【ああ「ユニクロ顔」ふたたび。】女性の年齢と、服。「35歳」で似合った服は、の、お話。
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2020.03.17
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全253件 (253件中 1-10件目) がんが自然に治る生き方
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
能望の実践で、非常に気持ちの良い状態、多幸感や至福感のエネルギーが湧いてくる状態、それは、脳内ホルモンの分泌もそうですが、右脳へのシフトや意識が素粒子の世界へ入ることも、多幸感や至福感、陶酔感が得られます。 さらに、感謝の心を深めることも幸福感が高まります。 ~~~~~ 〇 次元を超越した陶酔の世界に入り、その中でイメージを投影すれば、目の前の現実の世界が思い通りに変えることが出来る! 世界的に有名な成功者は、意識の投影である現実の世界をつまり、スクリーンの映像を、自分の思い通りにしている!とのことですから・・・。 松下幸之助氏も、ジョブズ氏も、過去の偉大な成功者たちも、それぞれ方法は違えども、この様な感覚を持っていたと思われます。 多幸感や至福感のエネルギーが湧いてくることが、陶酔の世界に入ることですから、能望の実践や『ミクロの命数』は、凡人にも出来る実践になります。 ~~~~~ ・『感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく』 「松下幸之助「一日一話」」(PHP研究所)より 松下幸之助氏は、感謝や素直になることで、幸福感が高まる!と、彼の本に書いています。 ========= 感謝の心が高まれば高まるほど、それに正比例して幸福感が高まっていく。 つまり、幸福の安全弁ともいえるものが感謝の心ともいえるわけですね。 その安全弁を失ってしまったら、幸福の姿は瞬時のうちにこわれ去ってしまうというほど、人間にとって感謝の心は大切なものだと思うのですよ。 感謝の心があれば、幸福なり喜びは自然に高まっていき、しかもそれが無限に長続きする。 感謝とか報恩とかというと、なぜか昔の封建的思想の産物だというように見られがちですが、ぼくは決してそんなものではないと思うのです。 これは、人間にとってのきわめて崇高な精神の所産というか、いかなる困難をも克服し、真の幸福を招来する1つの大きな根源だと思うのですね。 ========= 松下幸之助氏は、感謝の心を、真の幸福を招来する1つの大きな根源である!と、表現しておりますが、それは、封建的な古くさい考えでなく・・・。 彼が確信している『宇宙の根源の力』の一つと思っていたようです。 感謝を深めるから、つまり、感謝の心をどんどん高めるから、多幸感や至福感のエネルギーが湧いてくる「根源のパワー」と一体化して、ますます幸福感が高まっていくのです。 感謝するのが苦手な人は、能望の実践をお勧めします 能望の実践を繰り返して無我夢中になってくると、気持ちが良くなり、嬉しくなって最高の至福感に至ります。 脳が幸福感に満たされる状態になると脳内ホルモンが分泌され、脳は活力に満ちてパワフルに動き出すのです。 能望を実践していると松果体の振動で、セロトニンやドーパミンそして、奇跡のホルモンのメラトニンが大量に出るのです。 能望の実践は最高峰の丹田呼吸法の実践でもありますから、何種類もの脳内ホルモンが分泌されるのです。 奇跡のホルモンのメラトニンは、30億年前の生物から見られる物質で、すべての生物に共通するホルモンなのです。 催眠効果のあるサプリメントとして一般に知られていますが、研究者によると、他にも効果が発見されています。 すぐれた抗酸化作用があり、放射線による障害からも守るそうです。 メラトニンは、放射線被曝による癌をも抑制する強力な抗酸化作用があり、免疫力を上げて、エイズ治療にもガン治療にも効果があるという研究成果がありますので、驚きです。 心臓病、精神病、中枢神経疾患など(躁鬱病、分裂病、アルツハイマー病など)老化防止効果、糖尿病に対する有効性もあるのですから、注目すべきです。 このように万病に効くので、奇跡のホルモンと呼ばれているのです。 過去のメルマガに類似した文章があります。 ~~~~~ ・願望と意図 テイラー博士のララランド(陶酔の世界)のことを考えていたら、なるほど、そうだったのか!!と、ひらめいたものがあったので、メルマガに書きます。 ディーパック・チョプラ氏は、願望を実現するには、願望ではなく「意図」を持たなげればならない!と、彼の本に書いてあります。 ////////// チョプラ氏は「意図」とは執着のない願望です。 量子の世界では、全てのものは個別化した状態で存在することは出来ず、その境界というものがありません。 つまり、全てが繋がっているのです。ですから、人間は「意図」を発することで、それを神経システムを通して、自分の体だけではなく自分の拡張された体、つまり、環境や世界までに伝えることが出来るのです。 それによって、環境情報を(あるゴールに向かって)組織的に変容させます。 これが願望実現というものなのです。 ////////// この考え方は、テイラー博士の右脳の世界と同じ概念になります。 微細体を感じながら取り組む命数の「降龍」も同じ概念になります。 命数の「降龍」の実践でもエネルギーが高まり、至福感が高まり、シンクロや奇跡が起きますので、これに意図が加わると、より多くの人の願望が達成できるのでは?と、思ったのです。 テイラー博士のララランド(陶酔の世界)とは? テイラー博士は、右脳の世界の素晴らしいエネルギー体験を「ララランド(陶酔の世界)と命名しました。 私達も、脳出血に至らなくても、左脳の間断ないおしゃべりや、ささやきの呪縛から完全に脱出できると、右脳の世界に入ります。 これまで、メルマガで奨励してきた手法が左脳のおしゃべりを止める方法です。 テイラー博士のビデオから文章にしてみました。 ////////// 私はバランスを崩し壁にもたれました。腕を見ると、もはや自分の体の境界が分からなくなっていました。 自分がどこから始まりどこで終わるのか、その境界が分かりませんでした。 壁の原子分子と混じり合って一緒になっているのです。 唯一感じられるのはエネルギーだけでした。 右脳にとって現在が全てです。この場所この瞬間が全てです。 右脳は映像で考え、身体の動きで体感から学びます。 情報はエネルギーの形をとって、全ての感システム(眼耳鼻舌身)から、同時に一気に流れ込み、この現在の瞬間が、どのように見え、どのように臭い、どういう味がし、どんな感触がし、どう聞こえるか、巨大なコラージュになって現れます。 右脳の意識を通して見ると私は、自分を取り巻く全てのエネルギーとつながった存在なのです。 右脳の意識を通して見た私達の存在は、互いにつながっているエネルギー的存在です。 左脳のささやきが完全に途絶えました。全くの静寂になりました。すると周囲の大きなエネルギーに魅了されました。 もはや身体の境界が分からなくなり、私は自分が大きく広がるように感じました。 全てのエネルギーと一体となり、それは素晴らしいものでした。 私はこの空間を親しみを込めてララランド(陶酔の世界)と呼んでいます。 そこは素晴らしい所でした。 /////////// 右脳の世界とは、すべてがつながっているエネルギーの世界ですから、まるで素粒子の世界のようです。 つまり、量子の世界と同じです。 これは、右脳の支配下にあればあるほど、エネルギーを感じることができ、完全な右脳の世界に入ると・・・。 「私は宇宙の生命力です。私を作り上げている50兆もの美しい分子が一体となった生命力の塊です。」という表現になるのです。 能望も、降龍も、スワイショウも、エネルギーが高まりますから、左脳のおしゃべりを中断し、右脳に切り替える手法であることがわかります。 3億もの神経線維から成る脳梁を通して、2つの脳半球は通信し合っています。 しかしそれを除けば、2つの脳半球は完全に分かれています。 別々の情報を処理するため、それぞれの脳半球は考えることが違い、別なことに関心を持ち、あえて言うならそれぞれ別な人格を持っています。 そして、時間についても・・・。 右脳にとっては“現在”が全てです。 “今の瞬間、この場所”が全てです。 右脳は映像で考え、自分の体の動きから運動感覚で学びます。 情報はエネルギーの形をとってすべての感覚システムから同時に一気に流れ込み、この現在の瞬間がどのように見えどのように匂いどういう味がし、どんな感触がし、どう聞こえるかが巨大なコラージュになって現れるのです。 いまこの場所この瞬間。私たちはこの地球上で共に世界をより良くしようとしている兄弟姉妹です。 この瞬間に私たちは完璧であり、完全であり、美しいの です。 左脳にとっては過去と未来がすべてです。 左脳のもっとも大事なことは私が在るということです。 そして左脳が私が在ると言った途端、わたしは切り離されるのです。 私は一人の確固たる個人となり、周りのエネルギーの流れから離れ、周りの人から分離されます。 そして、ストレスの消える右脳 この空間の中では、仕事に関わるストレスが全て消えました。 身体が軽くなったのを感じました。 外界全ての関係とそれに関わるストレスの元が全て無くなったのです。 平安で満ち足りた気分になりました。 体が大きく拡大するように感じ、私の魂は大きなクジラのように自由に飛び静かな幸福の海を滑るように進みました。 天国を私は見つけたのです。 この大きくなった自分を再び小さな体の中に押し込めるのは無理だろうなと思ったのを覚えています。 しかし、私は“でもまだ私は生きている!”と思いました。 “そして天国を見つけた私が、天国を見つけてまだ生きていられるのであれば、生きているみんなも天国を見つけることができるんだ”と気付きました。 世界が美しく平安で思いやりに満ちた愛する人々で満たされみんないつでもこの場所に来られると知っているのを思い描きました。 意図して左脳から右脳へと歩み寄り、この平安を見出すことができるのだと、この体験がどれほど大きな賜物となるか、生きている人達にどれほど強い洞察を与え得るか、そのことに気づき、それが回復の力となりました。 大出血から2週間半後手術で私の言語中枢を圧迫していたゴルフボール大の血栓が取り除かれました。 完全に回復するまで8年かかりました。 今ここで、この瞬間に、私は右脳の意識へと寄ることができます。 そこでは私は、宇宙の生命力です。 私を作り上げている50兆もの美しい分子が一体となった生命力の塊です。 或いは左脳の意識へと寄って1人の堅実な個人である事を選べます。 大きな流れや、他の人とは別個の存在です。 私はジルボルトテイラー博士、理知的な神経解剖学者です。 この2者が私の中にある私達なのです。 皆さんはどちらを選ぶでしょうか。 私達がより多くの時間を右脳にある深い内的平安の回路で生きることを選択すれば、世界はもっと平和な場所になると信じています。 そしてこれは広める価値のある考えだと思ったのです。 ////////// テイラー博士は、8年間のリハビリと右脳意識の偉大なパワーによって機能を取り戻し社会復帰し、現役で活躍されているのです。 これは、世界で唯一、初めての記録であり、従来の脳卒中体験者では考えられないことなのです。 極めつけは、テイラー博士自身が、右脳の深い心の平和、至福状態を体験され『涅槃(ねはん)の境地』という言葉で説明されている点です。 これには、一瞬目を疑い、体を乗り出して見入ってしまいました。 何で、西洋の科学者に『涅槃』の言葉が出くるのか?と、ビックリして、本当に驚きました。 涅槃(ねはん)寂静に至る、命数の奥義も、降龍・昇龍のスパイラルも、最先端の脳科学者に認められて、太鼓判を押してもらった感覚になり、嬉しさと驚きが一度に与えられた感情になりました。 テイラー博士は、脳卒中で左脳が破壊されたので8年間も右脳の支配下に置かれ、偉大な右脳のパワーが、深い心の平和、至福状態を『涅槃(ねはん)の境地』という、最適な言葉に共鳴したものと確信しました。 