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Jan 8, 2019
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カテゴリ:テレビ番組
今週のにっぽん歴史鑑定のお題は明治天皇の妃・昭憲皇太后。
・当時のお妃になれる基準は皇族か、五摂家など上級の貴族の娘のいずれか。美子(昭憲皇太后)は家柄については后になれる条件はクリアしていたが、年齢が睦仁(明治天皇)と比べて3歳年上。天皇と3歳年上は不吉とされてたため年齢をサバ読みして公式では明治天皇と2つ年上とした。
美子は名門の娘ということで和歌などの教養はもちろんのこと、茶道・華道も嗜んでいたが他には将棋もやっており、美子が明治天皇の妃になった動機も明治天皇と何度か将棋の手合わせをし、対局時に見せた人柄がきっかけだった。
・明治になり、西洋に追いつき追い越せを掲げるようになった明治政府。宮中も改革が必要だったが保守的な女官が幅を利かせており、宮中の近代化を阻んでいたため昔からいた女官を解雇し新しい女官で周囲を固めた。
・明治天皇が断髪・洋装を断行すると、少し遅れて美子も洋服を着るようになった。その時の気持ちを「少し恥ずかしい」と和歌に託している。
・明治天皇は西洋化に順応したが、公の場以外では着物を着ていたことがあった。女官や后を自分で考えたあだ名で呼んでおり、美子妃のことは「天狗さん」と呼んでいた。
・慈善活動、女性の進出に積極的で、華族女学校(現学習院女子高等科)や、お茶の水の東京女子師範学校(現・お茶の水女子大学)の設立、日本赤十字社の発展などに大きく寄与した。
・明治憲法下では天皇とは軍の統率者たる大元帥・・ってことで軍人たる天皇の妻として慈善事業の発展に熱心で、東京慈恵医院や博愛社(現在の日本赤十字社)の発展に貢献したり、国際赤十字に対して皇后が10万円(現在の貨幣価値に換算すれば3億5000万円)を寄付しているほど
・国民に洋服を奨励したが、生地は国産のものを勧めた。これは殖産興業の一環として日本産の生糸や生地は良品であることをアピールする意味も込められていた。
・病弱だったため、明治天皇との間には子供に恵まれず、側室・柳原愛子の子である嘉仁親王(後の大正天皇)を養子とした。側室を置いたのは明治天皇で最後となったが、大正天皇と后の貞明皇后の間に4人の皇子がいたため、側室が必要なくなったってのが実態。

昭憲皇太后は慈善活動に積極的だった、日露戦争前に坂本龍馬の霊が昭憲皇太后の夢枕に表れて・・・って話ぐらいしか知らなかったので今回のは面白いお題でした。






最終更新日  Jan 9, 2019 09:08:55 PM
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