究峰森泉

究峰森泉

二次創作小説『セプターズギルド・スター』



そこに、一つの宇宙があった。
創造の書〈カルドセプト〉によって創られた、妙なる虹色の月を有する年若き星球。四元素が調和を保ち、夜となれば妖美な光の波に洗われるこの世界を、クリーチャー達はこう称えた。
〔虹月宇宙・コゲツウル〕と――

しかし、この宇宙はある大きな問題を抱えていた。
この三百年というもの、ただの一人も“神”を輩出していないのである。
カルドセプトによって創られた宇宙には、そのカルドセプトの断片である〈カード〉が振り落ちる。世界創造の書の能力を備えたそれは、生物(クリーチャー)や、道具(アイテム)や、魔法(スペル)を具現化する力が秘められていた。
カードの力を解放することができる者を、〈セプター〉と呼んだ。
セプターは、カードを集めてカルドセプトを再構築し、その宇宙の創造神に認められると、自らもまた新たな宇宙の創造神になることができる。その後、自らが作り上げたカルドセプトに書き込んだ世界が誕生すると、この世界創造の書は神の意志をも超えて粉々に砕け散り、再びカード状になって地上に降り注ぐ。そうやって、カルドセプトと宇宙創造の連鎖は無限に続いてゆくのであった。
ところが、である。コゲツウルではカードもセプターも充分にあるにも関わらず、“神”の試練に挑むセプターが途絶してしまった。それというのも、世界を三つに分かつ大国同士の争いがセプターを巻き込んだからなのだ。カードの徹底管理と、在野セプターの勧誘・誘拐・脅迫・暗殺。セプターを統括していたギルドは廃れ、今やセプターもが国家に管理される世となり、神の力の断片を行使するセプター兵同士の争いは、長く熾烈な破壊を豊かな自然にもたらした。
この不毛な世界にコゲツ神は何の神託も下さない。まるで眠っているかのように、神殿は沈黙を守り通している。
いつの間にかコゲツウルは、〔目覚めぬ眠り星〕という不名誉な渾名で囁かれるようになっていた……



序章 月夜の怪物


 全てが、完全に向かって満ちていこうとする十三夜。その虹色の月が照っている。煌々と、春の夜は軽やかに更けている。
 幻想の光に洗われて、小さな川辺の村は安らかに眠る。
「また一つ……」
 ぼそり、と闇が呟いた。紅い双眸がぎょろりと動く。
 その視線の先には、何もなかった。その視線の先には、かつて平和な村であっただろう場所の無残な亡骸しかなかったのだ。民家は人外の凄まじい力で粉砕され、引き千切られ、叩き潰されて。そしてその主であった人々や家畜もまた同様に、虹色の妙なる光に曝されて、無念を、呪詛を、紅黒い血の憤怒を、醜い骸の上に浮かべている。
 清浄な夜に、たゆたう死の惨い臭い。
 平和の村をあっという間に地獄にしたもの、それは何と恐ろしい悪魔の軍団だったろう。ここまでの破壊をもたらすものは、力の上で人間を超え、狂気の上で人間ではありえない。それほどの、なんの意味も無く、破壊のために破壊がなされた結果のような、そんな廃墟だった。
 「雑作もない。破壊と殺戮など……セプターにとっては雑作もないことだ」
 闇は呟く。無感情に。無感動に。何度もこれを見たことがある者、慣れてしまった者の感覚で。
 「だから終わりがない。これからも続いてゆく。死の夜が」
 永久の眠りについた小村に、憑かれたように佇む闇は、やがて遠くに嘶きを聞く。複数の、しかもよく調教された軍馬の蹄の静かな轟き。そしてそれが乗せる、騎士たちの武具の幽かな金鳴り。闇の感覚は、常に鋭敏に研ぎ澄まされていた――人間ならざるクリーチャーのように。闇は、彼らを出迎えに行く。
 人馬の群れは小高い丘の上に集結すると、見下ろす村の廃墟の入り口に目標を見つけた。
 「魔力反応確認、敵セプター発見……おのれ、よくもガピスをやってくれたな! これより戦闘を開始する。全員、我に続け!」
 怒声を上げながら全速力で岡を駆け下る、完全武装した騎兵の一団。迎え撃つ闇は、しかし全く動かない。騎兵団の先頭を駆ける、号令を下した猛々しい騎士が“カードを構えながら”紅目の闇に突撃する。
 「逆賊を成敗せよ! 召喚、グリフォン!」
 夜を裂く、閃光。騎士が構えるカードから発せられる光を通って、巨大な鷲頭獅子・グリフォンが夜空へと駆け上がる。
 刹那、闇が爆発した。
 その場にいた兵士の誰も、何も見えなかった。突然、何か丸いものが前方から飛んできたかと思うと、血の臭いが鼻をつき、そして頭部を失って落馬する隊長が自分たちの駆る馬に踏み潰されていた。
 絶叫、悲鳴。
 何人ものセプターを倒してきた、彼らの誇る隊長が……大帝国のセプター・ナイトたる者が、かくも簡単に、無抵抗に、しかもその方法もさえもわからずに殺されるなどありえないことだ。いや、彼らにはその認識すら正常に頭に思い浮かべることができない。ただただ、どす黒い圧倒的な恐怖。完全に闇に飲まれ、戦意を、瞬く間に握り潰されていた。
 廃墟の村に響き渡る混乱と混沌を後に残し、闇は錆びついた夜空に飛び立った。左手に、いつのまにか騎士から強奪したカードの山。右手に、鷲頭獅子の巨体を貫いたままの剣。背中に、4枚の薄白い輝翼。グリフォンが無念の呻きを上げると、力尽きた肢体は輝き、再びカードの形を成した。掌大の長方形のカードに描かれたグリフォンの瞳が、威嚇するような視線を闇に送っている。フンと鼻を鳴らし、それもカードの山とひとくくりにして腰のホルダーに収める。
「あの村、ガピスといったのか。」
 闇の目指すのははるか西の地、リザ・ヴァース帝国の領土。天使のような翼を広げ、強烈な羽ばたきで加速する。
 「待っていろ、次こそは……」
 闇はより深い闇の中へ飛び去って、星は表情を取り戻したように輝きだした。

 虹月の夜の悪魔との邂逅。
 それは、逃げ帰ってきたセプター・ナイトの部下たちが、それぞれに口にした真実のほんの断片。略奪の痕跡もなく、無慈悲な破滅を与えられた小村にいた正体不明のセプターが、優秀なセプター・ナイトだけを一瞬で殺して闇に消えた。帝国領土内に未登録のセプターなどいようはずもなく、セプター間の戦闘でも、殺し方がわからないほど一方的にやられることもありえない。その無目的な破壊活動は、シェン・イークかナハト・ウルダムの尖兵であるという推測も打ち消した。奇妙で不可解で到底信じられない真実の断片は、カルドセプトの知識の薄い庶民の手で膨らまされ、数々の恐ろしい噂を生むことになる。
 ――虹月の十三夜に、恐ろしい怪物が出るぞ。町を潰した、非情の魔物。セプター殺しの、紅目の悪魔――
 帝国を守護する神と、領民を護るセプター・ナイトらに祈りを捧げながら、人々は《ガピスの怪物》を心から怖れた。


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