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 殿上人日記

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2018年02月13日
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カテゴリ:名古屋より
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それにしても時差がないお隣の韓国で開催
するならば、良い時間帯に競技のテレビ
観戦が出来ると思ったら、各競技の人気の
ある地域の放映時間に合わせているので
ジャンプなんかは深夜0時過ぎまで極寒の
平昌で競技なんて選手は気の毒すぎる




葛西のような鉄人ならいざしらず、選手
生命も限られており、ましてや代表選手に
選ばれるようなピークを考えると、4年に
1度しかないオリンピックなのに、極寒の
深夜だ、強風の為に予選は中止で、決勝
一発勝負だのと悪条件で




3連休でのアルペンスキーのテレビ観戦を
楽しみにしていた旦那だが、11日の男子
滑降も12日の女子大回転も中止順延となり
旦那がっかり。青空の下に真っ白な雪山を
すべりおりる様がかっこいいという。その
関係か、やたらモーグルとかスノボ競技を
見てたりで、渋谷男子の原選手が日本勢の
初メダルとなった男子モーグルは




予選から準決勝、決勝と人数を絞っていく
みたいだけど、それぞれが1発勝負。一度
でも転んだらお終い。予選で高得点だった
としても、それが次のステージでは全く
反映もされないという厳しい競技だ。それに
比べるとスノボ女子ハーフパイプは、3回も
トライ出来、1回でも最高点が出ればいい
ので今よりも高い得点を目指して、高難度の
技を仕掛けられるのに




高梨選手が念願のメダルを獲得をした女子
ジャンプは2回のジャンプの合計なので
これも大きな失敗は出来ないが、少しの
遅れなら2回目に逆転も望めるが、絶え間
なく風の向きや強さも変わり、そのたびに
中断。バーの上げ下げで調整をするものの
その時の風によって成績も左右されそうだ




姉妹が切磋琢磨したスケートの妹、高木
美帆選手も中学生で最年少でバンクーバー
五輪に選ばれたが結果を残せず、それに
発奮した姉の高木菜那選手が、次のソチ
五輪で代表選手になるのだが、美帆選手は
選ばれず。それをリベンジるかのような
1500メートル銀メダルなのだから




更にメダル候補でもあるチームパシュート
では高木姉妹がともにメンバーの一員なので
もしかしたら並んで表彰台に上る可能性も
なんて一人ひとりの選手が、様々な思いを
抱きながら厳しい訓練に耐えて、4年という
年月を、この日の為にガンバってきたんだと
思うとお金だとか、利権だというものより
選手のコンディションを一番に考えて欲しい
けど




旦那には悪いが、やっとこさアルペンスキー
男子複合の前半の滑降をテレビ観戦。生で
見るというのがスポーツの醍醐味だが、昨夜
よりにもよって、同じ時間に地上波NHKで
高梨選手の1回目ジャンプ、BS7NHKでは
スケートの女子1500メートルは高木選手
まっジャンプは1回目だからと、スケートの
方を選んだが、みんな迷っただろうね

「民放オリンピック公式動画」サイト
↑ そんな瞬間を見逃した方に、日本選手の
  競技とか、マイナーで放映されない競技の
  ライブ映像が楽しめます




さてさて写真の方ですが、これは昨年末に
旦那の運転で娘と三人で出かけた愛知県営
名古屋空港(以前の小牧空港)で、FDAや
国内線の飛行機がボツボツと飛んでいた
前は着陸側の最寄り公園で飛行機を見上げて
見たので、今回は空港の北側の離陸側の
最寄り公園から




さて小牧に行くというので、高速で西に
向かいながら、ネット検索で空港近くの
喫茶店でモーニングを食べようと選んだ
先はグリーンハウスで、その日も地元の
人で賑わっていた




無論、ここも飲物代だけで軽食が無料で
付いてくるタイプだけど、えっパフェ?
たいやきって・・・・スイーツも豊富だ




まっ、それでも朝からそんな冒険もして
みたくもないし、ごく普通のモーニング
セットにした。空港に向かう途中、もう
一つの候補だった喫茶店があってそこも
車が一杯で、何時になるかわからないが
次はここにしよう




といった訳で、県営名古屋空港に到着
セントレアが出来る前は国際空港でも
あったので、国内線と2つのターミナルが
あり、使わなくなった方はショッピング
モールになった




