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 殿上人日記

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2017年03月21日
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カテゴリ:中津川より


娘が4連休でもあったので、ブログもご無礼して
いました。お金を建て替えてもなかなか支払って
くれない娘なので旅行に出る事もなく、それでも
初日は日帰りで、前々から行きたかった長久手
イオンに出かけてきました




後はうちのあたりで買い物に出かけたり、ランチに
出かけたりといった週末の写真も、スマホで少しは
撮ってきましたので、また後日に纏めて紹介させて
いただこうと思います




かつて娘が松本にいる時にはもう、ちょっとその辺へと
いった日帰り圏内で安曇野だ、諏訪だ、長野だと迷う位で
あったのが、中津川からでは行く所もなかなかなくって
名古屋も用事でもなきゃ交通費もかかるし、おいそれと
出かけられず




「お父さんが軽油買いに行くそうだから、ついて
行くか?」とか言われて、親の買い物にすら暇で
付いていく娘。いつもは私が付き合わされる坂道
しかない馬籠散歩も、この週末は旦那がつき合わ
されていた




車で15分位で行けるこの苗木城も、家の建て替えで
仮住まいをしていたアパートから徒歩圏内だったので
娘の散歩コースで、私もつき合わされたので今更に
なり特に行くような所でもないんだけど・・・・昨夏は
若い子が来てたんですわ。ポケモンが出没をしたり
アイテムも貰えたみたいで。馬籠もですが・・・




今年になって、テレビでたぶんJR東海のさわやか
ウォーキングか何かのTVコマーシャルで使われて
いたのを見て、久しぶりに苗木城でも行ってくるか
なんて話になって、旦那や娘と買い物のついでにと
出かけてみました




確か2月の週末に出かけたものだけど、あれれ石垣の補修
工事しているよ。花崗岩の日本有数の産地である岐阜県
中津川市だけに、大きな自然石もゴロゴロあって城にも
それらも残されて随所に残されてはいるが




長い年月をモノ語らず、ただ苔むしてゆく石垣。それらは
作られた時期によって積み方も色々で、一つ一つゆっくり
眺めてみれば、ここは大きな石もあれば小さな石もあり
こっちは比較的に新しいのでは?などと、見比べも出来て
面白い




無論、このようなでっかい自然石もごろんと転がり
それが中津川らしい光景なのかも。近隣には鯉(舟)岩
だの、星ケ見岩、夫婦岩といった奇岩も多かったりで
恵那峡にでも行けば、遊覧船に乗り岩見物も出来る




城づくりの名人である加藤清正築城の、熊本城の石垣は
反り返った武者返しが有名だが、熊本地震で櫓の下とか
ぎりぎりに残っていたりもして、その補修は当時の技術を
再現するのも難しく長い年月を要するようだ




週末なのもあるが、こんな岐阜の片田舎の城にも冬の
寒い日なのに観光客もちらほらといたりして。何でも
世間では城ブームだうで、そのきっかけを作ったのは
やっぱ高倉健さんの映画あなたに出てきた、天空の城
竹田城みたいだが




ここ苗木城もまた、冬の朝には木曽川の川霧がたちこめて
一面が真っ白になった上に、ぽつんと城跡が頭をつき出す
天空の城ってのも見えない事もない。下界が真っ白なのは
馬籠から落合方面に降りていく冬の朝にはお馴染みの光景
だったりも




ありし日はこんな感じであったらしい苗木城。こんなのが
残ってたら面白いけど、日本の多くの城と同様にご維新後の
廃藩置県で、江戸時代の藩の象徴でもあった城は壊されて
しまった。もつたいない・・・




今では、こんな櫓が城代わりに建てられて展望台にも
なっているけど。これも何もなかった方が風情があって
良かったと賛否両論。では某誌にあった日本の絶景の城
第三位の景色を見てみますか




旦那~っクラークかあんたは。恵那山が隠れてるし
ブログのお友達の方が最近、苗木城に来られる際に
私のブログで苗木城の日記を探したけど見つけられ
なかったとおっしゃってたけど、苗木城の桜は紹介
していても、城自体は詳しく紹介して無かったかも




灯台下暗しとはこの事か。眼下には木曽川。その彼方に
あるのは日本百名山の恵那山。うちのあたりは左の方の
山間にあり、市街地は中津川市という苗木城の絶景だが
その大半は尾張藩にあたる訳だが。そっ江戸時代には
木曽も中津川も尾張だがね~




城から西側を見渡すと、このずっと奥の木曽川の南側の
恵那市あたりは岩村藩で、川の北側(向かって右側)の
遠くの笠置山あたりまでは、この城を持つ苗木藩となる
石高わずかに1万石という日本一、小さな城持ちの藩だ




貧乏なので城の壁すら白く塗れず、赤壁城と言われても
いるが、それは伝説によれば眼下の木曽川に住んでいる
龍が白色が嫌いで、何度も白く塗っても次の朝になると
龍がはがしてしまうから諦めて白く塗らなくなったとも
別名は霞ケ城




ウィキペディアによれば

>遠山氏の祖は藤原利仁の子孫加藤景廉である。景廉は
>源頼朝の重臣として功績を残し、文治から建久(1185-
>1198年)の頃に遠山荘(現在の岐阜県恵那市・中津川市・
>瑞浪市の一部)を与えられた。ただし景廉本人は頼朝と
>伴に鎌倉に居り、実際に遠山荘に赴任はしなかった。




