総指揮者)は僧侶の天海(てんかい)でしたから、さもありなんです。 天海僧正は陰陽師としての側面も併せ持っていたため、家康公が静かに眠れるように、また、家康公の威容を後世にまで伝えるために、日光東照宮に様々な施策を施しています。 さて、豚と言えば、仏教関連では「西遊記」の猪八戒が有名です。 豚の顔の龍も、猪八戒も煩悩に紛れているという点では共通しています。 猪八戒ばかりでなく、孫悟空も、沙悟浄も三毒という煩悩に例えられています。 三毒とは、毒のように私たちの心を蝕み、清らかな心を失わせる原因となる三つの心の動き=煩悩を表します。 それは、貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)になります。 この三毒によって毒された心では、私たちこの世の苦しみに、ただただ苦しむだけの存在になってしまうのです。 猪八戒は、この三毒の貧(とん)で、この貪は、貪欲(どんよく)の貪を意味します。貪(むさぼり)りとも言われます。 貪欲とは、現代でも使われる言葉ですが、「欲しいものなどに対して、執着する心」を意味します。 私たちが人生を苦しいものだと感じるのは、私たちがあらゆるモノに執着するという煩悩があるからです。 お釈迦様はこの世の真理を正しく見抜くことができるようになり、あらゆる物事に執着する心を捨てることができれば、苦しみから解放されると悟られました。 貪欲は煩悩の中でもあらゆる苦しみにつながる根源的なものと言えます。 そして、孫悟空は 瞋(じん)になります。 この 瞋(じん)は、自分の思うとおりにならないとカッとする怒りの心です。 瞋は、いかりとも読みます。 怒りっぽくて喧嘩ばかりしている猿の孫悟空のキャラになります。 仏教では、相手がどんなにひどいことをしてくるような人間であっても、腹を立ててはいけないと教えます。 仏教の教える、四苦八苦という人生の大きな苦しみの一つに「怨憎会苦(おんぞうえく)」という言葉がありますが、他人の中には理解できないような腹を立ててしまうような人も存在しています。 そんな人に出会ったとしても、腹を立てず、耐え忍ぶことが重要なのだとお釈迦様は教えています。 あおり運転の犯人のような狂人もおりますが、人の命を奪うような犯罪行為は例外です。 孫悟空がいれば大暴れになります。 ちなみに、日光東照宮には、5173個もの彫刻があります。 その中でも、もっとも有名なのが「見ざる、聞かざる、言わざる」の「三猿の彫刻」です。 「耳を手で塞いでいる猿」「口を手で塞いでいる猿」「目に手を当てている猿」です。 この彫刻にも、三毒の瞋(じん)を出さないように、そんな意味があるようにも思います。 さらに、痴は、沙悟浄になります。 三毒の痴は癡とも書き、愚痴(愚癡)を意味します。 痴は、おろかとも読まれます。 愚痴とは「真理を知らず、物事の理非の区別がつかないこと」を意味します。 現代では、愚痴と言うと「愚痴をこぼす」などとも言い、仕方のない不平などを言うことの意味ですが、仏教での愚痴の意味は「真理を知らないこと」になります。 この世の絶対的なルールを知らないことで、愚かな考えや、行動を起こすのだと言います。 このように、三蔵法師は人間の三毒、つまり自分の中の三毒を連れて、天竺への旅へ出るという物語が「西遊記」ということになります。 私達は、自分の中の三毒をさらけ出して生活しているのです。 「煩悩」とは、仏教で心身を悩ませ、苦しめ、煩わせ、汚す心の作用のことです。 仏教では、「煩悩」が人間の「苦」の原因であると説いています。 現実的には、肉体や心の欲、怒り、執着などのことで、これを修行で消滅させることを「悟りを開く」とも言うのです。 「煩悩」は、何かを成そうとする時に邪魔になるものです。 「煩悩」には、人間の諸悪の根源とも言われる前述の三つの毒があるのです。 貪 とん =むさぼり(欲深く物をほしがる、際限なくほしがる)、 瞋 しん =怒り(自己中心的な心で、怒ること、腹を立てること)、 痴 ち = 迷 めい 妄 もう (物事の道理に暗く実体のないものを真実のように思いこむこと) 煩悩とは、自我のエゴの事でもあります。 三毒もエゴの欲望や執着のことで、すべての苦しみの根源でもあります。 わかってはいるけど、やめられないという、愚かな心、つまり、貪・瞋・痴(とん・じん・ち)は、誰もが持っているのです。 けれども、欲望は、すべてをなくすのが目標ではなく、中道という「ちょうどいい」状態を保つのも、仏教の教えでもあります。 豚のような龍、豚の猪八戒、孫悟空、沙悟浄いずれも未熟で煩悩に紛れている私達のことを分かりやすく例えているのです。 参考にして下さい。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより掲載しております。
Last updated
2019.08.21 18:16:37
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