左脳の記憶、潜在意識(七識)の記憶をゼロにすれば、仏教の叡智である、涅槃の境地に至るのですから、ハワイの秘法も、命数の奥義のスパイラルも、共通しております。 ますます感謝が深まり勇気づけられます。 私が長年書き続けてきた左右の脳のことが、真実であることを、現役の脳科学者が身を持って実証してくれたのですから、これほど有り難いものはありません。 現代人の多くの人が認めざるを得ない、西洋の科学者だから意義があるのです。 さて、テイラー博士は、左脳の世界を一時的に失い、何年間も右脳の世界のみに滞在させられることになったのです。 彼女は、右脳のマインド=右脳意識について説明されていますので、メルマガでの体験と比較するとうなづけることばかりです。 彼女は、右脳の世界は、過去・現在・未来という直線的な時間もなくなり、あるのは「今」だけ、自分が周囲の人々、周囲の世界とつながっていることを実感できて、至福に満ちた世界である!と、説明されています。 左脳は「今」を過去と未来に繋げて反応し、機能的理論的に人が普通に生きていく上で重要な役割を果たすのですが、同時に「今、ここ」を失いがちになってしまう。 左脳の世界では、自分は個人であり、周りの人々、周りの世界から切り離されています。 そして、左脳は、「私が、私が」と、自己中心的なので、エネルギーの流れから隔離され、一体の孤立した人間になってしまう、と、テイラー博士は説明されています。 テイラー博士は、右脳の世界では、私達人類はみんな兄弟であり姉妹であり、自然のすべてがつながっていて私達みんなで1つなのです。 そして、健康な人々は、いつ右脳の世界に入るか、または左脳に世界に入るか選択することができる。 だから、できるだけ頻繁に右脳の世界に入ることを選択するべきである、とテイラー博士は言っています。 このことが、より平和な地球を実現させるために必要なのだ!と、強調しているのです。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。
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2019.11.19 20:18:30
2019.09.26
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
前回は、すべてに「電子」がカギになっている!で終わりました。 以前は、この電子が原子核の周りを回っている図が物理の教科書にありました。 けれども、それは正確ではなく・・・、原子核の周りに雲のようなものがボワっと取り巻いていると説明されています。 この「雲のようなもの」が、電子であり「電子雲」と呼ばれています。 今の高校の物理の教科書には電子は円運動するとは書いていません。 電子は原子核の周りに分布すると書いています。 地球の周りを覆っているヴァン・アレン帯の電子の層のようでもあります。 さて、電子の実態は量子力学の範疇になるので、これまでの常識とはかけ離れているのですが、けれどもこの電子の流れがなければ私達の生命が成り立たなくなるのです。 そして、最も強調したいのは、観測者の心の有り方が量子である電子の動きや陽子を構成しているクオークと呼ばれる量子の存在様式を決定することが科学的実験事実として認知されているということです。 イライラよりも、心が穏やかであることが根源的な量子の世界からも大切であることが、証明されているのです。 感情や心のトラブルは、心身の不調を引き起こすことになるのです。 生命体は、絶え間ない電子のフロー(流れ)がなければ生きることはできません。 電子のフローが滞ると、たちまち私達の健康が維持できなくなります。 生命体にとって電子のフローがなくなるのは、電気エネルギー(電子)そのものがなくなる場合です。 病気とは量子場の乱れなのです。 細胞を構成する分子、そして原子、そして、超ミクロの量子(電子)の乱れなのです。 その電子のフロー(流れ)の乱れを正常にしてあげることで、自ずから治癒していくことになります。 人間の健康も電子がカギになっています。 私達の体も建築物も自動車も飛行機もパソコンも携帯電話も原子の集合体で出来ています。 そして、その大切な原子同士を結合させているのが電子です。 つまり、人も物体も電子が原子同士を結びつけて成り立っているのです。 その電子を奪い取ると、全てに酸化が始まります。 病気の原因は90%が活性酸素です。 「活性酸素」とは酸素が活性化されたもの、いわゆる電子を失った酸素であり、他の物質を攻撃して電子を奪って酸化させる物質の総称です。 永田親義氏著書の中でガンは、電子略奪病であると述べられています。 つまり、ガンは最高の酸化病(電子不足が原因で起こる)ともいえるのです。 それ故、電子を与え還元するということは酸化を防ぎ、電子略奪反応を阻止していることですから、ガンを始めとする種々の病気を生じないことになるのです。 健康を本当に理解する上で、電子の働きは必要不可欠なのです。 現代人の多くは、酸化と還元のバランスが崩れています。 酸化(電子を失う事)と還元(電子を与えられる事)のバランスが保たれてこそ、エネルギーに満ち溢れた健康生活を送ることが可能になります。 けれども、現代人の多くは酸化剤(電子を奪う物質)の大量摂取により、酸性に傾いているのです。 それで現代社会では、病気が蔓延していることになるのです。 ガンは酸化病であり、電子略奪病です。 糖尿病・腎臓病・肝臓病・心臓病・骨粗鬆症・鬱病・アルツハイマー・脚気・てんかん・動脈硬化なども全て、酸化病・電子略奪病です。 身体に電子が大切な事も、100年以上前より、知られていましたが、補給の方法が確立できませんでした。 よく言われている抗酸化物質というのが、つまりは「電子」を持った栄養素(ビタミンやミネラル)のことです。 これらを食べることで酸化を防ぎ、酸化されたものを還元できるので身体は正常に保たれるのです。 ちなみに砂糖や炭水化物などの糖質は身体を酸化や糖化させ、体温や免疫力を奪うものです。 そして、薬は炎症を抑える化学物質ですから酸化を促すものです。 すべてのモノは酸化によって腐食していきます。 それは生物である植物や動物も皆同じです。 酸化によって老化し死に至るのです 酸化と還元をスムーズに繰り返して、ミトコンドリアがATP(アデノシン三リン酸・生体エネルギー)を作り続けてこそ、人間は健康に生きられるのです。 それには酸素と電子が不可欠です。 酸素が身体の隅々まで行き渡っていない人も増えています。 酸素が毛細血管に入り込めていない人が増えているのです。 そして致命的な電子不足の人も増えています。 これまでの経験上、酸素とテラヘルツ波が最も簡単に病気を治す事がわかってきました。 テラヘルツ波が電子不足の血液に無理無く電子を与えてくれます。 酸素と電子を与えてミトコンドリアにATPを充分に作ってもらえれば、私たちは健康長寿を実現できるのです。 正しい食事だけで健康を維持するのが理想ですが、現実的には難しくなっています。 深く、静かで、長い呼吸によって、自律神経の調和を得ることができます。 息を長く吐くと副交感神経が優位になり、情報伝達物質が分泌されてストレスが軽減されます。 これが調心につながり、寂静を全身で実現できるのです。 豚の顔をした龍の名前が『息』の意味がここで関連していることが分かります。 息を長く吐くことで、体内に大量の電子を与えることができます。 もちろん、深い呼吸ですから酸素も大量に取り込むことができます。 電子は氣を取り込む働きがあります。 ・氣のサイズは10のマイナス36乗 ・電子のサイズは10のマイナス16乗 ということですから、氣の10のマイナス36乗となると現代科学ではその存在も検証も不可能なのです。 ですから、私達は、電子と氣を同じ扱いでとらえていたのかも知れません。 イヤシロチとは還元電子の多い土地で、その反対のケガレチとは、氣が枯れた土地ということで、これらの言葉は、古代のカタカムナから来ています。 古代の3万年も前に電子も氣も、その働きも分かっていたのですから、驚きなのです。 この続きは次回にします。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。 ありがとうございました。
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2019.09.26 19:20:16
2019.09.06
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
前回のメルマガで、 :::::::::::::::::: 豚の顔の龍の息(いき)について、中国の故事など、色々調べてみましたが、それが、どうして息という名前なのか? その名の由来は、分かりませんでした。 :::::::::::::::::: と、書きました。 日光の東照宮は、天海が総監修をしているので、特に龍やエネルギーに関しては、専門家でしたので、天海が関与していると思われます。 天海は、古代中国の陰陽五行説にある「四神相応」の考えをもとに、 江戸城や江戸の町を造りました。 関東の北の守りは日光の山々、南は太平洋、東は利根川、西は東海道、と、四神相応の土地になっており、江戸の町には、目黒、目白などの五色不動を配置し、表鬼門にも裏鬼門にも壮大なお寺や神社が建造されております。 そして、天海は、僧侶でありながらも徳川家康・秀忠・家光と、三代の将軍に仕え、江戸幕府初期の朝廷政策・宗教政策・江戸の町づくりに深く関与し、徳川260年の安定政権を築いた人物です。 彼は「黒衣の宰相」「黒衣の将軍」とも言われ、将軍の参謀でもあり江戸の町づくりの設計者でもありました。 彼は、死後に慈眼大師という称号を与えられました。 この大師は、高徳な僧に天皇から勅賜の形で贈られる尊称です。 最澄の「伝教大師」が日本仏教界初で、空海は弘法大師として有名ですが、天海の「慈眼大師」以来、大師は出ていません。 天海の死後、400年も大師という貢献度が高く、弘法大師レベルの高僧が出ていない!ということです。 けれども、天海の功績は、現代の科学では説明できないことと、108歳という高齢まで現役で活躍したこともあり、常識とはかけ離れているので、歴史家は彼のことを取り上げるのを避けているように思われるのです。 以前に『天海コード』という商材を書きました。 天海僧正は、空海や白隠禅師に匹敵するほどの天才なのに、これまでは、怪しい怪僧としか思われていないのは残念に思って書きました。 商材の中では一番に売れたのは『天海コード』でした。 そして、今回も豚の龍の「息」ですから、たとえ、これが、天海のオリジナルでなくても、この豚の龍の「息」を紹介してくれただけでも、天海僧正には、大いなる知恵を頂いたことになります。 豚の顔の龍、その名は「息」!それだけで?と思われるかも知れませんが、今の私にとっては、色々な知識がつながってくるので、とても有難い教えなのです。 2年前の2017年の12月に天海が仕掛けた江戸城の天守閣跡に行った時の感想をメルマガに書いたので、その一部を紹介します。 ~~~~~ 先日、江戸城の天守閣跡のエネルギーが気になり皇居に行ってきました。 皇居の大手門入口から天守閣跡までは、2キロ程も歩くので、物好きな人でないと来ないだろうと、思っていました。 けれども、そこには大勢の外国人がおりました。 彼らの会話に耳を傾けていると、感動しならが、身振り手振りでも、ここからパワーが出ているということを、仲間や、パートナーに説明しているのです。 説明をする人にとっては、念願のあこがれの地に来ているという感じなのです。 旅行のガイドに書かれているのか、大地のエネルギーに関しては日本よりも一般的なので興味のある人が多いものと思いました。 日本人なら二重橋や坂下門とか天皇家が住んでいる場所に興味があり、江戸城の天守閣跡には興味を示さないと思います。 私は、江戸城の天守閣の土台は、天海によって日本一のエネルギースポットにしたことを知っているので、なんだかうれしくなりました。 日本人のほとんどが知らないことを外国人が知ってるのですから、複雑な思いもありました。 さて、江戸城の天守閣跡のパワースポットは、日本一と言われておりましたが、現代では日本一を超えて世界一の「エンペラー・オブ・ザ・パワースポット」と言われているようです。 