2013/05/15

百人一首   74番歌 憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ 激しかれとは 祈らぬものを

カテゴリ:百人一首

百人一首を1日1首づつ考察してみようと思って始めたものです。
きっかけは。たまたまカーラジオから聞こえてきた百人一首同好会の話からでした。


百人一首 74番歌

憂かりける人を初瀬の 山おろしよ 激しかれとは 祈らぬものを
うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はけしかれとは いのらぬものを

作者: 源俊頼朝臣(みなもとのとしよりあそん)
源俊頼 1055~1129 平安後期の歌人。71番歌の大納言経信(つねのぶ)の三男。俊恵の父。白河法皇の院宣による勅撰集『金葉和歌集』の撰者。
斬新な表現や技巧を凝らした作風で歌壇の革新的存在となり、保守派を代表する藤原基俊と対立した。だが藤原定家は絶賛。後世まで大きな影響を与えた。



私の愛に応えてくれず、私を想ってくれるようにと初瀬の観音様に祈ったのに。初瀬の山おろしよ、お前のように、「より冷淡になれ」とは祈らなかったのになぁ~と嘆いたりぼやいたりでした。


この歌は「千載集」の詞書によると、藤原定家の祖父、藤原俊忠の屋敷にて「祈れども逢わざる恋」という題で詠まれた内の一首です。

恋仲になりたいと願うが思いが叶わないので、大和国の初瀬の長谷寺に祈ったものの、叶わないどころかますます冷たくなるばかり。「初瀬の山から吹き下ろす山おろしみたいに、より厳しくなれなどと祈らなかったのに!」と嘆き節の歌になってしまいました。平安時代には、観音様信仰が広まり、観音様は、等しく救いの手をさしのべると信じられておりました。大和国(奈良県櫻井市)の長谷寺と、京都の清水寺は霊験あらたかな名刹として知られておりました。

















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最終更新日  2013/05/17 06:59:49 AM
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