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2019/09/26
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カテゴリ:詩吟
声は人なりが表われる。
感情によって声質は変わる。
怒っているときは怒った声になり、
悲しい時は悲しい声になる。
嬉しいときは嬉しい声になり、
楽しいときは楽しい声になる。
また電話に出るときに声のトーンが高くなる女性が多いではないですか。

某局の元アナウンサーであったMさんから聞いた話ですが入社したてのころは声のトーンが高かった。先輩から視聴者が聞きづらい声だから、声のトーンを下げて落ち着ちつきのある声の方が聞きやすいからと云われて特訓した結果、落ち着いた聞きやすい声で話せるようになったということです。

腹話術があるように声のトーンや質は変えることができるのです。
無意識に今、出ている自分の声のトーンは聞きやすい声ですか。
声を職業にしている人以外は、自分の声のトーンに意識する人は少ないかと思われます。

声のトーンや声の質は意識的に自分で変えることができる。出ている声から、その人の意識をどこ置いているのか、どんな感情域にあるのかを推察できるということになります。







最終更新日  2019/09/26 12:10:07 AM
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2019/09/25
カテゴリ:BQグルメ

おとなり須賀川市の千代乃や食堂でランチを食べ半世紀近くを暖簾を守ってきた食堂の味というものに郷愁と共感を覚えたと云うわけです。郡山市内にも同じように時代をのりこえてきた食堂を店名に冠したお店があるわけです。俄然食堂に興味を覚え、これを機会におりおりにぜひ食堂巡りをしてみたいと考える自分がいた。


暖簾を潜りカツカレーを註文し届くまでが待ち遠しかった。昭和の香り漂う店構えだがこの味だったらファンが絶えないことがうかがえる。このボリュームは大盛りなみで900円なのだ。なると入りのわかめスープ椀がついてくる。食べたあとに焼きそばを焼いてもらって持ち帰る人もいるのだ。

店の外観からだけでは、わかりません。web時代だからこそ伝わるものがあります。ランチをサイトに掲載している知人の書き込みを見て訪問したくなったというわけです。店の前の道路は何回となく通ったことがあります。

スプーンで一口食べたら、コクと深みのある甘辛でうまいのだ。食べ進むとカレーにまみれたカツがゆっくりとスローモーションで崩れ落ちてくるのです。半分もすすむとお腹が満たされてくるボリュームなのだ。




みたか食堂は昭和、平成、令和と時代の波をのりこえ愛され続けて生き残ってきた味であるわけです。となりのテーブルで美味しそうに見えたソースカツ丼など他のメニューも食べてみたくなりました。

みたか食堂
郡山市本町1丁目18-8
電話:024-922-0746
営業時間:11:00~20:00
定休日:日曜日
駐車場:道路を挟んで店舗の向かい側に6台分






食堂と店名につく店に共通するものは昭和から連綿と営業を続けてきたところが多いわけです。概ね半世紀を乗り越えてファンを惹きつけてやまない魅力の味があるということです。老舗とは同じ味を続けることではなく、わからないように微妙に時代時代に合わせて変わり続けていると聞いたことがあります。

食堂の多くは家族経営です。主人と奥さんの二人三脚または、それに加えて家族の協力ということになります。事業継承はその子供である場合が多い。#食堂巡り







最終更新日  2019/09/27 12:11:35 AM
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2019/09/24
カテゴリ:詩吟

2019/09/23  13:00~16:20
郡山詩吟連合会 第36回吟道大会「こおりやま吟剣詩舞の祭典2019」
13時から開演でしたが、11時半から弁当配布。まず弁当を食べてからの開催です。
弁当付きの参加費1500円でした。



出吟順位5番目「塞下の曲」を9名の合吟でした。
参加9団体の発表会みたいなものでコンクールではないので気分的には楽に舞台に上がれました。
会場のけんしん郡山文化センター中ホールの舞台に立つと観客席は暗くてほとんど判別できません。舞台照明が強烈なのです。これは舞台に上がった人でないとわかりません。舞台以外でも、その立場になってみないと立ち位置の具合は想像しているものと異なる場合が多いのと似ています。