旅行ガイドに世界一の「皇帝のパワースポット」と説明があるなら、それが東京にあるのですから、興味のある人なら訪れると思います。 さて、皇居は、日本で一番のパワースポットになっていることは、イヤシロチ・ケガレチの提唱者である楢崎皐月博士が日本全国の12000ヶ所以上の土地を任意に抽出して実地調査をした結果ということです。 江戸には富士山からの龍脈=(レイライン)が2本に分かれて入っています。 さらに、秩父山地からの龍脈も入っていて、この龍脈が穴を結んでいる『龍穴』に江戸城は建てられました。 科学的と言われている計測器で測定しても、皇居が日本で一番のイヤシロチ=パワースポットということになるのです。 そして、江戸城と江戸の街の堀の構造は「の」の字の渦巻きで、エネルギーが渦を巻くボルティクスになっているのです。 江戸城の堀から出る右巻きのエネルギーが江戸の町に放出され、お城はもちろんですが、江戸の町全体の繁栄を意図されて城も堀も建設されているのです。 江戸城を建造する際に、天海が大量の金や炭などを何層にも敷き詰め、大地の氣のエネルギーを調節することを、意図して建設されたのです。 関東の北の守りは日光の山々、南は太平洋、東は利根川、西は東海道、と、四神相応の土地になっており、江戸の町には、目黒、目白などの五色不動を配置し、表鬼門にも裏鬼門にも壮大なお寺や神社が建造されております。 さらに、右回りのエネルギーで、がっちり守られてからの江戸は人口も増えて、日本の文化の中心地になり、短期間のうちに、世界でもトップクラスの都市になりました。 江戸城の右巻きに堀から放射されるエネルギーは、江戸の町を守り、城の運氣を高め、徳川幕府も、明治になって東京になってからも、この地は400年以上も繁栄しているのです。 楢崎氏はイヤシロチという言葉の生みの親であり、カタカムナの解読によってもたらされた知識で、埋炭法による土地改良や電子水によって生物の育成が促されることが知られるようになり、現在広く応用されております。 私は、江戸城の天守閣の跡地で、風水も、天海の術も日本の古代の英知であるカタカムナから由来しているのではないか?と、漠然と思ったのです。 江戸城の天守閣跡の氣のエネルギーは、想像以上に平和を望むものでした。 全国にある有名な神社や仏閣のほとんどは、龍脈の通る龍穴に建てられていて、その土台は、暴れる龍を調教するごとく、氣のエネルギーの調節をしているのですが・・・。 天海は、こんな仕掛けができるものなのか?と、思ってしまいました。 そのエネルギーは、自分だけが良ければ、というような利己的な風水のレベルではないのです。 愛のエネルギーであふれていると言えば、ありきたりになりますが・・・。 権力者には平和を愛する気持ちを増大させ、江戸の町には平和と繁栄のエネルギーを「の」の字型の右巻きに流すという天海の仕掛けには深い叡智があるように思えたのです。 さて、天海が実施した中国やインドでの古代の陰陽五行説の内容は「陰陽論」と「五行説」とを組み合わせて、宇宙から人事にいたる全ての現象を説明しようとする理論です。 陰陽とは、「氣」の二面性をあらわすものであり、氣とは、万物を形づくり、それに生命、活力を与える物質=エネルギーのことであり、右回転と左回転、膨張と収縮の現象世界を表している点に注目すれば・・・ これは、3~5万年前に日本にあったとされるカタカムナの文献にもあり、それらの易は、カタカムナから派生した教えと捉えると納得できます。 日本には、縄文時代よりもはるか昔にカタカムナという文明がありました。 この文明に関する記述は和歌に似たカタカムナウタヒという神話以外に何も残されていません。 けれども、このカタカムナウタヒを、ていねいに読み解いていくと、そこには現代物理学の最先端の理論や現代科学が到達していない超科学についても書かれているのです。 この上古代のカタカムナ文献は、楢崎氏が5年間以上もかけて解読したものですが、現代物理学の最先端の理論や現代科学が到達していない超科学についての内容もあったので、はじめは、公表を避けていたようです。 空海も天海も、古代の神道や山岳信仰には通じていたので、カタカムナ文明からの英知を学んでいたことと思われます。 カタカムナの潜象世界と現象世界という考え方は、まさに現代の最先端の量子物理学の見解と一致し、現代科学をはるかに超えている理論もありますから、驚きなのです。 つまり、カタカムナも、現代の物理学も共に電子などの素粒子を扱っている科学ですから、現代のように科学が進歩したので、やっと耳を傾けてもらえるというものなのです。 目には見えない世界のことなので、これまでは、不可解な魔法の世界だったのです。 以前からカタカムナの意識レベルは、950~1000という数値になってしまうので、怪しいと思って、こんなはずはない!と、疑っていたのですが・・・。 カタカムナは、30年から50年後には、より多くの人に一般的になると思われるほど進んでいるものですから、これまでの科学のレベルでは受け入れられなかったのです。 空海も、天海も、カタカムナも、量子物理学が普及するまでは怪しいものだったのです。 さて、楢崎氏にはカタカムナ文献に巡り合う以前にその前兆がありました。 楢崎氏が旧満州の吉林(キーリン)で製鉄の研究にたずさわっていた頃、 満州職人の信仰に敬意を表し、北山(ペーサン)にあった道院、娘々廟(ニャンニャンビョウ) に詣でた時・・・。 日本人としてはじめて参詣したことから、道士蘆有三(ラウサン)に招じられ 一服の茶をすすめられることとなりました。 そして、つぎのような驚くべき内容の老子経古伝をあかされたのです。 『上古代の日本の地にアシア族という、高度の文明を持つ種族が存在し、「八鏡の文字」を創り、特殊の鉄をはじめ、さまざまの生活技法を開発していたこと、そして後代の哲学、医学 、易の思想や漢方等は、その文化の流れに展開したものである。』と・・・。 以下のようにも伝えられております。 『老子の古伝』として伝えられている言葉によれば、我々が シナ民族固有の文化と思っていたもの(易・漢方医術・製錬法・老荘哲学・堯舜(ぎょうしゅん)の理想政治等)は、日本の上古代の文化の流れをくむものであるとのことである。 中国4000年の歴史!という言葉で、日本はあらゆる文化を中国から教えられた!ということになっておりますが・・・。 つまり、古代中国で発明されたとされる「陰陽論」や「五行説」も、日本にあった高度の文明を持つ種族から教えられたことになります。 空海は、天皇の命令で古代の日本にあった高度な文明の跡を隠すために四国八十八霊場を造った!という説もあり・・・。 寺院のすぐ裏に神社を建てて古代の文明のこん跡をカムフラージュしたというのです。 中国の春秋戦国時代に、漢民族が百万人の単位で日本に帰化人としてきたのも、高度の文明を持つ国にあこがれてきたようにも思われます。 私が、江戸城の天守閣跡で、氣のエネルギーを感じながら、天海の前は空海で、その前は、中国→インド・・そして、上古代の日本のカタカムナ文明と、天海の仕掛けの源流には計り知れない叡智があると、思考を巡らしたのです。 それ以降、カタカムナは、素粒子、量子を扱う科学書ですが、ソリュウシのリュウ、リョウシのリョウから「龍」の名になったのではとも思うようにもなりました。 降龍 昇龍とは、素粒子の流れのことで・・・。 2000年も前に、命数の10のマイナス24乗という数字があったのか?という疑問も、なるほど、3~5万年前のカタカムナには10のマイナス80乗という極微の概念があったのですから、納得です。 真言宗には微細界という言葉もあり、量子論でしか使わない言葉もあり、最先端の量子物理学者が高野山を訪れているのも腑に落ちました。 仏教と量子物理学の理論が類似しているのも、カタカムナ文明は、世界の四大文明への源流にもなっているというのですから、古代インドの宗教に影響しているは当然のことなのかも知れません。 たとえばカタカムナでは「アマテラスオホミカミ(天照大御神)」は「自分の命の奥に存在する力の実体」となり、仏教では、これが仏心となり、その根本的な概念は同じになります。 カタカムナ文献には、宇宙の仕組み、高次元のこと、生命の生まれる仕組み、健康のこと、心のこと、農業のこと、右巻き螺旋のエネルギーのことや、不思議な鉄のことなど、現代の科学でも解明されていないようなことも記されています。 さて、皇居は、天皇家の敷地ですが、天皇家の「三種の神器」は、カタカムナ文字とも関連があります。 「三種の神器」とは、「八咫鏡」(やたのかがみ)、「勾玉」(くがたま)、「草薙剣」(くさなぎのけん)です。 カタカムナ文字の中心には 「ヤタノカガミ」という名の図形があります。そして、「フトマニ」、「ミクマリ」という図形も文字の中心にあるのです。 「ヤタノカガミ」とは、その名の通りの「八咫鏡」(やたのかがみ)です。 このヤタノカガミの図形から東洋では、曼荼羅に、西洋では十字架になったように思われます。 そして、「フトマニ」が、「草薙剣」で、ミクマリは三種の神器の残りの「勾玉」になります。 カタカムナ文献は、80首のうたからなります。 その第7首に「ミスマルノタマ」が出てきます。 第7首 マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ この「ミスマルノタマ」とは、自分の周囲にできる素粒子の空間のことで、高次元に通じている空間ということです。 「人が自分の周囲に「ミスマルノタマ」をまとえば、私たちは三次元世界にいながら、高次元のエネルギーや智慧を受け取ることができ、三次元世界で解決できない問題を解決出来たり、生活のあらゆる面でポジティブな現象や変化が表れやすくなります。」 「ミスマルノタマ」は自分を中心に半径2.5メートルの空間を作り出します。 この文章は、カタカムナを20年以上も研究し、カタカムナを医療に応用し、末期がんなどの難病を治している医学博士の丸山修寛氏が書いたものです。 スワイショウ(腕振り運動)でも、何千回も繰り返していると自分の周りに氣の空間を感じることができますが、この「ミスマルノタマ」ができるから、難病完治の奇跡が起きるのか!!と、納得しました。 スワイショウ(腕振り運動)の源流である達磨大師も、カタカムナの叡智を知っていたのかも知れません。 ~~~~~ 引用が長くなりました。 人間の周囲にエネルギーの層があるように、地球の周りにも電離層があります。 地球を取り巻く電離層は、7.8Hzのプラズマ振動を起こしているという事実が分かっています。 地球を取り巻く空気の層は上に行くほど薄くなりますが、この中の一番大気が薄い層、つまり宇宙との境界に電離層があります。 電離層というのは、プラスとマイナスイオンが集まっている層です。 なぜこのような層ができるのかというと、太陽から荷電粒子が来るからです。 それが地球の磁場で曲げられ、また強いエネルギーの宇宙線(ガンマ線)により大気がイオン化されてプラズマ振動を起こし、層ができてしまうのだろうというのが、ドイツの物理学者、シューマンの仮説でした。 シューマンは、1952年に量子化されたプラズマ振動は光と同じ速度で1秒間に地球を7周半、細かい計算では7.83Hzの定在波、14.1Hz、20.3Hzのプラズマ振動が生じているはずだと仮説を立てました。 この当時は計測できる技術がないので仮説のままでした。 後に人工衛星エクスプローラー1号(1958年)の打ち上げで電離層(バンアレン帯)の存在が発見され、アポロ4号の計測(1967年)で予想的中、電離層のプラズマ振動には7.8Hzの電磁振動があることが分かりました。 そこで、この7.8Hzは、シューマン共振と呼ばれています。 つまり地球は周波数7.8Hzの電磁波で囲まれているということです。 そして、我々は、生まれて以来ずっと、7.8Hzの電磁波を浴びていて生活しており、脳波はその影響を受けているということにもなります。 シューマン共振の整数倍の周波数を見てみると、一次(7.83Hz)、二次(14.1Hz)、三次(20.3Hz)となっていますが、これを脳波に置き換えると、シータ波(4?8Hz)、アルファ波(8?14Hz)、ベータ波(14?20Hz)となり、シューマン共振と脳波は見事にリンクしています。 一番最初の一次がシータ波領域で、倍々に周波数が上がと、アルファ波、ベータ波となります。 ここでは、7.83Hzというのが最も重視すべき周波数であり、これが「地球の脳波」「地球の鼓動」と呼ばれています。 龍脈もパワースポットのエネルギーも、このシューマン共振が源になっているようです。 地球を取り巻くドーナツ状の放射線帯=ヴァン・アレン帯の周波数は7.8ヘルツ。 ◎7.8Hzは、人が睡眠と覚醒の境目付近にあるときの脳波であり、同時に地球を取り巻くバンアレン帯のプラズマ振動であるシューマン共振と同じ周波数です。 このシータ波は、ひらめきや直感力が鋭くなるとも言われます。 しかも、地球上の全ての素晴らしい発明や発見は、このシータ波によるひらめきによって為されているのです。 脳波をシータ波に下げることが出来れば創造主からの知恵を授かることが出来るとも言われています。 このシータ波は、息を長く吐くことによって可能になるのです。 空海も、天海も、白隠禅師も、教えてくれたことで、天海僧正が、豚の龍=息が、背中を押してくれた教えなのです。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。
