名古屋哲夫の作品
1.
あの 名古屋哲夫
メーンテーマから
ぐうーんと
引っ張り
もぐる
もう一度
強く
かきこんで切る
岬から
小島の崖から
また
遠く沖から
頭上高く
かもめが
ジュピターの下へ
使いする
光が移動し
小刻みに
天使が舞う
あの
モーツァルト
2.
むじな 名古屋哲夫
人々のからだが
むじなに見える
ときがある
逢魔が刻
しかし それは
私の得意な刻である
決してあの
機械仕掛けの
ボーンボンという
刻ではない
そのときは
みなが
前世を露に
するとき
あるものはむじな
牛、狐、鹿、栗鼠
ぼろぼろと
飛び歩き跳ねる
そのとき
私は何であろう
なろうことなら
なまけもの
ふだんは御らんの通り
いったん豹に襲われたら
たちまち四つに
裂くという
そうありたい
ムリだろうか
ムリに収まる
白昼の夢
3.
北朝鮮 名古屋哲夫
らち十二人、解決つくまで
経済援助は有り得ないと
交渉が始まった初期
担当者が清津の地を踏んだとき
彼の地の歓迎員が
その肩に手を置いて
分かっているでしょうが、ね
と、こわばった頬を
くずして、その顔を
のぞきこんだという
日本は十二人の行方を
たずねるが
併合されていた戦時中
その一万倍の被害者を出した
韓国には実質賠償金という
名目経済援助を済ませている
俺たちはまだ受け取っていない
金 正日は 表に出さない
国際規約違反は承知の上で
ニセドル、タバコにニセラベル、
麻薬の地下取引等々
らち問題もそのひとつ
アメリカも、その尾につく日本も
眼をつぶっている闇黒の山々
ひとつひとつ お互い
手の内を広げようじゃないですか
4.
内輪 名古屋哲夫
二十世紀を過ぎてから
もう七年になりました
第一次大戦も
大変でしたが
第二次の方はもっと深刻
国と国とで出来た戦死者よりも
同じ国の中で生じた
死者が多かったのです
第二次大戦で
ソ連が千二百万人
ドイツが九百五十万人
日本が三百五十万人
スターリンが
粛清によって消した人口
少なく見積もって二千万人
毛沢東の大躍進政策失敗で二千万人
同じく文化大革命の犠牲者二千万人
スターリンや毛沢東の所行が
少しずつ洩れて来たとき
彼らの賛美者たちは
「デマだ」「反動だ」と決めつけましたが
清天にさらされたとき
ぴたっと口を閉ざしました
内輪のひとになりました