詩吟は伝統芸能の継承と普及に類するようです。
ただ単にお誘いの声がかかったので気楽に顔を出して見たのが始まりでした。就職した職場の先輩で詩吟をやる人がいて吟じられたのが耳に残っていたのもあります。なんか響くものがあると感じていたわけです。

こおりやま市民文化センターの舞台に独吟で立つことができる日を楽しみに精進しましょうか(^_-)-☆






吟道大会の懇親会は場所をホテルハマツに移して開催でした。
大会が予定よりも早く思ったので懇親会は20分早く始まりました。

加盟7団体、計106名の参加予定でした。会費は@5,500円

ビールの乾杯から始まりました。

各団体それぞれに演芸部をもっているかのような芸達者な人達で場の空気が盛り上がり楽しい懇親会とあいなりました。

















最終更新日  2019/09/24 12:41:35 PM
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2019/09/23
カテゴリ:おいしい健康
思い立った翌日にひらめいたことが現実になった。これはweb検索があったこそです。ひらめきを検索できたからこそのアクションでした。

たのしみは 半世紀ぶり あこがれの チタケの出汁で うどん煮るとき

チタケと云われても北関東人以外の方には、あまりピンとこないのではないかと思われます。北関東人にとってはマツタケよりもチタケの出汁味なのです。乱獲されて北関東では少なくなり南会津までチタケ採りに遠征される方が増えたとのことです。慣れない山で滑落遭難死する人が出るくらい昨今珍重されているキノコなのです。



食べた直後の感想は、最初は記憶の中のチタケうどんの方が美味しいと思ったが、、、

半世紀前は、美味いものがそんなに無かった時代だったので、チタケうどんが当時は際立って美味しいと感じたのかもと!

しかし、食べ終わってからじわりじわりと後味の美味しさというのか、口中に舌の上に美味さがフィードバックしてくるのです。不思議な感覚かも。

まだチタケの煮汁が残っているので明日も、口にできる。

昨夜ふとこの季節、山にチタケ(乳茸)が出始めているのではとweb検索してみましたら、121号線沿いの直売所に乳茸が並んでいるかもとの直感を信じて足を運んでみました。片道、約87km、100分の場所にある国道121号線傍の直売所です。キノコ採り名人、髭の爺さんが亡くなったしまったとの書き込みだった。






このコンニャクとふるまいの味噌汁が美味しかった。再訪したくなる味でした。使っていた米麹の尾瀬味噌を購入でした。


   
目的はチタケを手に入れて半世紀以上も口にしていない幻のソウルフード「チタケうどん」をまた口にしてみたいということでした。なぜ幻のソウルフードかと云うと、ふるさと群馬でチタケが生えていた里山はずいぶん前に大型工業団地になってしまってもはや手に入らなくなってしまったという悲しい現実があるわけです。 




店頭に1つだけ出ていた、2千円の値札が目にとまった。半世紀ぶりだから購入することにした。左側がチタケです。

ぶどうは350円

栗は小粒の山栗です。これが甘い山栗です!
山道を散歩して落ちているのを拾うので無料です。





漬物用に購入してきた小茄子ですが、、、
チタケの旨味を茄子に吸わせるわけです。
スライスしていっしょに炒めました。




帰ってからチタケを計量してみたら150g大小あわせて12本、新鮮なものは折ると乳液が滲みでる。

帰宅してから、早速の調理開始でした。

チタケを適当に刻んでフライパンに油を敷いて炒める。
その後、茄子と大根も刻んで加えて炒める。
水、麺つゆ、醤油、日本酒を加えました。




乾麺を茹であげてから水洗い、水切りしてから加えて煮込みうどんです。
チタケの煮汁が茄子と大根に滲みこみ、チタケうどんができあがりました。

丼に盛り付け、できあがりです。









最終更新日  2019/10/18 09:34:02 AM
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2019/09/22
カテゴリ:たのしみは
たのしみは 秋の里山 キノコ採り チタケの出汁で うどん煮るとき

こどもの頃、この季節の楽しみの一つにキノコ採りがありました。近くの里山に乳きのこ(チタケ)やハツタケを探すわけです。特に乳ぎのこは折ると折った場所から白い乳が滲み出てくるので簡単に見分けがつきました。醤油味でうどんを煮込むときに入れると美味い出汁がでるわけです。