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2019.09.06 20:45:31
2019.08.29
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
前回は、豚の顔の龍と三毒について書きました。 豚の顔の龍の息(いき)について、中国の故事など、色々調べてみましたが、それが、どうして息という名前なのか? その名の由来は、分かりませんでした。 ただ、一龍一猪(いちりょういっちょ)という類似している四字熟語がありました。 意味;努力して学ぶものと、怠けて学ばないものとの間には大きな差ができるということ。 ・「龍」は賢く、成功した者のたとえ。 ・「猪」は豚のことで、無恥な愚か者のたとえ。 出典 韓愈「符読書城南」 ですから、豚の顔の龍の息は、未熟で、本当の龍にはなり切れない!と推測するのが自然だと思います。 そして、本当の理由になるためには、息を極めること! ・弓の名人の呼吸法! ・能望の一息で20回の連続速唱! ・白隠禅師の丹田呼吸と内観の四則の実践! これらに共通しているのは息を長く吐くことです。 それが、能力のない豚が、本物の龍に目覚めるカギになるのです。 過去のメルマガで「龍に目覚める!」という文章がありますので紹介します。 ~~~~~ 龍に目覚める! 仏教、特に禅の世界においては「龍」を悟りを開いた覚者の象徴として用いられ、寺院の名前にも多く見られます。 龍は、中国、韓国そして日本においては吉兆を表わす神霊として珍重されてきました。 そして、龍は王、皇帝の上に位置する恐れ多い物の象徴です。 最も恐くて、尊敬に値する、すべての物事の上に存在するのが龍です。 ところが、西洋のドラゴンは、人間の心に棲む悪と破壊的な力の象徴となり、いかにも邪悪なものとなっています。 「龍は人間の弱く無防備な意識を育て支えるか、もしくはそれを飲み込み破壊する、人間のプシュケ(魂)の深くに棲む非人格的な力の化身である」とも言える。 と、説明があるほどですから、西洋の龍にまつわる逸話といえば必ずと言っていいほど龍退治が出てきます。 西洋の龍とは「人間の破壊的な心の象徴」であり、龍退治は「無意識に潜む不安や破壊衝動のエゴを制する事」になります。 東洋も西洋も人間の心に棲む内面的な意識の象徴になっており、意識は何層もあり、表層意識と深層意識の違いの説明で、どちらも正しいように思います。 東洋では、特に仏教が、心の深層まで追求しており、表面意識と深層意識の違いをはっきりと把握しているので、西洋とは異なる見解になっていると思います。 「日月神示」の関連本(赤玉白玉)には、内なる蛇が龍になり岩戸が開ける!と記されています。 ======= ・神の力と愛とは、一人ひとりの内にひそんでいる蛇が龍に変るぞ! ・大いなる力、全てに働く力、神の力、内なる宝を掘り出せ! ・全てに感謝をささげねば、力が力としてよみ返らないのであるぞ。 ・素直にまさる力はない。これにより愛が生まれるぞ。 赤玉白玉より ======= 内なる蛇が龍に変わる!この内なる蛇とは、聖書にもあるように、蛇がイブに近づき禁断の木の実を食べるよう唆(そそのか)したように、いつも私達の耳元で唆(そそのか)して邪魔ばかりしているマナ識のことだと思います。 マナ識はエゴの塊ですから過去の膨大なマイナスの記憶に支配されています。 ですから、心をいつもマイナスの状態に導くように耳元でささやくのです。 西洋では、この蛇のことを邪悪なドラゴンにたとえ、龍退治の逸話が多いのです。 イブを唆(そそのか)す蛇、邪悪なドラゴン、ですから、このエゴの表層意識を取り除くことが、東洋の龍になることなのです。 蛇のままでは、決して心をプラスの状態にはしてくれません。 この蛇=マナ識は、願望の達成にことごとく邪魔をして壁のようになっている“メンタルブロック”のことでもあり、ほとんどの人の思考は、耳元で唆(そそのか)されて、マイナスの状態になってしまいます。 何かをやろう!と、決心しても「どうせ無理だからやめておけ!」「お前にはできっこない!」と、耳元でささやくのです。 このささやきは「分別の声」とも言われていますので、常識的な正しいことを言っているように聴こえるのです。 ですから、ほとんどの人はこの声に従ってしまいます。 この「分別の声」のために、子供の時に本来持っていた能力の50分の1までも閉じこめられている!という、ゼロ・プロジェクトという名のアメリカの大学での研究結果があります。 この研究では、人間は成人になると、4歳まで持っていた能力の2%しか出せなくなっているそうです。 それでは、残りの98%の能力はどこに行ったのか!というと、能力は無くなったのではなく、分別の声に、閉じこめられてしまった。というのです。 蛇=マナ識、“メンタルブロック”「分別の声」、これらは自分の能力の進化にとっての大きな壁になっているのです。 西洋の邪悪なドラゴンは退治すべきなのですが、東洋では、邪魔者と、みなしても、憎んだり、攻撃することはしません。 尚、蛇は日本では、神として祀られます。正月の鏡餅は、白蛇がとぐろを巻いた形を飾ったものということですから、蛇さえも縁起物になるのです。 マナ識も生まれた時からの生活習慣を、プログラム通り忠実に実行している生真面目な潜在意識ですから、そして、プログラムを変更すれば忠実に働いてくれるのですから、穏便に見てあげて下さい。 敵対したり憎しみを持てば、自分の意識レベルが下がり、望ましき現実が遠のいてしまうので、ことごとく妨害してくるマナ識でも憎まないで軽く傍観していて下さい。 内なる蛇が龍に変わる!の龍とはマナ識のさらに奥に内在している、阿頼耶識や阿摩羅識などの無限のパワーを象徴する「内なるパワー」つまり、龍神様のことになります。 登龍門の逸話からも、東洋では、困難に耐え抜き財を成した人物や学業で優秀な成績を残した人々を、龍にたとえる文化があります。 現代でも経営の神様と多くの人々の尊敬の対象になっている故・松下幸之助氏は、松下産業の七つの事業所に七つの龍を奉り、龍神様のパワーを引き出して経営にあたっていました。 平素から感謝と素直を深めて、内なる龍神に至り、あらゆる困難を乗り越え、一代で世界の松下産業を築いたのです。 松下幸之助氏の魔法の秘訣は感謝する時期を早めて、誰よりも深く感謝したのことです。 ですから、より速く大きな富を引き寄せていたのです。 一般に「内なるパワー」は、次元を超越した高次元に存在しています。 高次元は過去も未来もなく、現在の今しかないのです。 松下幸之助氏は「内なる龍神」のことを熟知していて、高次元の法則通りに従い感謝していたのです。 三次元では想像もつきませんが、松下幸之助氏が龍神のパワーを引き出せたのは、心の働きを高次元の法則に一致させたからです。 純度100%の感謝の心、素直な心、謙虚な心、本当に心の底から真剣になることです。 私は、一人でも多くの人に「内なるパワー」に気づいてもらい、幸せで輝ける人生を送ってもらいたい。と、思っております。 この教えは、東洋哲学の真髄でありながら、多くの日本人は気づいていません。 そればかりか、この教えの核心である「内なるパワー」とのつながりが寸断されているために、多くの人々が混乱を招いているのです。 個人も教育機関も企業も国も「内なるパワー」を活用する知識も術(すべ)も知らないために大きな混乱に陥り右往左往しているのが現状です。 ですから「内なるパワー」に気づくこともないのです。 若い世代のうちに「内なるパワー」に気づいて真剣に実践すれば「どんなに輝いた人生を送ることができるか!」と、いつも痛切に思っております。 50代、60代になっても、いや70代80代になっても遅すぎる!ということはありません。 心の働きですから、年齢に関係なく「内なるパワー」が眠っている状態から、はっきりと覚醒した状態になり、輝いた人生を送ることができるのです。 そして、神聖さがよみがえりますから病気とは無縁になり、あなたの平均寿命が20年?30年も伸びるのです。 龍は、人の根源的な力が具現化した絶対的な象徴であり、 個人の能力を最大限に発揮させてくれる守り神のような役割を担ってくれます。 現代は、世界の終末説とはいかないまでも、社会のシステムが限界に達し「転換期」であることは誰もが感じていることです。 このような時代に、蛇のままの「内なるパワー」が眠っている状態で生きるか、それとも、幸運の守り神の龍に目覚めて生きるのか? あなたの「内なるパワー」が眠っている状態から、はっきりと覚醒した状態になり、輝く人生を送ってもらいたいものです。 ~~~~~ 龍に目覚めることが、本来の自分として生きることになります。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより掲載しております。
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2019.08.29 15:29:27
2019.08.21
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
前回は、日光の東照宮の陽明門の彫刻から豚のような顔の龍、本当の龍になり切れない未熟な龍について触れました。 その豚のような龍の名前が「息」(いきあるいは、そく)というのですから、驚きでした。 最近のメルマガでは、弓の名人の呼吸法のポイントは、息を長く吐くこと! 「息」こそが、奇跡の神業の鍵になる!という核心に、5〜6回もかけてやっと至ったのに、豚の龍の名前がいきなり「息」ですから、非常に意味が深いシンクロになります。 東照宮は、天海の総指揮により建設されたものですから・・・。 つまり、日光東照宮・造営時のプロデューサー(総指揮者)は僧侶の天海(てんかい)でしたから、さもありなんです。 天海僧正は陰陽師としての側面も併せ持っていたため、家康公が静かに眠れるように、また、家康公の威容を後世にまで伝えるために、日光東照宮に様々な施策を施しています。 さて、豚と言えば、仏教関連では「西遊記」の猪八戒が有名です。 豚の顔の龍も、猪八戒も煩悩に紛れているという点では共通しています。 猪八戒ばかりでなく、孫悟空も、沙悟浄も三毒という煩悩に例えられています。 三毒とは、毒のように私たちの心を蝕み、清らかな心を失わせる原因となる三つの心の動き=煩悩を表します。 それは、貪(とん)・瞋(じん)・痴(ち)になります。 この三毒によって毒された心では、私たちこの世の苦しみに、ただただ苦しむだけの存在になってしまうのです。 猪八戒は、この三毒の貧(とん)で、この貪は、貪欲(どんよく)の貪を意味します。貪(むさぼり)りとも言われます。 貪欲とは、現代でも使われる言葉ですが、「欲しいものなどに対して、執着する心」を意味します。 私たちが人生を苦しいものだと感じるのは、私たちがあらゆるモノに執着するという煩悩があるからです。 