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 殿上人日記

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2019年07月11日
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カテゴリ:京都の旅


​​コンコンコン!と、このキツネが見たいと
思っていた。伏見稲荷は以前にも何度か
出かけた事があるが、いつも京阪電車の
伏見稲荷駅からのルートで、このキツネの
像のある入り口には行った事がなくって




ガイドブックか何かで、伏見稲荷の紹介で
このキツネの像が載っているのを見つけて
一度、見てみたいなぁと思ってましたが
今回は見つけられましたよ。口には金色の
稲穂が・・・なかなか愛らしい顔をしてます




こっちは前回で紹介したJR奈良線の稲荷駅の
目の前にあるようですね。真横には大っきな
鳥居があります。それをくぐって参道へと




かなりの参拝者がおいでになるようですね。既に
インスタ映えをすると、外国人観光客からは日本
有数の観光スポットでしたし、修学旅行の生徒や
日本人団体客などなど・・・




さて今回のバス旅行では、徒歩10分近くはかかる
観光バス用の駐車場で下車して、ほとんど一本道を
自分たちで伏見稲荷(途中まで添乗員さんが引率)
まで出かけ、集合時間前に下車した観光バス駐車場
まで戻ってくるという自由行動で、時間も少し長め




あまり広いとは言えない、街中の観光バス駐車場は
次から次へと団体バスがやってくるので、下車時に
10分以内に駐車場から出て、他の所で時間を潰し
今度は集合出発時間の10分のみ、また駐車場に
入車が出来るというシステムで




添乗員さんから、早く戻ってきてもバスはいないし
絶対に、集合時間には遅れないようにして下さいと
念を押された。伏見稲荷までは迷う事はないにしても
途中に京阪電車とJRの線路の踏切があるので、その
あたりの時間も考えて戻ってくる必要がある




日本人は神社もお寺も、教会すらもあんまり
抵抗のない宗教観だから、神社も平気で参拝を
してる人が殆どだと思うけど、様々な宗教を
持つ海外の皆さんは神社仏閣、どんな気持ちで
参拝されてるんだろう




やっぱり文化財みたいな感じで、参拝ではなく
鑑賞目的なのだとは思うが、伏見稲荷は京都の
世界遺産には選ばれていない。赤い鳥居での
写真がSNSで話題になって、海外の皆さんが
押しかけているのだけど




京都での世界遺産の神社仏閣は、次の通りで
賀茂別雷神社(上賀茂神社) 賀茂御祖神社(下鴨神社)
教王護国寺(東寺) 清水寺 延暦寺 醍醐寺
仁和寺 平等院 宇治上神社 高山寺 西芳寺(苔寺)
天龍寺 鹿苑寺(金閣) 慈照寺(銀閣) 龍安寺 
西本願寺 二条城




唯一、苔寺だけ行ったことが無い。ここは予約も
必要だし、拝観料もお高い事もあって、なかなか
行こうという気持ちにもなれなくて。修学院離宮や
桂離宮とかも事前に予約が必要だが、無料なので
しっかり出かけた事がある




うちの息子など友達と奈良に出かけた時に、東大寺
大仏殿の前まで行きながら拝観料が高いので、入るの
やめたそうで、あそこまで行きながら~。奈良まで
行ったのに・・・と呆れたものだが




わざわざ海外から京都へやってきた観光客には、予約も
必要なく、参観時間もなく、しかも無料で、アクセスも
良い神社は良い観光先であろう。ここ伏見稲荷と他にも
八坂神社とかは、私も近くに行くとまず参拝をさせて
貰っているし・・・




さてさて、寺の門には阿吽の仁王さんがおいでになるが
神社では「随身像(ずいじんぞう)」となる。向かって
右が左大臣で、左は右大臣だそうで、左大臣の方が高位
なので老人の姿をしており、右大臣は若かったりもする
仁王同様に阿吽の口元をしているが、これは