かつて秋になると楽しみであったキノコ採りは、その現場であった当時の里山が工業団地や住宅地に変わり果ててしまいました。よって今では里山のキノコ採りは幻となり叶わぬ夢となってしまいました。しかしまだあの美味しい出汁味の記憶は健在です。

twitterの書き込みで「#チタケ」でチタケ情報を入手してのチタケゲットを試みてみたい。6年前に検索から栃木県高根沢町でチタケうどんを提供する店がある(廃業閉店)ことがわかり期待して寄ってみてオーダーした。出てきたのは確かにチタケが入ったうどんだったが、かつての美味い出し汁感はなかった出がらしのチタケうどんのようだった。

目指すは生の初々しいチタケを手に入れて煮込みうどんを作って口にしてみたいというわけです。幻のソウルフードになってしまったチタケうどんの再現です。


#乳ぎのこ #チタケ #鞍掛山 #邑楽町 #里山の記憶






最終更新日  2019/10/17 09:46:34 PM
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2019/09/21
カテゴリ:郷土の歴史
私の住む郡山の歴史から

40年ほど前は、宿場町として歴史の中で特に誇れるものはないと云われていた。
ところが今は、縄文・弥生遺構も多くあり東北最大の古墳もこの地にあったことが発見された。
マンモスの歯までも発見されて古代にはマンモスが闊歩していたのがわかった。

地面の下に隠れていた古代の遺構も掘り起こす専門家が掘り起こす予算がついてこそ初めて発掘が始められるわけです。国の予算は東北地方は後まわしになったので、掘り出される遺構が少ないので東北地方は未開の地と思われていたのが実態でした。

大安場古墳は、郡山市田村町大善寺大安場に前方後方墳が1基、円墳が4基ある。
このうち1号墳の前方後方墳と2号墳の円墳が国史跡に指定(2000年9月6日指定)されている。
1号墳は全長が約83メートルあり、4世紀後半(いまから約1,600年前)につくられた。
前方後方墳としては、東北地方で最も大きいもの。
2号墳は、直径が約15メートルあり、5世紀後半(いまから約1,500年前)につくられた。






最終更新日  2019/09/21 12:10:07 AM
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2019/09/20
カテゴリ:◇実現に向けて◇
あなたが何に
焦点を当てるかによって、
あなたの現実は変わる。
  ジョージ・ルーカス(映画監督)


関心を寄せる。興味を持つ。焦点を当てる。
それによって目に入ってくるものが変わる。
明日の現実は自分で引き寄せることができる。

こうあればいいなぁ~、ああなればいいなぁ~という仮想の世界を
現実のものとするには!

思っているだけでは、なかなかそううまく現実化するものではない。
自分から具体的にアクションを起こす!

Plan-Do-See
計画、実行、評価というサイクルを繰り返して課題解決を図ること
想いを形にする、想いを現実化する、想いを成就する。

1.まずは、Plan(計画)は設計図を描く。成文化する。イメージを形にする。
2.そして次は、Do(実行)具体的アクションを起こす。
3.See(評価)結果を当初の計画と比べて確認。
  
そして、よりよいものへと昇華させてゆくには、このPlan-Do-Seeを繰り返し繰り返し実行アクションする。くりかえし繰り返しの反復はやがて質を変える。


#仮想が現実になるスタートは #焦点を当てる






最終更新日  2019/09/20 12:16:25 PM
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2019/09/17
カテゴリ:おいしい健康

より豊かに生きたいという欲求の一つに美味しいものを美味しく食べたいという欲求があるのではないでしょうか。今まで食べられなかったニンジンが無水鍋(バーミキュラ鍋)で調理したら美味しく食べることができるようになったと云う。はて、そんな魔法の鍋とはいったいどんなものだろうか!?