お釈迦様はこの世の真理を正しく見抜くことができるようになり、あらゆる物事に執着する心を捨てることができれば、苦しみから解放されると悟られました。 貪欲は煩悩の中でもあらゆる苦しみにつながる根源的なものと言えます。 そして、孫悟空は 瞋(じん)になります。 この 瞋(じん)は、自分の思うとおりにならないとカッとする怒りの心です。 瞋は、いかりとも読みます。 怒りっぽくて喧嘩ばかりしている猿の孫悟空のキャラになります。 仏教では、相手がどんなにひどいことをしてくるような人間であっても、腹を立ててはいけないと教えます。 仏教の教える、四苦八苦という人生の大きな苦しみの一つに「怨憎会苦(おんぞうえく)」という言葉がありますが、他人の中には理解できないような腹を立ててしまうような人も存在しています。 そんな人に出会ったとしても、腹を立てず、耐え忍ぶことが重要なのだとお釈迦様は教えています。 あおり運転の犯人のような狂人もおりますが、人の命を奪うような犯罪行為は例外です。 孫悟空がいれば大暴れになります。 ちなみに、日光東照宮には、5173個もの彫刻があります。 その中でも、もっとも有名なのが「見ざる、聞かざる、言わざる」の「三猿の彫刻」です。 「耳を手で塞いでいる猿」「口を手で塞いでいる猿」「目に手を当てている猿」です。 この彫刻にも、三毒の瞋(じん)を出さないように、そんな意味があるようにも思います。 さらに、痴は、沙悟浄になります。 三毒の痴は癡とも書き、愚痴(愚癡)を意味します。 痴は、おろかとも読まれます。 愚痴とは「真理を知らず、物事の理非の区別がつかないこと」を意味します。 現代では、愚痴と言うと「愚痴をこぼす」などとも言い、仕方のない不平などを言うことの意味ですが、仏教での愚痴の意味は「真理を知らないこと」になります。 この世の絶対的なルールを知らないことで、愚かな考えや、行動を起こすのだと言います。 このように、三蔵法師は人間の三毒、つまり自分の中の三毒を連れて、天竺への旅へ出るという物語が「西遊記」ということになります。 私達は、自分の中の三毒をさらけ出して生活しているのです。 「煩悩」とは、仏教で心身を悩ませ、苦しめ、煩わせ、汚す心の作用のことです。 仏教では、「煩悩」が人間の「苦」の原因であると説いています。 現実的には、肉体や心の欲、怒り、執着などのことで、これを修行で消滅させることを「悟りを開く」とも言うのです。 「煩悩」は、何かを成そうとする時に邪魔になるものです。 「煩悩」には、人間の諸悪の根源とも言われる前述の三つの毒があるのです。 貪 とん =むさぼり(欲深く物をほしがる、際限なくほしがる)、 瞋 しん =怒り(自己中心的な心で、怒ること、腹を立てること)、 痴 ち = 迷 めい 妄 もう (物事の道理に暗く実体のないものを真実のように思いこむこと) 煩悩とは、自我のエゴの事でもあります。 三毒もエゴの欲望や執着のことで、すべての苦しみの根源でもあります。 わかってはいるけど、やめられないという、愚かな心、つまり、貪・瞋・痴(とん・じん・ち)は、誰もが持っているのです。 けれども、欲望は、すべてをなくすのが目標ではなく、中道という「ちょうどいい」状態を保つのも、仏教の教えでもあります。 豚のような龍、豚の猪八戒、孫悟空、沙悟浄いずれも未熟で煩悩に紛れている私達のことを分かりやすく例えているのです。 参考にして下さい。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより掲載しております。
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2019.08.21 18:16:37
2019.08.18
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
9号、10号と強い台風が日本列島を横断しました。 台風が近づくたびに『九つの和』の注文を頂いておりますが、皆さん何事もなくご無事に生活されております。 特に関東にお住いの人達からの注文が多いのですが、これまでに不思議と台風や災害が遠ざかる傾向にあります。 偶然でもなんでも無事であることが何よりです。 以前に書いたメルマガです。 ~~~~~ 特に九頭龍のパワーは、雲や雨、水と関連して、運やツキを呼び込む点では郡を抜いておりますので、大難を無難にも変えてしまいます。 それらはすべて右回転のエネルギーになって、家全体から放射されて素粒子に影響していることと思われます。 『幸せの和』の名刺サイズをポケットに持っているだけで、周りの場を変えますので、九頭龍をはじめとする『幸せの和』の右回転のエネルギーの渦が、台風の左回転のエネルギーに影響を与えていることは、多分に考えられます。 空海や天海の「雨乞いの祈祷」で、実際に雨を降らしたのも、空気中の水蒸気に働きかけて雲を集めたのですから、この原理です。 彼らは、空という素粒子の概念があったので、私達よりもずっと科学的なのです。 気象学者のエドワード・ローレンツは、「ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくとテキサスで大竜巻が起こる」というようなことを言ったそうですが、思考などの微妙なエネルギーの作用でも、世界はすべてがつながっておりますので、想像もできないような変化が起こるのです。 ~~~~~ 自然災害は、天災だからどうにもならない!と、多くの現代人が思うことです。 けれども、幸せの和の体験談には、九頭龍の名刺や色紙を持っているので、被害を避けられました!という体験談が、たくさん寄せられました。 『幸せの和』の右回転のエネルギーが素粒子レベルで、台風や爆弾低気圧などの左回転のエネルギーを相殺して無害になった!というのです。 空海や天海の「雨乞いの祈祷」の反対の働きかけです。 当時は、九頭龍の色紙が、幸せの和が百万枚も普及した原動力になりましたから、通常では考えられない、有り得ない奇跡が起きたのでしょう。 ちなみに、気象庁の注意警報を発表していた人が、黒良龍太という人で、それが、あまりにも、たどたどしいので、小学生でも、ここまで下手くそな説明はないだろうと思いました。 何度も、言い直し、何かに操られて、すらすら言い切ることができない!というような稚拙な説明なのです。 だれなのだ、こいつは、と、何度もこの人の素性や肩書を確認させるような、本当に聴きずらく、わざとにへたくそな言い方で説明したとしか思えないのです。 一体、この人は、何を言いたいのか? 何に注目せよ!というのか? 私には、自分の名の「龍」に注目せよ!というメッセージにしか思いませんでした。 天災を無難にするには「龍」がキーになる!という暗示なのか?と思いました。 天候を変えるには、素粒子レベルからの波動の影響もありますが・・・。 心模様が、空模様よりも確実に現実を変える!という法則もあります。 この世は鏡であり、自分の心の思いが毎瞬映し出されているという「鏡の法則」があります。 目の前の現実は、どの瞬間も、一人一人の意識の波動が正確にそのとおりに映し出されているのです。 私たちの身の回りで起きているすべての現象は、自分が出した振動波、つまり波動が同調して引き寄せたものです。 どんなに良いことでも、悪いことでも、それは自分が無意識のうちに出している意識の波動と同調したものが現象として現れているのです。 現実とは100%あなたの意識が引き寄せたものでありますから、運が良いとか悪いとかの状況は、自分が作っていることになります。 何度もくどいようですが、自分の周りの状況というものは、どんなことでも自分の心の奥底の思いが、原因となって物事を引き寄せ、目の前に展開しているのです。 自分の思いでも、宇宙に与えているものが、与えられているのです。 災害が起きても、被害に遭わない人もいれば、巻き込まれる人もおります。 これは強力な宇宙の法則ですから、肝に銘じてください。 けれども、私たちは自分の意識や思考、考え方を完全にコントロールできません。 つまり、七識のエゴの思考に支配され、奴隷状態になっているのですから、判断は誤り、不平不満だらけの苦しいことだらけになっているのです。 目の前の現実を、望んでもいない現実を、自分が招いているはずがない!と、思うのもエゴであり、自分の不幸を世の中が悪いから、とか、周りの人が悪いから、と思うのも、七識のエゴに支配され、奴隷状態になっている証拠なのです。 そんな弱い自分に、本当の自分が合流すれば・・・。 それこそ、日月神示のように無限のパワーの「龍」が合流すれば、意識は変容して、現実は変わります。 物語の世界だけでなく、現実の世界でも、誰もが自分の中に眠っている無限のパワーの「龍」に目覚めることができるのです。 それが、幸せの和の九頭龍の色紙や名刺であり、その延長線上にミクロの命数があるのです。 九頭龍やミクロの命数は、シンクロニシティや奇跡の現象を頻繁に起こしました。 私達の目の前に起きている出来事は、エゴの考え方であることに気づき! だれもが、意識の変容が成し遂げられるように!と、起きている。というのです。 つまり、困難やつらい現実の苦しみは、意識の変容が成し遂げられるように!起きている!と言うのです。 ですから、厳しい逆境や苦しみの経験は、心の深い次元に行けるチャンスでもあるのです。 「苦しみ」を十分に経験した人には「もっと違う生き方がある」というメッセージが与えられるのです。 苦しみの終わりは、3年後、5年後、10年後、20年後と、人によって違いますが、その苦しみは自分の思考や感情が現実化している!と、十分に理解できた時に・・、苦しみに終止符がうたれるのです。 目の前の起きる現象に批判をしない、判断を下さない。 不平や不満や苛立ちや「うんざり」した気分など、まるで、こだまのように、すぐに現実化するのが、百も承知するようになるのですから・・・、自分の内面の状態に無意識にはなれません。自分の心模様に細心の注意を払うようになります。 「もっと違う生き方」のメッセージとは、その苦しみは、自分の内面の思考が招いて現実化していると、理解できるのですから・・・、不満や苛立ちや「うんざり」した気分など、低レベルの不幸を招く、思考や感情を、自分の中には持たなくなります。 このように、自分の習慣的なものの見方に気づかない限り、ほんとうの意味で自分を変えることはできません。 このことに気づかない人は、20年でも、30年でも、50年でも、一生涯を、自分が招いている苦しみが続き、自分で自分の首を絞め続けることになるのです。 幸せの和の龍は、根源の無限のパワーの象徴でもあります。 災害や不幸を避けて、意識の変容の気づきに役立てて下さい。 ~~~~~ メルマガの引用が長くなりました。 ところで、龍と言えば、日光東照宮の陽明門の龍は何種類もあり、その中に龍になる前の未熟な龍の彫刻があります。 本当の龍になれない、修行の足りない龍とでもいうのでしょうか。 まるで『本当の自分』ではない、仮の自分のような ・・・ 『本当の自分』=真我と、エゴに支配されているニセの自分=仮我(けが)のような関係なのです。 仏教では、ニセの自分を仮我(けが)といい、本当の自分を真我と呼んでいます。 低次の自分は、過去の記憶に囚われているので、いつも不安、恐れなど、低い精神レベルになり、その低いエネルギーが、ネガティブな現実を引き寄せているのです。 さて、その未熟な龍は、ヒゲがなく、ブタのように上唇に鼻孔がついています。 まるで豚のような顔の龍なのです。 そして、その豚の顔の龍の名は、息(いき・そく)というのです。 息という名前ですから、非常に意味ありです。 息(いき)を極めることで豚のような未熟な龍でも、ニセモノの龍でも、本物の龍になれる! 本物の龍にならなければ、豚のような奴隷状態で、一生涯を過ごすことになる!という意味にも取れます。 ======= ・「神は呼吸を肉体と魂を結びつける霊妙な鎖として作られた。」 このような言葉がありますが、阿波研造氏は丹田呼吸を極めた人であり、徹底して息を吐く呼吸法で、弓道での神業を実現しております。 ====== 先日書いたメルマガです。 ~~~~~ 弓道の会は、弓を満月のように引き絞り、もうこれ以上引くことも押すことも出来ない状態になったところを言う。 そのとき、心、気、力は 体に充満し、おのずと“無”の状態が訪れる。 