中津川市から借地問題で、黒字なのに
撤退したユニーグループのアピタ系で
あるので、久々にアピタ系のお買い物も
出来る。かつては大きな飛行機が幾つも
並んでいたターミナルよりの空港敷地は
仕切られて平面駐車場になっていた




とはいっても国際空港でもあった空港は
今でも国内線の他に小さなセスナとかも
飛べば、奥の方には航空自衛隊小牧基地
などもあるので、様々な飛行機の離発着も
たまには見る事も出来る




開店間際はガラガラだった空港側の駐車場も
昼過ぎには満車。ここには映画館もあるので
前に紹介した映画DESTINY鎌倉ものがたりを
家族で見るのも目的の一つだったのだけど




一番の目的は昨年11月30日に開館した
ばかりで、東海地方の情報番組でも何度も
紹介されていたあいち航空ミュージアムに
早く行ってみたいと思ってのお出かけだ
なんといっても、ここでの展示の目玉は




三菱製の「零式艦上戦闘機五二型甲」
いわゆるゼロ戦である。このブログでも
九州の鹿屋基地など何度も登場をしてる
太平洋戦争末期の特攻にも数多く使われた
戦闘機であるが、現存機の展示は国内で
9ケ所があり、ここの他には




靖国神社遊就館 (52型) 東京
国立科学博物館 (21型複座改造偵察型) 東京
河口湖自動車博物館飛行館 (21型×2、52型×1) 山梨
航空自衛隊浜松広報館 (52型甲) 静岡
呉市海事歴史科学館大和ミュージアム (62型) 広島
大刀洗平和記念館 (32型) 福岡
鹿屋航空基地史料館 (52型) 鹿児島
知覧特攻平和会館 (52型丙) 鹿児島




などがあり、大刀洗平和記念館と8月しか
公開をしてない河口湖自動車博物館飛行館
のは見た事がまだない。ここに展示をされて
いる三菱製4708号機は、1983年に河口湖
自動車博物館がヤップ島から回収した機体で
あるそうで




譲渡をされた三菱重工小牧南工場で復元を
され、昨年5月まで三菱重工名古屋航空宇宙
システム研究所で展示されていたが、同所の
閉鎖に伴い、あいち航空ミュージアムに展示
されているが、三菱重工側で展示の再開が
決まれば返却をされるんだとか




狭い作業所を再現したような囲った場所に
展示がされているので、真後ろなどにも
回りこめないし、遠くから機体全体をとか
上部から眺めるといった事も出来ず、何か
なぁ・・・・




格納庫のような広々としたミュージアム
には、幾つもの飛行機やヘリコプター
並んでいた。こちらは三菱重工業と三菱
アメリカ・インダストリー社が製造した
双発のビジネスジェット機のMU-300だが
日本で販売をした時期は、第二次オイル
ショックからバブル景気前の円高不況で
売上は伸び悩んだ




三菱の社紋である菱形からDIAMOND
(ダイヤモンド)の名で海外で販売を
された。このクラスでは最高の広さで
ゆったりとしたキャビンを持ち、燃焼
効率も良い飛行機だったそうだ




MU-2は三菱重工業が製造をした多目的の
小型ビジネス飛行機で三菱らしさを前面に
出そうと三菱が保管をしてきた戦前戦中の
軍用機の図面の数々、陸軍の「キ83」試作
遠距離双発戦闘機を参考にした。自衛隊
仕様のMU-2S救難捜索機や、MU-2C連絡
偵察機などもある




こちらは三菱重工業製造の多目的ヘリコプター
MH-2000で、日本で初めてとなる機体と
エンジン共に純国産の民間用双発ヘリコプター
であるがあまり実用化はされてないみたいだ




そしてなんといっても人の目を集めている
のがそれらよりも一回り大きな日本航空機
製造の双発ターボプロップエンジン方式の
旅客機YS-11、正式にはワイエスいちいち
であるがワイエスじゅういちや、ワイエス
イレブンと呼ばれている




敗戦で連合国軍の占領下の日本では、航空
禁止令が布告され、国内の飛行機は破壊され
航空機メーカーは解体、航空会社も潰され
大学の授業からも、航空力学の科目が取り
除かれる有様だった。しかし昭和27年に
サンフランシスコ講和条約が調印され、日本
企業による飛行機の運航や製造が一部分解除
され、航空法や航空機製造事業法が出来た




