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 殿上人日記

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2018年04月27日
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テーマ:海外旅行(5479)
カテゴリ:韓国旅行

​​
楽天ブログを始めたのは、今から15年程前
2004年晩秋だったが、それまでテレビ局の
掲示板のようなところでネットをしていたが
韓国旅行に出かけた写真を紹介したいな~っ!
と思った時に、楽天ブログはどうですか?と
掲示板の人に教えて貰って始めたものだった




当時の楽天ブログではブログに使用する写真の
登録容量が決まっていたので、足らなくなって
きたので初期の日記の写真を剥がして、容量を
増やしていたので、文字しかない日記になって
いるが、楽天ブログを始めたきっかけでもある
当時の韓国旅行の文章を紹介したいと思う




​​ 2004年11月29日「慶州。エミレの鐘」

 旅行初日、釜山空港に着いて慶州に直行を
 しました。そこで写真は可哀そうで撮れな
 かったのですが、慶州の博物館では韓国の
 方ならまず知っているだろうという「エミレの
 鐘」を拝見をしました。




 日本で見るような梵鐘よりも、随分、大きく
 かなり低い所に吊るされ、地面が、円形に
 掘り下げられています。新羅時代(771年)の
 景徳王が、父王の冥福を祈って造をした鐘で、
 正式名称は「聖徳大王神鐘」といいます。
 高さは3.75m。口径は2.25m。重さ
 25トンです




 鐘の表面には、華やかな文様などが、彫刻を
 されており韓国において、もっとも美しく、
 大きく古い梵鐘として国宝にも指定をされて
 もいます。この鐘、「聖徳大王神鐘」では
 なく、通称の「エミレの鐘」として有名なの
 ですが、それは・・・・




 天下の名工が、この鐘の鋳造を行ったの
 ですが、鋳るたびにひびが入ってしまい
 失敗の連続になってしまい、果ては小さな
 女の子を、煮えだきる坩堝の中へ放り
 込んで、生贄に奉げてしまいました




 鐘は立派に完成をしましたが、しかし、
 その鐘をつくと「エミレ、エミレ、エミレ
 (古い言葉で、お母さん)」と小さな女の
 子の声が聞こえるそうで、人は、この鐘の
 事をいつしか「エミレの鐘」と呼ぶように
 なったそうです




 2004年11月30日「花郎(ファラン)と、弥勒菩薩」

 慶州に入るとき、乗馬姿の青年の像があった。
 青年は「花郎」(ファラン)であるという。
 新羅国の貴族階級の青少年組織の事を「花郎
 徒」と呼んで、その指導にあたる品行方正、
 顔立ちの美しい15、6歳の青年を花郎と
 呼ぶそうである




 少年達は、普段は、体を鍛え、武術を学び、
 音楽をかなで山野に遊ぶ。そして戦時には、
 戦いの先頭に立って活躍をしたそうだ。
 ふと小学校の時から好きだった、アーサー
 王と円卓の騎士の物語を思い出した




 慶州の断石山で、修行をしていたそうで、
 ここにある神仙寺には、巨大な弥勒立像と、
 弥勒半跏思惟像があるそうだ。この仏こそ
 花郎にとっての帰依仏であるのだ。花郎は
 56億7千万年後に、この世を救うという
 弥勒菩薩の化身として、人々の羨望のまとで
 あったそうだ




 慶州の博物館には、奈良の飛鳥時代の弥勒
 半跏思惟像にそっくりの仏像がある。半島
 から渡来をしてきた帰化人らが、仏教や、
 文物、建築、芸術・・・様々な文化、思想、
 技術を、日本にもたらしたのだろう​





といった感じだ。その時は釜山からソウルまで
バスで北へ向かっての世界遺産の旅であった。
その後に新たに認定されたものもあって、12の
うちで百済歴史地域、南漢山城、河回と良洞の
3つはまだ行った事がない




というか9つも行ってんの?という感じだけど
日本は21ケ所のうち、行ったのは11と半分
しかない。しかも自然遺産は遠方ばかりなので
1つもないという有様だ。それだけ日本列島は
とても広く、旅行代金も高いしハードルは高い

