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 殿上人日記

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2012年06月13日
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カテゴリ:美濃の旅

       修道院に咲く花

 梅雨に入ったというのに、相変わらず雨も降らずに田んぼも
 干上がり、水がめのダムも水不足で地域によっては節水も
 始まるらしい。ゲリラ豪雨はご免こうむるが、せめて例年
 並みの降雨を願う


 多治見修道院1

 さて日記の方は前回の続き。慌ただしくもある6月6日は
 多治見市、土岐市、可児市、美濃加茂市、関市、下呂市を
 まわった訳だけども、なんかメインが無いんじゃね~?と
 思われた方もいるかもしれない


       多治見修道院9

 折角、車で1時間以上もかけて「うながっぱ」の生息する
 多治見市まで出かけたのだし、土岐のアウトレットが開店
 するまでの1時間程を無駄にする必要もないと思い、久々
 出かけた先は、数年前にこのブログでも紹介した事がある
 多治見修道院だ


 多治見修道院3

 ちなみに1012年6月6日の多治見は真夏日の上天気で
 その日の日本一の暑さ32.9度であった。(2位は宮崎県
 西米良で31.5度)。やっぱアツイ町だなぁ~多治見って


       多治見修道院7

 さらっと「多治見修道院」の紹介をすると、昭和5年に
 カトリック神言修道会(神言会)のドイツ人宣教師である
 モール神父によって、修道生活と邦人会員の養成を
 目的に、日本管区の中央修道院として設立をされた


 多治見修道院4

 神言修道会は1875年、ドイツのアーノルド・ヤンセンに
 よって開かれ、世界数十カ国以上で活動するカトリック教会の
 宗派であり、2004年には創立者ヤンセン、同会の司祭
 フライナデメッツが、ローマ教皇において聖人に列せられた
 そうである


       多治見修道院2

 国内では明治末に宣教活動を開始し、現在は主に名古屋や
 新潟、東京、長崎の各教区で、学校教育や社会活動、養成の
 分野で活動をしており、中部地方唯一のカトリック系の私立
 南山大学の人文学部キリスト教学科は、カトリック司祭養成
 課程でもあるという


 多治見修道院8

 昭和5年に建てられた修道院の建物は、地上三階、地下一階の
 バロック建築で建坪は1千坪。当時はカトリック神言修道会の
 日本の本部で海外の宣教師も大勢いたそうであるが、拠点が
 名古屋に移された現在は、神学生の修練の場としても使用を
 されているという


       多治見修道院5

 壮麗な礼拝堂は一般の見学が可能であるが、内部の写真
 撮影が禁止となっている。ステンドグラスから差しこんだ光や
 キリストの生涯を描いた壁画、寄木の家具など見どころも一杯


 多治見修道院6

 修道院の建物の周囲では葡萄が栽培をされて、昭和初期から
 修道院の地下室で醸造をされた「修道院ワイン」でも有名だ


 多治見修道院16

 第二次世界大戦中とその後しばらくは、ワインの輸入が出来
 なくなった全国の教会に、この修道院のミサ用ワインが供給
 されていたのだとか


       多治見修道院13

 ネットで検索をしたら、秋には修道院ワインをはじめ、海外の
 修道院ワインを楽しみ、市内飲食店の食べ物屋台なども並び
 大人も子供も楽しめる「多治見修道院ワインフェスタ」という
 グルメなイベントが開かれているとかで


 多治見修道院12

 修道院の裏手には1989年に、3棟の本格的なログハウスが
 建てられ、研修センターとして修道者のみならず、学生や一般
 社会人の方々にも広く利用をされている

 多治見修道院14

 数年前にやっぱり旦那の検診について、この時期に来た時には
 蚊に刺されたのでドキドキだったけど、今回は刺されなかったし
 そんな裏手にやってきた理由は、ここには「ルルドの聖母」が
 おいでになるというから


       多治見修道院17

 南フランスのピレネー山麓にあるルルドという小さな村が、世界
 有数の聖地となったのは、1858年2月11日に村の14歳の
 少女ベルナデッタ・スビルーが、村の郊外へ薪拾いに出かけた時
 マッサビエルの洞窟で若い婦人に出会い、それが聖母マリアでは
 ないかと出現の噂が広まっていったからだそうだ
 

 多治見修道院19

 最初は聖母出現の噂を、宗教者など多くの人は疑いの目を
 持っていた。しかし少女に聖堂を建てるように望んでおり
 少女が名前を尋ねると、婦人は「自分は無原罪の御宿り」で
 あるとルルドの方言で告げたという


 多治見修道院18

 家が貧しく学校に通えず、読み書きも満足に出来ないような
 無学の少女が、カトリックの教義として公認されたばかりの
 「無原罪の御宿り」などいう言葉が判るはずがないと、この
 事実によって、神父も周囲の人々も聖母の出現を信じる
 ようになったという


 多治見修道院10

 聖母は少女の前に、18回にもわたって姿を現したといわれ
 1864年には、聖母が現れたという場所に聖母像が奉られ
 今では、世界中からの巡礼者でにぎわう大聖堂となっている

 そんなルルドの洞窟や、出現をした聖母を模した像があった
 
 
       多治見修道院20

 聖母の出現によって有名人となったベルナデッタは、故郷を
 離れてブルゴーニュ地方の女子修道会に入り、修道女として
 祈りと病人への奉仕に努め、1879年4月に僅か35歳の
 若さで亡くなったそうである


 多治見修道院21

 1909年の秋に、ベルナデッタの列福調査および列聖調査の
 為に、遺体の鑑定行われる事となり墓から遺体を掘り起こすと
 その遺体は腐敗せず生前の姿をとどめていたそうで、現在は
 サン・ジルダール修道院でガラスの棺に安置をされている


       多治見修道院22

 彼女は1925年に福者となり、1933年には聖人とされた


 多治見修道院で土産

 売店ではワインを買いたかったが、予算の関係で大分の
 修道院のクッキーと、函館の修道院のバター飴を土産に
 買った。どちらも美味しい~!  


       皆様にお知らせ

         平成24年6月6日に多治見市内で撮影






最終更新日  2012年06月13日 15時47分45秒
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