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2013/05/01
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カテゴリ:百人一首

百人一首 60番歌

大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立
おほえやま いくののみちの とほけれは またふみもみす あまのはしたて


作者:小式部内侍(こしきぶのないし)
長保元年(999年)頃 - 万寿2年(1025年)は平安時代の女流歌人。掌侍。女房三十六歌仙の一人。
橘道貞と和泉式部の娘。母の和泉式部と共に一条天皇の中宮・彰子に出仕した。そのため、母式部と区別するために「小式部」という女房名で呼ばれるようになった。年少の頃から歌の才能を現したが、20代で早世。



大江山を山越えして生野を通って行く道は遠すぎて、まだ天の橋立に行ったこともなければ、母からの手紙も見ていません。


小式部内侍は和泉式部の娘。天才的な歌をつくるので母の和泉式部の代作だろうと思われていた。
ある歌会のおりに藤原定頼が、今日は母親がいないが大丈夫なのかと言われたのでこの歌を即興で詠んだわけです。これで小式部内侍の代作疑惑が晴れたということです。


「天の橋立」は、日本三景のひとつに数えられる名勝です。











最終更新日  2013/05/07 09:14:44 AM
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