ウィキペディアによれば
>阿吽(あうん、サンスクリット語: अहूँ 、a-hūṃ)は
>仏教の真言の一つ。古代インドのサンスクリットの
>悉曇文字(梵字)において、a(阿)は全く妨げの
>ない状態で口を大きく開いたときの音、m(hūṃ、
>吽)は口を完全に閉じたときの音である。




>悉曇文字の字母の配列は、口を大きく開いたa(阿)
>から始まり、口を完全に閉じたm(hūṃ、吽)で
>終わっており、そこから「阿吽」は宇宙の始まり
>から終わりまでを表す言葉とされた。宇宙のほか
>にも、a(阿)を真実や求道心に、m(hūṃ、吽)を
>智慧や涅槃にたとえる場合もある。




>阿吽は宗教的な像にも取り入れられ、口を開けた
>阿形(あぎょう)と口を閉じた吽形(うんぎょう)の
>一対の像は、神社の狛犬(本来は獅子と狛犬の一対)
>などにみられる。また、寺社の金剛力士像(仁王像)や
>沖縄のシーサーなどにも口を開けた阿形と口を閉じた
>吽形がみられる




キツネばかりの伏見稲荷でも、普通の神社のように
狛犬もいた。さてさてお稲荷さんでキツネがいるのは
前回の宇治神社でのウサギみたいなエピソードでも
あるのだろうか。そんな訳で伏見稲荷大社について
ウィキペディアにどう書いてあるかを紹介すると




>伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は、京都府
>京都市伏見区深草にある神社。旧称は稲荷神社。
>式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。
>旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない
>単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を
>神域とする。




>全国に約3万社あるといわれる[1]稲荷神社の総本社
>である。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を
>集める(日本国内第4位〔2010年〕)。現存する旧
>社家は大西家。祭神は以下の五柱。これらの神々は
>稲荷大神の広大な神徳の神名化とされている




>主祭神である宇迦之御魂大神を中央の下社、佐田彦
>大神を中社、大宮能売大神を上社に据え、明応8年
>(1499年)に本殿に合祀された左右の摂社、田中
>大神・四大神とともに、五柱の神を一宇相殿(一つの
>社殿に合祀する形)に祀っている




>稲荷神は元来、五穀豊穣を司る神であったが、時代が
>下って、商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・
>芸能上達の守護神としても信仰されるようになった
>摂社の祭神、田中大神と四大神については由緒が
>はっきり分かっておらず、伏見稲荷大社では「稲荷神と
>何らかの深い関わりがある地主神、あるいは土着神
>的傾向が濃厚」としている




>下社の摂社に祀られる田中大神は、その名のとおり
>田の神ではないかと考えられるが、かつては大己貴神や
>猿田彦神、鴨建角身命などとも同一視された。中社の
>摂社に祀られる四大神についても諸説があり、一柱の
>神名なのか、四柱の神の総称なのかも明確には分かって
>いない




>「イナリ」の縁起としては『山城国風土記』にあったと
>されるものが有名である。(中略)秦氏と賀茂神社との
>関連や、秦氏が和銅年間に稲荷社の社家となったことを
>伝えている。社伝には、当時に全国的な天候不順で
>作物の不順が続いたが、勅使を名山大川に遣し祈請
>すると加護があって山背国の稲荷山に大神を祀ると、
>五穀が稔って国が富んだ、とも伝えている。




>上述の『山城国風土記』に見られるように、「イナリ」の
>表記はもともと「伊奈利」の字が当てられていたが、
>『類聚国史』にある淳和天皇の天長4年(827年)正月
>辛巳の詔で初めて「稲荷」の表記が用いられた(中略)
>また、東寺に伝わる『稲荷大明神縁起』では(大意)
>ある書物では、100年の昔の和銅年間から竜頭太という
>者が稲荷山の麓に家を構えて住んでおり、昼は田を
>耕し、夜は山に入って薪を求める仕事をしていた。