鍋の歴史と云えばルーツは縄文土器だろう。縄文時代1万数千年前~紀元前500年、土器を煮炊き用鍋を活用してきたわけです。それまでは焼く、蒸すの調理であったろう。

煮炊きに、水を加えることなく野菜や魚肉などの具材の水分だけで調理を可能にした無水鍋が登場したのです。鍋製製造の技術がおそろしく進化した賜物です。


昨夜、バーミキュラ鍋(無水鍋)の開発物語をTV番組で見た。

鍋の蓋を水平標準板の上にのせて、その台との隙間が紙1枚(100分の4mm)入らないからこそ水を加えず野菜だけの材料だけで調理できるという世界最高水準の鍋を開発したということです。
水を使わずに野菜本来の凝縮した美味しさの味に調理できるということです。

1個3万円を超える鍋が売れるわけです。
8万円する炊飯器が売れるということになります。

下請け体質から脱却するには、売れるオリジナル製品が必要だったわけです。
無水鍋はアルミニウム製のものは従来からあったようですが、鋳物にホーロー挽きした製品はなかったようです。ホーローを吹き付けるときに高温でやらねばならず鋳物にゆがみができてしまい、その難題を突破しなければならなかった。

下請け受注の仕事のおりに、バーミキュラという素材を扱う仕事に出くわして、もろいが高温に耐えるということがわかり、鍋の素材に採用してみることに成功して3年かかってバーミキュラ鍋が完成したという。



#バーミキュラ鍋 #無水鍋 #無水調理






最終更新日  2019/09/17 01:10:32 PM
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2019/09/14
カテゴリ:郷土の歴史
ふるさとの名物・名所を検索してみましたら、実家から約1km範囲内で知らなかった名所を見つけました。

子どもの頃の行動順路でなかったこともあり、親などからもその話を聞いたことがなかった。関心もなければその存在を知らなかったわけです。まずシラカシの巨木です。そして南朝の武将細谷右馬助秀国の墓所である五位堂。

シラカシの全国各地の巨木

まず。武将細谷右馬助秀国とはどんな人物であったのだろうか。

細谷右馬助秀国は泉福寺を建てたとあったので検索してみたら、火事で燃えてしまったとの記述があった。その火事を現場で箪笥など運び出すさまを見物していたことを思い出した。民家だと思っていたがあれが泉福寺だったのか。53年前の記憶です。


1966年(昭和41年)2月11日(金)泉福寺は焼失しましたが神社は難をのがれ寺跡には現在の集会所が建設され古来変りなく坪谷、水立、大黒中の人々のふれ合いの場となり伝統的文化と信仰が受け継がれています。その泉福寺と稲荷神社は細谷館から見て鬼門の方角に細谷右馬助秀国が1348年(正平3年)に籠宮山観音院泉福寺を建立して戦乱に散った一族家人の冥福を祈ったとあります。




五位堂のシラカシについて
南朝の武将細谷右馬助秀国の墓所が五位堂です。この墓所を覆うシラカシの巨木は、樹高18.5m、幹は4本に分かれ、幹周りはそれぞれ2.6m、1.6m、0.6m、0.9m、枝張り東西16.5m、南北18.1m、根回り6.6mです。
境内には千一体仏が安置され、子授け仏として信仰を集めてきました。現在でも、木製の小さな仏像を借り受け、子宝に恵まれると返す習わしがあります。

南朝の武将・細谷右馬助秀国とは
1347年(正平2年・室町時代に入りまもなく、672年前)、新田義貞一族の武将細谷右馬助秀国はこの地に居住するにあたり丹後国与謝郡府中にある籠神社(伊勢神宮・豊受大神の本宮)から分霊を祭って鎮守として群馬県邑楽町篠塚に細谷館(ほそややかた)を築城した城主。

1773年(江戸時代の安永2年)正月に京都から伏見稲荷を泉福寺へ勧請して農民生活の守護神と仰ぎにぎやかな祭礼が行なわれて来ました。明治維新の神佛分離令によって稲荷神社は泉福寺から離れて西隣の籠宮神社に移され社屋は青年集会所となりました。1938年(昭和13年)に現在の社殿を新築して社号を稲荷神社とし奥殿に籠宮大明神と稲荷大明神を安置奉祭したとありますが、近在の人は皆、稲荷神社と呼んでいました。

