「神様のカルテ」2 夏川 草介
2010年10月 小学館より主人公・栗原一止の働く本庄病院に、大学の同期である進藤医師がやってきた。進藤医師は東京の大学病院で働いていた優秀なエリート医師。栗原医師の数少ない友人の1人でもある。人手が増えると大喜びで迎えた本庄病院であったが、患者を第一優先で考えない進藤医師の働き方のため、周囲から不満の声が上がり始めて・・・・という話。医師はどこまで患者に尽くさなければいけないのか?患者に尽くすあまり家庭を顧みることのできない、という現実は間違っているのではないか?という難しい疑問を投げかける話でした。以下、粗筋と感想になります。ネタバレに注意。進藤医師は大学時代、奇人変人ぞろいの医学部において『医学部の良心』と言われるほど誠実で熱い志を持った人。栗原医師と2人で将棋部(部員は2人)に所属していました。そんな進藤医師が、残業的なことはしない、病院から出ると携帯も切っていて連絡がつかない状態で、毎日過酷な過重労働に耐えている病院内から反感を抱かれる始めます。しかし、それには理由がありました。進藤医師は東京で、小児科医である妻と同じ病院で働いていました。子供が生まれて、1年間の産休を取った妻。日進月歩の大学病院において1年のブランクを負った妻は、周囲に追い付こうと必死で精神的に追い詰められた状態に。そんな時、体調を崩して1日だけ勤務を休んだ妻は、患者の親から「患者を第一に考えるのが医者の務め」と罵倒されたあげく、親からの申し入れでその子供の主治医から外されてしまう。以来、妻は家には着替えを取りに戻るだけ、我が子も家庭も構わず、昼夜の区別なく働き続け、進藤医師からの電話にもメールにも答えず、直接会いに病棟に行っても忙しくて会えないと看護師に伝言を残すのみ。そんな妻を他の人々は「立派なお医者様ですね」と称え、反面、妻に代わり2歳の子供の送り迎えをしていた進藤医師は「君の仕事は育児の片手間にできるものではない」と注意を受ける。こんな生活は間違っている、このままでは自分も子供もダメになる、と進藤医師は東京を離れることを決意、郷里の松本に戻ってきたのでした。進藤医師の「医者は患者のために命がけで働くべきだという、この国の医療は狂っている。 家族を捨てて患者のために働く事を美徳とし、夜も眠らず命を削って働く事を正義とする 世界は狂っている。 僕たちは人間なんだぞ。 誰もが狂っていて、しかも誰もが自分が正しいと勘違いしているんだ」という言葉に、栗原医師は自分の妻を思う。家庭よりも常に患者優先の自分に、妻にどんな思いをさせているのか、と。しかし現実に患者達は次々とやってきて、人手は足りず、時間も足りない。答えの出ない問い。そんな中で、内科副部長である古狐先生が倒れてしまいます。悪性リンパ腫でもう手遅れでした。大狸先生と古狐先生は『この町にいつでも誰でも治療を受けられる医療を』を目指して尽力する同士。大狸先生はかつて母を、古狐先生は妻が宿した子供を救急搬送の途中で亡くした過去があったのです。命の尽きかけている古狐先生の望みは、学生時代に現在の妻と御嶽山の上で見た星空がもう一度見たかった、というもの。町中からは夜中でも病院の明かりが煌々と輝いているため、星空が見えない。そこで栗原医師・進藤医師・砂山医師の同期トリオは、あちこちの部署に働きかけて夜中に1分だけ病院の明かりを落とす、という作戦を決行します。ヘリポートの上から感動的な星空を見上げた古狐先生は、仕事一筋の彼を支え続けた妻に「千代、長い間本当にありがとう」と伝え、全てが報われた思いで妻は初めて涙するのでした。翌日、当然ですが、3医師は病院長と事務長に呼び出されて叱られます。そこで「患者を治療するのが医師の務め。それ以外のことは慎め」と事務長に言われた栗原医師は「我々は人間だ。その人間が死んでいくのが病院という場所。他のことをしている余裕が なくとも、そういった理想論を押し立て、かかる逼迫した状況でも、なお為しえることが あるという確信がなければ、24時間365日を正気を保って働けるものでない」といったことを言うのです。この時の「医師の話ではない。人間の話をしているのだ」という言葉がカッコイイ。沈黙した室内に、大狸先生が入ってきて、何もなかったということにしてすべてを丸く収めてしまう。「処罰を」とまだ食い下がろうとする事務長に、大狸先生は「内藤(古狐先生)が倒れて大変な内科を今必死で切り回している若いもんに、 報償ならともかく何の処罰が必要なんですかい」とヤクザ口調ですごんで守ってくれて、それもカッコよかった。そして病院長。この人が24時間365日を掲げ始めた人。「世の中には常識というものがある。その常識を突き崩して理想にばかり走ろうとする 青臭い人間が、私は嫌いだ」と。しかし続けて「しかし、理想すら持たない若者はもっと嫌いだよ」と微笑むのです。なんか皆カッコイイ。そしていい人。いい病院です。そして栗原医師の妻も本当にいい子です。古狐先生がもう助からないとわかった夜に、栗原医師は妻と酒を飲む。妻は注がれた酒を一息で飲み干し、「苦しいお酒は私が飲みます。楽しいお酒は2人で飲みましょう」と言う。また、病院で誰かがなくなるたびに苦しい思いをしている栗原医師を見て自分にできることがないと心を痛めている。それに気付いた栗原医師は、『逝く人をとどめることはできない。これは神の領分である。だが細君の声に、 私は振り向くことができる。これは人の領分である』と妻を抱きしめ「これからもずっと一緒に生きていくのだ」と宣言するのです。愛情と優しさと思いやりにあふれた人達が精一杯生きている話。好きです。