ところが戦後の日本の空には、欧米の飛行機が
わが物顔で飛んでおり、戦前より優れた飛行機の
製造技術を持った日本の国産飛行機を作る事は
多くの技術者の夢でもあった。昭和31年に通商
産業省は老朽化したダグラスDC-3の後続機にと
中型輸送機の国産化計画構想を打ち立てた




11年の年月によって航空機の設計や製造の
技術力において格差は拡がっていたが「日本の
空を日本の翼で」をキャッチフレーズに翌年
幾つものメーカーが参加した財団法人輸送機
設計研究協会(輸研)が東京大学内に設立




昭和34年に輸研が解散し、政府が3億円、民間
から2億円の出資金によって、後続の特殊法人
日本航空機製造株式会社が創設。YS-11の
開発が本格化した。製造は新三菱重工(三菱
重工業)、川崎航空機(川崎重工業)、富士
重工業、新明和工業、日本飛行機、昭和飛行機
工業、住友精密工業の7社が分担し、最終組み
立ては三菱の小牧工場が担当をしたそうだ




しかしエンジンはイギリスのロールス・ロイス製
プロペラはダウティ・ロートル製、主脚、前脚は
グッドイヤー社製、国内での調達が困難だった
大型のジュラルミン部材はアルコア社のもので
国内で間に合わなかったものもあるそうだ。昭和
37年にYS-11初号機が完成、航空会社に最初に
納入されたのは昭和40年。試作2号機は全日空が
聖火の輸送で使用したもので「聖火号」と呼ばれた




そういった意味からも、YS-11は復興の象徴とも
いわれた名機でもある。民間機としは2006年に
運用は終わっているが、航空自衛隊に若干の現役が
いるそうで、昨年退役をした航空自衛隊美保基地
所属の152号機(1965年製造初期モデル)が
ここにやってきている




さて、このように実際に日本の空を飛んでいた
様々な飛行機の他にも2階に、飛行機ファンに
嬉しい沢山の模型が並んでいる。テレビで紹介
していたけど、模型とは言ってもすごい高額な
ものもあるらしい




日本の空を飛んだ航空史に名を残す100機種を
1/25スケールの精密模型で揃えた「名機百選」で
海外のメーカーで作られた飛行機も




ガラスケースの中に入っているので、上手に
ガラスの映り込みがないように撮影をせねば
なるまい




あっ、飛行機の名前は機体の前に説明の
カードにありましたが、特にマニアでも
ないので、模型の飛行機の説明は省略を
します




ところで、飛行機にゼロ戦にも興味が
全くない娘は、お隣の大型商業施設で
一人のんびりとお買い物。何せ入館料
千円ですから、興味もない人間にお金
使うのも勿体ないし、本人も嫌がります




今までにも行楽中などで、興味もないし
車で待っているわ!とか、一人残しても
長く放置をするのも悪いので、のんびり
展示も見れないが、商業施設があれば
そんな気兼ねも全くいらないし




米軍から供与された輸送機の老朽化や
YS-11の性能不足もあり、防衛庁技術
研究本部と日本航空機が開発し、川埼
重工業が製造した戦後初めて開発された
国産の中型輸送機 川崎Cー1




こちらは米国のマクドネルダグラス DC-10
主に中距離路線を想定した300席クラスの
機体で、3基のジェットエンジンは左右の
主翼下に各1発、垂直尾翼基部に1発搭載を
している。 え? 機体の名前がわかる
じゃんって、ネットに詳しく載せてる人も
いるので、それ見たらそれなりに・・・




日本帝国陸軍の三式戦闘機「飛燕」は現在
川崎航空機岐阜工場で製造された現存機が
長らく関与された知覧に展示されていたが
岐阜県に里帰りし、間もなくリニューアル
されるかかみがはら航空宇宙科学博物館で
展示が決まってます。今度は各務ヶ原にも
いかなきゃ




入場券は「搭乗券」とされており開館
記念なのか、模型の日本の名機のうち
No.61のゼロ戦のカードを貰った。これ
ネットなどを見ると、来場した日にちに
よって種類が違っていたみたい




             平成29年12月17日に愛知県で撮影

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最終更新日  2018年02月14日 14時05分21秒
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