そんな訳で、楽天ブログをやるきっかけにも
なった人に見せたいなと思った写真のお寺が
ここ慶州の「仏国寺(プルグクサ)」である




仏国寺については、ウィキペディアによると


​>新羅景徳王の時代の751年(景徳王10年)、
>宰相​だった金大城(キムデソン)により建立が
>はじまる。『三国遺事』には、金大城が現世
>での父母のために建立したと記述されている。
>774年 新羅(恵恭王10年)に完成した。 最盛
>期の8世紀は、約60棟の木造建築で寺院は
>構成された。




>李氏朝鮮の太宗による1407年(太宗7年)の
>仏教弾圧の際、存続を許された88寺院の中に
>名前がなく、既に荒廃しており廃寺になった
>ようである。世宗による1424年(世宗6年)の
>仏教弾圧の際、存続を許された36寺院の中
>にも名前がなく、引き続き廃寺のままだった
>ようである




>1904年から1905年にかけて紫霞門左右の
>行廊も倒壊、石壇も埋もれた状態となったが、
>日本統治時代の1924年4月から1925年8月迄の
>朝鮮総督府による再建工事によって石壇・石廊を
>含む主要構造が修復された。戦後の1973年に
>発掘調査後、改修工事で無説殿、観音殿などが
>再建された。




>青雲橋・白雲橋
>国宝第23号。大雄殿正面の紫霞門に掛かる
>石橋。751年の時から存在している遺構と
>考えられている。上段の16段が白雲橋、
>下段の17段が青雲橋である。合わせて33段
>であるが、仏教で33は未だ仏の境地に
>達せずという意味である。




こちらは、先ほどの橋と対するような蓮華橋と
七宝橋で安養門に上がる階段。仏国寺建立時に
作られたとされ、国宝第22号に指定をされて
いる。ちなみに韓国の国宝は321(2017年)
あるそうだ




>大雄殿
>仏国寺の本殿にあたる。681年ごろ創建
>されたと思われる。現在の建物は1765年に
>再建された。




>釈迦塔
>国宝第21号。新羅時代の三層塔。高さは
>8.2m。1966年には復元工事中、塔中央部
>から世界最古級の木版印刷物である『無垢
>浄光陀羅尼経』が発見された。




>多宝塔
>国宝第20号。新羅時代751年の作と推定される
>石造の多宝塔。高さは10.4m。四面に階段が
>設置されまた、塔下部は四本の柱で支えられて
>いる珍しい塔の形状をしている。また塔の周り
>には石獅子が配置されていたが、現在では1体
>だけが残っている。




>百済に阿斯達(アサダル)という石工がいた。彼は
>仏国寺の石塔を造るため、妻の阿斯女(アサニョ)を
>国に残して新羅に向かった。3年後、夫を待ちきれ
>なくなった阿斯女が仏国寺を訪れ、夫に逢わせて
>くれるよう僧侶にお願いした。




>しかし僧侶は2人が逢うことを許さず、代わりに
>「石塔が完成すれば影池に石塔の影が映るので、
>それまで待つように」と阿斯女に教えた。そこで
>阿斯女は毎日影池を眺めながら夫を待ち続けた。




>ある月夜、影池に石塔の影が映った。阿斯女は
>喜び、石塔の影に抱きつこうとして影池に飛び
>込んでしまった。翌朝、石塔を完成させた阿斯達が
>妻の待つ影池に向かうと、そこには冷たくなった
>阿斯女の亡骸があった。阿斯達は慟哭し、自らも
>影池に身を投げて妻の後を追ったという。





​以上、ウィキペディアから転載をさせて
いただきました。ブログを書くにあたって
ここの記事や、ネット検索によって初めて
知る事も多い。この橋の話もへぇ~という
感じで。現地での韓国人添乗員からそんな
話は出なかった




それ以前に、各殿舎の入り口は大きく開け
られて、中をのぞけ参拝も出来るというのに
遠くから眺めるだけなので、添乗員らの姿を
横に見つつ、速足で殿舎の中の仏様を参拝
させていただいた




お寺に出かけて参拝もせず、まわりの建物を
鑑賞するというのもなんだかなぁ。新羅時代の
作とされる金銅毘盧遮那仏座像は国宝第26号
金銅製の阿弥陀如来像は国宝第27号に指定を
されている。