息は吐ききる。 胸の中に1ミリ立方の酸素も残っていないほどに吐ききる。 このまま死んでしまうのではないか、と思われるほどに 息を吐ききるのである。 「一射絶命」とか「一射一生」ということを弓道では言うが、それは「会」のときに息を吐ききることを意味すると言ってよい。 絶命するくらい吐ききる。 一生が終わるくらい吐ききる。 すでに胸の中に微塵の酸素も無くなったと思われるほどに吐ききり、 そのままでは死に至るところまでもっていく。 「会」のなかには「詰合」(つめあい)、「伸合」(のびあい)「穀」(矢ごろ)の三段階があって、 「詰合」(つめあい)は心、気、力を五体に充満させることを言う。 「伸合」(のびあい)は心、気、力が充満すれば五体は十分に伸びることを言い、そうなれば「穀」(矢ごろ)がはじけるようにして、五体の中から矢を射る。”ころ合”が生まれてくる。 即ち、それが「穀」である。 気力の働きによって技を生かすことが大切である。すなわち、「気は技に優先する」ことを銘記しなければならない。 「会」は心理的には不動心の連続であり、的に対する執着心や欲望、雑念を去り、正しい信念に基づき克己、冷静、忍耐、決断力の心気の充実につとめるとともに、疑い、不安、弱気、決断力等の心気の充実に努めなければならない。 この「会」の説明を読んでいると「私達が名人に近づく」と言うことは、私達自身の心に宿る「真の自己」に近づくこと!と同じことなのです。 「会心」には、思うとおり 望みが叶う 心に叶う 思い通り 気に入る会心〈の作〉という意味があります。 ですから、「会」の所作の中で、息を限界まで吐き出す呼吸法を実践し、雑念を取り去り、自分の本当の「真の自己」の心に会うこと、つまり、これが会心なのです。 「息」は、自分の自の文字の下に心と書きます。ですから、自分の息は自分の心にも関連してくるのです。 「気を吐く」という言葉もありますので、息は気でもあり、意気でもあり、意識でもあり、心でもあるのです。 「心意気」という言葉はこのあたりからできたように思われます。 息がかった、息の根、息を吹き返す、息を呑む、息もつかせぬ、息を引きとる、息が合う、息が長いなど、息を抜く、と、息に関する言葉が多いのも、息と命と氣のつながりを感じます。 息を極限まで吐いて、吐くの土の文字の下の横棒=?マイナスを掃き消すと心の奥の「真の自己」が現れるので、叶うという文字になるのでしょうか。 吐→叶に変わるのです。 息を徹底して吐くから叶うに変わるのです。 つまり、執着心や欲望、雑念、疑い、不安、弱気などの(?)マイナスの邪気を、心の中から息とともに吐き出して、心を浄化すると、夢や希望が叶う、「叶う」の文字に変わるのです。 息を極限まで吐くことが、あらゆる願いが叶う会心につながるのです。 息を極限まで吐いて、吐いて、吐き切り、もうそれ以上吐けない限界の状態になると気が遠くなり、その「刹那」に一瞬、気を緩めると、息が一気に入ってくるのですが、この一瞬の「刹那」に、運命的なものを感じます。 生死の境があり、陰と陽の境もあり、この世とあの世の次元の境でもあるような一瞬の刹那(せつな)なのです。 今の一瞬に意識を集中すると、あらゆる可能性の場に行ける!と言われていますが、釈迦も、白隠も、空海も、そして、弓の名人も、この一瞬の「刹那」を感じていたのかも知れません。 ~~~~~ 自分は、豚のような人間の食いものにされるために生まれてきたのか? それとも、無限のパワーを持つ万能の龍として生まれてきたのか? 丹田呼吸が、息を極めることになります。けれども難しいものがあります。 理想的な丹田呼吸になるのが、能望の実践です。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。
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2019.08.18 17:19:56
2019.08.04
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
8月になりました。 メルマガでは、ヘルゲル氏が「無の射」に至る弓道の段階を紹介しましたが、これらはすべて呼吸法を極めることに尽きます。 ・「神は呼吸を肉体と魂を結びつける霊妙な鎖として作られた。」 このような言葉がありますが、阿波研造氏は丹田呼吸を極めた人であり、徹底して息を吐く呼吸法で、弓道での神業を実現しております。 弓道には「射法八節」という8段階の実践過程があります。 1、足踏み(あしぶみ) 2、胴造り(どうづくり) 3、弓構え(ゆがまえ) 4、打起し(うちおこし) 5、引分け(ひきわけ) 6、会(かい) 7、離れ(はなれ) 8、残身(ざんしん) この6番目の「会(かい)」の説明をします。 会は、弓を満月のように引き絞り、もうこれ以上引くことも押すことも出来ない状態になったところを言う。 そのとき、心、気、力は 体に充満し、おのずと“無”の状態が訪れる。 息は吐ききる。 胸の中に1ミリ立方の酸素も残っていないほどに吐ききる。 このまま死んでしまうのではないか、と思われるほどに 息を吐ききるのである。 「一射絶命」とか「一射一生」ということを弓道では言うが、それは「会」のときに息を吐ききることを意味すると言ってよい。 絶命するくらい吐ききる。 一生が終わるくらい吐ききる。 すでに胸の中に微塵の酸素も無くなったと思われるほどに吐ききり、 そのままでは死に至るところまでもっていく。 「会」のなかには「詰合」(つめあい)、「伸合」(のびあい)「穀」(矢ごろ)の三段階があって、 「詰合」(つめあい)は心、気、力を五体に充満させることを言う。 「伸合」(のびあい)は心、気、力が充満すれば五体は十分に伸びることを言い、そうなれば「穀」(矢ごろ)がはじけるようにして、五体の中から矢を射る。”ころ合”が生まれてくる。 即ち、それが「穀」である。 気力の働きによって技を生かすことが大切である。すなわち、「気は技に優先する」ことを銘記しなければならない。 「会」は心理的には不動心の連続であり、的に対する執着心や欲望、雑念を去り、正しい信念に基づき克己、冷静、忍耐、決断力の心気の充実につとめるとともに、疑い、不安、弱気、決断力等の心気の充実に努めなければならない。 この「会」の説明を読んでいると「私達が名人に近づく」と言うことは、私達自身の心に宿る「真の自己」に近づくこと!と同じことなのです。 「会心」には、思うとおり 望みが叶う 心に叶う 思い通り 気に入る会心〈の作〉という意味があります。 ですから、「会」の所作の中で、息を限界まで吐き出す呼吸法を実践し、雑念を取り去り、自分の本当の「真の自己」の心に会うこと、つまり、これが会心なのです。 「息」は、自分の自の文字の下に心と書きます。ですから、自分の息は自分の心にも関連してくるのです。 「気を吐く」という言葉もありますので、息は気でもあり、意気でもあり、意識でもあり、心でもあるのです。 「心意気」という言葉はこのあたりからできたように思われます。 息がかった、息の根、息を吹き返す、息を呑む、息もつかせぬ、息を引きとる、息が合う、息が長いなど、息を抜く、と、息に関する言葉が多いのも、息と命と氣のつながりを感じます。 息を極限まで吐いて、吐くの土の文字の下の横棒=?マイナスを掃き消すと心の奥の「真の自己」が現れるので、叶うという文字になるのでしょうか。 吐→叶に変わるのです。 息を徹底して吐くから叶うに変わるのです。 つまり、執着心や欲望、雑念、疑い、不安、弱気などの(?)マイナスの邪気を、心の中から息とともに吐き出して、心を浄化すると、夢や希望が叶う、「叶う」の文字に変わるのです。 息を極限まで吐くことが、あらゆる願いが叶う会心につながるのです。 息を極限まで吐いて、吐いて、吐き切り、もうそれ以上吐けない限界の状態になると気が遠くなり、その「刹那」に一瞬、気を緩めると、息が一気に入ってくるのですが、この一瞬の「刹那」に、運命的なものを感じます。 生死の境があり、陰と陽の境もあり、この世とあの世の次元の境でもあるような一瞬の刹那(せつな)なのです。 今の一瞬に意識を集中すると、あらゆる可能性の場に行ける!と言われていますが、釈迦も、白隠も、空海も、そして、弓の名人も、この一瞬の「刹那」を感じていたのかも知れません。 この「刹那」ですが、10のマイナス18乗ですから、ミクロの命数の六徳の前の命数になります。 ・・・瞬息→弾指→刹那→六徳→虚空→清浄→阿頼耶→阿摩羅→涅槃寂靜となります。 瞬息→弾指→刹那、これらの命数は、10のマイナス16乗、17乗、18乗、ですが、いかにも、弓道に関連のある言葉のようにも思われますが・・・。 「弓道の神様」と呼ばれていた、伝説の弓道家、阿波研造氏は、「的を見ずに」矢を的中=命中させることができたのです。 これは、心の目、つまり「心眼」が開眼していたことになります。 ここで、ミクロの命数の刹那や「心眼」につながるとは・・・。 さすがに、いまさら「弓道」を習うことはできないので、誰もが簡単にこの境地に達するために・・・。 筋肉を使わずに「無の射」ができるようになる。 これに類似しているのは『無の振り』があります。 同じ禅が原点にあります。振りですから、剣でも、素振りのバットでもなく、腕振りのスワイショウの振りです。 スワイショウの実践は、目の病気に関しては、すべてが良くなる!ということですが、私の場合は、視力が良くなり、小さな辞書の文字でも裸眼で読める。 目の水晶体がにごっていたのですが、たぶん白内障とか緑内障までは行かなくても、老化により、たんぱく質などの汚れだと思いますが、それがきれいになくなっているのです。 長い文書を読んだり書いたりしていても、これまでに比べて、目が疲れない!肩が凝らない!元気の回復が早い!と、かなり助かっております。 スワイショウの実践は、目の病気に関しては、すべてが良くなる!ということですので、うなずけます。 これだけでもありがたいことです。 『腕振り運動=スワイショウ』は『無の振り』に心がければ、奇跡が起きます。 けれども、この実践の唯一の難点は、船井氏も指摘されたように、ほとんどの人が続けられない!ということです。 『腕振り運動=スワイショウ』のネットの動画を見ていると、ほとんどが、腕を筋肉運動のようにブンブンと振っておりますが・・・。 これだと、筋肉痛や疲労感で長続きはしません。 99%の人が継続できない!というのは、正しいやり方や禅の精神が理解できていないからだと思います。 元々は心を静めるために禅の修行の一環として、達磨大師が始めたものですから、弓の修行と同根と思いながら取り組むのです。 そして、誰もが、取り組んでいる最中に、耳元でささやく声がすると思います。 こんな単純なことで、何にも起きないよ!こんなことをしている場合ではない! もっと大切なことをしないと!テレビも、ゲームも、やることいっぱいあるのだから!と、もっともらしい分別の声が絶えず、ささやいてくるから継続できないのです。 けれども、弓の修行のように『無の振り』を意識して、雑念は切り離し、息を吐くことに専念して、筋肉を使わずに振ることを目標に練習するのです。 筋肉を使わずに、意図的に腕を振ろうと思わずに、自分を一切捨てて、振るのです。 腕の振れ幅は、3センチとか5センチ程度でもOKです。できるだけソフトに、柔らかく振るのです。 ブンブン振るよりも、自我のエゴを捨てた分だけ、氣のエネルギーを感じることができると思います。 私が考えるに、短時間では、エネルギーを感じることが出来ないから、多くの人が挫折するものと思われます。 この運動は、氣のエネルギーのチャージでもあります。関先生はグラビトンと言っておりますが、元気の源のエネルギーです。 『幸せの和』を持っている人は『幸せの和』を丹田と背中の仙骨のところにあてて実践すれば、氣のエネルギーを感じない人でも、感じるようになると思います。 挫折の原因は、根源のパワーに気づかないように妨害している自我ですから、これを意識して取り組んで下さい。 『腕振り運動=スワイショウ』の成果例 ◇成果例・・午前2000回、午後2000回、連続5ヶ月の腕振りで肺ガンが消滅した。 その他、各種ガン、眼病、半身不随などの完治例もあり、万病に効果が認められている。 肝臓が病み適正でなくなるのは、気と筋肉が健全でなく、水がたまり排出できないから苦しくなり、胃、脾臓、胆のうなどに影響する。 腕振りをすれば、すぐにおくび、放屁が出て新陳代謝が起こる。 他に、眼病、半身不随、高血圧などに効果的。病気の予防にも最適。 (グラビトニックス「第5章・生理学と生物学」より抜粋) あなたも、奇跡を起こしてください。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより。
