2010/10/25(月)12:23
ジョー・ウォルトン 『バッキンガムの光芒 ファージング3』
英国版ゲシュタポである監視隊《ザ・ウォッチ》の隊長となったカーマイケル。彼はロイストンの娘エルヴィラの後見人となっていた。遜色ない学歴と後見人を持ちながら、彼女はその生い立ちから社交界になかなか受け入れられない。友人ベッツィの手助けもあり、ようやく社交界にデビューすることになっていたのだが・・・
いよいよ三部作の完結編。弱みを握られたことで制約にがんじがらめにされていたカーマイケルが権力者と全面対決、といったところ。『暗殺のハムレット』から10年、思いもかけないことから影での顔を知られてしまった彼が迫りくる敵の手をすりぬけていく終盤は、手に汗握るスリリングな展開です。
心ならずも監視隊の隊長という、いわば権力の象徴のひとつのような立場になってしまったカーマイケルですが、その影ではちゃんと彼らしさを出していることがわかり、読者を安心させてくれます。一方で、彼が追い詰められて行く姿からは、作者が作品にかなりドラマチックな展開を要求していることが感じ取れます。それと同時に、ここまで彼が痛めつけられるということで、ノーマンビー政権下の英国の惨状を映し出すことに成功しています。
一作ごとに変わるヒロインは、今回はカーマイケルの元部下にあたるロイストンの遺児エルヴィラです。彼女がパレードを楽しむ姿を通して、ファシズムが英国にごく一般的に浸透している様を描き出しています。彼女の行動力と楽観的な性格は、ともすれば陰鬱で悲劇的になりがちなこの物語の陽の部分を担い、バランスをとっています。もちろん、彼女の役割はそれだけではありません。ストーリー上でかなり重要な役割を担うわけですが、それは読んでのお楽しみということで。
エンターテインメントに徹するような表現要素で物語を組み立てながら、きっちりと政治問題や人種差別など社会派な面も盛り込んだあたりに、作者の設定の巧さを感じました。帯に書かれた《オールタイムベスト級》という言葉は誇張ではない傑作です。
関連作:『英雄たちの朝』『暗殺のハムレット』
2010年9月19日読了