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2013/05/11
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カテゴリ:百人一首

百人一首 70番歌

寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮れ
さひしさに やとをたちいてて なかむれは いつくもおなし あきのゆふくれ


作者:良暹法師(りょうぜんほうし)
良暹。平安中期の歌人。比叡山(天台宗)の僧で祇園別当。その後大原に隠棲し、晩年は雲林院に住んだといわれている。康平年間(1058年 - 1065年)に65歳ぐらいで没したともいわれている。

あまりのさびしさに家から出てあたりをながめると、どこも同じで寂しい秋の夕暮れだった。


年老いて仲間が大勢いた比叡山から里に降りて独り庵に住むと、当時テレビ、ラジオがあるわけでなし、あまりの淋しさに表に出てみたのだろう。夕餉の飯を炊くかまどの煙はたなびいていなかったのだろうか。自分の心情が見える景色さえも寂しく感じたのであろう。



結びの言葉の「秋の夕暮れ」は新古今和歌集(藤原定家が編者)の時代には、一種の流りになっていたそうです。新古今集の美学であった幽玄の世界、叙情的な景色を表す言葉だったのでしょう。ここには淋しさをも、枯れゆく寂寥感を美しいとする日本独特の美学としてきた原点があります。 






藤原定家が京都・小倉山の山荘で選んだとされる小倉百人一首。

平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて活動した公家・藤原定家が選んだとされる私撰和歌集である。その原型は、鎌倉幕府の御家人で歌人でもある宇都宮蓮生(宇都宮頼綱)の求めに応じて、定家が作成した色紙である。蓮生は、京都嵯峨野(現・京都府京都市右京区嵯峨)に建築した別荘・小倉山荘の襖の装飾のため、定家に色紙の作成を依頼した。定家は、飛鳥時代の天智天皇から鎌倉時代の順徳院まで、100人の歌人の優れた和歌を一首ずつ選び、年代順に色紙にしたためた。小倉百人一首が成立した年代は確定されていないが、13世紀の前半と推定される。


小倉百人一首に選ばれた100名は、男性79名、女性21名。
男性の内訳は、天皇7名、親王1名、公卿28名(うち摂政関白4名、征夷大将軍1名)、下級貴族28名、僧侶12名、詳細不明3名。
また女性の内訳は、天皇1名、内親王1名、女房17名、公卿の母2名となっている。
100首はいずれも『古今和歌集』『新古今和歌集』などの勅撰和歌集に収載される短歌から選ばれている。


春の歌 6首
夏の歌 4首
秋の歌16首
冬の歌 6首

旅の歌 4首
月の歌13首
桜の歌 5首
梅の歌 1首
心変りの歌10首

恋の歌43首
・片思いの歌 14首
・情熱恋の歌 10首
・忍ぶ恋の歌 9首
・その他 10首

男歌人 79人
女歌人 21人















最終更新日  2013/05/14 10:40:33 AM
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