 
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細谷館の他にその北に「篠塚館」があった。

大字篠塚の、県道152号線沿い「馬場」という地名の所に篠塚館があった。

この付近には『太平記』でよく知られた豪傑篠塚伊賀守重広の供養塔や案内板が立てられているのだが、篠塚屋敷は、この篠塚伊賀守の居城であったと云われる。
 
篠塚館の所在地は、 群馬県邑楽郡邑楽町篠塚馬場2796 
現在新井氏宅が元弘の頃(1331-33)篠塚伊賀守重弘の館跡と云われている。方70m程の二重堀の塁であったらしいが、今はその堀跡も辿る事が困難と言う。
西部に毘沙門堂があり、西南外に八幡社が見られる。重弘の墓は大信寺にある。

県道を挟んで東側には「陣屋」という地名が広がっていて、江戸時代中期に松平忠恒(まつだいら ただつね)の陣屋がおかれていた場所であるという。

松平 忠恒は、享保5年(1720年)、桑折藩第2代藩主松平忠暁の次男として生まれる。陸奥桑折藩の第3代藩主、のち上野篠塚藩、上野上里見藩を経て上野小幡藩の初代藩主。忠尚系奥平松平家3代。






最終更新日  2019/09/19 01:01:56 PM
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2019/09/13
カテゴリ:随想
もうかれこれ20年位前だったろうか、内モンゴルから中国を旅したことがありました。内モンゴル出身の青年が旅行社を立ち上げたので彼の故郷、ウランバートルを旅しようとの企画旅だった。良かったら一緒に旅に出かけませんかと知り合いに声かけられたのです。

満州鉄道をハルピンから内モンゴルのウランバートルに向かう途中の景色




大陸の最後の晩が北京だった。お別れ会を兼ねた晩才会は中華料理で北京ダックやらサソリの唐揚げなどが円卓にのった。宴会が終わった後に北京の夜の街に散策に出ました。ラーメンを食べたいと云いだした人が居た。ツアー仲間に中華料理店の後継者が居た、らーめんは日本で生まれたもので当時、中国では日本のようなラーメンはなかった。スープと麺が別々な料理をオーダーしてスープが入った丼に茹麺を加えてラーメン風にして食べることにした。

私はその時に、初めてラーメンは日本発祥であることを教えてもらった。ラーメンの特色であるスープは動物系魚系から煮だした出し汁です。その出し汁に茹麺を加えた丼ものです。

今やラーメンは我が国の国民食とも云える食べ物となりました。スープの特色も実にさまざまです。





2019/09/20 ワンタン麺 by 村田や 福島県田村郡三春町大字斎藤字場上田242-1

トラ系のラーメンが食べたくなった。
過日、民友新聞にトラ食堂の竹井オーナーの連載を読んだからだろうか。
午後1時半、書き込み先客が10名待ちだった。
この前食べたラーメンとちょっと違った。遅い時間だったのでスープが濁ったからか、次回は早い時間、開店時間に合わせて透き通ったスープを目指しましょうか。
美味いであろう一杯を求めて往復26km車を走らせるわけです。
イメージして臨んだ味とつい比べてしまう自分がいた。
次回はもうちょっと近場でいいかも!
市内図景に 手打中華 特札堂 も そういえばトラ系だった。






2019/09/21 手打中華 by 特札堂 福島県郡山市図景2-9-7


昨日のラーメンよりもこっちの麺の方が私好みだった。

2日続けてラーメンを食べると、郡山市内のラーメン人気ランキング1・2の店も訪問してみたくなりますね。

カウンターでお隣に座った親子がそろって大盛を注文!子供は小学校に入学したばかり位、体重は20kgそこそこだろう。私の3分の1以下で大盛りです。全部食べ切れるのだろうか。私の方が早く座っていたので食べ終わり支払いを済ませて店を出たので最後まで確認できませんでしたが、完食できたのだろうか!?小さいうちから大喰いにチャレンジさせているのだろうか!?妙に気になりました。




2018/07/08 ワンタンメン by らーめん好房 福島県須賀川市小作田字谷地1-2

らーめん好房のワンタンメン。ちぢれ麺で注文でした。
最近ここのらーめんが気に入っています。
つけ麺もいい。
#須賀川市 #らーめん好房 #らーめん道








最終更新日  2019/10/05 11:01:17 PM
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