>その顔は龍のようだった。頭の上に光放つものがあり
>夜でも昼のように明るかった。姓は荷田、名は竜頭太と
>いった。これは稲を背負っていたからという。(中略)
>空海はその顔を面に写し神体として祀り、それからは
>収穫が絶えることがなくなった。この面は東寺の
>竃戸殿に祀ってある。




この竜頭太という山の神こそが、稲荷神であるそうだ
ちょっとまて。弘法大師は出てきてもキツネは出て
こないという事で、ウィキペディアで続きを・・・
>稲荷神(いなりのかみ、いなりしん)は、稲を象徴
>する穀霊神・農耕神。「稲荷」とは食物の神(ウカノ
>ミタマ)、キツネ(御食津神)、油揚げ、稲荷寿司
>旅芸人が町回りで立てる細長い旗などを指す言葉。




>「稲成り」の意味だったものが、稲を荷なう神像の
>姿から後に「稲荷」の字が当てられたとされる。
>もとは古代社会において、渡来民の秦氏から伝わった
>氏神的な稲荷信仰であり、秦氏の勢力拡大によって
>信仰も広まっていった。本来の「田の神」の祭場は
>狐塚(キツネを神として祀った塚・キツネの棲家の
>穴)だったと推測されるが、




>近世には京都の伏見稲荷を中心とする稲荷信仰が
>広まり、狐塚に稲荷が祀られるようになった。五穀を
>つかさどる神・ウカノミタマと稲荷神が同一視される
>ことから、伏見稲荷大社を含め、多くの稲荷神社では
>ウカノミタマを主祭神としている




>稲荷は穀物・農業の神だが、現在は商工業を含め産業
>全体の神として信仰されている。稲荷神は神仏習合
>思想において仏教の女神である荼枳尼天とも習合した
>ため、仏教寺院で祀られることもある。稲荷神を祀る
>神社を稲荷神社と呼び、京都市伏見区深草にある伏見
>稲荷大社が日本各所にある神道上の稲荷神社の総本宮
>となっている。伏見稲荷大社では、狐は稲荷神の神使と
>される




>伏見稲荷大社は狐を稲荷神の神使とし、稲荷神そのもの
>ではないと述べていたり、また最上稲荷は白狐を稲荷神
>(最上位経王大菩薩)の御眷属(お使い)と述べて
>いたりするように、一般的に寺社においては祭神と狐は
>区別されている。民間伝承においては、稲荷と狐はしば
>しば同一視されており、例えば『百家説林』に「稲荷と
>いふも狐なり 狐といふも稲荷なり」という女童の歌が
>記されている。




>また、稲荷神が貴狐天皇(ダキニ天)、ミケツ(三狐・
>御食津)、野狐、狐、飯綱と呼ばれる場合もある。 日本
>では弥生時代以来、蛇への信仰が根強く、稲荷山も古くは
>蛇神信仰の中心地であったが、平安時代になってから
>狐を神使とする信仰が広まった。稲荷神と習合した宇迦之
>御魂神の別名に御饌津神(みけつのかみ)があるが、狐の
>古名は「けつ」で、そこから「みけつのかみ」に「三狐神」と
>当て字したのが発端と考えられ、




>やがて狐は稲荷神の使い、あるいは眷属に収まった。なお、
>「三狐神」は「サグジ」とも読む。かつて「シャグジ(石神)」
>または「三狐神(シャグジ)」であった岩屋(神)が、後に
>稲荷神・ウカノミタマを祀る神社となった事例もある。時代が
>下ると、稲荷狐には朝廷に出入りすることができる「命婦」の
>格が授けられたことから、これが命婦神(みょうぶがみ)と
>呼ばれて上下社に祀られるようにもなった。