>承久の乱が始まって程なく景廉が死去。遠山荘の地頭職は
>長男の遠山景朝が受け継いだ。この後、景朝は遠山荘に
>土着し初代遠山氏となった。(中途略)遠山氏の勢力は、
>本拠地岩村城の岩村遠山氏の他、明知、安木、飯間、櫛原
>馬籠、神野を有し、遠山左近亮が遠山氏の総領格であったと
>思われる・。また、岩村遠山氏以外の遠山氏は遠山七家と
>呼ばれ、居城ごとに分かれて統治を行っていたようである。




遠山左近亮・・・・明知の遠山家は旗本格となって後には
遠山の金さんのモデルの遠山景元も、排出したのだとか
との事で、鎌倉時代に遠山氏にこの一帯は支配され、この
苗木藩も遠山七家の一つが藩主となっていたそうだ。とは
言っても順風満帆とはいかず、武田と織田の最前線として
戦国ともなれば武田に落とされ、織田に落とされ、森にも
落とされ




前の大河の真田にしても、今の大河の井伊にしても
せめぎ合う戦国大名に挟まれた地方の領主は、もう
あっちについたり、こっちについたり。生き残りの
処世術は紙一重。遠山一族もあまり世間的に周知は
されていないかもしれないが、信長の妹がここに嫁ぎ
彼女が産んだ遠山の媛は信長の養女として、武田勝頼に
嫁いだという





信長の叔母の岩村の女城主といい、戦国の姫も友好は
名ばかりの将棋の駒みたいなもの? 更に一部のコアな
歴史ファンに注目される点がもう一つ。明治維新後に
平田派国学の影響を受けた青山景通親子らが先頭となり
徹底した廃仏毀釈が実行され、今も木曽川の北側に住む
人たちは神道ばかり




1万石の小藩ゆえに常に財政は困窮しているにも関わらず
最後の藩主が若年寄に2度も就任した事で、傾く幕府での
重責を担い、生麦事件の時の幕府担当者だったり、長州
征伐に加わるなどで更に財政圧迫。維新後に藩知事となり
先程の青山親子と厳しい藩政改革を行ったそうで、騒動も
起きたんだとか




ウィキペディアによれば
>明治維新後、14万3千両、藩札1万5900両あった藩の借金は、
>苗木城破却に伴う建材や武具などの売却、藩士卒全員を帰農、
>家禄奉還させ家禄支給を削減し、さらには帰農法に基づいて
>旧士族に政府から支給される扶持米を大参事以下40名が3年間
>返上させること、知藩事遠山友禄の家禄の全額を窮民救済と




>藩の経費とすることにより、明治4年8月には5万2600両、藩札
>5千両にまでに縮小した。しかし旧苗木藩士の生活は年々逼迫し
>自殺者まで出る事態となった。さらに明治4年の廃藩置県により
>苗木藩は苗木県を経て岐阜県に吸収され、当初約束されていた
>家禄奉還の補償は不可能となった。また明治政府からではなく




>苗木藩庁の指示により他藩よりいち早く家禄奉還して、全員が
>士族から平民へ移っていたため、旧藩士卒は旧士族として認め
>られないという事態に陥った。このことなどにより、財政改革や
>後述する廃仏毀釈を主導した大参事青山直道に恨みは集中し、
>明治9年に旧藩士4名が青山の暗殺計画を決行、当人は当日不在
>だったため屋敷に放火される。明治24年にも襲撃未遂事件が
>起こっている。




とにかく岐阜の片田舎の絶景の城を持つ小藩では、長い歴史の
間で色々な事件も起きていた訳で、戦時下の呉の若奥さんの話
みたいに、「この世界の片隅に」ってタイトルも似つかわしい
それにしても大きな岩だ。横で作業をされている人が小っちゃく
見えるし




城から東側を眺めると高圧鉄塔のある近隣の山の向こうに
ちょこんと頭を出している真っ白い山々は、中央アルプス
木曽山脈である




小高い山の上には落合の大久手あたりで、木曽路もこの
あたりを通って、馬籠へと。奥の山々は古くは東山道が
通っており、ヤマトタケルもこの山を越えたそうだ




木曽川を渡る橋、奥は普通に道路のものだが、手前は
廃線となった北恵那鉄道のものが、そのまま残されて
いるのだ。元は大同電力がダムを造った事で付知川を
筏で木材を流せなくなるので、見返りにひかれたもの
らしいが、それも昭和の頃には廃線となった




その橋梁のあたりに降りる道は、私は一度も降りた事がない
ルートだし。次の桜の写真は昨年4月の苗木城山の桜でして
奥に笠置山。そうそう昨日、旦那がオスプレイが2機飛んで
いくのを見たそうで、ネット検索をしたらうちのあたりとか
富士山麓での目撃情報が幾つもあって、私も話のタネに見た
かった




昨夜はNHKでのど自慢グランドチャンピオン大会が開催
されており、個人的な憶測だが登竜門的な意味合いからか
若い子が優勝をするような気も。今回も元球児の10代
男子が亡き友を思いながら涙の優勝。中島みゆきの歌で
劇場型な語りが胸を打つ。選曲も良かったような気もする
先述の長久手イオンでは、アカデミー賞を取り損ねた
ミュージカルのララランドを娘と見てきた。↓



悲しみも悔しさも吹き飛ばす、歌ってやっぱりスゴイ
年末の紅白よりも、昨夜ののど自慢の方が若い彼らの
様々な日常が垣間見え夢も語られ感動しちゃいました
映画にも通じる話だが、幾つになっても夢は持たなきゃ

ボーイズ・ビー・アンビシャス 少年よ大志を抱け



平成29年2月18日に苗木城(岐阜県中津川市)で撮影

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最終更新日  2017年03月21日 15時04分41秒
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