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2019.08.04 19:20:13
2019.07.13
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
ネガティブな感情をポジティブな感情で浄化して手放していくと、ニュートラルになり・・・・。 中庸の状態になればなるほど、根源からのエネルギー、直観、インスピレーションが、湧いてきます。 シンクロニシティも頻繁に起きてきます。 前回は、ここで終わりましたが、今回は、その実践として、以下の言葉を何度も眺めて過去の記憶がよみがえってきたらポジティブな言葉で中和して下さい。 24対ありますので、一通り目を通して気になる言葉から深めて下さい。 ~~~~~ ・分離した⇔統一した ・不毛の⇔実を結ぶ ・執着すること⇔手放すこと ・心配すること⇔委ねること ・飽きさせる⇔満足している ・強制する⇔導く ・悲観的な⇔楽観的な ・消耗させる⇔活気づける ・面白くない⇔創意に富む ・残酷な⇔親切な ・もったいぶった⇔気高い ・こびへつらう⇔礼儀正しい ・どんよりした⇔澄み渡る ・快楽的な⇔喜びに満ち溢れた ・傲慢な⇔控え目な ・拒絶すること⇔受け入れること ・見下す⇔人当たりの良い ・うらやむこと⇔感謝すること ・思い込んでる⇔気づいている ・恨むこと⇔許すこと ・義理があること⇔感謝すること ・いらだたせること⇔心を癒す ・見かけの⇔本質的な ・動揺している⇔エネルギッシュな ~~~~~ これらの言葉は『パワーかフォースか』の9章にある対照的なパターンのリストの中から抜粋した言葉です。 詳しくは、ネガティブなパターンの言葉と、ポジティブなパターンの言葉のリストですが、これらの対照的な言葉を何回も見ることによって、相対する言葉の意味の違いがくっきりとわかってきて、ネガティブな要素が薄れて来て、内なるパワーが増加するというのです。 ネガティブなエゴの要素が薄れる!ということで、この原理がミクロの命数にもあるのです。 この本の説明では・・・。 ~~~~~ しっかりと頭に入れて読むことによって、これらの相対する言葉の意味の違いを知ることができます。 そうすることで、あなたの内なるパワーが増加しはじめ、あなたは変容します。 これらの区別が念頭にあることによって、自分が以前には決して観なかったことにあなたは気づき始めるでしょう。 「宇宙は」パワーを優先するがゆえに、このリストを読む人には、思いがけない気づきが生まれます。 私達は、あらゆる思考や言葉、行為への責任を最終的に自分達で負うことになります。 そして、われわれは、自分達が人にかけた苦労とまったく同じ苦しみを体験させられるようになっていることは、それらの報告からも確認済みです。 ようするに私たち自身で、天国も地獄も創り出すという意味です。 生命そのものの根源である「宇宙」は、非常に高度な意識を持っています。 だからこそ、私達が、この一瞬一瞬に、進むべき道を選択することを、宇宙は「息をひそめて」待っているのです。 ~~~~~ ・うらやむこと⇔感謝すること ・義理があること⇔感謝すること 感謝することが、2つありますが、最初の 「うらやむこと」は、裏(うら)病む(やむ)と、書きます。 意味は、他者の能力や置かれた環境、持っているものなどに対して「うらやましい」「自分も同じようになりたい」と感じる気持ちを表す。 これは、羨望(せんぼう)のことで「羨望の眼差し」「羨望の目」という言葉もあり、ネガティブな意味のようには思いませんが・・・。 人を「うら病む」よりも、自分の現状に感謝せよ! 自分の持ち物や境遇が、いかに恵まれているか、深く感謝しなさい! 裏(うら)病む(やむ)ですから「羨望の目」で見るより先に、まずは自分の自分の現状に感謝せよ!ということだと思います。 現状に感謝することで、心の病み=心の闇がなくなり、望ましい現実になるのです。 次の義理があること⇔感謝することは、お金に対するブロックの解除のように思います。 「義理」の意味は物事の正しい道筋のことで本来は、ポジティブな言葉になりますが、しがらみや立場上、仕方なく行なうことにはネガティブな意味もあります。 「義理で参加する」とか「義理チョコ」など、仕方なくの意味もあります。 例えば、お金を支払う時に、多くの人は、仕方なく義理で支払っている!と思います。 お金はエネルギーですから、仕方なく義理で、イヤイヤな気持ちで支払っていると、そのエネルギーが、受け取る時も無意識で同じになり、豊かさから離れてしまうのです。 その反対に、お金を支払う時に、感謝の気持ちを込めて支払うと、つまり、喜んで、ありがとう、という気持ちで送り出すと、受けとる時も、豊かなエネルギーになりますから、豊かなところに、お金は集まってくるのです。 お金は、ネガティブな意味の義理で支払うか、それとも、ポジティブな感謝を深めて喜んで支払うか、これは、お金に対するブロックの解除のようにも思います。 お金を例に挙げましたが、あらゆる面で、 ・義理があること⇔感謝すること そして、 ・うらやむこと⇔感謝することも深い意味がありますので、これまでの経験からも、ネガティブな記憶があれば、感謝を深めてクリアにして下さい。 話はそれますが・・・。 うらやむ=裏(うら)病む(やむ)に類似している・・・。 うしろめたいは「後ろ目痛い」から来ています。 後ろに目はないはずなのに、その目が痛いのですから、???となります。 背徳、裏切る、裏目に出る などのネガティブな言葉の反面 お陰様 光背、親の背を見て育つ、後ろの正面 など、ポジティブな言葉もあります。 これらの裏や影や後ろ、背などもすべて背中から来ています。 氣のエネルギーは丹田から仙骨→背中にかけて、熱くなり、昇り続けます。 この時、背中一面にエネルギーのかたまりが覆いかぶさったようになり、何か偉大な存在が背後にいるように感じられます。 そして、至福感というのか喜びの気持ちが長く続きます。 「パワーかフォースか」にも「甘美なエネルギーの帯が背中の上方へと、そして、脳の中へととめどなく流れ始めるのです。 それは、脳内に強烈な喜びの感覚を、絶え間なく引き起こしました」と、書いてありますが、類似しています。 お陰様で・・という感謝の言葉は、深い意味があり、その事を思うだけでも背中が温かくなります。 ありがとうございました。 --------
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2019.07.13 18:00:11
2019.06.28
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
さて、今回は、ミクロの命数の10のマイナス16乗~18乗にに入ります。 以前は、ここからが、ミクロの命数のスタート地点でした。 はじめは、ミクロの命数は、六徳~涅槃寂静までの六つの命数でしたが、瞬息~刹那の時間の命数を加えて、九つになりました。 瞬息→弾指→刹那→ 六徳→虚空→清浄→ 阿頼耶→阿摩羅→涅槃寂静 それも、3年もかかって、気づいたのですから、末那識が、それだけ抵抗していたことになります。 人類は、何千年も、私達の本質である根源のパワーから「分離」されている状態にあります。 しかも、こんなに大切なことなのに、ほとんどの人が、気づくこともできないのです。 末那識のエゴは、私達が・・・ 根源のパワーと、一つになること!つまり、根源のパワーに至ること!を、断固として阻止しているのです。 そのために、エゴは、私達が根源のパワーに気づかないように、あらゆる洗脳や手練手管で仕向けて「分離」させているのです。 つまり、本当の自分(高次の自己)との乖離状態が、何千年も、そして、今後も永遠に続くと思います。 『がんが自然に治る生き方』の9つの項目の中にも、魂と深くつながる!という項目がありますが・・・。 魂とは、根源のパワーのことですから、つながるだけで、病気が治ることを暗示しているのです。 奇跡が起きる最も身近な方法なのです。 けれども、大多数の人々は、この本質に気がつかないまま、本当の自分を知ろうともしないで、病気や苦しみ、悲しみと供に生きているのです。 根源のパワーの象徴が『幸せの和』です。 持っているだけでも奇跡が起きます。 どうぞ、このことを意識して『幸せの和』 のエネルギー下で、奇跡を起こして下さい。 ミクロの命数の実践にも効果が期待できます。 さて、ミクロの命数の16~18とは、瞬息→弾指→刹那になります。 瞬息(しゅんそく) 0.0000000000000001 弾指(だんし) 0.00000000000000001 刹那(せつな) 0.000000000000000001 瞬息(しゅんそく)は、10のマイナス16乗 弾指(だんし)は、10のマイナス17乗 刹那(せつな)は、10のマイナス18乗 ・瞬息(しゅんそく)⇒弾指(だんし )⇒刹那(せつな)の三つの命数は、漢字からも明らかに時間の単位になります。 しかも、10のマイナス16乗の瞬息からは、素粒子の世界になるので、今の瞬間に入ることができます。 「今・ここ」に在ることが、思考の停止にもなり、本質への入り口にもなります。 思考も感情もエゴの産物であり、思考が停止すると、根源からの直観、インスピレーション、気づき、そして、シンクロが頻繁に起きてきます。 これまでは、思考や感情が、根源からの直観やインスピレーションなどのエネルギーを遮断していたことになります。 沙→塵→挨→渺→の命数のところでも学びましたが、物事にはネガティブとポジティブの両面があり、この考えで、浄化して行くと、ニュートラル(中庸)になり、インスピレーションが湧いてきます。 ですから、1〜15までの命数に22の種子を浄化するプログラムが組み込まれている。 それを導いてくれるのが、渺の目であり、何事も、慈愛の目で見て、批判や判断を下さないで受け容れる!ということでした。 私達人類は、何千年もの間、エゴの思考=マナ識に支配される奴隷状態にあるのです。 エゴに支配されている低次元の自分は、コントロールのできない思考や感情に振り回され、毎日が苦しみの連続なのです。 三次元の六識⇒七識だけの世界では、まるで牢獄の中に閉じ込められたような非常に狭い視野で、光りのない暗黒の世界に住んでいるようなものです。 限られた左脳の偏見で物事を考え、判断し、マナ識に振り回され、制約された中で、いかに苦しんでいるかを、お釈迦様が教えてくれたのです。 けれども、エゴの思考=マナ識の支配が、強すぎるのか、2500年経っても奴隷状態は続いています。 『ニュー・アース』という本にもあるように・・・。 『本来の自己』の宿る自由な世界、この根源のパワーを知らないものは・・・。 貧しく見える人が実は1億ドルの預金を持っていることを知らず、せっかくの財産が活用されないのと同じだ。となるのです。 1億ドルの預金とは、100億円の預金になります。 ですから、本当の自分を認識しないのは、貧しく見える人が実は100億円の預金を持っているのに、その財産を活用していないのと同じくらい「もったいない!」ことをしているというのです。 大多数の人は、この種の話を無視して100億円をドブに捨てているのですから残念なことなのです。 そんなことは有り得ない!という耳元のささやきは、七識のマナ識からの「分別の声」になります。 「分別の声」により、98%の能力が眠らされているのですから、100億円よりも、もったいないことになります。 私達が生まれた時は、純粋そのものだったので「本当の自分」と一体化していたのです。 ところが、私達は成長と共に思考することで、いつの間にか、思考が作り出した自分をほんとうの自分だと信じるようになったのです。 