>上記されているように稲荷神は元々は農業神であるが、
>狐は穀物を食い荒らすネズミを捕食すること、狐の色や
>尻尾の形が実った稲穂に似ていることから、狐が稲荷神の
>使いに位置付けられたとも言われる。江戸時代に入って
>稲荷が商売の神と公認され、大衆の人気を集めるように
>なった。またこの頃から稲荷神社の数が急激に増え、
>流行神(はやりがみ)と呼ばれる時もあった。




>また仏教の荼枳尼天は、日本では狐に乗ると考えられ、
>稲荷神と習合されるようになった。今日稲荷神社に
>祀られている狐の多くは白狐(びゃっこ)である

と言った事らしいです。ハイ・・・・。といった事を
長々、説明しているうちに写真は有名な千本鳥居へ




このフォトジェニックな朱色の千本鳥居が大人気で
トリップアドバイザーで日本の観光地ランキングでは
1位を誇っている(2位は広島の原爆資料館)。海外の
方の姿も多かったけど、老若男女を問わずたくさんの
人で、この子たちは修学旅行中の男子学生みたいだが
レンタル着物で京都をまわるのも楽しそう




あちらの着物のお嬢さんは、海外からのお客様の
ようだ。外国の若い人に日本が人気なのも、この
レンタル着物も一役買っているのかも。気候的に
京都は夏はむちゃくちゃ暑いし、冬は底冷えだし
桜の春に、秋の紅葉。5月も観光には適していた
しかもかなりの良い天気




日差しが鳥居の隙間から、差し込んで良い感じだし
たくさんの人が訪れる伏見稲荷の鳥居だけど、狭い
一方通行の千本鳥居の奥の方も、ずっと鳥居が続き
そちらの方は人も少ない。まず海外の皆さんだけだ
千本鳥居も、人がぱっと少なくなるタイミングも
あったりするし、私はぐるっとまわってきて入口
からもう1度・・・




前に紹介した境内図にあるように、社殿の背後にある
標高232メートル。一ノ峰・二ノ峰・三ノ峰と三つの
峰がある稲荷山が神体山で、朱色の鳥居で結ばれた先に
様々な神様が祭られている。千本鳥居の奥にあるのが
奥社参拝所(奥の院)からお参りが出来る




前に娘と稲荷山をぐるっと参拝をさせて貰ったが
今回はそのような時間がないので、ここまでで
引き返すことにした。と言っても千本鳥居をもう
一度、ぐるっと出来るだけの時間はあったけど




表からなだと朱色だけで無地な鳥居も、帰りに
裏側から見ると参拝者の名前と、奉納した日が
書かれている。人の名前の入っているのとかは
どうもなぁ~と思うところだが、漢字の読めない
海外の方は、漢字がクールだとこちらの方が人気
だそうだ




ウィキペディアによれば
>鳥居(とりい)とは、神社などにおいて神域と人間が
>住む俗界を区画するもの(結界)であり、神域への
>入口を示すもの。一種の「門」である。稲荷神社などの
>鳥居が朱色であるのは、古来その色が生命の躍動を
>表し災いを防ぐとして神殿などに多く使われたためで、
>これが鳥居にも影響しているとされる




>鳥居の起源については諸説あり、考古学的起源に
>ついてはっきりしたことは分かっていない。単に
>木と木を縄で結んだものが鳥居の起こりであると
>考えられる。文献に徴すれば古くは「於不葦御門
>(うへふかずのみかど)」(皇太神宮儀式帳)と
>称して、奈良時代から神社建築の門の一種として
>いる。いずれにせよ、8世紀頃に現在の形が確立
>している。




と言った訳で、前回にもましてウィキペディアに
よる説明文ばかりになってしまって申し訳がありま
せんでした。稲荷や狐、鳥居については少しは興味
持たれたでしょうか。中身が濃すぎる無料招待の
日帰りバス旅行、まだ1回あります! ではでは




            令和1年5月24日に京都で撮影

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最終更新日  2019年07月11日 22時58分53秒
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