再び、ウィキペディアの記事によれば


>高麗時代に書かれた『新羅国東吐含山華厳宗
>仏国寺事蹟』や仏国寺の寺誌『慶尚道江左大都
>護府慶州東嶺吐含山大華厳宗仏国寺古今歴代
>諸賢継創記』が示すとおり、もとは毘盧遮那
>仏を本尊とする華厳宗の寺院だった。




>しかし1970年代に再建された現在の仏国寺は、
>禅宗系の曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)の寺院で
>ある。創建時に本尊だった毘盧遮那仏は、現在
>寺院奥手の毘盧殿に安置され、本殿である大雄殿
>には釈迦三尊仏(釈迦牟尼、文殊菩薩像、普賢
>菩薩)が安置されている。




>曹渓宗は高麗時代中期の僧、知訥(1158年 -
>1210年)を開祖とする。知訥は曹渓山松広寺を
>中心に、禅によって天台・華厳などの教学を
>包摂する教えを説いた。上流階級に天台宗が
>広まったのに対し、曹渓宗の教えは民衆に
>浸透した。




>韓国の仏教界最大の勢力を有する。僧侶の数は
>約1万2000人、公式に登録されている寺院は
>1800(禅学院、大覚会などの未登録の寺院を
>含めると2800余り)を数え、国家が認定して
>いる伝統的な寺院870ヶ所余りの90%以上が
>曹渓宗の寺院である





今回、ネット検索をするにあたって、かなり
ここの宗派って反日的な言動を行っている
らしくって、従軍慰安婦問題とか、対馬の
仏像盗難事件後の対処でも名前が出てくる




日本の禅は偽物で、韓国の参禅が本物といった
得意の韓国が一番といった言い分もしてたりで
ちょっとなぁ。中国へ禅を持ち込んだインド人
仏教僧の達磨大師が始祖だし。とは言っても
遠い昔の今とは別国家である新羅の人たちが
信仰の為に作った仏様や寺には全く関係ない話
だし。新羅の面影の残る寺と思う事にしよう




宗教と権力、お金はなかなか別には出来ないのか
日本でも善光寺とか、名古屋の八事興正寺なども
揉めてるし。神社だけど富岡八幡宮みたいな事件
すら起きていて、庶民には窺いきれない異世界だ
とりあえず、金運が良くなるという金のイノシシを
さすってみた




何度か韓国にいっていると、現地の添乗員さんも
いろいろで、エステどうですか? コピーもん
買いませんか? などとすすめまくる人もいれば
日本の国旗を焼くような人は少ししかいないです
そうゆう事をしないと、彼らもお金を貰えない
から・・・と申し訳なさそうに語る人もいて




今回は、ハングルは簡単に覚えられ世界で一番
優れている言語で、アフリカで言語を持たない
民族にハングルを教えたらすぐに覚えた。一度
覚えたら忘れる事は無いと、バスの移動中では
ハングル文字のレクチャーを受けたけど、丸だの
棒並べたのは、私にはどうも図画にしか見えなくて




ハングル文字はちんぷんかんぷんでも、稀に漢字
表記の看板などもある、韓流ドラマを見てるので
音で聴く分には、ほんの少しは言葉は判別できる
アジュマ(おばさん)とか、チョナー(殿下)とか
アイゴーって感じで




中には漢字の読み方が、日本の音読みと全く
同じものもあって、突然の聞きなれた言葉に
えっ?と思う場合もあったりする。鞄、約束
詐欺、気分、無理・・・かなりの数があると
思われるが、無論、漢字は韓国起源じゃなく
古代中国なのだけど




このお寺は桜の名所だと聞いてきたが、境内に
どこもないなぁ~と思っていたら、下の駐車場へ
向かう途中に桜の咲くエリアがあった。屋台も
出ていたが、ご飯も食べたばかりでつまみ食い
したいという気持ちはまだなかった




朝鮮戦争による南北分断の象徴でもある板門店
(パンムンジョム)で南北首相による首脳会談が
行われるという。両国や日本を含む国際社会に
とって、良好な方向にすすんで貰いたいものだ




         2018年4月8日に慶州仏国寺で撮影

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最終更新日  2018年04月27日 18時02分01秒
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