これもエゴの巧妙な戦略です。 耳元で絶え間なくささやく分別の声が、100もあった能力を成人するまでに98も内面に押し込んでしまったのです。 だから、私達は残っている「2」の能力しか持っていない、煩悩の虜(とりこ)なので、にせの自分とか、低次の自分と呼ばれ、本当の自分とは、乖離しているのです。 100もあった能力が、エゴの支配下で、わずかに「2」になった低次の自分でも、ミクロの命数で素粒子の世界に入ることで、奇跡が起こせるのです。 素粒子は、観測者が観測するとそこに存在し、観測を止めると波のように揺らいでいるのです。 観測者が素粒子の状態を調べようとすると、素粒子がその意識を察知して、瞬時に状態を変化させるのです。 つまり、素粒子に意思があるとしか考えられない振る舞いをするのです。 私達が住んでいる現象界では、物理の法則に支配され、不思議なことも、魔法も、奇跡も、起こり様がないと思われています。 ニュートン力学では、すべての現象が連続に起きてパターンが決まっているのです。 ところが、素粒子レベルの極微の世界では不連続性が当たり前で、かんたんに次元を超越してしまうので、常にシンクロや奇跡が起きるのです。 素粒子は、10のマイナス16乗という極微の世界で、この世界になると、今までの科学の常識では考えられないことが起こります。 次元を超越して、シンクロが100%の確率で起こり、奇跡が当たり前に起こる世界になるのです。 ですから、素粒子の世界は魔法の世界と言われているのです。 これは、自分の内面の中心にある素粒子レベルの極微の世界を意識をしているだけでも、シンクロニシティや奇跡が起きるのです。 量子力学によれば宇宙には一つの秩序があり、私達の心、私達の思想にも関係があり、私達がどう考えるかによっても物理的に影響を与える!となっています。 つまり、目に見える世界だけを信じて生きるか、それとも目には見えない世界も意識して生きるかという選択にもなってきます。 最先端の量子力学が2000年以上も昔の仏教の哲学に類似しているので、300年前のニュートン力学しか受け入れない現代人にとっては、厳しい選択になります。 これは、現実の流れや、運命を変える! という概念にもなってきますが、素粒子レベルの極微の世界=ミクロの世界を意識していると、していないとでは、天と地ほどの差が出てきます。 「そんな物はない!」と、否定している人にはシンクロや奇跡は起きないのです。 長くなりましたので、続きは次回に書きます。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。 ありがとうございました。
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2019.06.28 20:35:45
2019.06.26
カテゴリ:がんが自然に治る生き方
24日午後7時22分ごろ、静岡県伊豆で震度4の地震がありました。 今回の地震も、6月18日の22時22分の地震も、22という数字に注目せよ!という、たび重なるシンクロですから重要度が増してきます。 2?3日前の新聞にも、10月22日に天皇のパレードが決まりましたと、22の数字でした。 前回のメルマガにも書きました。 ~~~~~ 22というキーになる数字が出ています。 六徳→虚空→清浄→阿頼耶→阿摩羅→涅槃寂靜 やはり、→阿頼耶→が、このアラヤの種子(しゅうじ)の浄化が、これは、DNAと同じ概念ですから、30億年の記憶の浄化も必要なのかも知れません。 ~~~~~ なぜか、最近のメルマガは、22の数字がらみの同じような内容になってしまいます。 これだけのシンクロですから、22の意識に気づいて、22の意識を追求しなさい!というメッセージで・・・。 追求すればするほど、それだけ、奇跡が実現する!という意味が含まれていると思います。 22の阿頼耶=阿頼耶識の種子(しゅうじ)の記憶が、現実化のタネになっているのですから・・・。 22のタネを望ましい現実にする知恵を、じっくりと読み取りたいものです。 さて、ミクロの命数は、22に辿りつくための地図であり、ロードマップでもあります。 ところが、この地図を発見してから10年以上も経過しています。 その奇跡の効果も、宝の山に至るまでの道筋も分かってはいるのですが・・・。 封印してしまった!という経緯があります。 これまで、最短ルートを辿っていたのですが、急がば回れ!という言葉もあるように、原点に戻って、一つ一つの命数を否定せずに、受け容れながら、六根清浄のように、 一歩、一歩、浄化しながら進むことが、22の阿頼耶識の種子(しゅうじ)を浄化し、望ましい現実化にする方法だと思えて来たのです。 そこで、渺(びょう)の目が、羅針盤となり、道案内というか、ガイド役になるのですが・・・。 繊→沙→塵→ ナノレベル 埃→渺→漠→ ピコレベル 10のマイナス9乗の10億分の1から100憶分の1のレベル、つまり、産業界では、ナノ~ピコのレベルで、世界の最先端の頭脳がしのぎを削っているのです。 その辺の攻防についても、紹介しました。 そして、沙 と 渺 の意味を過去のメルマガにも紹介しました。 身の毛がよだつほど嫌っていたものでも、どんなものにも、良い面と悪い面の両面があり・・・。 それを受け容れることにより、22の阿頼耶=阿頼耶識の種子(しゅうじ)が、浄化される!というインスピレーションも受けております。 のちほど、再度、詳しく説明します。 さて、私が、渺の漢字を知ったのは『天平の甍(いらか)』という歴史小説で、その中で、渺漫(ビョウマン )という言葉が出てきます。 「日本へ行くには渺漫(びょうまん)たる滄海(そうかい)を渡らねばならず、百に一度も辿たどりつかぬと聞いております。」 これは、鑑真和尚のお弟子さんの祥彦(しょうげん)という僧が、鑑真和尚が日本に行くことに反対して言った言葉です。 この中の渺漫(びょうまん)たる滄海とは、果てしなく広い日本海のことで、「中国から日本に渡海することは難しく、百回に一度もたどり着くことができない、と、聞いております。」という意味になります。 鑑真が、12年もかかり、5度の失敗を経て、失明したにもかかわらず、6回目で日本に到達できたのも、心の目が開いたからだと思います。 もしも、鑑真和尚が日本に渡来していなかったら、空海も最澄も、さらには、道元も日蓮も、親鸞も、歴史に名を残していたとは思われません。 日本の仏教のすべてのベースが鑑真和上の来日から始まったのです。 鑑真和上の心の目=心眼 私達にも、心眼の協力があります。 10のマイナス11乗の渺(びょう)には目があり、その目は、森羅万象ことごとくに通底する本質を見抜く心眼、すなわち「観の目」になります。 どんどんシンクロして、つながって行きます。 過去に書いた文です。 ~~~~~ 一般的に、願望が達成される前兆として、シンクロ現象が起こります。 シンクロ現象に多いのは、1111とか、2222とか、5555とか連続した数字を見る機会が頻繁に起きます。 車のナンバーの連続している数字を、まさか、有り得ない!と思うほど見る機会が多くなります。 さらに、本屋さんで、現在考えていることと同じような本を偶然見るとか、関連した本が贈られて来るとか、偶然の一致が次々に起きてきます。 普段はありえないような3つくらいの要素が重なったり、5つくらいの要素が重なってくると、願望の達成に近づいてくるのです。 その願望にもよりますが、10から20くらいの有り得ない偶然が重なり、組み合わさってくると、願望は達成されるのです。 いくつものピースが組み合わさり、パズルが完成するように、望ましい現実化が起こるのです。 ~~~~~ 塵沙大王の例にもあるように、その時は恐怖であっても、嫌で嫌でたまらなくても、今から思えば、否定したり、拒絶するより、受け入れることがポイントになるのです。 それが、阿頼耶の種子(しゅうじ)の浄化につながるように思えてきたのです。 これは、渺(びよう)の目からの教えのように、直観で思えたのです。 そのためにも塵沙大王のお腹にある慈悲深い無我の童子の目、つまり沙の中の目の協力が必要なのです。 10のマイナス11の命数、渺(びよう)の漢字には、沙の中に目があります。 11番目の鍵とシンクロしているので、これはミクロの命数の作者が意図的に造られたものと確信しました。 パワーかフォースには、現代人の心の目は失明しています。と、書かれています。 そのためにも、自分の感情を観察する心の目が必要なのです。 『メンタルローテーション』という本が、新聞の広告欄にありました。 メンタルローテーションとは、回転脳という脳の本質的な能力です。 視点を変更し、自分を客観的に見えることで、思考力、発想力、自己分析力が身につき、人生の質を高めることもできます。 『メタ認知』も向上します!ということで・・・。 「メタ」というのは物事を一つ上の視点から客観的に眺めてみることです。 『メタ認知』とは、自分の行動や感情を客観的に見ることができる能力のことをいいます。 このメタ認知能力が低い人は、目の前の出来事にとらわれすぎて、物事の全体を見て考えるということができないのです。 エゴの支配下にあり、色々なものに振り回されているのです。 ところで、エゴは、私達が根源のパワーには気づかないように細心の注意を払っているのです。 エゴは、苦痛やプライド、怒り、望み、罪悪感、恥、悲しみから、歪んだ喜びを得、またそれなくしては生きていられません。 自己憐憫、怒り、憎しみ、プライド、罪悪感、恐れなどの報酬から満足を得ます。 けれども、エゴは、攻撃して打ち倒さなければならない敵でもなければ、克服すべき悪でもありません。 思いやりをもって理解することでも解消することができます。 エゴは解消されて無になるのではと恐れるため、分離した存在、時間といった幻想を手放すことを拒みます。 エゴは極めて粘り強く、極限まで行かないと自分の位置を手放しません。 これに対応できるのは、根源のパワーを追求しているスピリチュアルの力だけです。 面白いことに、受け入れて、思いやりを持って理解すると、エゴの支配力が弱くなります。 その反対に、自己批判や非難、恐怖、恥辱感は、エゴの支配力を強化します。 このエゴの性質も、自分を客観視するから気づけることができるのです。 メンタルローテーションはヒトの成長の駆動力、いわば人生のアクセルになり、思考力、推理力、応用力、創造力、発想力、自己分析力が身につきます。 自分を客観的に見るヒトの生存の最大の武器─「不老長寿」にも一歩近づくメンタルローテーションは努力で鍛えられる!と、書いてあります。 視点を変えるだけで、自分を客観的に見るだけでも、エゴと離れることになるのですから、凄いことになるのです。 イチロウが自分を第三者の目で客観視して、実況中継しながら打席に立ち決勝打を放ち、日本は、世界一になりました。 彼は、神が降りてきた!と、インタビューに答えていましたが・・・。 これも、客観視することで、エゴの力が弱まり、根源のパワーの影響で奇跡が起きたのです。 以前に、NASA(ナサ)の天体望遠鏡ハップルスコープで撮影された、3000年に一度の奇跡と言われた「神の目」の写真が話題になりました。 3000年に一度の奇跡を起こす「神の目」、この「神の目」を見るだけで、7つの願い事が叶うということでした。 神の目は愛の目とも呼ばれています。 渺(びよう)の目を、愛の目と意識して、自我=エゴを観察することで、3000年に一度の奇跡を起こす「神の目」となり・・、有り得ない奇跡が起こり、7つの願い事が叶うようになると思います。 さて、16~18の命数に進む前に、1~15の命数に、かなりの時間を割いております。 それは、1~15の命数に22の命数を浄化し、望ましい現実を招くように起動させる鍵があるからだと思います。 1~15の命数をしっかり自分のものにして下さい。 ありがとうございました。 -------- 『奇跡を呼び込むS氏の能力開発』メルマガより抜粋して掲載しております。
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2019.06.26 19:20:41
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