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 殿上人日記

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2012年03月07日
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カテゴリ:旅のいろいろ

      呉13

 いよいよ1年前に娘と出かけた瀬戸内の旅3泊4日
 岡山、倉敷、尾道、広島、宮島、呉の旅日記も
 最後の回となった。これだけは紹介せねばと思い
 早一年。その間にも、あそこもここもと出かけて
 他の旅日記はたまるばかりで・・・・


 呉14

 最後にご紹介するのは呉の3回目。国内初の実物の
 巨大潜水艦を陸上展示した「海上自衛隊呉史料館」

 その愛称は「てつのくじら館」である


      呉15

 陸揚げをされた実物の巨大潜水艦「あきしお」には
 乗艦もする事が出来て、艦長室や士官室などの艦内
 生活の一部が再現をされている


 呉17

 ゆうしお型潜水艦の7番艦「あきしお」は、三菱重工業
 神戸造船所で起工し、昭和61年に就役。第1潜水隊群に
 配属された後に平成16年に除籍となった


      呉16

 館内の展示であるが、潜水艦内と隣接した展示館のものと
 似たような再現をされていたので、写真のモノがどちらで
 あるのかは不明だ・・・・


 呉21

 こちらは戦後初の国産潜水艦「おやしお」のものだそうで
 川崎重工神戸工場で起工し、昭和35年に竣工した後には
 呉地方隊第1潜水隊に配属された


      呉18

 それにしても潜水艦の名前は、うずしお型、ゆうしお型
 はるしお型だの、なつしお、わかしお、あさしおなどと
 しおばかりで何が何だか・・・相撲取りの名前でも使えそう


      呉20

 もと自衛隊OBの方だろうか、係員の方が展示物について
 懇切丁寧に説明をして下さった。ここでは海に仕掛けられた
 機雷を排除する掃海についてのコーナーだ。太平洋戦争では
 日本の周りには1万個以上の機雷が浮遊していたのだとか


 呉19

 こんなおっかない顔しているけど、掃海で使うフロートで
 あるのだとか


 呉7

 ここからは前に紹介をした「大和ミュージアム」の屋外の
 展示物で、戦艦「陸奥」のスクリュープロペラや、主砲身
 (四番砲塔左砲)、主舵、旗竿、主錨、フェアリ一ダ一と
 いったものが展示されている


      呉6

 世界7大戦艦の一隻として威容を誇っていた戦艦「陸奥」は
 横須賀海軍工廠で建造され、大正10年に竣工した戦艦で
 主砲身などの主要な部材は、呉で建造をされたものだ

 昭和18年6月8日正午過ぎに、山口県柱島泊地で停泊中
 三番砲塔付近から突然に煙を噴きあげ爆発を起こし、一瞬の
 うちに船体が折れ沈没。一千名を超える乗員が亡くなった


 呉23

 山本五十六長官の戦死、アッツ島玉砕という当時の戦況下で
 戦わずして爆沈した戦艦「陸奥」は、世間には秘匿をされて
 戦後になるまで事件は知らされなかった。爆発事故直後には
 査問委員会が編成され、事故原因の調査が行われたが、その
 真相はわからなかったようだ


 呉1

 戦後に戦艦の一部や、乗員のご遺骨、ご遺品などが引き揚げ
 作業が行われており、山口県周防大島町の陸奥記念館の他に
 全国各地の資料館や神社仏閣に収められているといい、今も
 艦橋部と艦首部等を除く艦の前部分等が海底に残されている


 呉8

 巨大なてつのくじらをバックにし、小っちゃな潜水調査船
 「しんかい」HU-06。戦後初の本格的な潜水調査船で
 昭和44年に竣工し、最大潜航深度は600メートルだった


 呉22

 なんて展示を見ながら、海軍さんと言ったらカレーを食す

 幕末から明治にかけ、西洋の食文化が取り入れられる中で
 横須賀鎮守府が調理が手軽な上に肉と野菜の両方がとれる
 バランスの良い食事として、日本風にアレンジしたカレー
 ライスを採用したのが始まりであるそうだ
 

      呉3

 曜日の感覚を忘れない為に、海上自衛隊では毎週金曜日に
 全ての部署でカレーライスを食べる習慣になっているとか

 港にせり出し、戦艦「大和」の甲板を実物大で表現をして
 いる。随分と大きなものだ


      呉9

 呉鎮守府設置と同時に「造船部」が設置され、明治36年の
 海軍の組織改編で、東洋一の設備をも誇った「呉海軍工廠」が
 誕生し、行員の総数はドイツのクルップと比肩する世界の二大
 兵器工場となり、日本海軍の艦艇建造の中心地となった

 これは戦後に残存していた、旧呉海軍工廠の礎石を集めた
 「旧呉海軍工廠礎石記念塔」で、銘板が取付けてある煉瓦は
 旧海軍呉鎮守府開庁当時の庁舎の建材を使っているそうだ


 呉5

 いよいよ戦艦「大和」が建造される事となり、機密保持の為
 造船所を見下ろせる所には板塀が設けられて、ドックには
 艦の長さがわからないように半分に屋根を、周囲には干した
 和棕櫚(ワジュロ)がかけられたそうである


 呉4

 昭和20年6月22日、B-29が290機が飛来し施設を
 破壊し、海軍工廠関係の死者は約1900名であったそうで
 現在では呉では造船は行わないが、修理などはされている

 戦後になり、大和を建造したドックは戦後に埋め立てられて
 跡地は工場となったが、大和の修理を行った船渠(ドック)は
 現存をしており、自衛艦や米軍艦船の修理を行っている


 呉10

 昭和44年、第30回となった大和の進水日(8月8日)を
 記念し、呉大和会により建てられた大和の艦橋をかたどり
 「噫(ああ)戦艦大和塔」が旧呉港を見下ろす丘にあった

 塔の前には、大和の主砲徹甲弾も


 呉2

        平成23年3月11日に広島県呉市で撮影






最終更新日  2012年03月07日 10時06分34秒
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